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Auctions ジュネーブ・オークションから、世界クラスのコレクションをスタートさせるにふさわしい9本の懐中時計

一流の時計コレクターたちは懐中時計を買うことをやめたりしない。そしてこれらの時計はどれも、コレクションの中心に据えるにふさわしいものばかりだ。

リードイメージはダニエル・ロートの懐中時計。courtesy of Christie's.

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秋のオークションシーズンが今年もやってきた。毎回よりいいもの、よりレアなもの、よりエキサイティングなものを出品して前回を凌いでくるオークションハウスのその力量には、毎年驚かされ続けている。

 一貫して素晴らしいカタログが用意され、収集に対する関心も高まり、オークションの値は天井知らずになっている。その事実を嘆き悲しむ代わりに、それを時計収集の別分野に目を向けてみるいい機会と捉えよう。まだまったく正当な評価を受けていないと私には思える、懐中時計だ。

 私は懐中時計からこの世界に入った。祖父がアメリカで懐中時計の収集が全盛だった頃のコレクターだったのだ。ロレックスのバブルバックと同様、そうした素晴らしい時計も、もてはやされていた絶頂期からは廃れている。回復傾向にあるとはいえ、重要な意味を持つ複雑で美しい懐中時計は、腕時計のそうしたモデルに比べればいまだに信じられないほど手の届く位置にある。

 確かに懐中時計は実用的ではないが、最も純粋でロマンチックな計時形態のひとつだ。懐中時計を積極的に使い込むことで、時計の歴史から動く仕組みまで、そのすべてを理解して評価するための絶好の入口になる。

 一流のコレクターたちと話をしてみて、懐中時計は今なお時計収集の重要な柱であるとの考えを私は改めて強めた。ジョン・ゴールドバーガー(John Goldberger)氏は、カルティエレマニアパテック フィリップなどのブランドのすこぶるレアな懐中時計を頻繁にInstagramに上げている。カルティエにいたっては盛りだくさんだ。今年彼と話をする機会があり、懐中時計について長時間語り合った。「若いコレクターたちの未来を考えたとき、テクノロジーと結びつきながらも時計への愛着もあるという人なら、手首にはスマートウォッチ、ポケットにはグランドコンプリケーションということもあり得るのではないでしょうか」と彼は言った。

 こうした懐中時計は、収集価値は決して低くないながら、その推定落札幅は得られる価値に対してリーズナブルであり、羨ましくなるようなコレクションを構成する屋台骨ともなる。それを念頭に置いた上で、今シーズンのジュネーブ・オークションから、私が選んだベストな懐中時計の完全リストをご紹介していこう。

Jules Jürgensen Minute Repeater with Split-Second Chronograph

 アンティコルムのLot 124は、複雑機構付き懐中時計を収集するには素晴らしいスタート地点となる。1740年にヤーゲン・ヤーゲンセン(Jürgen Jürgensen)が設立した世界最古の時計メーカーのひとつであるユール・ヤーゲンセンは、現在のウルバン・ヤーゲンセンの前身だ(実は、同社は歴史のなかで社名をユールの息子のためにウルバンに改名したのだが、その後ユールに、そのまたのちに再びウルバンに戻している)。

 推定落札価格8000から1万6000スイスフラン(約118万から235万円)辺りのところで、ミニッツリピーターとスプリットセコンド・クロノグラフを搭載した18kイエローゴールドの腕時計を探してみたらいい。1899年頃に作られたこの懐中時計は、2色刷りのダイヤルが伝統的ながらも目を引き、ムーブメントの構造は美しく、製作当時のサイン入りケースとボウがついている。通常であればそれらは使い込まれるうちに擦り切れることが多いものだ。

Jules Jürgensen Minute Repeater with Split-Second Chronograph

 値ごろ感の一因は、ムーブメントが酸化していること、またこうした古いエナメルダイヤルによくあることだが、ダイヤルに使用感が出ている点もかなりの値下げにつながる。細かなひびは、大したことはないようだが予想度おりの場所にある。6時位置のサブダイヤルと文字盤の縁とのあいだでエナメルが弱くなっている部分だ。

Thomas Engel for Zenith Pocket Chronometer, Regulator Dial with Day and Moon Phases

 1990年に作られたこの一品は、今オークションシーズンに出品されたなかではよりモダンな懐中時計になる。リストには“ゼニスのためのトーマス・エンゲル”と記載されているが、逆の表現にしたほうがいいように思う。

