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To Be Precise ロンジンの高精度時計史(そして、その隙間を縫って入ってきた時計界のVIP)

ハイビートが、ムーブメントの精度を制した時代。

To Be Preciseは、HODINKEE編集部が、時計製造において正確さや精密さを追求するための方法を探る新しいコラムです。今回は、ジャック・フォースターがロンジンのハイビート(高振動)ムーブメントの歴史をご紹介します。上の写真は、ロンジン“ウルトラクロン”、搭載されるムーブメントは、1972年発表のハイビート3万6000振動/時のCal.431です。

高精度を謳う時計は最近では珍しくなくなってきた。我々は安価な機械式時計であっても、そのような精度と正確さが得られるという常識に多少なりとも慣れているのだが、少し前までは、それらを得るために個々のムーブメントと時計に多大な時間と労力を費やしていた。携帯用時計の高精度化は、ジョン・ハリソンが証明したように、1700年代半ばには達成可能な目標だったが、正確なマリンクロノメーターを手作業で一個だけ作ることができたとしても、クロノメーターレベルの性能の時計を何千、何十万と量産するに至るのは、非常に長い道のりを経なければならなかった。

 高精度の時計を製造した最大のパイオニアのひとつといえば、ロンジンだ。同社が精度の限界に挑戦するためにとった基本的なアプローチは、高振動のムーブメントを開発することだったが、それだけではなかった。例えば、船舶用デッキウォッチの製造では、大口径のテンプと比較的低い振動数という古典的な方式を採用していた(マリンクロノメーターのように、ジンバル構造の箱に収められることが多かった)。

 ロンジンのハイビート脱進機の実験の歴史は、1914年のストップウォッチにその起源がある。これらは3万6000振動/時のムーブメントを搭載しており、特にオリンピック競技のタイマーとして使用されていた。1930年代後半には、オリンピック競技では勝者と敗者を見分けるために10分の1秒単位の計測が重要になるほどの競技レベルに達していたのだった。

 上の写真は、1939年に製作されたロンジンのスキー用タイマーで、3万6000振動/時のムーブメントを搭載し、ケースはステンレススティール製で、クロノグラフ機構はスプリットセコンド(ラトラパンテ)だ。分積算計は30秒に1回ステップ運針する仕様だ。

 腕時計でクロノメーター級の時計として有名なのが、1967年に創業100周年を記念してデビューしたハイビート機“ウルトラクロン”だ(当時も今も、時計ブランドにとって創業記念は大きな意味を持つ)。3万6000振動/時のムーブメントを搭載したウルトラクロンは、腕時計の精度競争が熾烈を極めた時代に登場したモデルである。

 ジラール・ペルゴ(ジャイロメトリック・クロノメーターHF)やセイコー(ロードマーベル)など、他のブランドもハイビート機を展開していたし、もちろん1969年にはゼニスから初のハイビート自動巻きクロノグラフが登場している。当時はアキュトロンも人気があり、月差±1分の精度を保証した時計を作ることが金字塔だったようだ。機械式ハイビートもアキュトロンもそれを満たしていたし、月差精度が決定的に打ち破られたのは、クォーツ時計が開発され普及するようになってからである(ロンジンが現在においても、年差±5秒の高精度な“VHPクォーツ”を展開していることは言うまでもない)。

 ウルトラクロンは、COSCが初めて参入した1973年以降、クロノメーター認定を受けており、当初から月差±1分の精度保証が付帯していたが、潤滑剤に乾式二硫化モリブデンを使用したことが、これらの実現に一部貢献した(初期のハイビート時計で大きな問題となっていた、接触面からの潤滑油の飛散が解消された)。

 ウルトラクロンのなかでも特に人気が高いのは、1968年に発売されたダイバーズウォッチ、Ref.8221だ。1960年代は、時計メーカーが精度を競い合っていただけでなく、実用的で頑丈な、比較的手頃な価格のダイバーズウォッチの競争が本格化していた(というか、始まっていた)時代でもある。Ref.8221は30気圧(300m、約1000フィート)の耐圧性能を持ち、1968年のカタログでは“...ダイバーは、潜水鐘にヘリウムガスが充填されていても、水深1000フィートで作業を行うことができ、急激な減圧の際にはケース裏の特別な装置により、このガスを排出することができます”と記載されていた。

