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In-Depth いまさら聞けないA.ランゲ&ゾーネ ダブルスプリットとトリプルスプリットのすべて

A.ランゲ&ゾーネのラトラパンテ・クロノグラフの中心に到達するために、必要なスプリットの数はいくつだろう?


世界広しといえども、A.ランゲ&ゾーネほどスプリットセコンド・クロノグラフに縁のある時計メーカーは、あっても数えるほどしかない。そしてその絆は、ダブルスプリットとトリプルスプリットを擁することによって非常に強固なものとなっている。

 ダブルスプリットは、経過したスプリットタイムの秒と分を計測でき、トリプルスプリットは、経過したスプリットタイムを秒、分、時まで計測できる。時計製造技術の進化は止まらない‐どこまで進化する余地があるのかさえ想像できないほどだ。1日経過したかどうかさえわからなくなってしまった人を救うことは、数千万円クラスの腕時計をもっててしても難しいだろう。

“これ以上ないほどスプリットされている”‐スティ―ブン・J・プルビレント

 2004年登場の“ダブルスプリット”と2018年の“トリプルスプリット”は、いずれも画期的なデビューを果たした(細かく情報を追っている人のために付け加えると、フライバック機構も搭載している)。A.ランゲ&ゾーネがダブルスプリットを発表する前に、秒単位の計測を超えるスプリット・クロノグラフを発表した時計メーカーは存在しなかったし、この分野でのA.ランゲ&ゾーネの優位性に挑戦しようとするメーカーは存在しなかった。

 先日、ラトラパント・ハニーゴールド“F. A.ランゲへのオマージュ”に搭載されているCal.L101.2の詳細を紹介したが、スプリットセコンド・クロノグラフには様々な形態がある。そこで今回は、A.ランゲ&ゾーネの製品開発ディレクターを務めるアンソニー・デ・ハス氏の協力を得て、このスーパースターたるスプリットセコンド・クロノグラフの仕組みをご紹介しよう。


ダブルスプリット

ダブルスプリットのムーブメント構造は、A.ランゲ&ゾーネが開発した“ダトグラフ”をベースにしている。ダトグラフは、1999年に発表されたランゲ初の自社製クロノグラフムーブメントで、大げさに言えばスイスの時計業界に一石を投じたモデルだ(あえて名前を出さないが、ダトグラフのデビューを思い出すたびに、世紀末、ジュネーブのあるメーカーの時計職人は大変な苦労をしていたのではないかと想像してしまう)。

 ダトグラフ発表後も、A.ランゲ&ゾーネはその栄光に甘んじることはなかった。2001年には、世界初のダブルラトラパンテ・クロノグラフとなる“ダブルスプリット”の開発に着手していた。この時点で、ダトグラフは久しぶりの新しい自社製クロノグラフムーブメントであった。パテック フィリップが初の自社製クロノグラフキャリバーを発表するのは2005年、ヴァシュロン・コンスタンタンは2016年、オーデマ ピゲに至っては2019年になってからである。

A. ランゲ&ゾーネ ダブルスプリット Ref. 404.032、2010年発表。

 このダブルスプリットに搭載されたムーブメントは、最終的にCal.L001.1と命名された。Cal.L001.1は薄型キャリバーとは程遠く、厚さ30.5mm×9.5mm、3Hz、38時間パワーリザーブの手巻きムーブメントだ。また、2つのコラムホイール(1つはクロノグラフ用、もう1つはラトラパンテ機構用)、フライバックレバー、手彫りのテンプ受け、水平クラッチを備えている。また、分針は瞬間的にジャンプし、正確な時間を刻むことができる。加えて、このオリジナルのダブルスプリットにはA.ランゲ&ゾーネの自社製ヒゲゼンマイが初めて採用された。

 デ・ハス氏によると、“1998年から99年にかけて、ヒゲゼンマイを内製化するアイデアを練り始めました。これは故ギュンター・ブリュームラインのアイデアで、戦略的な決断でした。当時、私たちはIWCやジャガー・ルクルトとともにLMHグループの傘下にありましたが、もしランゲがヒゲゼンマイの内製化に成功すれば、LMHグループはニヴァロックスに依存しなくてもよくなります。 2002~03年頃、私たちは最初のヒゲゼンマイを製作し、それをダブルスプリットのプロトタイプに搭載したのです”

ダブルスプリットに搭載されるCal.L001.1。

 初期のプロトタイプでテンプと一緒に時を刻んだ自社製ヒゲゼンマイを探しても、それは失敗に終わるだろう。Cal.L001.1の構造は、3つの特徴的な層で構成されており、脱進機が動作している様子は基本的に隠れて見えない。このムーブメントが怪物級であることは間違いないが、これらの層が分離されているのにはすべて理由がある。それはエネルギー効率である。

