In-Depth ブライトリング　エマージェンシー オービター3

※本記事は2016年11月に執筆された本国版の翻訳です。

　80年代は、セイコーのH558、シチズンのアクアランド、カルト的な人気のクロノシュポルトのシー クォーツ UDTなどの素晴らしい時計が登場し、アナログ-デジタルウォッチが注目されるようになった10年だった。ブライトリングの初期のモデルであるプルトンとジュピターは、実はクロノシュポルトをベースにしていた。しかし、シュナイダーはブライトリングに独自のモデルの開発を急がせ、1985年には、革新的なリューズ操作機能と洗練された美しさを備えたエアロスペースが登場した。他のアナログ-デジタルウォッチの人気が衰えた後も、エアロスペースは進化と発展を続け、ブライトリング B-1、クロノスペース、そしてもちろんエマージェンシーといった派生的モデルを生み出した。

　ブライトリングを引き継いで間もなく、アーネスト・シュナイダーは、非常用位置指示無線標識装置（エマージェンシー ロケーター ビーコン）の信頼性の低さに関するNATOの円卓会議に参加し、パイロットが墜落した航空機から離れた際に身につけることができる小型の補助的送信機があれば良いだろうと考えるようになった。シュナイダーがエンジニアに課した課題は、こうした装置を腕時計に組み込むということだった。そのため、彼らは当時出たばかりのエアロスペースの機能的なプラットフォームをベースに、フランスの航空会社ダッソーと提携し、送信機のビーコンとコイル状のアンテナを小型化して腕時計の下に収まるようにすることにした。

　数年の歳月と700万ドルをかけた試行錯誤の開発を経て、エマージェンシーは1995年についに登場した。救難信号発信器（ロケーター ビーコン）は、アンテナのコイルがほどけるとアクティブになるように設計され、国際航空機用緊急周波数である121.5MHzで独自のSOS信号を送信し、墜落したパイロットの居場所を救助者に知らせることになる。最初の5年間、この時計はパイロット免許をもった人しか購入できなかったが、ブライトリングは最終的に規制当局を説得し、本当に緊急事態でない限り救難信号を作動させないという同意書に署名した人には誰にでも販売できるようにした。

 　無情で皮肉っぽい人たちは、エマージェンシーは単なるマーケティングの一環に過ぎなかったと言いたくなるかもしれない。しかし、現実的に考えれば、時計を販売するためには、ターゲット市場が限られ、失敗の可能性の大きく、実証されていないベンチャーに数百万ドルを投じるよりも、はるかに簡単な方法がある。それこそ、私がこの時計が好きな理由の1つだ。それは、便利な装置というだけでなく、人命を救う可能性のある装置を作りたいという純粋な欲求を体現するもので、そこにはそれを魅力的なものにしたいということだけを目的としている。エマージェンシーは、機能を追求した純粋なカタチであり、私は、スイスの大手ブランドの中でも真のツールウォッチの最後の1つであると思っている。最新のエマージェンシーは、デュアル周波数送信機を搭載しており、同様に印象的だと思うが、目を見張るような価格設定と巨大なケースサイズのため、私のような普通の冒険家には手が届かず、オリジナルのエマージェンシーほど魅力的な時計とは言えない。 

　私はパイロットではないが、時々ちょっとした冒険に出かけるのが好きで、人里離れた場所に行くこともある。したがって、私はエマージェンシーの技術や歴史だけでなく、潜在的な有用性にも魅力を感じている。捜索救助のための121.5 mHzの周波数の陳腐化については、多くのことが書かれ、いろいろと言われているが、実際には、その周波数は、もう衛星によって監視されてはいないものの、依然として誰かが行方不明と報告されたときにはロケーター ビーコンや救難信号として有効である。民間航空機やSAR（捜索救難システム）の専門家は依然として無線で121.5mHzを監視しているので、もし私が冒険の慣行をきちんと守り、どこに行くのか、いつ戻るのかを誰かに伝え、そしてもし私が戻らずに救助が開始されたような場合には、煙でのろしを上げたり、浜辺で小石を使って「SOS」と書いたりするよりも、私のエマージェンシーの方が、はるかに効果的に発見に役立つであろう。 

　エマージェンシーが実際に救助に役立ったというケースは、かなり多い。2002年には、あるスイスの空挺部隊員が荒れ地の中に落ちて足首を負傷し、他の隊員とはぐれてしまったことがある。彼はエマージェンシーの送信機を起動し、かなり短時間のうちに発見された。そして、おそらく最もよく知られているのは、2人のイギリス人冒険家が、損傷したヘリコプターを不時着させた後、サバイバルスーツを身に付け、彼らの時計のアンテナを展開することにより、南氷洋で救命ボートから救助されたというケースだろう。これらは数十ある例のうちの2つに過ぎない。スイスの高級時計ブランドのニッチな製品としては悪くないし、ましてや営利目的のギミックでもないが、こうした類の逸話は、この時計の神秘的雰囲気にはどうしても付け加えざるを得ない。 

