秋のオークションシーズンが始まったばかりだが、早くもオークションのひとつが、今週末の10月21日と22日の晴天のモナコにて開催された。モナコ・レジェンド・グループのエクスクルーシブタイムピースセールだ。
秋のオークションシーズンとしては最大級のものになるかもしれないし、少なくともコレクター活動にとっては最大級の風見鶏になるかもしれない。この秋、ふたりの大物コレクターが、デュフォーのソヌリ、数本のジョージ・ダニエルズの腕時計、大スター御用達の腕時計などをオークションに出品する。つまり、1回のオークションでヘッドラインを飾るのに十分だったであろう時計たちが、今ではひとつかふたつのオークションだけで注目の的となっている。パテックの1518、ポール・ニューマン・デイトナ、F.P.ジュルヌなどはモナコにもあるし、大手のオークションハウスとしては普通のことだが、この秋においてはそれらですら控えめになりつつある。
カルティエ ロンドン オクタゴン。
同メゾンの一流コレクターのひとりであるジョン・ゴールドバーガー氏が披露したる¥、カルティエ ロンドンのユニークなデザインの完璧な例。
本オークションに出品された、2本のエベラール社製スプリットセコンドクロノグラフのうちの1本。こちらはエベラール社製ムーブメント、Cal.16000を搭載している。
トニー・トライナは、これらのセールが何を意味するのかを理解するために、この記事で素晴らしい仕事をしてくれた。しかし、クリスティーズが一方向へ進んだのなら、ダヴィデ・パルメジャーニ(Davide Parmigiani)氏と彼のチームはまた別の方向へとシフトし、11月の熱狂を避けてヴィンテージ愛好家のためのオークションを作ることに全力を尽くした。281ロットもあるので、この記事を長く感じられるかもしれないが短くすると必ず約束しよう。しかし、カルティエのロンドン オクタゴンやエベラール スプリットセコンドクロノグラフに興奮しているような人にとっては、モナコがあなたの舞台となる。カバーロットだけでもその証拠だ。
パールを乗せたリューズは、カルティエ カレンダーの素晴らしいディテールのひとつに過ぎない。
1964年製のカルティエ マグナム タンク(エスティメート20万ユーロ~40万ユーロ、日本円で約3200万~6400万円)は、今まで見たカルティエの腕時計のなかで最も希少な部類に入るが、それでも記録的なロンドン クラッシュよりは、はるかに安くなることは間違いない(編集注記:結果は41万6000ユーロ、日本円で約6655万円で落札)。カルティエが販売している“非常に希少な”オーデマ ピゲのカレンダーとは異なり、こちらはさらに希少なAPムーブメントを搭載したカルティエ フランス製の時計だ。これらのタンク ダイヤルもそれぞれユニークな構成で作られていた。一方ロット108、オーバーサイズのパテック Ref.530(スティール製、ブラックダイヤル、ゴールドのブレゲ数字)は、ジョン・ゴールドバーガー氏のコレクションからの出品だ。これは間違いなくカラトラバの最もまれで重要なリファレンスであるが、2017年にベン(・クライマー)が指摘したように、学術的に認知されるようになったのはこの15~20年のことである。同様の時計がオークションにかけられた過去の例はさまざまある。2016年から2017年のあいだに41万5500スイスフランから144万5000スイスフラン(当時の相場で約4585万~1億6465万円)であったが、ここでのエスティメートは25万ユーロ~50万ユーロ(日本円で約4000万~8000万円)である(編集注記:結果は80万6000ユーロ、日本円で約1億2890万円で落札)。
最後に、同じエスティメート範囲で、アール・デコ時代のパテックで私のお気に入りの一例を紹介しよう。ロット208は、“おそらくユニークな”スクエアプラチナケースに、センターセコンド、ブレゲ数字が入った時計だ。長い“Patek, Philippe & Co.,のシグネチャー、ヒンジ付きのケース、ブラックエナメルで縁取られた装飾が施されている。パルメジャーニ氏は35年間、この時計を追い続けた。ほかにもいくつかの例が知られているが、プラチナケースの例はない。さらにこの時計にはオリジナルボックスが付いている。ケースの隅に施された装飾を見れば、パテックが5950からインスピレーションをどう得たのか、すぐに理解できるだろう。いずれも、すぐにわかるアイコンでもなければ、記録を破る可能性のあるものではないが、ヴィンテージ愛好家にとっては死ぬほど見たい時計である。
アイコンに関して言えば、最近ではポール・ニューマン・デイトナ(もしくは最低5本)なしにはオークションは語れないようだ。しかし、もしあなたが上位0.1%のコレクターなら、今は“平均的なポール・ニューマン”以上のものを求めているはずだ。幸運なことに、これは私が覚えているなかで最もおもしろいグループ分けのひとつだ。
それから“ミステリークロス”パンダのポール・ニューマンRef.6265だ。これは若き日のテンジン・ノルゲイ(Tenzing Norgay)が同行したスイス人によるエベレスト登頂の挑戦失敗から20年を記念して、スイス山岳研究財団のためにエングレービングされたものであると判明するまで、長いあいだコレクターを悩ませてきた個体だ。この例はその物語を裏付ける来歴があり、現在では謎が少なくなっているものの名称は定着している。また、ポール・ニューマン以外の特典として、ブルーダマスクダイヤルという珍しいプロトタイプもある。これにはRef.116520、箱、書類、ブヘラの確認書が付いていて、デイトナのオークションとしては悪くない。
私はさらに、人目につかないものを探しに行った。これらのなかにはまだまだとてつもなく高価なものもあるが、市場の好みに合わない腕時計や、しばらくのあいだ人気があったがピークを過ぎてしまった(あるいは、まったく期待できなかったのかもしれない)時計を探すのが好きなのだ。
モナコ・レジェンド・グループは非常に珍しいデイデイトをまとめたが、私はそのテーマの外に目を向けていた。例えば、ロレックスのバブルバックが“真の研究者”のために収集される時計であった頃、確かにその場の周りには誰もいなかったことを知っている。より大振りなSS製ロレックスが台頭し、王者として君臨し続けるなか、私はバブルバックやその時代の類似ロレックス、さらには奇妙な形のロレックスのほうが魅力的な提案であると気づいた。
この時計について、何か変わったところはあるだろうか?
