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In-Depth 時計づくりは死んだ。時計づくりバンザイ!

刻々と変化する時計のテクノロジーについての素晴らしくタイムリーな話


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先日お届けしたミン(Ming)の新しい時計、20.11モザイクについての話題に、興味深いコメントがあった。この時計はクリエイティブな時計づくりではなくクリエイティブな時計デザインを象徴するものだ、といった趣旨のものだ。このコメントによって私は考えさせられた。今日におけるクリエイティブな時計づくりとは一体何を意味するのか、そしてクリエイティブなデザインとの境界線はどこにあるのだろうかと。

 時計づくりとは、あきれるほど分かり切ったことを言ってしまえば、時計を作ることであり、時計とはムーブメントだけのものではない。大きな視点で見れば、ケースのデザイン、ダイヤル、針もすべて時計づくりに含まれる。しかしあのコメントが意味するところは、私が理解したところでは、この時計にはテクノロジー的な観点、つまりムーブメント自体になんら興味深い点がないということである。もちろん、この時計のムーブメントはある種特別なもので、シュワルツ・エチエンヌのマイクロローターキャリバーはありふれたETAやセリタのムーブメントとはかけ離れたものだ。そして部分的なオープンワークや、コントラストの効いた黒いロジウムめっきとダイヤモンドカットの面取りも凡庸なものではない。

 もちろん本当のところ、純粋にテクニカルな機械的側面からいえば、そこにはなんの革新も見られないのは事実だ。この時計はスタンダードなゼンマイを動力とし、従来通りの輪列、レバー脱進機があり、ガンギ車がレバーに弾みを与え、レバーがひとつひとつのチクタクという音を立てるたびにテンプに動きを与える。この時計に普通でない技術的な特徴があるのは、実際のところデザインに関する部分だけで、レーザーエッチングのダイヤルや、針に使われているルミノバ処理をほどこしたセラミックがこれにあたる。

 しかしそうなると、クリエイティブな時計づくりと時計デザインを構成する要素はそれぞれ何なのかという疑問が湧き上がってくる。時計づくりの技術面において最も必要とされないものは、創造性だという実感がある。求められているのは以前に機能し、今回も機能して、次回も機能し、そしていつでも変わらず機能するものだ。創造性は、マニフェストを書く狂気に満ちた1920年代のシュルレアリスムの作家には確かに適しているが、時計づくりで求められているのは信頼性と再現性なのだ。

 今、我々は時間測定について話しているのであって、職人技の極致といえる美しいムーブメントの装飾について話しているのではない。そのような装飾を手掛けているのは、職人技を高度に極めていることで有名な3つの例を挙げれば、グランドセイコーのマイクロアーティスト工房の人々や、グルーベル・フォルセイやフィリップ・デュフォーで働く人々だ。

岩のような安定感:バルジュー/ETA7750。イタリア語で“Brutti ma buoni(醜いが良い)” と表現される。

 しかしこれは、機械的側面における創造性ではない。

 テクニカルな時計づくりにおける創造性が意味するものは、精度を向上させる技術的なソリューションの発明だ。(私は今、議論の前に議題となる用語を定義することによってちょっとした不正をしようとしているが、まあ、皆さん、ここでは私が保安官なのだ)。発明が有用であるためには1回きりのものであってはならない。ジョン・ハリソン(John Harrison)の有名なH4 マリンクロノメーターはクォーツと同等の精度で時を刻み、彼に経度測定に関する賞の受賞をもたらしたが、彼の卓越した職人としての技術と機械への深い洞察は、大規模に生産することはどう考えても不可能であり、実際のところ再現するのはとてつもなく困難であった。彼の輝かしい設計は、同時に輝かしい袋小路でもあったのだ。

ハリソンのH4 ムーブメント、グリニッジ天文台:ダイヤモンドアンクル、温度補正機構、定力ルモントワールをそなえたバージ脱進機。作り上げるまでに6年を要した。

 一方で、レバー脱進機は再現性が高く、大規模に製造することができた。これこそが現在レバー脱進機だけが圧倒的に広く使われるムーブメントとなっている理由だ。

 こういったわけで要するに、レバー脱進機は1750年代から存在し(一般にイギリス人のトーマス・マッジ<Thomas Mudge>が発明したとされている)、普遍性と信頼性を兼ね備えたという点で、この脱進機の右に出るものはいなかった。レバー脱進機は今も機能している。時計づくりにおける本当の革命、精度を大きく、もしくは圧倒的に変革する飛躍的進歩は、片手で数えられる程しかないのだ。

