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A Week On The Wrist オメガ スピードマスター レーシング マスタークロノメーターを1週間レビュー

レーシング仕様のスピーディを着けてサーキットへ繰り出そう。

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※本記事は2019年9月に執筆された本国版の翻訳です。

1969年、バズ・オルドリン(Buzz Aldrin)がスピードマスターを身につけて月面に降り立ったとき、この時計は瞬く間に時計界のスターダムにのし上がった。このモデルは、その後の50年間のスピードマスターの評価を決定づけ、2019年(※記事掲載時)以降もその評価は続くだろう。また、このモデルは半世紀にわたってスピードマスターに関するオメガのコミュニケーションの指針となってきた。HODINKEEの長年の読者であれば、月面着陸50周年記念の多様なモデルの発表、時計、メディアキャンペーンを見逃すことは絶対にないだろう。オメガは、この記念日にちなんだスピードマスターを3モデル発表した。それも、ゴールドプラチナスティールという3種類の金属ケースを纏って。

 宇宙マニアであり、時計愛好家でもある私にとって、月面で着用された時計ほどエキサイティングなものはない。スピードマスター以上に、2つの情熱を結びつけるものはほかにないだろう。しかし一方で、ムーンウォッチ疲れは切実な問題だということを認めざるを得ない。ムーンウォッチが非常にすばらしい時計であり、アイコン的存在であることに異論はない。しかし、忘れがちなことがある。スピードマスターが当初から宇宙飛行用に開発された時計ではなかったということだ。スピードマスターがNASAの宇宙飛行認定を得るために、しかるべき時にしかるべき場所にいたことはまったくの幸運だった。この時計はNASAが実施した過酷なテストに耐えられるように設計されなければならず、もちろん合格している。卓越したクロノグラフであることは疑いの余地はない。しかし、どこがそんなに優れているというのだろうか?

 それは、レーシングカーを極限まで追い込むような過酷な状況下でも性能を発揮できるように作られているからだ。だからこそ、“ムーンマスター”や“スペースマスター”ではなく、“スピードマスター”と呼ばれているのである。1957年、オメガは成長するアマチュアモータースポーツ市場に向けて、クロノグラフ腕時計を発表した。ロジャー・ペンスキー(Roger Penske)がベルフォンテーヌ・ヒルクライムレースでコルベット フューリーを走らせ、ほかの人たちにも同じことをさせたのと同じ年にだ。アメリカのモータースポーツの歴史において、一般の愛好家が国中のオープンモータースポーツイベントに参加できた時代であった。大西洋でも同じような“ジェントルマン・ドライバー”のムーブメントが起きていた。レースに必要な安全基準は現代ほど厳しくなく、公道での高速走行に関する法律も甘かったため、モータースポーツの黄金時代と呼ばれている。

 レースカーのコックピットは、レッドストーン、アトラス、サターンVロケットに比べればはるかに原始的なものだが、宇宙に進出する可能性のあるクロノグラフのたたき台としては最適だったのだ。スピードマスターがこのような重要な役割を果たす準備ができていたことは容易に理解できる。すでに同じような環境で何年もテストが行われていたからだ。

 ムーンウォッチは1969年当時とほぼ同じ形で現在(編注;2019年当時)も生産されており、コレクションの世界ではそのモデルがしばしばスポットライトを浴びている。しかし、オメガはスピードマスターのルーツを忘れることはなかった。レーシングシリーズは誰もが賞賛するムーンウォッチの第2バイオリン的な存在(つまり“脇役”)になるのかもしれないが、レースに特化したモデルはスピードマスターの誕生以来、一貫して控えめながらラインナップを継続されてきた。この“スピードマスター レーシング マスタークロノメーター”はその最新作である。


スピードマスター レーシング・エディションの歴史

Ref.145.022-68 スピードマスター “レーシング” 1968年頃。

 少し曖昧だが、1968年に登場したRef.145.022-68の派生モデルとして、“レーシング”ダイヤルを搭載した最初のスピードマスターが登場したと考えられている。標準的なブラックダイヤルの代わりに、オレンジ色のクロノグラフ針が付いたグレーダイヤルが採用された。スモールセコンド用のインダイヤルと針はホワイト、クロノグラフ機能はオレンジで表示されていた。このモデルはコレクターの間でも人気が高いのだが、文献がほとんど残されていない。

