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Watches&Wonders、そして会期後に実施された工房取材を終えて帰国したのもつかの間、筆者は会社近くのイベントスペースを訪れていた。5月11日と12日にかけて開催されるアンティコルム ジュネーブオークションの東京プレビューに参加するためだ。このプレビューにはオークションに出品される時計のなかから200本ほどが展示され、実際に手に取り見ることができた。また、ジュネーブからアンティコルム・ジュネーブのマネージングディレクター&ウォッチエキスパート、ジュリアン・シェーラー(Julien Schaerer)氏も駆け付けた。忙しい最中、取材を申し込むと彼は快く応じいくつかの質問に答えてくれたほか、彼が注目しているというお気に入りのロット(トップロットではない)についても教えてくれた。
佐藤杏輔(HODINKEE Japan)。以下、佐藤
最近のオークショントレンドや、マーケットについて教えていただけますか?
ジュリアン・シェーラー(Julien Schaerer)氏。以下、シェーラー。
「そうですね、いくつか異なる側面があると思いますが、まずひとつには懐中時計への関心が以前と比べて復活しているのが興味深い点です。大きな理由のひとつとしては、やはり懐中時計に見られるクラフトマンシップが挙げられると思います。そして最に注目されている点は、価格が一貫していること、アップダウンがなく安定している点が挙げられるでしょう。価格が安定していることは皆さんにとって安心材料となっているようです。懐中時計とひと口に言ってもさまざまなものがありますが、特別な脱進機や複雑機構に興味がある方と、エナメルコレクターに代表されるように、その素晴らしい装飾性に引かれている方と、大きくふたつのタイプに分かれています」
佐藤
今年はラグジュアリー業界、特に高級品に関してダウントレンドにあると言われていますが、それについてはどのように考えていますか?
シェーラー
「うーん…。その質問については、何を前提にしているかが重要だと思います。つまりモダンウォッチの話をしているのか、それともヴィンテージウォッチの話をしているのか、ということですね。ヴィンテージの場合、下落傾向はそれほど顕著ではないと思います。ご質問のダウントレンドということで言えば、比較的新しい時計についてですね。一部の時計については、3〜4年という短い期間で急激な価格上昇カーブを描いていました。基本的にそのような時計はすぐに売り切れてしまい、手に入れることができないという傾向があったと思います。そのため、実際の供給量を上回る需要が生まれました。そして市場全体が値上がりしていたため、多くの人々が投機家として時計ビジネスに参入しました。ですが、市場が動き始めると、すぐにすべてを売り払った。つまり時計が大量に流入したのです。その傾向は逆転して、供給が需要を上回っています。結局のところ、ひとつ言えることは多くのヴィンテージウォッチの価格には大きな影響はないということです。市場は依然としてあり、顧客もまだたくさんいる。だから、オークション市場はいい状態が続くと思っています。少なくとも5年前、10年前に比べればいまはずっといい状況ですね」
佐藤
今回のオークションで注目すべきロットを教えてださい。
シェーラー
「僕のお気に入りということですよね? トップロットとは別のものになってしまいますが、僕のおすすめというか、好きなもの、ユニークなストーリーのある時計をいくつか紹介しましょう」
順不同で、シェーラー氏がセレクトした注目のロットは以下のとおり。彼が言うように、いずれも興味深いバックストーリーを持った個性的な時計ばかりだ。
Lot 590:パテック フィリップ ワールドタイム Ref.2523
パテック フィリップのRef.2523と言えば、同ブランドのワールドタイムのなかでも特に入手困難なもののひとつで、オークションにおいて常に多くの関心と注目を集めるレアピースの常連として知られている。
パテック初期のワールドタイムは、ベゼルを手動で回転させるものだったが、1953年に都市表示リングを回転させる第2のリューズを備えたモデルを発表する。それがCal.12-400 HUを搭載したRef.2523だ。不思議なことにRef.2523の売れ行きは芳しくなく、結果ごく少量しか製造されなかったという。有識者たちによれば、Ref.2523はこれまでに26本しか作られなかったと考えてられている。パテックは永久カレンダーのRef.1518を281本製造したと言われているが、Ref.2523がいかに希少であるかが分かるだろう。アーカイブによれば、この個体は1953年に製造、1954年12月に販売されたもので、一連のムーブメント番号に従うと、これまでに製造された9番目のRef.2523であり、ギヨシェ装飾が施されたゴールドセンターを備えた個体がオークションに出品されるのはこれで4例目。そして文字盤に“Geneve”の署名が入っている唯一の個体であるようだ。アンティコルムの調査によれば、作られた26本のRef.2523のうち19本はすでに市場に出ており、このように新たに市場へとRef.2523が出てくることは歴史的にも極めて重要だという。
この時計は、35年以上前にイタリアの所有者が中古で購入したのち、着用されずにほかの時計とともに保管されていたという。経年による緑青が現れてはいるが、イエローゴールド(YG)ケースは摩耗もほとんど見られず、ゴールドのギヨシェ装飾文字盤も良好な状態を保っている。
予想落札価格:100万スイスフラン〜200万スイスフラン(日本円で約1億7180万円〜約3億4355万円)
Lot 097:ロレックス Ref.3525 “モノブロッコ”
Ref.3525は、オークションでもなかなかお目にかかれない時計のひとつだ。ロレックスがオイスターケースを採用した最初のクロノグラフ、つまりねじ込み式のケースバックとリューズを備えたオイスタークロノグラフのファーストモデルで、コレクターたちのあいだでは“モノブロッコ”の名で呼ばれている。ダイヤルはアーチ型に“ROLEX OYSTER”の表記が入るデザインで、比較的珍しいクラウンマークのないタイプである。
