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In-Depth 時計の振動数は性能表示に本当に必要な情報なのか?

我々は最高なバイブスを感じ始めている。

HODINKEEをはじめとする時計メディアをご覧になったことのある読者なら、時計の仕組みを理解する上で欠かせない技術情報をご覧になったことがあると思う。時計内部に収められたムーブメントの振動数だ。それは必要不可欠な情報なのだろうか? 振動が速い時計はより正確なのだろうか?

ゼニスのクロノマスター・オリジナルに搭載されている新型エル・プリメロ 3600 オートマティックは、経過時間を10分の1秒単位で計測することが可能だ。

 振動数、精度、振動安定性の正確な相関関係の理解についてはネット上でさまざまな憶測が飛び交っている。そして振動だったり、それを司るテンプであったり、それぞれの利点や役割をしっかりと理解できたと思ってもまた別の疑問が浮かんでくる。もしかしたら、読者の皆さんも同じように感じているかもしれない。そこで今回はその疑問の解消を試みよう(本稿では記事の尺の都合上、クォーツの仕組みについては割愛するが、電池駆動であってもクォーツは機械式の発振器であることを知っておいてほしい)。準備は良いだろうか? では、始めよう。

 時計の振動数は、ヒゲゼンマイとテンプを組み合わせた調速機が一定時間に発振する総数によって決まる。この情報は通常ムーブメントのヘルツ(Hz)、または1時間あたりの正確な振動数(※vph/bph)のいずれかで表記される。

※編集部註 VPHはVibrations per hour、BPHはbeats per hourの略。どちらも1時間当たりの振動数を指し、日本語では振動/時と表記する。

ブレゲのクラシック クロノメトリー 7727は10ヘルツ、つまり7万2000vph/bphで振動する。

 機械式時計が4ヘルツ(2万8800vph/bph)で時を刻むということは、テンプが1秒間に4回転往復することを意味し、1回の往復は1秒間に2回の振動に相当する。つまり、テンプが一方向に動いて振動がカウントされ(チック)、テンプが逆方向に戻ることでさらに振動がカウントされる(チック、タック)という、振り子をイメージすると理解しやすい。1秒間に4回転往復すると、同じ時間内に8回の振動が発生する。1時間は3600秒なので、単純に8回の振動に3600秒を掛けて、2万8800振動/時と表記するのだ。

オメガのコーアクシャル脱進機搭載ムーブメントの多くは2万5200振動/時という一般的ではない振動数で動作する。

現行のシーマスター ダイバー 300Mに搭載されているCal.8800は2万5200振動/時で動作するムーブメントの一例だ。

 時計の調速機構は、ムーブメント内の脱進機と呼ばれるアンクルとガンギ車で構成されている。テンプが回転往復するたびに、アンクルがガンギ車をロックとロックの解除を繰り返す。テンプで得られた運動エネルギーは4番車に伝達され、ダイヤル上の秒針を動かすことになるが、当然のことながらテンプは一回転往復ごとに一定のエネルギーを失うが、ガンギ車の歯とアンクルの噛み合わせによる衝撃で、即座にエネルギーが回復する。

 主ゼンマイは巻き上げられたときにエネルギーを蓄え、駆動輪列に解放し、そのエネルギーをテンプに伝える。調速機が動く一定の振動数はエネルギーがどのようにダイヤル上に時間として表示されるかを制御するのだ。機械式時計のビデオをスローモーションで再生すると秒針が1秒間に何回動いているかがわかるはずだ。とても素敵ではないだろうか? このエネルギーの伝達が機械式時計の時を告げる仕組みの基本構造だ。

ブランパンの現行のクロノグラフに搭載されている自動巻きキャリバーF385はハイビートのムーブメントとして過小評価されているが、間違いなく逸品だ。

 テンプの振動数は、主にテンプとヒゲゼンマイの設計によって決まる。常識的にはテンプが大きければ遅いし、小さければ速い。速ければより多く刻むことが可能となる。また、ムーブメントの輪列の工作精度は秒針の動きの滑らかさに直接影響する。歯車が細ければ細いほどエネルギーを伝達する際のバックラッシュ(遊び)が少なくなり、ダイヤル上の秒針がよりスムーズに表現される。このあたりは高級なムーブメントとそうでないものとの違いがよくわかる部分だ。

 さあ、ここまでで時計の振動数は基本的に重要だということがおわかりいただけたのではないだろうか? 精度面では高ければ高いほどいい。また時計の動作に不可欠であるという点では重要だが、精度を決定する要素は振動数だけではない。

カリ・ヴティライネン Vingt-8(ヴァントゥイット)に搭載されている特大のテンプは夢のようだ。

 例えば、多くの独立時計師は2.5Hzや3Hzで作動する大型のテンプを好む。その理由はシースルーバックを通して、時計の所有者に大きな視覚的な愉悦を与えることができるからだ。確かにハイビートキャリバーのように速すぎてわかりにくい動きを眺めるよりも、テンプの動きが大きければ大きいほど、人目を引く傾向がある。また、ロービート(低振動)のムーブメントはテンプとの噛み合わせに必要なエネルギーがハイビートキャリバーに比べてはるかに少ないため、パワーリザーブを長く確保することができることは歴史が証明している。

 機械式時計の精度を左右する重要な要素のひとつは単にムーブメントの振動数だけでなく、温度や磁場、外部からの衝撃など、外界の異常に晒されても時計が安定していることだ。また時計づくりの質も重要だ。

では、エル・プリメロはほかのどのクロノグラフムーブメントよりも精度が高いといえるだろうか?