 また、1969年に発売されたスピードマスター MK II “レーシング”というモデルは、非常によく似たダイヤルを採用している。このモデルは“エキゾチック”ダイヤルモデルとも呼ばれる。初代MK IIのムーンウォッチからの改良点についてここに詳しく書いているのでご覧いただきたい。このモデルは、コレクターの間で大ヒットすることはなかったが、にもかかわらず、オメガは2014年にこの時計を再リリースした。ダイヤルの色調が若干変更され、夜光塗料とカレンダー表示も追加されたが、ケースサイズが若干アップしたことを除けば、初代モデルの仕様をほぼ踏襲した。

スピードマスター MK II “レーシング” 2014年頃。

 さて、話は2004年に戻る。日本市場ではCal.1861を搭載し、“レーシング”ダイヤルを持つRef.3570.40が2004本限定で発売された。このモデルは大変な人気を博し、今でも当時の正規販売価格を大幅に上回る価格で取引されている。直接の系譜という意味で、このモデルは1968年の初代Ref.145.022-68に最も忠実なモデルといえる。

 オメガが故ジョージ・ダニエルズのコーアクシャル脱進機を導入すると、モータースポーツにインスパイアされたスピードマスターが数多く登場した。Ref.326.32.40.50.06.001もレーシングファミリーの一員だが、“チェッカーフラッグ”を模した秒針トラックはダイヤルから省かれた。前述の日本限定モデルに続いて、本記事のテーマとなるのはスピードマスター レーシング マスタークロノメーターとして知られるRef.329.30.44.51.01.002だ。

2012年頃のスピードマスター レーシング。

 ここまで紹介してきたモデルは、いずれもスピードマスター“プロフェッショナル”ラインに該当するが、1996年に発表されたモータースポーツにインスパイアされたスピードマスターのラインを紹介しないわけにはいかない。それがシューマッハモデル Ref. 175.0032である。このモデルは、いわゆる“スピードマスター リデュースド”ライン(小径モデル)に属し、レッド、イエロー、ブルーの3色が展開された。ブルーモデルはダイヤルにCART(Championship Auto Racing Teams)のロゴがプリントされた。シューマッハモデルには、オメガがCal.1141と名付けた改良型ETA2890-02自動巻きムーブメントが採用されている。

スピードマスター リデュースド シューマッハ エディション 1996年頃。

 このカラフルなシューマッハシリーズには、確かに“チェッカーフラグ”秒針が採用されていたが、オリジナルとなる1968年のスピードマスター レーシングのようなオレンジとエビ茶色のアクセントはなかった。しかし、2000年になると、このデザインが再び登場する。6000本限定で発売されたRef. 3518.50.00だ。 こちらもスピードマスター リデュースドに属することに変わりはないが、ビジュアル的には往年のレーシングダイヤルに近いものとなった。

スピードマスター リデュースド “レーシング” 2000年頃。

 レーシングデザインのDNAは10年ごとに登場してきたが、当時は決して大きな人気を博すことはなかった。しかし、ムーンウォッチの価値が上がるにつれ、レーシングモデルに注目するコレクターが増えてきたのも事実だ。


タキメーターと視認性

 スピードマスターは、タキメーターをインダイヤルに内蔵するのではなく、ベゼルに搭載した初のモデルだ。これによりダイヤルが開放され、インデックス(レーシング マスタークロノメーターではホワイトゴールド製)と秒表示のバランスが改善されたが、同時にタキメーターの出番も増えた。ベゼルのほかの部分からタキメーターを切り離すことで時計の視認性が向上し、結果的に使いやすくなったのだ。

 スピードマスター レーシング クロノメーターのベゼルには、オメガのリキッドメタルテクノロジーが採用されている。これはセラミックをベースとした素材で、目盛りとブラックの下地の間に驚くほどシャープなラインを描くことができる。一般的なムーンウォッチのベゼルインサートはアルミニウムにプリント印字したものを採用しており、こちらもシャープではあるが、リキッドメタルが生み出すコントラストほどではなく、さらに後者は傷や褪色に強いという利点もある。コレクターの観点からすると、ヴィンテージのスピードマスターのベゼルのゴーストフェードに勝るものはないが、レーシング マスタークロノメーターはこの点では伝統にこだわらず、実際にタキメーターを使用する際の実用性を重視したようだ。

