※本記事は2014年1月に執筆された本国版の翻訳です。
オーデマ ピゲのロイヤル オーク クロノグラフ。この時計は多くの読者に知られているので、分析する必要すらないかもしれない‐しかし、HODINKEEだからこそあえて取り上げることをご理解いただけるだろう。ロイヤル オーク クロノグラフは、世界中に何千人もの愛好家がいる一方で、少数のアンチも存在する時計だ。略称ROCは、オーデマ ピゲの2つの全く異なる購買層、つまりコレクターとそれ以外の人たちの間の中間的な存在なのだ。ロイヤル オークとロイヤル オーク オフショアは、それぞれまったく異なる層にアピールすることが多いのだが、それについてはのちほどご紹介しよう。今回のレビューでは、オーデマ ピゲ(AP)の主力モデルであり、自社製ムーブメントを搭載しないものの(Ref. 26320)、興味深いオート・オルロジュリーを取り上げようと思う。41mm径ケースにコラムホイール付き垂直クラッチ式クロノグラフを搭載したつけ心地、また、ムーブメントの供給元がどこであるかということは、注目に値することなのかどうかを見ていきたい。今回のウィーク・オン・ザ・リストでは、オーデマ ピゲ ロイヤル オーク クロノグラフをじっくりとご覧いただく。
オーデマ ピゲの二面性
APは実にユニークな時計メーカーだ。 世界的な高級時計ブランドのなかで、創業者一族の手に残っている数少ないブランドのひとつであり、オーデマ一族のメンバーが現在も役員を務めている。 ヴァシュロン・コンスタンタンやA.ランゲ&ゾーネがリシュモングループ(カルティエ、パネライからアルフレッド・ダンヒル、鞄メーカーのランセル、婦人服のクロエ、オンライン専売業のNet-A-Porterまで数多くの事業体を擁する)の傘下にあることや、パテック フィリップが独立性を保ちながらもスターン家に所有権が移って100年も経っていないことを考えると、APの所有権が創業以来変わっていないことは非常に重要である。しかし、APの独立性は必ずしも175年の歴史を持つこのマニュファクチュールの最も興味深い側面ではない。重要なのは、誰がAPの時計を買うのかということだ。
この質問に対する答えは簡単だ。 私が言いたいのは、高級時計の購入層には2つのまったく異なるグループがあるということだ。つまり、コレクターと純粋に "時計好き "の層である。 コレクターとは、過去15年間、TimeZoneとPuristSに入り浸っていた人で、ウォルター・オデッツという名前を聞いて、誰だかすぐにわかるようなタイプの人物だ。 この種のコレクターは、ハンドポリッシュとハンドメイドの違いを知っているだろう。ブランド全体について議論する段階をはるかに超えて、個別の製品について語るのに十分な知識を持っている。パテック フィリップが過去100年の時計に与えた影響を敬愛し、ヴィンテージロレックスの重要性と魅力を理解しているものの、自分の心に響くものだけを購入する。一方、時計好きな人は、高級時計の経験が浅く、ブランド志向が強い傾向にある。アンバサダーや小売店、広告などに簡単に左右されてしまう。どちらもオーデマ ピゲの時計を購入するが、おそらく購入するモデルも動機も異なるだろう。
まず、コレクターの話から始めよう。コレクターがオーデマ ピゲを買うのは、偉大な複雑懐中時計の歴史があるからだ。コレクターがAPを買うのは、パテック フィリップがヘンリー・グレーブス・Jr.のスーパーコンプリケーションの複雑なリピーターの製作に技術的支援を必要としていたとき、APに助けを求めたことを知っているからだ。このように、コレクターがAPを買う理由は、枚挙に暇がない。ル・ブラッシュのマニュファクチュールは、1892年に世界初のミニッツリピーター腕時計、1921年に世界初のジャンピングアワー腕時計、1934年に世界初のスケルトン懐中時計、1972年に新たなジャンルの導入(ご存知のスポーツウォッチだ)、1978年に世界初のセンターローター付き超薄型パーペチュアルカレンダー腕時計など、長いあいだ、素材と技術の最先端を走ってきたわけだ。1986年には初の自動巻き超薄型トゥールビヨン、1994年には初のグラン・ソヌリおよびプティ・ソヌリ、1996年には初の自動巻きグランドコンプリケーション、2000年には初の均時差表示と永久カレンダーを搭載した腕時計、2009年には2重テンプを持つ“AP脱進機”を搭載した高精度クロノメーターなど、数え切れないほどのモデルを発表してきた。
