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In-Depth シャネルのムッシュー ドゥ シャネル、そしてジェンダーウォッチの進化

ラグジュアリーの世界では、企業が予想外のことをしたときに、問題が発生する例が後を絶たない。

※本稿は2016年9月に執筆された本国版の翻訳です。 掲載されている価格は現在ものです。

ラグジュアリーの世界において、企業が思いもよらないことをしたときに直面する問題は、例を挙げればきりがない。何かが破壊的で魅力的な革命であるのか、それともただ単に不快でブランドから外れているのか、それを予測することは非常に難しい(そしてそれを確実に実行できる人間は誰でも大儲けできるだろう)。もちろん、企業のアイデンティティを構成するものが何であるかは、誰に尋ねるかによってさまざまな答えが返ってくるものだが、大まかに言えば、有名企業の基本言語は少し決まっているように見えることがある。シャネルが男性向けの腕時計を作ると初めて聞いたとき、我々は何を期待したらいいのかわからなかった。しかしバーゼルワールドで見たムッシュー ドゥ シャネルに非常に感銘を受け、再びこの時計と出合い、長い時間をともにすることは、時計だけでなく、時計に付随する偏見や期待も含めて、より深く観察する機会となった。

Chanel Monsieur de Chanel

シャネルのムッシュー ドゥ シャネル。シャネル初のオートオルロジュリーメンズウォッチだ。

 ムッシュー ドゥ シャネルというのは難問である。まず、メンズウォッチと銘打たれていることで、メンズウォッチやレディスウォッチとは何かという議論の真っ只中に置かれているということ。第2に、この時計は、女性がファッションに求めるものをあらゆるレベルで理解するうえで(明らかに)極めて高い専門性を持つと思われる会社によって作られているが、伝統的に男性のスタイル特性と考えられているものとの関連性がほとんどない(最も一般的なものを除いて、センスのよさは万国共通)ということ。そして第3に、時計であることだ。つまりブランディングやジェンダーの問題など、さまざまな枠でカテゴライズすることができるが、最終的には時計としてどれだけ成功しているかということが、その評価を決めることになる。しかしどんなデザインも、その歴史的、社会的、経済的文脈から評価を切り離すことはできないということを理解しておいて欲しい。

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 この時計は、シャネルが特に男性を意識して製作した初めての時計と銘打たれているにもかかわらず、同社はすでにJ12にオーデマ ピゲのCal.3125を採用した例があり、特に38mmと42mmの大きなサイズは、伝統的な女性向けの時計として考える必要はないこということは指摘するだけの価値がある。Cal.3125を搭載した42mmのJ12は、性別に関係なく誰もが、大胆であえて人と違う時計が欲しいと思ったときに選びそうな時計であることは確かだ。シャネルの女性向け時計には、オーデマ ピゲ・ルノー エ パピ(APRP)との提携によって作られたトゥールビヨンや、極めて珍しく興味深いJ12 レトログラード ミステリユーズもあり、ムッシューが同社にとって初の高級時計コレクションではないこともまた確かなことだ(そしてレトログラード トゥールビヨン ミステリユーズなどは、明らかに伝統的な女性向けの時計ではない)。

Monsieur de Chanel

ムッシュー ドゥ シャネルは、ジャンピングアワーとレトログラードミニッツを搭載している。

 さて、いろいろな意見が飛び交い、収拾がつかなくなりそうなときは、本題に入るのが賢明だ。ムッシューは、レトログラードミニッツとジャンピングアワーを備えた40mm×10mmの腕時計である。ムーブメントはシャネルのために開発された自社製で、キャリバー1というシンプルなネーミングだ。シャネルによると、このムーブメントの設計は、ラ・ショー・ド・フォンにあるシャネルの自社工場で8人のチームによって行われ、最初の開発作業は2011年にまでさかのぼるという。ムーブメントのサイズは32mm×5.5mmで、3日間のパワーリザーブを備え、瞬転式のジャンピングアワーは前後どちらにも設定できる。このムーブメントの興味深い点は、分針が240°の弧を描いていることで、レトログラードの分針としてはかなり長い。このモデルのケースは、ローズゴールドのバリエーションであるシャネルでいうところの“ベージュゴールド”だが、より柔らかくで控えめな光沢と輝きを放っている。

chanel caliber 1 movement

ベージュゴールドのケースに、大胆なネーミングのムーブメント、キャリバー1を搭載する。

 このようなムーブメントを作ることで、シャネルが本格的な時計愛好家に何かを与えたいと考えていることは明らかで、このムーブメントの見た目は従来のありきたりなムーブメント構造とはまったく異なる。裏蓋から見える輪列は、円形のブリッジの下に配置され、テンプに到達するまで歯車がぐるりと円を描くように視線を運ぶ。テンプ受けと地板にはADLCコーティングが施され、全体として魅力的なバランスと幾何学的な厳密さがあり、クラシックでありながらコンテンポラリーでもある。シャネルが説得力のあるメンズウォッチを作ることができるかどうかという不安はともかく、こうしたことから、おそらく彼らは何かを掴んでいるのではないかと感じている。その構成的な完璧さと手段の経済性において、このムーブメントに備わった美学は非常にシャネルらしいと思う。視覚的な効果が従来の男性的なものであるということよりも、よく考えられた、シャネルらしいデザインであるため、男性的であるかどうかで評価するのではなく、デザインとしての本質的なクオリティに感銘を受けるだけだ。