 ベゼルには“Tachymetre(タキメーター)”の文字がオレンジ色でプリントされており、このモデルがレースの伝統を受け継いでいることをさりげなく示している。レーシングラインの機能は視覚的にも明確に区別されている。初代 “レーシング”スピーディではクロノグラフ機能はオレンジ、計時機能はホワイトで表示されていた。1968年に発売された初代“レーシング”モデルからの仕様であるが、レーシング マスタークロノメーターではそれが逆転している。このモデルでは、クロノグラフ機能はホワイト、計時はオレンジで表現されている。オメガは、クロノグラフの機能を視覚的に明確にすることに特に長けており、1960年代と70年代には特にその傾向が強かった。例えばフライトマスターでは、ダイヤル上の機能に対応してカラーコード化されたリューズを採用している。ブルーのセカンドタイムゾーン針にはブルーでマークされたリューズ、クロノグラフ機能を操作するにはレッドとイエローでマークされたプッシャーを使用している。

 後述するCal.9900を搭載しているため、レーシング マスタークロノメーターでは、6時位置にカレンダー窓を配した2レジスターデザインを採用している。これによりダイヤルがすっきりし、ちょっとした余白が生まれた。しかし私は、このモデルまでのすべてのレーシングモデルに採用されている3レジスターのレイアウトが好きだ。純粋主義者のこだわりというべきか。スモールセコンドは9時位置に配されるが、経過時間と分は3時位置にある1つのレジスター内に表示される。この2つの計測値を組み合わせることで、すっきりとコンパクトになっているが、一般的な3レジスターのレイアウトを見慣れていると、解読するのに若干フラストレーションを感じる部分ではある。経過時間は、標準時間と同じように読み取ることができる。6時位置にはカレンダー表示があるが、これはなくてもいいと思う。映画『ワイルド・スピード』のドミニク・トレット(Dominic Toretto)が、若き日のブライアン・スピルナー(Brian Spilner)に向かって「俺は人生を1/4マイルずつ生きるんだ。ほかは何も重要じゃない。住宅ローンも、店も、チームも、奴らのたわごとも何もかもだ。10秒間、俺は自由になるんだ」と宣言したのは、モータースポーツを追求することで得られる神髄を示唆しているように思う。その10秒を計るために必要な機能はクロノグラフだけだ。何日目かということは関係ない。

 これはちょっとした冗談だが、機能を足し算ではなく、引き算することには確かにメリットがある。それはレースの現場でも同じことが言える。無駄な重量や余分なシステムはすべて取り除く。機能が少ない方が故障や不具合が少なくなるどころか、改善することもあるからだ。


Cal.9900について

 オメガの自社製ムーブメントCal.9900は非常に美しく、レースの伝統を持つスピードマスターのなかで、このモデルだけがシースルーバックを備えているのも納得だ。Cal.9900は、オメガのフラッグシップ・オートマティック・クロノグラフムーブメントだから当然でもある。コックピット内のスイッチが機能別に表示されているように、コラムホイール機構もムーブメントに刻印されている。この意匠はこれ見よがしというわけではないが、テーマに沿ったものであることは確かだ。コラムホイールについて言えば、垂直クラッチ機構を採用しているため、クロノグラフを作動させる際に歯が干渉することがない。その結果、クロノグラフの針を動かしたときに“針飛び”が発生しない。車の専門家にとっては、垂直クラッチ機構はシンクロメッシュ・ギアボックスのように同期して噛み合わせが行われるのに対し、ドッグボックス・トランスミッションのように歯が同期せずにドライブギアに押し込まれるのは水平クラッチの仕組みに似ていると考えられる。

 Cal.9900は、単に美しいだけのムーブメントではない。COSCとMETASの2機関から認証を取得している。METASとは、スイス連邦計量・認定局のことで、彼らはオメガが使用するテスト手順を実際に評価し、さらなる安心感を与えてくれるのだ。非常にメタ的である。もちろんCOSC認定は、多くのハイグレードムーブメントに搭載されているスイス公認クロノメーター検定協会の認定規格だ。これが “マスター”という名称の由来である。


オン・ザ・リスト

 スピードマスター レーシング マスタークロノメーターは決して小さくはない。ファースト・オメガ・イン・スペース(FOIS)に使用されているCK 2998ケースや、HODINKEE H10 Limited Editionの着用感とは似ても似つかぬものだ。私は後者を頻繁に着用しているが、ケースのプロポーションは完璧に近いと感じている。レーシング マスタークロノメーターは、必ずしも袖口の下にきれいに収まるわけではないし、ヴィンテージムーンウォッチのような雰囲気もない。しかし、手首に巻いたときの存在感は違う。まさに堂々とした存在感である。直径44.25mmとムーンウォッチよりも大きいが、その数字だけを見て敬遠する必要はない。私は普段39mm台の時計を愛用しているが、この時計は意外にも装着しにくいということはなかった。それどころか、ちょうど良いサイズとすら感じたほどだ。それは、このモデルのラグからラグまでの全長が49.8mmと比較的短いからということに尽きる。通常のムーンウォッチは48mmだ。モータースポーツの世界ではmm単位の数値を極限まで詰めることが求められるが、時計の場合、1.8mmの差はごくわずかだ。