 トーマス・エンゲル(Thomas Engel)は、ポリマーとプラスチックの分野における天才的な科学者だった。そして専門以外のところでも、アブラアム=ルイ・ブレゲ(Abraham-Louis Breguet)に魅了され、ブレゲの作品に影響を受けた自身の懐中時計を製作するようになった。ムーブメントを製作してくれるゼニスとの関係を構築し、この時計にもゼニスのムーブメントが使われている。オープンフェイスの18kピンクゴールドのこの時計には、ひと目でそれとわかるブレゲスタイルのレギュレーター式ダイヤル、半瞬間型の曜日表示、ムーンフェイズが備わっている。また、1990年にスイスの公式クロノメーター検定機関COS Cから発行された“ビュルタン・ド・マルシェ(歩度証明書)”の結果もいっしょについてくる。

 推定価格は9000スイスフラン(約132万円)からスタートするが、これと同じモデルが最後に落札された2021年12月のアンティコルムでは、落札価格が2万2000スイスフラン(約324万円)を超えていた。

Vacheron Constantin/Verger Frères Skeletonized Pocket Watch in White Gold

 この興味を引きつけられるアール・デコ調の懐中時計には、時計に関する歴史が詰まっている。ヴァシュロン・コンスタンタンという、いうまでもなく重量級の名前に加え、ムーブメントの納品とケースの製造を担当したのが、ヴェルジェ・フレール(Verger Frères)だ。

Vacheron Constantin/Verger Frères Skeletonized Pocket Watch in White Gold

 ヴェルジェは、世界一流のジュエリーブランドや時計ブランドに製品を納めていた“宝石商の宝石商”だった。スケルトンムーブメントがヴェルジェのケースに収まっているのを見ても、驚くには当たらない。ヴェルジェは、針が空中に浮いているかのような“ミステリークロック”で有名な会社なのだ。しかしこの懐中時計でいちばん重要なのは、ヴェルジェが世界最高レベルのアール・デコ作品を作り上げたという点だ。それはくっきりとしたレタリングにも顕著に表われている。ムーブメントは酸化しており、当然のことながらスケルトンウォッチではそれも通常より目につきやすい。

 この時計は、偶然にもデザインや(そっくりそのままの)ムーブメント構造など、 サザビーズのLot 79と非常によく似ている。こちらは45年ほどあとに作られたオーデマ ピゲのスケルトン懐中時計で、同じくホワイトゴールドだ。いずれのロットも推定価格1万5000スイスフラン(約221万円)からスタートする。

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Antiquorum Lot 260: L. Leroy & Cie N°18902 Chronometer with Split-seconds Chronograph

 これを言ってしまうと私がこの時計を所有するチャンスが遠のくことになるが、価値、状態、バックストーリーのバランスがうまいところを突いているこの一品は、私の今シーズン第2位のお気に入りロットだ。

 ル・ロワの歴史を知る者と知らざる者のあいだにはジェネレーションギャップがあるようだが、同社は一流ブランドだ。1989年までは、このフランスメーカーが史上最も複雑な時計を有するブランドだったのだ。1897年にシャルル・ピゲ(Charles Piguet)の設計図からスタートしたル・ロワ01は、1901年に975の部品と27の機能を搭載して完成し、パテック フィリップが88年後にCal.89を完成させるまでそのタイトルを維持し続けた。

Antiquorum Lot 260: L. Leroy & Cie N°18902 Chronometer with Split-seconds Chronograph
Antiquorum Lot 260: L. Leroy & Cie N°18902 Chronometer with Split-seconds Chronograph

 いちブランドとしては多大な影響力だ。そしてこの時計には愛すべき要素がたくさんある。ただ単に古いスプリットセコンド懐中時計というだけではない。複雑でありながら、複数計測が可能なラトラパンテと30分の瞬間型ミニッツカウンターを備えた高振動の懐中クロノメーターで、それが1939年に作られたのだ。元々の来歴も興味深く、この時計は最初、1941年12月18日にアルジェリア大学のアルジェリア地球気象物理学研究所に納品された。

 精度に関心をお持ちなら、この時計には温度安定性をもたらすギヨームテンプが使われており、ブザンソンの国立時計製造学校を首席で卒業した精密調整工アルベール・デセイ(Albert Dessay)が調整している。精度で第1級のビュルタン・ド・マルシェ(歩度証明書)を取得したこの時計には、ブザンソン天文台認定の“毒蛇の頭”が刻印されている。ダイヤルからケースや見事なムーブメントにいたるまで、その眺めは実に見事だ。推定落札価格5000から3万スイスフラン(約74万から442万円)で、愛すべき要素がぎっしり詰まっている。

