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Recommended Reading 『The Cartiers』フランチェスカ=カルティエ・ブリケルによる知られざるカルティエの物語

"複製ではなく、創造すること"  ールイ・カルティエ。


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上段左、著者の祖父ジャン=ジャック・カルティエ、右、創業者ルイ=フランソワ・カルティエ。

カルティエといえば、当然のことながらモノを思い浮かべる。時計愛好家であれば、「カルティエ タンク」(非常に多様な形状が存在する)や、その他のデザインを思い浮かべるのも当然のことだが、これらのデザインは、何十年にもわたって腕時計の世界において定着し、それ自体がクラシックなものとなっている。

カルティエの歴史は、何十年にもわたって全体的なデザイン言語が進化してきた歴史であり―1847年、ルイ=フランソワ・カルティエが、ピカールという名のジュエラーの工房を引き継いで弟子入りしたことでカルティエは創業―、それ以来、3度の大きな戦争(普仏戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦)や大小様々な経済危機、国内危機を経て、存続し繁栄を続けてきた。

 その間、カルティエのルックはますます洗練されていき、現在もジュエリー、ウォッチ、その他の作品がカルティエのデザインを特徴づける不変のオーラを放ったものとするために、あらゆる努力が続けられている。

 しかし、見落とされがちなのは、作品の背後にいる人々の物語だ。往々にして、これらの作品は、神話のような時代に高い次元で、自然発生的に生み出されたのではないかと錯覚するほど、長い間知っているものである。もちろん現実には、非常に要求の厳しい顧客の非常に気まぐれな嗜好を満足させるため、全ての美しいモノの創造にたゆまぬ努力をした心と職人業の結果である。フランチェスカ=カルティエ・ブリケルの著書『The Cartiers: The Untold Story Of The Family Behind The Jewelry Empire』の中で、それらの人々が誰であったかが記されている。

フランチェスカ=カルティエ・ブリッケル

 彼女が語るように、物語は2009年7月23日始まった。その日は、彼女の最愛の祖父であるジャン=ジャック・カルティエの90歳の誕生日だった。彼は、ニューボンドストリートにあるロンドンブティックを率いた創業家の最後のメンバーで、ニューヨーク、ロンドン、パリを拠点にしていたファミリービジネスのひとつを主催した、家族の最後の一人でもある。彼女の話によると、南フランスにある祖父の家のワインセラーに行って、この日のために取っておいたヴィンテージもののシャンパンを探してくるように頼まれたそうだ。最初はワインが見つからなかったのだが、探しているうちに、ホコリに埋もれた古い汽船トランクとその他のコレクションに出くわしたという。中に入っていたのは、歴史家にとって宝の山のようなものだった。「入っていたのは何百通もの手紙でした。整然と束になって配置されていて、それぞれの山が、色あせた黄色や、ピンク、赤のリボンで結ばれていたのです。分厚い白いカードに美しい手書きのラベルが貼られていました」手紙は、カルティエの歴史の全貌が書かれたものであり、比較的地味だったパリの無名のジュエリー工房から、何世代にもわたってラグジュアリーを定義づける国際的な存在へと成長させた一族によって、一人称で綴られていた。

 彼女が10年の歳月をかけて書き上げたこの本は、世界中を旅して、ほとんど知られていなかったカルティエ一族の物語を明らかにし、その歴史を詳細に語っている。656ページに及ぶこの本は、『The Decline And Fall Of The Roman Empire(ローマ帝国衰亡史)』を何度か読んだことを思い出させるようなものだった。その範囲の広さと複雑さだけでなく、一族とそのクライアントの両方の物語が、深く絡み合っているのが印象的だ。これは、国際的な舞台で何世代にもわたって繰り広げられるドラマであり、王子や王様、女王、産業界の大物が登場する。