In-Depth A.ランゲ&ゾーネ ダトグラフ クラシックモデル

コール・ペニントンは2020年、A.ランゲ&ゾーネの完全自社製クロノグラフ“ダトグラフ”の記事を執筆した。詳しくはこちらをご覧ください。

 ラトラパンテ機構は非常に大きなエネルギーを必要とする。特にミニッツカウンターを倍にすると、クロノグラフ作動時の慣性モーメントが倍になる。

 デ・ハス氏によると、“秒カウンター、秒針、分カウンターと連動する分離機構を作らなければならず、これが私たちにとって大きな挑戦でした”。“私たちが開発した分離機構の恩恵により、振角の低下はまったくみられません。もちろん、厚みが増すという代償はありますが、一方でこのムーブメントは非常に印象的で、社内の開発チームからも『すごい』という声が漏れました。また、スイスのライバルたちは、『なぜこれを開発しなかったのか? とても合理的なのに』と思っていたかもしれません”

 A.ランゲ&ゾーネが開発した分離機構こそが、ダブルスプリットとトリプルスプリットの成功の秘訣だ。現在、この機構はA.ランゲ&ゾーネが特許を取得しているが、その道のりは決して平坦ではなかった。

 ダブルスプリットの構造を見てみよう。基本的にすべてのラトラパンテ・クロノグラフと同様、ムーブメントの中央には歯車がサンドイッチのように配置されている。Cal.L001.1では、クロノグラフ用二番車とラトラパンテ用二番車の軸となる、非常に長くて薄い中空のチューブが組み込まれている。これらのチューブは、ムーブメントを貫くように配置されており、その長さはムーブメントの厚みとほぼ同じ約9mmで、ダイヤル上のセンタークロノグラフ針とラトラパンテ秒針の同軸にあるピニオンに接続されている。

キャリバーL001.1の内部構造。

 ムーブメント内部では、一対のハート型カムがそれぞれの二番車に個別に接続されている。それぞれにバネ付きのレバー/ハンマーが装備されており、カムが中空のチューブに沿って正しく配置され、結合されるようになっている。これらのハンマーは、クロノグラフ用二番車のゼロリセット機構として機能し、クロノグラフ秒針を帰零させ、ラトラパンテ秒針がクロノグラフ秒針に重なるようにする。

 ラトラパンテ用二番車の下には、分離ギアと呼ばれる歯車が配置され、ラトラパンテの中心軸(およびラトラパンテの秒針)に接続される。ラトラパンテ機構を作動させると、クランプが直ちにラトラパンテ用二番車の回転を停止させる。同時に、クランプが中央部の外側に配置されたより大きな分離レバーを引き起こし、分離ギアを押し出す。分離ギアは、外側のペグを使ってハート型カムに連結されたラトラパンテのリセットハンマーを引き出し、外側の分離レバーは同時にラトラパンテ分計測に接触する。秒針は回転し続けるが、それはカムに取り付けられているため、カムも回転し続ける。同時に、ムーブメント上部のブリッジの下では、ラトラパンテのクランプに接続されたバネが、ラトラパンテの分積算用歯車の回転を一時停止させる。

従来型のラトラパンテ機構の図:ドナルド・ド・カール著『Complicated Watches And Their Repair(機構の時計とその修理)』より抜粋。

 従来型のラトラパンテ機構では、分離機構ではなく、ハート型カムの低い位置に接続されたルビーローラーで摩擦を軽減していたが、この方法では完全に問題が解決されない。ラトラパンテ機構が作動し、ラトラパンテ用二番車がクランプで固定されると、ルビーローラーは回転しているカムの側面を上下に移動する。この間、ラトラパンテのカムと歯車の摩擦が続くと、知らず知らずのうちにムーブメントの張力や抵抗が増大し、テンプの振角やトルクに悪影響を及ぼすことになる。ラトラパンテのクランプが解除されると、ルビーのローラーが小さなバネの力で瞬間的にジャンプしてハート型カムの低い位置を辿り、その過程でダイヤル側のスプリットセコンド針がクロノグラフ秒針に重なる。