  スピードマスター レーシング マスタークロノメーターを装着すると、ある種の重厚感を味わうことになるが、それを楽しむか我慢するかは着用者の好み次第だ。その重厚感は日常使いをするなかで、必ずしも消え去るものではない。先に述べたように、このスピーディにはある種の存在感がある。鮮やかなオレンジ色のアクセントやディープブラックのベゼルも、ムーンウォッチのモノトーンのモチーフにはない魅力を放っている。スタンダードなスピーディほどの知名度や人気はないため、時計のイベントでも同じモデルを身に着ける愛好家に出くわすことは少ないだろう。この時計は後々化ける時計だと思っている。オメガの最新技術の粋を尽くしたフラッグシップムーブメントであるCal.9900も詰め込まれている。このスピードマスターは、ほかのモデルのように注目されることはなかった。しかし、それはこのモデルが注目に値しないということではない。おそらくモータースポーツファンとスピードマスターファンの接点は比較的少ないのではないかと思われるが、この時計のルーツを考えると不思議なことでもある。


スタートラインで肩を並べる競合モデルたち
ロレックス コスモグラフデイトナ

 私の知る限り、このセグメントではデイトナとレーシング マスタークロノメーターがリードしている。これはスポーツカーレースの最高峰であるGT1クラスの戦いにも喩えよう。このクラスでは、お互い身を切るような戦いを繰り広げている。どちらもセラミック製のタキメーターベゼルを採用している。デイトナにはCal.4130、スピードマスターにはCal.9900という最高級ムーブメントが搭載されている。前者は72時間、後者は60時間パワーリザーブを備えている。デイトナの価格は145万7500円(税込)だ。99万円(税込)のオメガに比べて大幅なプレミアムではないが、オメガがデイトナを追い越して一歩リードする可能性がある理由は次のとおりだ。デイトナは手に入れることができないが、スピードマスターはどのブティックで購入できる。レースの世界で競争力を維持するためには、パーツの入手が重要なのだ。

ゼニス エル・プリメロ クロノマスター

 次にGT2クラスのモデルを紹介する。このゼニスの定価は86万4000円(税込;記事執筆当時)で、レーシング マスタークロノメーターと共通する機能を多く備えている。自動巻きクロノグラフ(世界初)、かつてのレーシングスピードマスターのような3レジスター、日付表示などだ。しかしゼニスにはタキメータースケールがダイヤルから切り離されベゼル上に配置されているという、スピードマスターが持つ重要なデザイン要素がない。また、ゼニスはリキッドメタル製のベゼルを採用することで技術的にも先進的な外観となったスピードマスター レーシング マスタークロノメーターよりも伝統に根ざしたデザインを持っている。

タグ・ホイヤー モンツァ ヘリテージ キャリバー17

 カレラとオータヴィアはモータースポーツと深いつながりを持つが、現行モデルのほとんどはタキメータースケールを搭載していない(ただし、“シフェール”キャリバー11を除く)。しかし、モンツァにはタキメータースケールが搭載されており、スピードマスターレーシングと肩を並べる存在だ。モンツァは1976年にステルス性の高いPVD処理を施したホイヤーの最初の時計であり、その意味では、今日のスピードマスター レーシング マスタークロノメーターのように当時の先進的なモデルだった。また、6時位置のカレンダー表示や2レジスターのレイアウトなども比肩する。モンツァの価格は63万8000円(税込)だ。


フィニッシュラインを越えて

 月に行くことが不可能だとは言うつもりはないが、地元のレース場に行って何周か車を駆ることの方がはるかに身近な事ではある。スピードマスター レーシング マスタークロノメーターの魅力はそこにある。1957年にスピードマスターを製作したオメガのエンジニアやデザイナーは、スピードマスターが月に行くのを見て感激したことだろう。そしてそれは、優れたクロノグラフを製作したときに起こったセレンディピティ(予期せぬ発見)のようなものだっただろう。しかし、スリルに身を任せたい私はスピードマスター レーシング マスタークロノメーターを腕に巻いて、サーキットに直行したいと感じている。

スピードマスター レーシング マスタークロノメーターの詳細については、オメガの公式サイトご覧ください。