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本稿は2012年7月に執筆された本国版の翻訳です。
経験豊富な時計コレクターに次のような質問をしてみて欲しい。もし、自分が持っている時計のすべてを売り払い、たった1本の時計と生きていくとしたら、それは何だろうか? その人のコレクションがどんなに幅広く、ハイエンドで洗練されていても、即座に返ってくる答えがロレックス デイトナである可能性は高い。なぜか? それは、世界で最も有名な高級時計ブランドの象徴的かつ伝説的モデルであり、約60年前の1963年に発表されて以来、少しずつ進化してきた普遍的なデザインだからである。
堅牢なムーブメントに実用性の高いクロノグラフ機能を搭載し、毎日着用することを前提に作られた時計である。防弾といってもいいほど頑丈な“オイスター”ケースを持つ本モデルは、数世代にわたって使用できるタフなモデルだ。ジーンズにもスーツにも似合う万能なスタイルは、あらゆる装いに対応してくれる。さらに、リセールバリューも時計の世界ではトップクラス。デイトナは、コレクションを1本だけに絞るには魅力的な時計だ。問題は、簡単に手に入らないということである。
初の自動巻きデイトナが発表されてから25年近くが経過するが、ステンレススティールモデルは正規代理店で新品を購入するのが最も難しい時計のひとつだ。一般的に代理店の最重要顧客のために予約されているご褒美のようなもので、私が話したすべての正規代理店は口を揃えて、ウェイティングリストは1年から5年待ちだと主張している。 幸いなことに、カリフォルニア州カーメルに店を構えるフォルタネ・ジュエラーズ(Fourtané Jewelers)は、ロレックスのヴィンテージウォッチも専門に扱う世界でも有数の正規販売店であるが、私の好きなブラックダイヤルのSSモデルの新品を手にすることができた。1週間ほどお借りして、ヴィンテージロレックスファンの視点からインプレッションをお届けしたい。
その前に、現行バージョンに至るまで、徐々に進化し、少しずつ変化してきた軌跡を振り返っておこう…。
ダイヤル12時位置の5行目の表記を見れば、デイトナとは本来“コスモグラフ”を指し、ロレックスの初代コスモグラフ クロノグラフ、Ref.6239の直系であることは明らかである。1963年に発表されたこのモデルには、宇宙旅行への憧れからその名が付けられたという伝説がある。
1939年以来生産されてきた“オイスター”タイプケースに収められたクロノグラフの後継モデルであるRef.6239 コスモグラフは、ロレックスのクロノグラフのダイヤルにふたつの重要な美的変化をもたらした。ひとつはメインダイヤルとインダイヤルの配色を反転させたもので、ブラックダイヤル/ホワイトインダイヤルのバリエーションと、その逆のバリエーションが存在する。その結果、それまでのロレックスのクロノグラフに使われていた単色ダイヤルと比べて、よりスポーティでアグレッシブな外観に仕上がったのである。
ふたつめの大きな変化は、通常ダイヤルの外周にプリントされたタキメータースケールが廃止されたことである。その代わりに、Ref.6239ではベゼルにタキメーターが刻印された。このふたつの変更は、クロノグラフの視認性を向上させるために実施されたと考えられている。
その1年後の1964年、ロレックスはフロリダ州デイトナビーチで毎年開催されるデイトナ24時間レースのスポンサーになったことを示すため、コスモグラフのダイヤルに“DAYTONA”表記を追加した。現在ではロレックス・デイトナ24時間レースとして知られているが、ロレックスのこのスポーツカー耐久レースへのスポンサーシップは遡ること2年前の1962年に始まった。DAYTONA表記は当初12時位置の“COSMOGRAPH”表記の直下に配されたが、1967年には現在の6時位置のインダイヤルの上に移された。
コスモグラフ デイトナ(以降デイトナに省略する)の次の大きな進化は1965年で、ロレックスはRef.6240 “オイスター”デイトナでポンプ式プッシャーの代わりにねじ込み式クロノグラフプッシャーを導入した。ねじ込むことで防水性を高めると同時に、水中でのクロノグラフの操作(確実に浸水してしまう行為)を防いだのだった。
1987年ごろまでのデイトナは、手巻きのバルジュー製クロノグラフキャリバーに若干の改良が加えられただけで、ほとんどモデルチェンジはしていない。信頼性の高いバルジュー製Cal.72をベースにしていたものの、手巻きであることがデイトナの弱点であった。クォーツが主流となった当時、時計を動かすために毎日リューズを巻くのは面倒だと買い手は敬遠したのだ。ましてやリューズがねじ込み式であることなど考えられなかったことだ(!) その結果、手巻き式デイトナはほとんど需要がなく、売れ行きの悪さから大幅な値引きの対象となった。
エル・プリメロとの蜜月時代
1988年、ロレックスは自動巻きデイトナ Ref.16520を発表した。このモデルは1969年に発表されたが数年間製造中止となり、1986年に生産が再開されたゼニス製キャリバーをベースとするCal.4030を搭載していた。
ゼニスが製造したムーブメントとしては素晴らしいものであり、ロレックスの高い品質基準を満たした業界唯一の自動巻きクロノグラフムーブメントであった。とはいえ、ロレックスはこのキャリバーを自社仕様に大幅に改良したのだった。
- 新しい脱進機には、より大型のフリースプラング式テンプとブレゲ巻き上げヒゲゼンマイが採用された。より理想的ではあるがコストのかかるロレックスの仕様は、より高い精度をもたらした。
- テンプの振動数を3万6000振動/時から28,800振動/時に減速させ、メンテナンスの頻度を減らした。
- デイト表示機能を排除。
最終的にゼニスのCal.400の部品を50%だけ残した、ロレックス Cal.4030が完成したのだ。
Ref.16520では、サファイアクリスタル風防が採用され、前世代からいくつかの美的変化があった。サブマリーナーのようなロレックスの現代的なスポーツウォッチの影響を受け、ケース径は37mmから40mmに拡大された。ダイヤルの表面は、マット(ブラック)またはメタリック(シルバー)からラッカー仕上げの光沢のある質感に変わり、夜光塗料を塗布したアワーマーカーで飾られるようになった。さらに、インダイヤルの外周には反対色の細い線が引かれ、それぞれメタリックの縁取りがリング状に囲んでいる。
これらの仕様変更により、デイトナは機能的で控えめなツールウォッチから、印象的なステートメントピースへと進化を遂げたのだ。
このモデルはすぐさま成功を収めた。ロレックスのタイミングは完璧だった。1988年には腕時計のコレクション市場が最高潮に達していたからだ。手巻きデイトナの製造中止とRef.16520の発表に伴う興奮で、両モデルの需要は急増した。外注ムーブメントのため生産数が限られたこのモデルを、ディーラーや愛好家はすぐに買い占めた。彼らは2次流通で購入するしかなく、希望小売価格の2倍という高値で取引された。
Ref.16520は新型ムーブメントを搭載し、あらゆる意味で華々しい成功を収めたが、ロレックスにとっては唯一大きな弱点が残っていた。Cal.4030は、当時のロレックスのほかのムーブメントとは異なり、100%自社製造ではなかったのだ。したがって、デイトナはロレックスのコレクションのなかで外部供給ムーブメントを搭載した最後のモデルであった。それから12年後、この状況はようやく是正された。
3部編のPart.2では引き続きポールが完璧なムーブメント、Cal.4130を紹介する。
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