このリファレンスは1939年から1945年までの6年間製造されたと言われているが、この個体はケースのシリアルから1938年頃に製造されたと推測される初期型。市場で見られるものとしてはホワイトダイヤルにステンレススティール(SS)ケース仕様のものが比較的多いが、ブラックダイヤルにピンクゴールド(PG)ケースという組み合わせが、この個体の希少性を高めている。
予想落札価格:8万スイスフラン〜14万スイスフラン(日本円で約1375万円〜約2400万円)
Lot 215:F.P.ジュルヌ トゥールビヨン・スヴラン
1985年に独立し、細々と時計製作を進めていたフランソワ−ポール・ジュルヌ(F.P.ジュルヌ)は、1999年に限定20本の“スースクリプションシリーズ”トゥールビヨン・スヴランを製造した。そして同年のバーゼルフェアで、初の製品版(スースクリプションバージョンは通常製造品としてはカウントされないというのが定説)となるトゥールビヨン・スヴランを発表。それがこの“リファレンスT”と呼ばれる、第1世代のトゥールビヨン・スヴランだ。
ルモントワール・デガリテ機構を備えたF.P.ジュルヌ最初の市販モデルで、2003年にルモントワール機構を搭載したトゥールビヨン・スヴランに、ナチュラル・デッドビートセコンド機構を加えた新世代モデルが登場するまで製造された。この個体は2001年頃に製造されたもので、ケースバックの刻印から91番目の個体であることが分かっている。ケースはプラチナ、ムーブメントは真鍮製で、ダイヤルはYG、PG、ホワイトゴールドの3種類があったが、スイスの顧客によって購入されたというこの個体は YG文字盤仕様である。
なお、F.P.ジュルヌのトゥールビヨン・スヴランについてもっと詳しく知りたいという方は、こちらの記事「F.P.ジュルヌ トゥールビヨン全史(ジュルヌ本人による動画解説付き)」を読むことをおすすめする。
予想落札価格:20万スイスフラン〜40万スイスフラン(日本円で約3430万円〜約6855万円)
Lot 095:ロレックス デイトジャスト Ref.4467 “スースプリクション”
Ref.4467は、ロレックスにおいてもっともアイコニックなデイトジャストのファーストリファレンスとして知られている。1945年にブランド創立40周年を記念して発表されたデイトジャストだが、ダイヤルに“DATEJUST”表記が入るのはRef.6105から。表記が入る前のファーストモデルということも注目に値するが、最大のポイントはそこではない。この個体が、スイスの新聞広告を通じてのみ入手可能だったと言われる最初の100本のうちのひとつ、“スースプリクション”モデルだったということだ。
アンティコルムによれば、この個体は975スイスフラン(当時)で新聞『ラ・スイス(La Suisse)』の広告に応じることによってのみ入手可能だったとされ、オーナーは紋章(この個体ではウィンストン・チャーチルが所有していた時計と同様の紋章が裏蓋に刻印されている)またはイニシャルをケースに入れることができ、すべての個体のラグとラグのあいだに1 〜100までのナンバーが刻印されていた(この個体はNo.046)。なお、過去にクリスティーズのオークションでは『トリビューン・ド・ジュネーブ(Tribune de Genève)』を通じて販売されたとするモデルも出品されている。
Ref.4467の最初の100本が各新聞広告を通じて販売されたのか、それとも各新聞ごとに100本のRef.4467をそれぞれ販売したのかは定かではないが、いずれにせよこの個体は製造されたRef.4467のなかでも初期の個体であり、さらにオリジナルのダイヤル、リューズ、ベゼルを保持している歴史的にも非常に価値のある1本となっている。
予想落札価格:1万スイスフラン〜2万スイスフラン(日本円で約175万円〜約345万円)
プレビュー会場で気になった編集部注目の1本
プレビューには多くの人が訪れていたが、なかでもひと際注目を集めているロットがいくつか見られた。そのうちのひとつが、このLot 134。パテック フィリップの手巻き防水クロノグラフ Ref.1463である。
Lot 134:パテック フィリップ 手巻き防水クロノグラフ Ref.1463
パテック フィリップのRef.1463は、ブランド初の防水クロノグラフで、同社がこれまでに製造したクロノグラフのなかで最も高く評価されているもののひとつである。ダストカバーとスクリューバック式の裏蓋を採用したフランソワ・ボーゲル社製の分厚い防水ケースを持ち、それまでのモデルに見られた角形ではなく、丸型のクロノグラフプッシャーが初めて採用され本格的に防水性が追求された。1940年代初頭から1960年代中頃までの約20年間という長きわたって製造されたリファレンスであるが、その製造数それほど多くはなく、一説には750本程度と言われている。
アーカイブによると、この個体は1953年に製造され、1954年10月に販売されたもの。若干分かりづらいがクリームホワイトとシルバーのオリジナルのツートンカラーダイヤルの6時側には、クロノグラフで名を知られている時計メーカーであり、当時ミラノで有名なリテーラーでもあったエベラールのシグネチャーがプリントされている。加えて、この個体は35年以上にわたってイタリアのコレクターによるプライベートコレクションとして長らく保存されていたもので、ほぼ使われた形跡がないと極めて良好なコンディションを保っているという点が、その価値を高めている。予想落札価格は、10万スイスフラン〜20万スイスフラン(日本円で約1715万円〜約2575万円)。現在、セカンダリーマーケットで出回っているものと比較してもコンディションはかなりいいようで、一体いくらで落札されるのか、非常に楽しみだ。
Photographs by Kyosuke Sato.
掲載した時計は、5月11日と12日にかけて開催されるアンティコルム ジュネーブオークションに出品されます。その他オークションの詳細は、アンティコルム公式サイトをご覧ください。
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