これはクロノグラフではなく秒表示がふたつあり、2本の針の進行は完全に一致する。
たとえ手が届かなくとも、ロレックス バブルバックのロット47に注目をしている。これはセンターとサブの両方に秒表示があり、通常はエナメル製バブルバックにしか付けられない価格に達する可能性がある(編集注記:結果は12万3500 ユーロ、日本円で約1975万円で落札)。このリファレンスはふたつのバージョンしか確認されておらず(もうひとつはプライベートコレクション)、こちらはほぼ完全なコンディションで、ふたつのなかでは圧倒的に優れている。なぜこのような奇妙なデザインが作られたのかは誰にもわからないが、魅力的なピンクゴールドインデックスと幻想的なケースにより、間違いなく同オークションのなかで最も素晴らしいロットのひとつである。
一方ロット125と241は、デイトナ登場以前の角型、ステップケース式クロノグラフで、非常に興味深くて魅力的なモデルである。実際、スクエアケースのクロノグラフは、ダヴィデ・パルメジャーニ氏が35年間のうち唯一見かけたピンクゴールド、黒文字盤バージョンであり、その状態はかなり驚くべきものである。ステップ状のラグのリファレンスは、ジョン・ゴールドバーガー氏が初めて所有した時計とほぼ同じだが、彼の時計はダブルサインではなかった。このセルピコ・イ・ライノ(Serpico Y Laino)バブルバックや、ロレックス ゼファー(写真ではケースのコンディションが正当に評価されていない)、そしてRef.9004 プレシジョンはもっと手頃な見積もりであり、スマートなコレクションの入門としては最適だろう。またパテック フィリップのアイコン的存在であるRef.2425と共通のSogno S.A.(ジュネーブ)社製ケースを持つ、Ref.4371 “スケーター”もある。まさに知る人ぞ知る名機である。ただ正直なところ、1943年製でティアドロップ型のラグとオーデマ ピゲのフォントを備えた、37mmというオーバーサイズの金無垢モデル、ロット247のほうに傾倒している。
ロンジンの価格もピークを大幅に過ぎているが、それでも腕時計は依然として素晴らしい。実際、ヴィンテージクロノグラフを収集したいのであれば、13ZNは必須であると私は今も変わらず主張する。写真の超魅力的な金無垢ロンジンは、13ZN ドッピア・ランチェッタ(Doppia Lancetta、英語では“ダブルハンド”)である。これは中央に計測用の分針を備えた、市場に出回っているなかでもクールな13ZNの個体であり、よりモダンで着用しやすい39mmサイズとなっている。傾斜したラグという珍しいSS製36mm 13ZNや、大型な42mmのレジェンドダイバーコンプレッサーなど、かつて高価だったヴィンテージロンジンのほかの目玉モデルもチェックしてみて欲しい。
それから変わり種もいる。バブルバックの全盛期にいなかったのと同じように、大きくて大胆なネオヴィンテージコンプリケーションが世間を支配していた時代の時計に、私は興味がなかった。プラチナ製のパルミジャーニ・フルリエ トリック ミニッツリピーター(リピーターの音を出すには最も不向きな金属のひとつだが)、GMT付きは、2000年代初頭のデザインを象徴しているが、優れた時計製造をも備えていた。また、このような実用的なコンプリケーション(GMT)とミニッツリピーターが組み合わされたモデルを目にする機会は少ないだろう。このロジェ・デュブイについても同様のことが言える。デザインに関してはともかく、少なくともバイレトログラードパーペチュアルカレンダーという、技術的に非常に魅力的なものを搭載している。
“シャフハウゼンの軍馬”。
複雑時計の激しいせめぎ合いの王者のひとりは、実は短期間ながらIWCだった。IWCの“イル・デストリエロ・スカフージア”(ラテン語で“シャフハウゼンの軍馬”の意)の実物を目にして興奮したのは、ひとつにはIWC イル・デストリエロ・スカフージアが非常に希少であること(IWC創立125周年を記念して、わずか125本しか製造されなかった)、そして1993年の発表時点では、史上最も複雑な腕時計だったからだ。
スルタンやほかのVIP向けに作られたカスタムバージョンには、パヴェケースやブレスレットが付いていたが、この時計はミニッツリピーター、トゥールビヨン、パーペチュアルカレンダー、ムーンフェイズ、スプリットセコンドクロノグラフを備えた、素晴らしいPG製の個体であることに変わりはない。これまで扱った時計のなかで、間違いなくトップ5にランクインする重量感だ。しかしもっと重要で魅力的なのは、この時計が(高度に)改良されたバルジュー7750をベースにしていることだ。これほど複雑な時計が新品で12万~24万ユーロ(日本円で約1920万〜3840万円)で手に入ることを想像してみて欲しい。さらにダイヤルに“PATEK”と書かれていたら、どれくらいの値段になっていただろうか。価格はその20倍か? 少なくともね。
モナコ・レジェンド・グループのエクスクルーシブタイムピースオークションは、10月21日と22日の午後2時30分(中央ヨーロッパ時間)から開催された。詳細および結果は公式ウェブサイトから。
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