今日、ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー スケルトン(APのコレクションのベンチマークであり、私の意見では市場で最も優れたパーペチュアルカレンダーの一つ)、ロイヤル オーク エクエーション オブ タイム、革新的なAPクロノ、そしてこのミレネリー ミニッツリピーターなどの時計は、APが間違いなくトップレベルのマニュファクチュールであることを証明している。また、ベーシックなロイヤル オーク Ref.15400に搭載されている自社製自動巻きCal.3120は、世界で最も優れた量産ムーブメントの一つだ。このように、APは "本物 "の時計愛好家に支持されているが、他のタイプのAP購入者の話題に紛れてしまうこともある。
それは単に裕福な時計購入層の存在だ。 私にとって、このタイプのAP購入者の例えは、数年前に一時期流行ったテレビドラマのあるエピソードのワンシーンがすべてを語っている。 そのドラマとはEntourage(邦題『アントラージュ☆オレたちのハリウッド』 )のことだが、読者の多くはこのシーンをよくご存知のことだろう。
アリ・ゴールドは、金無垢のロイヤル オーク クロノグラフ(下でレビューする時計とは異なるモデル)を当時の上司から受け取り、上司はそれを "One of the finest watches in the world(世界で最も優れた時計のひとつ) "と表現する。 カメラは箱に入った金無垢の時計を映し出し、アリはその贈り物に不信感を抱く。こうしてAPは、『アントラージュ☆オレたちのハリウッド』の視聴者層という、新たな潜在的顧客を大量に引き込むことになる。このシーン以降、ドラマの登場人物の何人かがAPを身に着けるようになる。
当時は、オーデマ ピゲが出演料を支払ったと思われていたが、私とAPとの長い付き合いのなかで、1ドルのやり取りもなかったこと明らかとなっている。むしろ、ドラマのプロデューサーがAPの大口顧客で、アリにロイヤル オークを贈るシーンを挿入したいと主張したということである。『アントラージュ☆オレたちのハリウッド』はAPに多くの貢献をしたが、APのクライアントの「もう一方の」層を定義するのは、この件だけではない。しかし、ハリウッド、音楽、スポーツの分野でAPが人気を博しているのは、若くてお金を持っている人たちだということをよく表している。
スイス時計産業の集合体としてのロイヤル オーク オフショア
呆れるほど広い意味で一般論的な話をすると、コレクター層がロイヤル オーク ジャンボやパーペチュアルを身に着けている一方で、その他の層の人々は、それ以外のモデルを身に着けている。「それ以外のモデル」というのは、ひと言でいえばオフショアのことだ。 オフショアは、1993年にモダンでスポーティなクロノグラフとして発売された。 実際、AP初のスポーツクロノグラフであり、今回レビューしているロイヤル オーク クロノグラフの初出を遡ること5年も前のモデルである。
ロイヤル オーク オフショア クロノグラフの原型をデザインしたのは、AP社のジュニアデザイナー、エマニュエル・ギュエ氏(45歳:掲載当時)だ。 当時、彼は22歳で、ジェラルド・ジェンタの後任としてオーデマ ピゲのデザイン部門を率いていたジャクリーヌ・ディミエ氏の指導を受けていた。 APのCEOには、今ではオメガのCEOとしておなじみのステファン・ウルクハート氏が就いていた(掲載当時:同氏は2016年にオメガを退任)。
通常モデルの販売が伸び悩んでいたことから、ウルクハート氏は“若者向けのロイヤル オーク”が必要だとギュエ氏に伝えた。 防水性能を備えた大型のクロノグラフを作るというアイデアは、当時のAP社や業界全体にとって、まったく異質なものだった。このモデルが発表された1972年、スティール製高級スポーツウォッチなど、どこも作っていなかったように、当時は高級スポーツクロノグラフを製造するメーカーはなかったことは特筆すべき点だ。