分離機構とダブル/トリプルスプリット機構の構造図。

 ダブルスプリットの特徴は、ラトラパンテ機構が作動すると、分離機構が連動する点にある。連結されたラトラパンテのリセットハンマーは、ラトラパンテ用二番車の下にある解除歯車によって押し出されたままになる。そのため、ラトラパンテのハート型カムとクロノグラフ用二番車は、ムーブメントに負荷をかけずに回転し続けることが可能となる。ラトラパンテのクランプが解除されると、大きな分離レバーが小さな分離ギアを元の位置に戻し、ラトラパンテのレバーがすぐに元の位置に戻ってハート型カムの切り込みを探し出し、ラトラパンテ針がクロノグラフの秒/分針と重なった位置に戻る。

A.ランゲ&ゾーネ スプリットセコンド・クロノグラフの構造

A.ランゲ&ゾーネのスプリットセコンド・クロノグラフについては、1815ラトラパンテとトゥールボグラフに搭載されているラトラパンテ機構についての詳細な記事を掲載しているので、こちらもお見逃しなく。

 “適切なレバーを見つけるのがコツでした。”とデ・ハス氏は語る。“通常、センターセコンド針のラトラパンテでは、レバーが介入して押し出し、止めるだけなのでとても単純です。しかし、センタークロノグラフ秒針、ラトラパンテ秒針、その隣にある分積算計にも実装するとなると、さらに複雑になります。レバーは1本です。センタークロノグラフ秒針のレバーとラトラパンテ機構は同じ動作のなかで分離できるレバー設計になっていて、もちろん分積算計にもレバーがあり、アイデアは同じです。それがダブルスプリットなのです。さらにトリプルスプリットは、時積算計でも同じことをしなければならないのです”。

 2種類の分離機構(秒と分)がダブルスプリットの成功の秘訣であるとすれば、そのアイデアを実現に導くのは、Cal.L001.1の内部を垂直に貫く中空チューブだ。これらのチューブは非常に繊細で、直径が0.3mmに満たない部分もあるが、そこに接続されたギアと歯車がシンフォニーを奏でるための軸として役割を十分に果たす。ほとんどのクロノグラフは、センタークロノグラフ秒針が取り付けられているクロノグラフ二番車に接続された1本の車軸を持つ。スプリットセコンド・クロノグラフにもその軸がもちろんあるが、中空の筒のなかにラトラパンテ用の軸が入ることが多い。

キャリバーL001.1の中心断面図

 “最初はどうやって作ったらいいのか見当もつきませんでした”とデ・ハス氏は言う。“非常に細くなかが空洞ということで、注射針の専門の会社に依頼しました。しかし、私たちが忘れていたのは、注射針には液体が入るためになかが滑らかであることは重要ではなかったのに対し、私たちは小さな軸を入れる必要があったということです。今日ではチューブと車軸の作り方と、それらを滑らかに保つノウハウを持っています。車軸は完全にまっすぐでなければならず、細くて長いほど繊細に仕上げなければならないのです"。

 ダブルスプリットのメカニズムだけでも十分混乱するだろうが、フライバック機能が搭載されていることも忘れてはならない。この機能は、瞬時に表示される分積算計とともに、ダブルスプリットを現在入手可能な最も印象的機械式装置としている。ラトラパンテ・クロノグラフとフライバック機能の組み合わせにより、経過時間を極めて正確に計測することができ、スプリットタイムを計測した後のち、瞬く間にその時間をリセットすることが可能になったのだ。

 “これはタイムマシンであり、測定器でもあります”とデ・ハスは言う。“1815 ラトラパンテとトゥールボグラフが伝統的な時計製造を讃えるものであるのに対し、ダブルスプリットとトリプルスプリットは、現代のあるべき計時と計測の姿を目指しているのです"。


トリプルスプリット

今にして思えば、2004年に発売された“ダブルスプリット”のあとに“トリプルスプリット”を作るのは必然だったと思われるかもしれない。しかし、実際にはそうではなかった。実際、A.ランゲ&ゾーネが検討を開始したのは、ダブルスプリットの発表から約10年後の2013年に発表された“A.ランゲ&ゾーネ グランドコンプリケーション”のタイミングだった。

トリプルスプリットはSIHH2018で発表された。

 “私たちは、業界の誰かが私たちのアイデアを上回るものを出してくれると期待していましたが、それは実現しませんでした”とデ・ハス氏。“グランドコンプリケーションを完成させたのち、『そうだ、アワーカウンター付きのクロノグラフがあってもいいじゃないか』と考え、開発に着手したのです。この14年間、業界内でトリプルスプリットのようなものを作った人は皆無です。誰もそのアイデアを持っていなかったことに、私たちはとても驚きました”。