 いくつか例をあげると、普仏戦争後の数年間、パリの社交界に君臨し「私はミロのヴィーナス。パリ一番のピュタン(高級娼婦)である!」と公言した悪名高い宮廷の女ラ・バルッチ(La Barucci)が登場。著者が「速い女と遅い船」に恋をしていたと表現していた不運なロシアの提督。それにロシア革命前はカルティエの顧客だったが、その後はロシアから逃亡した人々の宝石の処分を支援していたロマノフ家。それにエリザベス・テイラーに贈ろうとしていた巨大なダイヤモンドをカルティエに落札されてしまったことを知ったリチャード・バートン。彼は激怒し、翌日はホテルの公衆電話に居座り続け、最終的にカルティエに彼に売るように説得した(後に彼は日記に「私は怒り狂っていた」と記している)という話。またカルティエは、華やかなジャン・コクトーのために、彼がアカデミー・フランセーズに入学した際に、カルティエがデザインした宝石をちりばめた短剣を製作した、などなど華麗なる逸話が踊る。

カルティエのジュエリー「トゥッティ フルッティ」。

 しかし、こうしたストーリーの中心にあるのは、カルティエ一族そのものであり、特に3人の兄弟は、19世紀から20世紀所長にかけて、カルティエを「王の宝石商、そして宝石商の王」と呼ばれる国際的な存在にした人物だ。ロンドンのジャック・カルティエ、ニューヨークのピエール・カルティエ、そしてパリのルイ・カルティエは、「血は水よりも濃い」という古いことわざを体現するような存在だった。そして、無類のセンス、慎重な外交、最高のもの以外には不寛容であること、また、従業員への配慮から3つの支店のそれぞれが職人やビジネスマンの大家族のようになっているべきという理想に基づき、帝国を築き上げていった。

カルティエ三兄弟、父と一緒に。

 特に支配的だったルイ・カルティエの姿は、生き生きと描かれている。誇り高き(ある貴族に社会的不祥事を理由に死闘を挑んだことがあった)ルイ・カルティエは、デザインの分野では無謬性を確信しており、先見の明があり、精力的で、容赦ない要求をしていたようで、今日私たちが考えるカルティエの最も本質的な精神を誰よりも担っていた。次の偉大な宝石を求めて旅に出たジャック・カルティエのたゆまぬ旅、グァルネリのバイオリンの名人のような技量でアメリカの顧客の好みに合わせたピエール・カルティエの洞察力。そして何より3人の兄弟が共に働いたことで、一世代に渡って魅力的な帝国を築いてきたのだ。兄弟がお互いの特殊な技術や才能を必要としていたことは、ルイ・カルティエでさえ率直に認めていた。ジャン=ジャック・カルティエは著者に「ルイはよく言っていました。『会社の株を買えば価値が急落するだけで十分だ』」と語った。また、一族の一員ではないが、自分たちの天才的なデザインの才能を発揮した人々の姿も生き生きと描かれている。そこには、ジャンヌ・トゥーサンも含まれる。彼女は、パンテールへの愛をカルティエに持ち込み、長年にわたりカルティエのジュエリーのアーティスティック ディレクターを務めていた。彼女とルイ・カルティエは恋人同士だったが、結婚することはなく、1942年にルイ・カルティエが亡くなるまで、お互いに深く愛し合っていた。

プライベートコレクションより、カルティエの時計たち。

 この一族は結局、自らの成功の犠牲者となり王家の宿命は避けられないと思われた。1970年代になると、若い世代のいとこたちがビジネスに興味を示さなくなり、ラグジュアリーの基盤が取り返しのつかないほど変化したため、カルティエは3つの支店を売却し、最終的にはリシュモングループ傘下に統合されて現在に至る。しかし、この一族の物語は、時代を超えて、果てしなく魅力的である。この『The Untold Story Of The Family Behind The Jewelry Empire』は、カルティエの歴史だけでなく、19世紀から20世紀にかけての高級品の社会史やその変遷に興味のある方には必読の書となるだろう。カルティエは、今日私たちが知るようになったラグジュアリーを真に発明した企業のひとつであり、本著を読むことは、ビジネスと創造性に富んだ王家の物語に浸ることだけでなく、より大きなラグジュアリーの歴史にも触れることができる。また、カルティエがその一翼を担い、現在もその一部であることも示している。この本は、ラグジュアリーの世界の誰にとっても、創造性はサプライヤーからキログラム単位で買えるものではないということを思い出させてくれるのだ。

『The Cartiers: The Untold Story Of The Family Behind The Jewelry Empire.』フランチェスカ=カルティエ・ブリケル著(Francesca Cartier Brickell); 2019年アメリカ、バランタイン・ブックス出版 著者のInstagramアカウントは @creatingcartier