AP社内でもこの新しいコンセプトが正しいかどうか、確信がなかった。プロジェクトは5回以上頓挫し、"ザ・ビースト(獣) "というニックネームで呼ばれていた。特に、プッシャーやリューズにシリコンをはじめとする新素材を使うことにこだわったため、生産が何度も遅延した。また、AP社はオフショアのケースに対応するムーブメントを製造していなかった。ジャガー・ルクルトのクロノグラフモジュールが最も近いものだったが、当時の42mmは巨大で、かなりの厚みがあったため、ムーブメントを耐磁リングに収めた。本質的には苦肉の策であったが、オフショアの初期のセールスポイントともなった。
ウルクハート氏肝煎りのロイヤル オーク誕生20周年(1992年)を記念した「若者のためのロイヤル オーク」の発表は、結局間に合うことはなかった。そして、1993年のバーゼルワールドで、この時計を発表することになったが、決して歓迎されたわけではなかった。ギュエ氏はジャーナリストのミゲル・セブラ氏に、“ジェラルド・ジェンタがブースに乗り込んできて、『私のロイヤル オークは完全に台無しにされた』と叫んだ”と語ったそうだ。
1972年にジェンタが発表したロイヤル オークへの反響と同様、このリリースには懐疑的な意見や批判が寄せられた。今では重厚で先進的な時計で知られる彼でさえ、疑問を抱いていたことをこのWorldTempusの記事でギュエ氏自身が述べている。当時ジャガー・ルクルトの製品開発責任者であった若きマックス・ブッサー氏には、"君は狂っている、こんな怪物は絶対に売れない "と強烈に皮肉られた。
マックスをはじめとする時計業界の人々は、もちろん完全に間違っていた。 オフショア(これは100本の初回生産後に正式名称として後付けされたもので、ケースバックにオフショアのブランドロゴがないものは、希少なコレクターズアイテムとされる)は、すぐに地球上で最もホットな高級時計のひとつとなり、業界全体のデザインとクロス・プロモーションの先駆けとなった。もちろん賛否両論があり、ある人は「よい方向だ」と称賛し、別の人は「悪い方向だ」と貶した。
オフショアは初期の頃から紆余曲折を経て、数え切れないほど多くの限定モデルが登場した。1997年、ロイヤル オークの誕生25周年を記念して、ギュエ氏とAPはオフショアのためにさまざまな新色を考案した。オフショアの限定モデルが始まったのはこの年で、アーノルド・シュワルツェネッガーの『エンド・オブ・デイズ』という、セレブレティとの初のコラボレーションモデルも考案された。PVD処理された500本限定モデルは、若いコレクターの間で大きな話題となり、今では初の "ビッグブラックウォッチ "とも言えるこのモデルを手に入れるために、小売価格よりも高い値段で購入する人さえいた。
そこから、Jay-Z、ラスベガス、モントーク・ハイウェイ、チーム・アリンギ、チーム・アリンギ・ポラリス、レディ・チーム・アリンギ、バリチェロ、バリチェロII、バリチェロIII、プライド・オブ・メキシコ、プライド・オブ・チャイナ、プライド・オブ・ロシア、シャック、その他約4種類のシュワルツェネッガー・ウォッチ、そして数十種類の限定モデルが現れた。最近だとレブロン・ジェームズ限定モデルが登場している。
これらの時計には、他の時計よりも歴史の評価に耐えてきたものもあり、多くの時計愛好家の意見では、まさにAPの楽しさを表現していると言えるだろう。特にミュージシャンやアスリート、ハリウッドやウォール街から絶大な支持を得ている。これらの時計はわかりやすく、集めやすいものだ。ほとんどの場合、これらの限定モデルは、カラーバリエーションやデザインが、通常ラインと微妙に異なっているだけだからだ。だが、もしこれを読んで、ちょっとした美的感覚の違いに大金を払う人がいるのかと嘲笑している人がいたら、ヴィンテージロレックス界隈がどれほどクレイジーなのか覗いてみることをお勧めする。