Christie’s Lot 58: Daniel Roth Pink Gold Pocket Watch ref. C907, no. 00/10

Photo by Janosch Abel

Christie’s Lot 58: Daniel Roth Pink Gold Pocket Watch ref. C907, no. 00/10

Photo by Janosch Abel

 当記事のなかではシンプルな時計となるこの一品は、ダニエル・ロート社が最も“ロート的”であった時代が終焉して2年後に作られたものであるにもかかわらず、ケースからゴールドダイヤルのギヨシェ彫りまで、典型的なロートらしい美しさが特徴だ。この時計は同マニファクチュールの設立からわずか7年後、そしてその株式をシンガポールを拠点とするアワーグラスグループに売却した2年後の、1996年に作られた。グループは同社の全ラインナップをよりスポーティなデザイン、素材、市場へと変化させつつあったのだが、それでもこの時計にはまだロートの影響が残っている。ロートの最も需要が高かった時計に比べればシンプルではあるものの、ロートが最も偉大であった時期の顕著な特徴をしっかりと備えている。その名だけで、推定落札価格は2万スイスフラン(約295万円)からとなる。

Henri Grandjean & Cie. Grand Complication
Henri Grandjean & Cie. Grand Complication

 市場に特化した時計というのは興味深いものだが、この時計はラテンアメリカ市場向けの特徴をすべて備えている。具体的には、イエローゴールド、ピンクゴールド、グリーンゴールド、ホワイトゴールドの多色使いで複雑に入り組んだハンターケースだ。

Henri Grandjean & Cie. Grand Complication
Henri Grandjean & Cie. Grand Complication

 1880年頃にル・ロックルのアンリ・グランジャン(Henri Grandjean & Cie.)が製作したこの時計は、複雑さを極めている。それもそのはずで、グランジャンはグランソヌリとプチソヌリ、そしてマリンクロノメーターで知られていた。推定落札価格5万スイスフラン(約737万円)から始まるこの時計は、5分の1秒クロノグラフ、レトログラード式の日表示による瞬間式パーペチュアルカレンダー、曜日、月、ムーンフェイズ、そしてリピーターと連動するセカンドタイムゾーンを備えている。悲しいかな、クォーターリピーターについてはよしとするしかない。残念だが将来のオーナーがなんとかしてくれるだろう。

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Audemars Piguet Grande Complication
Audemars Piguet Grande Complication

 ブランドによってはもっと緩く定義しているところもあろうが、これこそは多くのコレクターたちがグランドコンプリケーションの最も純粋な見本と捉えるものだ。パーペチュアルカレンダー、ミニッツリピーター、スプリットセコンド・クロノグラフ、そして美しい質感を出したムーンフェイズを備えた素晴らしい作品であるこの時計は、オーデマ ピゲをも含むほとんどのブランドが懐中時計づくりをすでに止めていた1955年に作られたものだ。

 リストに挙げたほかのいくつかの時計のような個性や来歴はないかもしれないが、オーデマ ピゲは複雑機構の歴史のなかでも最高メーカーのひとつであり、今日なお生き残るレアなブランドであり、それこそが偉業だといえる。フィリップスは推定落札価格を4万から8万スイスフラン(約590万から1180万円)としているが、仮にも現在の市場が懐中時計を評価しているというならば、もっと高値で落札されてもいいと思う。

Christian Klings Tourbillon Pocket Watch

Photo by Janosch Abel

Christian Klings Tourbillon Pocket Watch

Photo by Janosch Abel

 今シーズンの推定落札額の最高領域へと近づくに連れ、独立系の時計づくりという希有な空間へと入り込んでいくことになる。誰もが知る名でないどころか、クリスチャン・クリングス(Christian Klings)の時計を直接目にしたことがある人はほとんどいないだろう。実際、クリングスは過去30年間、年平均1本ほどのペースで時計を作り続けており、熱心にコツコツと自分の時計づくりに勤しむその特異な姿勢は、過去50年で最も興味深い時計師のひとりだと私は思っている。彼と、私のもうひとりのヒーローである故ジーン・クラーク(Gene Clark)氏は、正真正銘の自社での手づくりで知られている。この作品でいえば、47mmイエローゴールドのケースや、数字と文字を手作業でエングレービングしたスターリングシルバーのダイヤルまでをも含めてそうなのだ。

 ドイツ生まれの時計師である彼は、キャリアの終盤には依頼を受けて時計を作っていたため、すべての作品に個性的な趣が加わっている。トゥールビヨン No.2として知られるこの懐中時計は、世界初のセルフスタート式デテント・トゥールビヨンだ。これまでにない複雑機構を依頼できるなんてと想像してみて欲しい。デテント脱進機は、その正確さから18世紀から20世紀には一般的であったが、その後レバー脱進機に取って代わられた。だが完全に死に絶えることはなく、独立系の時計づくりにおいて使われ続け、F.P. ジュルヌやカリ・ヴティライネンといった時計メーカーは、自らを証明する最初の大きな技術的挑戦として、デテント脱進機を選択することが多かった。