 テンプの振動速度が速ければ速いほど外部からの影響を受けにくくなり、より正確な動きが可能となる。振動数が比較的遅いムーブメントに比べると、テンプの振動数が多いほど安定性が高く外乱の影響を受けにくく、外乱からの回復も早くなる。従って、ハイビートの時計が高精度であるのは当然ながら振動の安定性が高いことにほかならない。

 2.5Hzの時計でも“Xポジション”(手首の姿勢差を考慮して)と巻き上げ量を手動で調整すれば、クロノメーターレベルの精度を簡単に得ることができる。調整されていないムーブメントは振動数に関係なくさまざまな揺れの影響を受けるが、時計師によって適切に調整されていれば日々の手首の動きに適した精度を叩き出すものだ。

2019年にオメガ125周年を記念して復活した歴史的に重要な“オメガ 19 リーニュ 懐中時計”はゆったりとした1万8000振動/時、つまり2.5Hzで動作する。

 アイソクロニズムとは主ゼンマイがさまざまな状態から解(ほど)けるときの精度を測る方法だ。考えてみると主ゼンマイの巻き上げ残量が枯渇すれば、香箱からテンプへのエネルギー伝達が安定しなくなるのは当然のことだ。

 ハイビートのムーブメントが常に好まれるのは別の特筆すべきことがある。そしてそれが最も顕著に表れるのがクロノグラフである。より高振動数で動作するテンプはクロノグラフ機構の性質上、当然ながら時間間隔をより正確に計測することを可能だ。

ゼニス デファイ21には、36万振動/時(50Hz)で作動するハイビート脱進機を備えた第2の駆動輪列と、二重香箱が搭載されている。従来のエル・プリメロと同じ5Hz(3万6000振動/時)の通常の時刻表示部分と、エネルギーの消耗を抑えるために分離されたストップウォッチ専用の二次ムーブメントが組み込まれている。

 長年、ハイビートムーブメントの開発の高い障壁となってきた主な問題のひとつは高速設計に対応できる適切な素材や潤滑油がないことだった。時計が速く動けば各部品の摩耗が激しくなり、オーバーホール間隔も短くなって時計メーカーや消費者の悩みの種になる。例えばゼニスは、1966年にファブリーク・ダソルティモン・レユニ(Fabriques d'Assortiment Réunies)社が製作したガンギ車の歯数を21に増やしたクリナジック(Clinergic)21型脱進機を導入するまで、ハイビートの5Hz エル・プリメロ クロノグラフムーブメントを製造することができなかった。

 その20年後、ロレックスがデイトナにエル・プリメロを採用した際には5Hzではなく4Hzで動くようにロービート化された。ゼニスやグランドセイコーに見られるように1960年代からより高い振動数を実現する技術はあったが、ロレックスのような信頼性を重視する多くのブランドはこの技術を採用することを躊躇ったのである。しかし、シリコンのような耐摩耗性に優れたハイテク部品が採用されるようになってから、ハイビートムーブメントが大規模に採用されるようになった。しかしロレックスはいまだに4Hz超のムーブメントを採用していない。

3Hzに調整された改良型のETA2824は、サーチナをはじめとするさまざまなコレクションで見ることができる。

ティソのPRX パワーマティック 80は80時間のパワーリザーブを備えた価格以上の価値を持つモデル。

ミドーはスウォッチグループの傘下の立場を存分に活用し、ETAの改良型ムーブメントの供給を受けている。

 読者の皆さんも、さまざまな理由でさまざまな工夫をしている時計メーカーや企業をご存じかもしれない。スウォッチグループが最近ETA2824を本来の振動数である4Hzから3Hzにロービート化し、最大80時間ものパワーリザーブを稼ぐことに成功したのは有名な話だ。オメガの時計職人はコーアクシャル脱進機を何年もかけて改良した後、この脱進機と組み合わせるのに最も適した振動数は、2万5200振動/時という一般的とは言えないレートであると導き出した。

 時代が進むにつれ、より高い振動数のムーブメントを採用する時計メーカーが増えてきている。最近では2万8800振動/時、つまり4Hzが標準とされているが、50年前のセイコーでは同じ振動数を“ハイビート”と称していた。

現在、グランドセイコーは“ハイビート”コレクションとして5Hzの3針時計を数多く展開している。

 ジャックは先日、今日の時計製造は“漸進的な改善”によって定義されていると記事に書いたが、まさにその通りだ。しかし、“漸進的”な成長以上のものが見られたと言えるのは、特定の素材の普及によってハイビートムーブメントの民主化が進んだことだ。ある企業が5Hzの性能を実現したいと思えば、これまで以上に簡単に実現することができるのだ。

ゼニス エル・プリメロ リバイバル G381 限定モデル

 さて、表題の疑問については一概に答えることはできない。時計の振動数は方程式の一部に過ぎないからだ。古き良き時代のクラフトマンシップに引かれ、プロの時計職人が手作業で調整した時計を愛用するタイプのコレクターはロービートで作動する時計を好むだろう。一方で現代の時計技術の革新性に興味がある愛好家にはハイビートのムーブメントが適しているだろう。

執筆に協力いただいた本誌編集長ジャック・フォースター(Jack Forster)とニック・マヌーソス(Nick Manousos)に心より感謝する。