しかし、オフショアは瞬く間にセレブリティやヒップホップ、アスリートたちと結びつき、139年の歴史を持つ同族経営の企業は、今や真のポップアイコンとなったのだ。誰もがオフショアを身につけていた。リック・ロス(the Bawse)はミックステープに“The Timeless Audemars Piguet Collection”というタイトルをつけ、アルバムカバーにはオフショアを身につけて中指を立てている彼の姿が描かれている。
ル・ブラッシュを訪れたことがある人なら、これがどれほど不条理なことかわかるだろう。若く豊かな、そして多くの場合、特に趣味のいいとは言えない人々に世界的に受け入れられていることが、多くの純粋主義者たちが知名度の高いAPの着用者たちに忌々しさを感じる理由となっている。なお、オーデマ ピゲの名誉のためにもリック・ロス氏による自社ブランドのプロモーションを公式に協賛しておらず、彼らが関知しないところで行われていたことを明記しておこう。
一方、ウブロはオフショアの劣化版で初期のキャリアを積んできた。そのため、初期の時計愛好家の間では、どちらの時計が最初に作られたのか、どのプロスポーツ選手がどのモデルとタイアップしているのか混乱が生じていた。ウブロがオフショアに対抗するために価格を上げると、消費者はこぞって両者を比較するようになったが、実際のところ、機械的には比較にならない。
オフショアの魅力は、それを身に着けている人や様々なスタイリングについて思うところがあるものの、ウブロのビッグ・バンでも、リンデ・ウェルデリン スピドスピードでも、はたまたジラール・ペルゴ クロノホークであろうとも、大型でアグレッシブなスタイルのスポーツクロノグラフのカテゴリーで比肩するものがないほど、最高級の仕上げを施した美しい時計であるということだ。
オフショアに対する“時計オタク”の主な不満は、専用のクロノグラフムーブメントを採用していないということ(当時)も述べておきたい。 つまり、Ref.15400に搭載されている自動巻きCal.3120に、デュボア・デプラ社のクロノグラフモジュールを組み合わせたムーブメントを採用しているのだ。これにより、オフショアは厚みのある時計となり、純粋主義者にとっては好ましくないものとなっている。この不満をわかりやすく理解するのに、オフショアのデイト窓を見るとよい。 ダイヤルに沈みこんでいるのがわかるだろうか? しかし、時計を裏返すと、APの美しいCal.3120が目に飛び込んでくる。
そこに、スケルトンの永久カレンダーが好きなコレクター層と、オフショアが好きなヤングマネー層の、さらにその2つの層をミックスしたようなAPの時計が存在する理由がある。ファッション性の高いケースに革新的な時計を収めた“カーボンコンセプト”シリーズや、2013年の“オフショア グランドコンプリケーション”のような大作だ。AP社だけが、防水ケースにスケルトンの永久カレンダー、ミニッツリピーター付きスプリットセコンド・クロノグラフ、そしてラバーベゼルを作り、それを実際に機能させることができたのだ。これはオーデマ ピゲの特徴であり、大したものだ。アンバサダーや最新のデザインについてどう思おうと、オーデマ ピゲが一流のマニュファクチュールであることに議論の余地はない。
オーデマ ピゲ ロイヤル オーク クロノグラフを一週間使ってみる
オーデマ ピゲのファンのなかでも特にコレクターズ寄りに位置するのが、“ロイヤル オーク クロノグラフ(ROC)”だ。これはオフショアではない。オーデマ ピゲのラインナップでも最も人気のあるモデルのひとつで、ジェンタ時代のロイヤル オークのコンセプトとデザインを踏襲しつつ、クロノグラフのスタイルと複雑機構を加えたモデルだ。私個人、何度も買おうと思っていたのに、なぜかそうしなかった時計でもある。2012年にロイヤル オークもROCも39mmから41mmにサイズアップしたので、そろそろこの大きなケースサイズに慣れておきたいと思っていたところ、幸運にもオーデマ ピゲがローズゴールド無垢モデルを貸してくれたのだ。