 A.ランゲ&ゾーネがトリプルスプリットの開発に要した期間は、ダブルスプリットの開発期間とほぼ同じ5年だった。A.ランゲ&ゾーネが目指したのは、ダブルスプリットの理想的なプロポーションはそのままに、スプリット12時間積算表示を搭載すること、そしてCal.L001.1が備える38時間という控えめなパワーリザーブを延長することだった。

画像:James @waitlistedより

 こうして登場したのが手巻き式キャリバーL132.1だ。このモデルは2つの水平カウンターを基調としつつ、ダイヤル12時位置に12時間積算計を導入し、パワーリザーブ表示を6時位置に下げている。トリプルスプリットは、A.ランゲ&ゾーネがダブルスプリットのCal.L001.1で行ったことを、ムーブメントに新たなレイヤーを追加して単純に焼き直したものだと思われがちだが、実情はまったく異なる。

Cal.L132.1

 “これはまったく新しいムーブメントなのです”とデ・ハス氏は強調する。“もちろん、基本的な輪列や分積算計は同じですが、ムーブメントの配置はまったく異なります。これは非常に難しいことでしたが、わずか0.3mmしか大きくなっていないのに、55時間のパワーリザーブと追加機能を備えているのですから、驚くべきことなのです”。

 パワーリザーブの増加は、それ自体が深みのある挑戦であり、思うほど単純ではない。A.ランゲ&ゾーネが最終的に行ったのは、ムーブメントのなかで最も神聖な部分のひとつであるテンプに対する試みだった。テンプの大きさではなく質量を調整することで、より軽く、より少ないエネルギーで動かすことができ、なおかつ同程度の慣性モーメントを保つことができた。前述したように、A.ランゲ&ゾーネは自社でヒゲゼンマイを製造しているため、Cal.L132.1に使用されているヒゲゼンマイを、新しいテンプの軽量化に適合させることができたのだ。

 ダブルスプリットとトリプルスプリットでは、変わらない部分もあった。分離機構は同じように動作し、時表示には分・秒表示に使用されているのと同じシャフトと軸機構が採用されている。しかし、Cal.L132.1は何と556個(!)もの部品で構成されており、ダイヤルには合計10本(!)の針が取り付けられている。また、ダブルスプリットでは瞬間的にジャンプする分積算計の針が注目されたが、トリプルスプリットの時針はスイープ運針となった。


4番めのスプリット機構は現れるのか?

ダブルスプリットとトリプルスプリットのすべてのモデルは、グラスヒュッテにあるA.ランゲ&ゾーネの伝説的なグランドコンプリケーション工房で、たった2人の時計職人によって組み立てられている。

 “よく "2度組み"という言葉が使われますが、このような複雑な組み立てにおいては、それ以上に及ぶこともあります”とデ・ハスは言う。“40回、50回といったところでしょうか。組み立てて、調整して、テストして、分解してまた調整する。2週間かかることもあれば、3週間かかることもあります”。

スプリットシリーズの最新作。2021年のWatches & Wondersで発表されたピンクゴールドとブルーダイヤルのトリプルスプリット

 例えば、ホワイトゴールドケースに収められた100本限定モデルであるオリジナルのトリプルスプリットは、2018年1月に発売された。最初の個体は9ヵ月後に顧客に届けられ、最後の個体は2021年1月にようやく届けられた。これらの時計は、複雑であるがゆえに、製作には時間がかかるのだ-そして、その製作過程で労力が惜まれることはない。

 トリプルスプリットは、A.ランゲ&ゾーネの豊富なカタログにおいて、現在最も複雑なクロノグラフである。また、機能性に優れ、技術的にも画期的で、深い思慮が込められており、旧モデルとともに、現在のA.ランゲ&ゾーネの時計製造に対する姿勢を最もよく表しているモデルだと確信している。

 では、A.ランゲ&ゾーネの次なるステップとは?

 2021年4月に開催されたWatches & Wondersでは、スプリットシリーズに新たなモデルが加わり、印象的なブルーダイヤルを備えた新しいピンクゴールドの派生モデルが登場した。しかし、その次は? クアッドスプリットを想像できるだろうか?

 “クアッドスプリットの開発はしていませんが、まだたくさんのアイデアがあります。ご心配なく”とデ・ハス氏は約束してくれた。“私たちは今、17ものプロジェクトを同時進行しています。目下5年計画で進めているのです”。

今回の記事においてもA.ランゲ&ゾーネの複雑なラトラパンテの理解を助けてくれたアンソニー・デ・ハス氏と我らがジャック・フォースターにこの場を借りて感謝申し上げたい。

トップ画像提供: James @waitlisted トリプルスプリット画像提供: @alangejourney