 それは1650年代からあるヒゲゼンマイであり、今お伝えしたとおり1750年代からずっと存在するレバー脱進機だ。そして1920年代からあり、1969年に腕時計に搭載された水晶振動子だ。

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 紳士・淑女の皆さん、時計づくりとはこういったものなのだ。そのほかのすべてはおおむね、時計の機構そのものよりも、機械的側面での漸進的な改良(“漸進的”というのは少し公平性を欠く。というのも歯車の歯の形状を改良することは大きな違いを生むからだ)や、製造方法の漸進的な改善、材料工学の面での漸進的な改善である。温度変化や磁気に耐性のある素材は精度に大きな影響を及ぼす。ニヴァロックスのような合金ヒゲゼンマイ、シリコン、その他の非磁性素材がそうだ。しかしこれらは基本的な機構における画期的・革命的な進歩ではない。

 あまりに多くの過去の発明が廃れて、長い年月が経った。私はあらゆるルモントワールが好きだが、現実を見れば、現代的な合金ゼンマイや自動巻き機構があるなかで、ルモントワールはビジネスクラスにアップグレードする代わりにオートジャイロが“必要”とされる程度にしか必要とされていないのだ。

ジラール・ペルゴ オブザーバトリー トゥールビヨン、1889。 クロノメーター デテント脱進機、温度補正切りテンプ。タイムトライアルの際の精度の安定性、記録された精度の平均偏差は最大0.38秒/日。

 人々は挑戦してきた。これまでの500年に数百もの脱進機デザインが生み出されたが、その多くは失敗に終わった。20世紀に登場したもののうち、機械的側面での革命に最も近づいたのはおそらくコーアクシャル脱進機だ。ご存じのとおり、ジョージ・ダニエルズ(George Daniels )が発明し、パテック(とその他)が継承し、オメガが大規模生産に成功し(そのことでオメガは、よりもっと大きな称賛を受けるに値すると私は思っている)、ロジャー・スミス(Roger Smith)が安定したアップデートと改良によって先導してきた。しかしそれは、レバーの数多あるバリエーションのなかにあって脱進機のユニークな革新として有力であるにもかかわらず、いまだに広く使われてはいない。オーデマ ピゲが2000年代初めに新たな脱進機の設計を試みたが、大規模に製造することは非常に困難だということがわかり、私が知る限り、この試みは頓挫したままになっている。そしてコーアクシャルもある種のハイブリッドであることは間違いなく、基本的にはレバーとクロノメーター脱進機を組み合わせたものである。

ロジャー・スミス シリーズ2 腕時計(No. 7)。

 ロレックスは業界のなかで最も厳格な精度コントロールを誇る。製造するすべての時計は最大偏差とされている日差±2秒で動き、確かにクロナジーエスケープメントは実に洗練されているが、それはどこまでいってもやはりレバー脱進機の時計なのだ。最高のスイス製レバーウォッチを作ることに力を注ぐと、クォーツの正確性に限りなく近づく。レバー式が時計界を動かしている理由を知りたいだろうが、これこそがその理由だ。

 私は興味深い技術的な時計づくりには大賛成で、時計づくりにおいて最も興味を感じているのはその点だ(そうはいっても、神様はご存じで、私自身も認めなくてはならないが、きらびやかな時計の喜びに心を動かされないわけではない)。しかし、クリエイティブな時計づくりについて語るならば、ちょっと正直になってみたほうがいいだろう。あなたが持っているのがゼンマイで動くレバー脱進機の時計であるならば、そこには18世紀中期から後期の時計職人たちが一目見て理解できないようなものは、文字通りひとつもない。300年の時を経ても我々はいまだに、基本レベルでは同じことをしているのだ。

オメガ シーマスター アクアテラ 1万5000ガウスとロレックス ミルガウス。どちらも2016年に実施したHODINKEEでのテストにおいて4000ガウスのネオジウム磁石への曝露に耐え抜いた。

 しかしながら、私が20世紀におけるいくつかの驚くべき技術的な達成を軽んじていると思われるのは本意ではない。クォーツ、高精度クォーツ、ソーラー発電クォーツ、実験室や医療用スキャナー以外ではあり得ないような磁場による時計への影響を防ぐ素材、新しいケース素材、そしてもちろんコーアクシャル脱進機。こういった進歩のすべてが、現代の機械式時計を作り上げている。時計づくりの歴史の中で最も素晴らしく、最も正確で、最も使いやすく、最も信頼できる時計の数々だ。漸進的な進歩もまた進歩であることに変わりはないのだ。では結局のところ、どれほどの漸進的進歩の後に革命はやってくるのだろうか?