このモデルがゴールドであることはさておき、まずは製品群全体の話をしたいと思う。まずムーブメントについて話そう。
前述したとおり、オーデマ ピゲはCal.3120という優れた自動巻きムーブメントを作っている。このムーブメントは、オフショアでは他社製クロノグラフモジュールのベースとして採用されているが、この小さくて薄いロイヤル オークでは使用されていない。その理由はいくつかあるが、ひとつは既存ケースの厚みに収まらないことだ。ロイヤル オーク クロノは厚さ10mmだが、平均的なROOクロノグラフは14mmを超えている。2つめの理由は、ロイヤル オーク クロノで完璧に動作する素晴らしい代替ムーブが存在するためである。それは、フレデリック・ピゲによるCal.1185だ。このキャリバーは、非常にスムーズな作動、55時間のパワーリザーブ、驚異的な薄さ、そして垂直クラッチやコラムホイールなどのハイエンドな技術的特徴を備えた、現代の偉大なムーブメントの1つである。
Cal.1185は非モジュール型のムーブメントであり、なかでも非常に優秀だが言うまでもなくオーデマ ピゲ製ではない。厳密にはブランパン製ムーブメントなのだが、スウォッチグループがF.ピゲ社を“マニュファクチュール・ブランパン”(ちなみにレマニアはブレゲ)としてリブランドしようと試みているにもかかわらず、誰もそうは呼ばない。とはいえ、F.ピゲ社のウェブサイトを閲覧すると、そのように掲げられている(掲載当時:現在はブランパンのWebサイトに統合されている)。しかし、このクロノグラフムーブメントは、数年前にF.ピゲを買収したスウォッチから供給されており、彼らによると、このムーブメントは少なくとも2つの重要な顧客、APとヴァシュロン・コンスタンタン(VCはオーヴァーシーズでこのムーブメントを採用している)への供給をためらうつもりはないとのことだ。スウォッチは、ブランパン専用にCal.1185の特別なバリエーションを用意している。例えば、この記事でご紹介したラトラパンテ・フライバックなどだ。
この時計に自社製クロノグラフが搭載されていたらいいのにと思うか? もちろんだ。APのCal.3120とモジュールを組み合わせたオフショアの手法を採用して欲しかったか? 一瞬たりともそう思わない。ケースの形状は私にとって非常に重要であり、他の多くのロイヤル オーク愛好家にとっても重要だろう。F.ピゲのCal.1185は、この時計にぴったりのサイズと機能を備えた素晴らしいムーブメントだ。このような高価なクロノグラフは、“自社製ムーブメントでなければ絶対に買わない”というコメントが目に浮かぶが、これは確かに尊重すべき意見だ。 現在、ロレックス、タグ・ホイヤー、オメガ、そしてブライトリングなどには素晴らしい自社製クロノグラフが存在する。しかし、率直に言って、本当の意味でのハイエンドスポーツカテゴリーには、あまり競争相手がいない(前述のブランドは「ツールウォッチ」メーカーとして捉えるべきだろう)。
ヴァシュロンは自社製自動巻きクロノグラフを持っていないし、ランゲも同様だ(もちろん、彼らはスポーツウォッチを作っているわけではないが)。 ジラール・ペルゴ シーホークは、自社製Cal.3300にデュボア・デプラ社製モジュールを載せたものでオフショアの構造と似ており、このモデルと競合するものではない。
ロイヤル オーク クロノグラフはどちらかと言えばドレススポーツクロノグラフといった方がしっくりくる。そして、このカテゴリーの真のライバルは、自社製自動巻きムーブメントを搭載しているパテック フィリップ Ref.5980クロノグラフだけだ。いや、今の話は撤回しよう。ブランパンもブレゲと同様、スポーツクロノグラフに自社製自動巻きムーブメントを採用している。それらはこのAPに搭載されているものとまったく同じムーブメントだ。繰り返すが、この時計が自社製ムーブメントを使用していないことで読者諸君がパニックになる前に言っておくと、自社製ムーブメントを使用しているマニュファクチュールは1社しかなく、それはパテック フィリップで、しかももっと高額なのだ。詳しくは後述する。