 トゥールビヨンNo.2の場合、ゼンマイの動力が完全に消費されると、別のふたつのスプリングが動力系輪列をロックするが、ゼンマイが巻き上げられると、輪列が動いてメカニズムを解除し、ヒゲゼンマイを解放する。驚くことに、クリングスはこのメカニズムの特許を取得しなかった。この時計が2016年にクリングスから直接納品されたとき、このメカニズムのために作った技術図面もいっしょに添えられていた。そしてその図面は今回のフィリップスのロットにも、もちろん箱や書類と一緒についてくる。

 セルフスタートのデテント・トゥールビヨンに加え、この時計にはムーンフェイズ、そして秒針をゼロにリセットするハック機能がついている。リューズを引き出すと秒針が12時位置にリセットされることで正確な時刻合わせができるという機能だ。

 最も感慨深い点はというと、この時計が15年間にわたり1500時間から2000時間以上かけて作られたという事実だ。推定落札価格が6万から12万スイスフラン(約885万から1769万円)ということは、最低価格で見積もった場合にはクリングスに時給30ドル(約4400円)しか支払わないことになる。このアート作品に対して犯罪ともいえる低い額だ。しかしこの時計が先回2017年のクリスティーズに出品された際の落札価格は、わずか3万スイスフラン(約442万円)だった。

 これはおそらく、私にとって今年の懐中時計のなかでいちばんのロットであり、この秋全体でもジョージ・ダニエルズ(George Daniels)のスプリングケースに次ぐ第2位のロットになる。前回の結果については甚だしく低いと私は考えるのだが(懐中時計への思い入れが強過ぎるのかもしれない)、今回どこまで値が上がるかは誰にも予測できない。

 今回の記事の冒頭にご紹介したブランドを覚えているだろうか。ここでユール・ヤーゲンセンの大いなる進化形をご紹介しよう。同ブランドの進化形であるウルバン・ヤーゲンセンのために、イギリスの時計師デレク・プラット(Derek Pratt)が製作した1990年のグランドコンプリケーション懐中時計だ。プラットは親友である同世代のジョージ・ダニエルズほど広く名が知られることはなかったが、長年にわたり熱烈な支持を獲得した。多くの独立系時計メーカーと同様、プラットはブレゲからインスピレーションを受けたが、ひっそりと仕事をし、1982年から23年間ウルバン・ヤーゲンセン社のテクニカルディレクターとして仕事をしながらも、自身の作品に名を入れることはしなかった。

 完璧主義かつ伝統主義者であったプラットは、コンピューター数値制御の機械を使うことなく、ウルバン・ヤーゲンセン向けの時計をすべて手作業で作っていたのは有名な話だ。ムーブメントはジュー渓谷にある時計関連メーカーの設計図で作られたものだが、この事実はプラットの能力を何ら貶めるものではなく、このレベルの複雑機構を備えた時計づくりの歴史に沿った慣行だ。プラットが、パーペチュアルカレンダーモジュールをつけ加え、ミニッツリピーター、ムーンフェイズ、モノプッシャー・クロノグラフを取り付けて仕上げるという作業のすべてをやったのだ。仮にムーブメントを分解すれば、どの面も非常に美しく仕上げられていることだろう。ダイヤルもプラットが手作業で作っており、3パターンのギヨシェ仕上げには1週間かかったという。そしてプラットが製作した16本のパーペチュアルカレンダーのうち、クロノグラフ用ミニッツカウンターを搭載しているのは、一品ものであるこの作品だけだ。

 今後50年のうちにデレク・プラットによる一品ものの懐中時計が、この時代の時計づくりの作品として誰もが欲しがるものになるだろうといっても過言ではない。このロットに限らず、創業250周年を迎えるに当たり名高い時計師である新たなCEOカリ・ヴティライネン(Kari Voutilainen)の下で一新しようとしているウルバン・ヤーゲンセン社に対しては、全般的に注目が高まっているようだ。

 フィリップスは8万から16万スイスフラン(約1180万から2359万円)の推定落札価格をつけた。もしあなたが20万スイスフラン(約2949万円)以下でこの時計を手に入れることができたとしたら、「おめでとう。それを持って逃げなさい」と私は言おう。

写真は特筆がない限り、すべて各オークションハウスからの提供。

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