 シャネルらしいデザインといえば、私はこの輪列を見ていると、どうしても彗星を連想してしまう。もちろん、彗星はココ・シャネルが好んで用いたモチーフで、1932年に初のハイジュエリーコレクションとして発表したコメットネックレスがその始まりだ(この星のモチーフは、APRP製ムーブメントを搭載したJ12 フライングトゥールビヨンでも見ることができる)。

chanel beige gold

一般的なローズゴールドに比べ、けばけばしい印象がないケースだ。

chanel monsieur de chanel

文字盤にさまざまなレイヤーやテクスチャーを与え、すっきりとしたデザインのなかにおもしろさを加えている。

 ムッシュー ドゥ シャネルは、つけるのにすぐ慣れるはずだ。 40mm×10mmというサイズは、決して大きくもなく小さくもなく、その美しさはもちろんのこと、そのサイズに躊躇する人は皆無だろう。ムーブメントと同様、文字盤の構成も、ある種の明確な、そして非常に厳格な幾何学的構造から成り立っている。例えば、古代ギリシャ建築の直線的な美しさを思い浮かべれば、非常に古典的なデザインの側面を感じ取ることができる。ムッシューの文字盤は、四角と丸を基調としており、ミニッツトラックに使用されている書体の鋭い角、5分を示す小さな黒い四角(スモールセコンドダイヤルの四角も同様)は、ミニッツトラックとスモールセコンドディスプレイに見られる多重構造の丸と穏やかに、しかしシャープに調和している。なかで最も目を引く幾何学的な要素は、ジャンピングアワー表示の周りにあるフレームだ。最初は少し重いように感じられたが、この時計と一緒に過ごすうちに、必要なものだと思うようになった。このフレームがあることで、全体の配置が決まるのだ。これがないと、あるいはもう少し軽いものであっても、文字盤のおもしろみが半減してしまうだろう(八角形のフレームの形は、ココ・シャネルが長年滞在していたオテル・リッツ・パリのある、パリのヴァンドーム広場の全体図を反映していると思われる)。

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 シャネルのロゴと分・秒表示のほかで丸みを帯びたフォルムは、ジャンピングアワーに使用されたサンセリフ体のローマ数字のみだ。毎正時に分針が素早く戻り、時間表示が切り替わる瞬間は、とても楽しい。ジャンピングアワーとレトログラードの機構が見えるといいのに、と思ってしまうほど、メリハリのある動きである(ジャンピングアワーやレトログラードの機構が見えるといいとは思うが、そうするとムッシューはまったく別の時計になってしまい、必ずしも成功するとは限らないが…)。

Monsieur de Chanel Watch

文字盤は、丸みを帯びたフォルムと角張ったフォルムを組み合わせている。

 この時計の作りは、おもしろくとても興味深いものだ。この時計は、特に男性のための時計として紹介され、取り上げられているが、実はそれがいちばんつまらない。おもしろいのは、デザインがいいからであり、興味深い時計づくりがなされているからなのだ。時計製造において、従来の性別にとらわれないデザインコードが根強く残っているのには理由があり(伝統、デザイン言語のわかりやすい歴史、商業的配慮など)、ココ・シャネルとシャネルというメゾンは、今日我々が考える女性のためのハイスタイルの多くを構築してきたと言えるだろう。しかしJ12と同様に、ムッシューのデザインが必ずしも男性向けであると考える理由はまったくないのだ(例えば、ボーイフレンドのデザインが女性向けであると考える理由がないのと同じく、ムッシューはタキシード用の時計として非常に優れている)。

chanel watch buckle

ムッシューの巧妙なバックルは、非常に快適だ。

chanel Monsieur de Chanel watch

ムッシュー ドゥ シャネルの魅力は、男性用に特化した時計とは一線を画しているところだ。

 我々はこの時計を初めて見て、とても気に入った。そしてこの時計に長く触れることで、その印象はさらに深まるばかりだ。このことは時計ブランドやデザイナーにとって教訓となるだろう。性別は、時計のデザインよりも、見る人の心のなかにあるものなのだ。巧みなデザインが素晴らしいデザインを、健全な時計づくりが素晴らしい時計づくりを生むのであって、時計が破綻するというのは、それがいわゆる男性用か女性用かはほとんど、というかまったく関係ないことに、私は5万本のヒゲゼンマイを賭ける。

 優れたデザインと時計製造による時計であっても、確かに商業的に失敗することはある。しかしそれがないよりは、あったほうがチャンスはある。多くのレディスウォッチは、想定とする顧客だけでなく、デザインに関心のある人なら誰でも、その見た目からかなり冷めた目で見てしまうものだ。ほとんど商業的な動機から作られた副産物に見えるからである。多くのメンズウォッチも、奇妙なことにまったく同じ理由で失敗している。ムッシュー ドゥ シャネルは、ジェンダーと時計製造の社会史に興味がある人だけでなく、時計に興味がある人なら誰しも注目すべき時計である。 もしかしたら、“紳士淑女のための時計”と呼ぶべきものかもしれない。

ムッシュー ドゥ シャネルは、ベージュゴールドが652万3000円、ホワイトゴールドモデルが613万8000円(ともに税込)。シャネルのムッシュー ドゥ シャネルについての詳細は、シャネルのウェブサイトをご覧ください。