APのCal.2385(F.ピゲ社のCal.1185をそう呼ぶ)は、自社製ではないかもしれないが、それでも素晴らしいムーブメントだ。プッシャーの動きはとても美しく、垂直クラッチを採用しているため、スタート/ストップ時の遊びがほとんどない。このムーブメントは非常に高級感があるのだ。レマニア社製ムーブを採用したパテックのクロノグラフが、現在の自社製モデルよりもコレクターに好まれているのと同じように、AP(またはヴァシュロン)が自社製の自動巻きムーブメントを発表したときにも、同じようなことが起こるのではないかと私は考えている。パテックの自社製ムーブメントが優れていないというわけではないが、新ムーブメントの導入に伴いダイヤルやケースの変更が施されたが、これは誰もが好むものではなかった。現在のロイヤル オーク クロノグラフは素晴らしい時計だ。自社製自動巻きムーブメントの開発には賛成だし、それが実現すると確信しているが、現状では、Cal.1185がこのクロノグラフの動力源となっていることに完全に満足している。
私が超高級時計のレビューでいつも伝えようと心がけているのは、ムーブメントや素材のコストではなく、外観を作り上げるための仕上げや工数が価値の何割を占めるかということだ。オーデマ ピゲはロイヤル オーク No.A001以来、スポーツウォッチのケース仕上げの最先端を走ってきたが、RO No.A001では、鏡面磨きやサテン仕上げ、面取りなどが時計価格の50%を占めると言っても驚かない。初代ロイヤル オークは、スティール製ケースに伝統的な高級仕上げ技術を初めて採用したことで大きな話題となった。 面取り、ラッピング、ポリッシュ、ブラッシングなど、すべての工程が手作業で行われた。1972年のロイヤル オークの素晴らしい仕上げは、現在のロイヤルオーク クロノグラフにも完全に受け継がれている。
このケースは、8段階の気の遠くなるような工程を経て、まず八角形のベゼルとミドルケースの丸い開口部にカットされる。ミドルケースは、ブレスレットを装着するラグのあいだを含むすべての面にサンドブラストがかけられる。次に、ラッピング(研磨)ペーストを塗布し、ケースのカット面を浮かび上がらせる。その後、八角形のベゼルにポリッシュ加工を施し、トレードマークであるあの輝きを引き出すのだ。多くのコレクターによると、この輝きこそがロイヤル オークの魅力の秘密であり、他に類を見ない光の戯れ方なのだそう。そのあと、各カット面にニスを塗布して摩耗を防ぎ、ベゼルにサテン仕上げをかける。ベゼルの角度をミドルケースの角度に合わせ、トレードマークである六角形のネジを使って留める。
ケースに施されたこれらの手仕事の結果、腕時計のなかで最も美しく美しい輝きを放ち、それはブレスレットにも反映される。
その点について、もう少し補足しよう。ロイヤル オークのブレスレットは伝説的なものだ。70年代初頭に初めて発表されたとき、それまでほとんどの時計メーカーや時計愛好家にとってはあと回しにされていたものが、AP社によってどれほどの輝きと仕上げが施されているか、競争相手は、ただただ信じられなかったそうだ。もちろん、Ref.5402STに装着されたオリジナルのブレスレットは、ホイヤー、ロレックス、ユニバーサル・ジュネーブ、ジャガー・ルクルト、パテック フィリップなどのブレスレットを製造し、最終的にはロレックスに買収されたゲイ・フレアー社が製造したものだが、同社のブレスレットの多くは“数珠つなぎ”のシンプルなものだった。ROのブレスレットは、ひとつとして同じサイズのリンクがなく、エッジにはサテン仕上げと鏡面仕上げが織りなされた特別なものだった。このピンクゴールドのクロノグラフの場合、APがブレスレットの開発と製造に多大な時間とエネルギーを費やしたことは間違いない。フィット感、仕上がり、装着感はまさに最高品質である。APのシグネチャーが入ったダブルデプロイアントクラスプは、しっかりと閉まり、両サイドから押すとすぐに開くようになっている。