 現在の基準では、高精度、高品位の時計としては非常に手頃な価格だった。ウルトラクロンは、1970年代の米ドル価値ではあるものの120ドル~であった。

 残念なことに、ウルトラクロンは、1970年代にクォーツの圧倒的な精度の高さと価格の安さに時代遅れとされる最悪のタイミングで(アキュトロンやハイビート機械式ムーブメントと共に)世に出たのだ。しかし、機械式時計が個人のタイムキーパーやプロの道具として必要な機械から、歴史的、芸術的な興味を引く機械へと移行したことを、ロンジンのハイビートムーブメントの系譜にはある意味で表現するムーブメントが存在する。

ロンジンのハイビート天文台キャリバーL360。

それがロンジンのCal.L360だ。このムーブメントは、天文台の精度コンクールに出場するために特別に設計されたものだ。ロンジンは1959年にこのムーブメントを発表したが、ロンジンミュージアムに展示されているものを除き、腕時計としてケースに収められたことはなかった。サイズは32mm×22mmで、当時のハイビートムーブメントに必要な大きなエネルギーを供給するために、非常に大きな主ゼンマイ及び香箱を備えていた。長方形のレイアウトは、許容される最大のサイズのなかで、可能な限り大きな香箱を搭載するために特別に選ばれたものだ。天文台検定では、腕時計部門の形状は規定されていなかったが、最大許容表面積は707平方mmと規定されていた。

 1962年、ヌーシャテル天文台(Observatoire chronométrique et astronomique de Neuchâtel)コンクールで、Cal.L360は今日の基準から見ても驚異的な成績を記録した。45日間、5つの異なる温度、異なる姿勢で測定した1日の平均誤差はわずか0.019秒だった。これはフランク・ヴォーシェが天文台コンクールのために調整したものだ。コンクールのために時計を手作業で調整するレグルール(調整者、技術者)は、時計製造業界で最も尊敬されている技術者たちだった。クロノメーターの基準を満たす性能を持つムーブメントであっても、ヌーシャテル、ジュネーブ、ブザンソンなどのヨーロッパの天文台で評価されるためには、寸分の狂いもないように調整しなければならない。ヴォーシェは、それを可能とする一人だった。

ヴティライネン クロノメーター27。ベースキャリバーはロンジンL360だ。

 2007年に独立した独立時計師であるカリ・ヴティライネンが少数のL360に出会い、それを改修して自身の非常に高い基準で仕上げ、腕時計としてケーシングしたことが、L360が迎えた最終章である‐私が知る限り、このムーブメントが実際にケースに収められたのはこのときだけだ。このムーブメントは、高精度の徹底的な追求に興味がある人にとっては、想像しうるすべての要素を満たしているといえるだろう。ハイビート脱進機に加えて、L360は11.60mmのギョームテンプ(温度補正付きバイメタル切りテンプの最高峰)とスティール製ブレゲ巻き上げヒゲゼンマイを採用している。

 この時計は、レギュレーターダイヤルを備えている。ヴティライネンはこのムーブメントにローズゴールドのメッキを施した。

 一方で、ロンジンがこのサラブレッドキャリバーを量産型腕時計にケーシングして販売しなかったことは、ある意味においては(そして2020年代の時計愛好家の視点からは)残念なことだ。もちろん、それを試みることは、とんでもなく非実用的であったからでもある‐重いテンプのピボット(軸)はおそらく非常に薄く、耐震機構を使用していても、硬い表面に少し落としただけで精度に悪影響を及ぼすこともその理由のひとつだ。しかし私は、このムーブメントが最終的に時計界のVIPとなり、何人かのオーナーに渡ったという事実が気に入っている。長い年月を経て、ようやく相応の扱いを受けたと感じずにはいられないからだ。