ロイヤル オークが伝説となったもう一つの特徴は、ダイヤルのテクスチャーの複雑さだ。 1972年当時も今も変わらず、この41mmクロノグラフのダイヤルは "昔ながらの手法 "で作られている。それは、レーザーカットや型押しではないという意味だ。パンタグラフを使って作られているのだ。先にこの動画を見て欲しい。
ロイヤル オークの各ダイヤルには、タペストリー柄(四角と菱形のモチーフが織りなす柄)が施されており、光を捉え、時計の "幾何学的なレリーフ "を際立たせている。この柄は、100年以上前に作られたパンタグラフを使ってカットされている。このパンタグラフは、金型から小さな真鍮製のダイヤルに柄を複製するが、この工程には1つのダイヤルにつき20~50分を要し、まさに昔の時計製造の遺物なのだ。
まだ仕組みがわからないという方は、上のGIFアニメーションをご覧いただきたい。
このモデルでは、美しいホワイトワッフルのダイヤルに、シルバーのアウタースケールが付いた3つのサブダイヤルが配されている。この3つの小さなダイヤルには美しいリブが施され、さらにその上にはブラックペイントされている。4時位置にはデイト表示があり、各アワーマーカーには夜光塗料をのせたピンクゴールドの無垢材が使用されている。
この柄が施されたダイヤルの利点は、光の当たり方によって、ロイヤル オークのケースのように、まったく異なるトーンを放つことだ。
ROCの直径は41mm × 厚み10mm。2012年までのロイヤル オーク クロノグラフは39mmだった。APがこの時計をサイズアップしたことで、その魅力が少し失われたと言う人もいるだろう。たまたま、私もその一人だ。
ロイヤル オークは、ジェンタがデザインしたときから39mmだった。極薄のジャンボや、ベーシックな自動巻きのRef.15300(現在は41mmのRef.15400)など、39mmはロイヤル オークの原点ともいえるサイズだ。ロイヤル オークは、まさに完璧なプロポーションによって、その驚異的な装着性を可能にした。今回、ヘッド部分を2mm広げたことで、APはそのバランスを少しだけ崩した。しかし、私はこのROCが大きすぎるとはまったく感じなかった。むしろ、この時計にそもそも39mmが存在せず、今年になって41mmが登場したとしても何の違和感もなかっただろう。しかし、友人のROCの39mmを(少しの間だけだが)着用したことがあるので、比較しないわけにはいかない。
39mmと41mmのROCは、手首に美しくフィットする。ローズゴールドのブレスレットは、手首に流れるようにフィットして、まさに完璧だ。先に述べた美しく仕上げられたブレスレットは、信じられないほど快適で、クラスプは堅牢で扱いやすい。
この時計に搭載されているF.ピゲ社製Cal.1185ムーブメントは、私が手にしているあいだ完璧な精度を保っていた。先に述べたように、このキャリバーの挙動の美しさは、まさに息を呑むほどだ。実際、私が好きな "フィーリング "を感じさせる自動巻きクロノグラフのひとつと言えるかもしれない。しかし、このクロノグラフには1つだけ不満がある。それはねじ込み式プッシャーのデザインだ。
この時計は1998年に発売された。その後、2012年にサイズアップした以外、ほとんどモデルチェンジされていない。リューズと同じ6面体のデザインを持つねじ込み式プッシャーは、ポリッシュ仕上げのベゼルと同様に光を受けて美しい。しかし、腕に装着した状態ではまったく使えない。手首を下向きにしないと、親指と人差し指を入れてネジを回したり外したりすることができないので、外出先で素早く操作することは不可能だ。もちろん、プッシャーを外したままにしておくこともできるが、それでは時計の防水性が低下してしまうし、見た目もよくはない。とはいえ、プッシュボタンがねじ込まれている状態では、すべての時計のなかで最も美しいプッシュボタンのひとつといえる。
41mmローズゴールド無垢のロイヤル オーク クロノグラフは、触るととても印象的な時計であることがわかる。 簡単に言えば、ローズゴールドの巨大な塊だ。 最初の2日間は少し重かったのだが、時間とともにその重さに慣れてきた。確かに、他のゴールドウォッチとは違って、驚くほどしっかりとした感触がある。ステンレススティールであれば、同じように頑丈でありながら、かなり軽量であることが期待できる。
私が持っている40年もののスティール製のロイヤル オークと比べ、この時計で気づいたことのひとつは、本当に傷が付きやすいということだ。 APは光を受けて輝かせるために、信じられないほど多くの仕上げとファセットを配しているが、面の至るところ、とりわけゴールドケースには傷が付きやすい。今回の貸出サンプルは新品ではなく、APの社員が毎日身に着けていたものだそうで、それがよくわかる。ベゼルの傷が見えるときと目立たないときがあるが、これも光の当たり方によって変化する。
スティールとゴールドの実質価値、あるいは相対的価値
では、単刀直入に話そう。私がどれだけこの時計を愛しているか、そしてロイヤル オーク全般を愛しているか詳しくお伝えしてきた。しかし、結局のところ、このレベルの仕上げと品質の時計は高価であるのが必然なのだろうか? もちろんだ。SS製のロイヤル オーク クロノグラフは2万3900ドル。SS製のデイトナ(希望小売価格1万2000ドル)の約2倍の価格だが、同等のムーブメントを搭載しながらケースとブレスレットの仕上げは、遥かに素晴らしいものとなっている。ヴァシュロン・コンスタンタンのオーヴァーシーズと比べると、数千ドル高いだけだが(VCオーヴァーシーズのスティールブレスレットの希望小売価格は2万1500ドル)、まったく同じキャリバーを使用していることを忘れないで欲しい。
しかし、ここでの本当の比較は、もうひとつの超高級時計メーカーであるパテック フィリップとの比較だ。スティールブレスレットのノーチラス クロノグラフ(Ref.5980/1A)は5万1000ドル。スティール製ロイヤル オークの2倍以上の価格だ。ノーチラスはロイヤル オークと歴史を共有しており、ケースの仕上げも素晴らしい。Ref.5980の内部にはパテック自社製Cal.CH 28-520 Cが搭載されているが、これは前にも述べたムーブメントだ。本当の意味での高級ブランドで、自社製自動巻きキャリバーを採用しているのは、このモデルだけだ。そして、それに見合うだけの価値がある。
しかし、ロイヤル オーク クロノグラフが本当に面白いのは、ゴールドケースである。2013年1月、オーデマ ピゲは金無垢の時計の価格を大幅に下げることを決定した。それはどういうことだろうか? このレビューで紹介しているROC(ローズゴールド無垢)は5万4000ドルで手に入る。これはヴァシュロンのゴールドモデル(希望小売価格6万3100ドル)よりも約1万ドル安く、パテックの新製品であるRef.5980/1Rのブレスレットモデルよりも3万7400ドルも安いという驚くべきプライスなのだ。つまり、ローズゴールドのAP ロイヤル オーク クロノとメルセデスベンツC250スポーツ、あるいはパテック フィリップ Ref.5980Rブレスレットモデルを同時に購入することができるわけだ。迷うことはないだろう。
結論
というわけで、41mmのロイヤル オーク クロノグラフを1週間着用したあと、私はこのモダンクラシックのよさを再確認して時計を持ち主であるAPに返却した。これは本当によい時計で、偉大と言っても過言ではない時計だ。2mmサイズアップしたことによるプロポーションの微妙なズレや、扱いにくいねじ込み式プッシャー、信頼性は高いが時代遅れのムーブメントなど、些細なことがこの時計をさらなる高みへの妨げとなっている。とはいえ、私がこの時計を買うことを妨げるものではない。
真の伝説であるロイヤル オークを現代風にアレンジし、オリジナルと同様の高品質な仕上げを施し、クロノグラフを搭載している。確かにデイトナよりも値段は高いが、デイトナよりもよい時計だと私は思っている。オーデマ ピゲのロイヤル オーク クロノグラフは、スティール製またはレッドゴールド製で、市場に出回っている数少ない真のハイエンドスポーツクロノグラフのひとつであり、欠点がないわけではないが、私の考えでは最高の時計だと思う。
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