　他にもエマージェンシーを着用した他の2人の冒険家、ベルトラン・ピカール（現在はオメガ ソーラー インパルスで有名）とブライアン・ジョーンズおり、彼らは1999年3月1日にスイスからハイテクヘリウム気球で気流に乗って無着陸で地球を1周することを目標に出発した。彼らは、20日後にエジプトの同じ経度線上に着陸し、エマージェンシーのアンテナは安全に収納したまま、無事にこの旅を終えた。私の限定版の時計が記念しているのはまさにこの旅のことであり、時計は署名入りの証明書と、地球を1周した気球の表面に使われた光沢のあるB字型のマイラー（デュポン社製ポリエステルフィルム）の小切れと一緒にパッケージされていた。 

　それらのおまけグッズは良いものばかりだが、私がより興奮してしまうのはパッケージのそれ以外の部分である。この時計は、販売されたすべてのエマージェンシーと同様、大きなプラスチック製のブリーフケースに入っていた。その内側には、「警告：航空用途に限る」と刻印されており、分厚いマニュアルと、ビーコンの動作をテストするための小型の無線受信機が入っている。スイッチを入れ、音量を調整し、エマージェンシーを特殊な形状の台にしっかりと押し付けると、無線の雑音は、断続的な救難サイレンによって遮断される。アンテナを外して“オオカミだ！”と叫ぶような嘘つきには大きなトラブルと多額の罰金が待っているので、山腹で迷子になることは問題外としても、実際に限りなく近付けるのはこのテストユニットを使うことだ。そして、それはかなり気が狂いそうになる。

　エマージェンシーのアンテナは“DON'T PUSH（押すな）”と書かれた大きな赤いボタンのようなもので、想像以上に誘惑に駆られてしまう。しかし、時計の側面には、今まで見た中でも最も大きく、グリップ力のあるしっかりとしたギザギザ付きのリューズがあり、ネジを回して欲しいと訴えている。もしそうしてしまうとアンテナが伸び、通過する航空機に救難信号が送られ、私は大変なトラブルに直面することになる。その巨大なリューズの周りには、してはいけないことをした時の何とも言えない満足感を誘うかのように、パチンと折れる黒いプラスチック製の不正開封防止リングが付いている。今のところ、私はその衝動に抵抗している。

 　誘惑的なアンテナを除けば、時計の機能は90年代半ばのエアロスペースのものと全く同じである。セカンドタイムゾーン表示、デジタルクロノグラフ、カウントダウンアラーム、デジタル表記の秒表示、曜日、日付表示など、私がほぼいつも使用している便利な機能を全て搭載している。ブライトリングは、リューズ操作の機能を普及させ完成させたが、それはこの時計が発表されて16年経った今でもモダンさを感じさせる。リューズをどちらかの方向に回転させると、デジタルウィンドウが機能をスクロールする。リューズを押すとこれらの機能が有効になり、リューズを引くと設定ができる。これは80年代にブライトリングが採用した機能で、現在でも機能は追加されているが、新しいエマージェンシー、B50コックピット、B55コネクテッドに使用されている。

　この古いエマージェンシーの外形フォルムも印象的である。ラグを含むケースの下部は、基本的に送信機の電子機器と2つのアンテナ（上の小さい方が信号を増強するためのもの）を保護する構造になっている。ケースのこの部分は、派手さを最小限に抑えた艶消しのチタンで、リューズは鏡面仕上げのステンレススティール製である。4本のネジを下から通し、時計モジュールをケースの上部に固定している。これらのネジを取り外すと、独自のスナップオン式の裏蓋、独立したムーブメント電子機器とバッテリーを備えたこのモジュールを、そのままの形で取り出せる。 

　丸く膨らんだアンテナとリューズの追加により、着けるには扱いにくいように思われるが、軽量なチタンの使用と43mmという適度な直径のおかげで、これは私が所有している時計の中で最も快適なものの1つになっている。エマージェンシーはよくできたチタン製のブレスレットに取り付けられていたが、私はすぐにそれを、その隆起した文字と質感から“ハーシーバー（ハーシー社が製造するミルクチョコレートバーのような外見から）”とあだ名される90年代のブライトリングのラバーストラップと交換した。おそらくパイロットにはブレスレットがいいかもしれないが、より荒々しさを追求する人には、長くて柔軟なラバーストラップが最適だと私は思う。アドベンチャー向けキットの締めくくりとして、双方向コンパスローズベゼルがある。これは、時計の時針と太陽を使って南（赤道より下にいる場合は北）の方向を確認するのに便利だが、救助されたいなら、その場所にとどまるのが最善である。 

　エマージェンシーについてこれだけ褒めちぎった後だが、その有用性（および潜在的な有用性）にもかかわらず、私は依然として、この時計の最高の特長は、その最も目に見えない部分でもあるということを認めざるをえない。最近、この時計をある人に見せたら、「ネイビーシールズの人が着けていそうな時計だね！」と言われたが、確かにその通りで、たくさんのノブやデジタル読み出しがあり、大きくて分厚い。 これを着けていると、少しだけ勇気が出て、より冒険心が湧き、新しい冒険を計画したくなってくる。それは私に偽りの安心感を植え付け、さらなる危険を冒したくさせようとするのだろうか？　そうかもしれない。 結局のところ、リューズをひねるだけで助けがやって来るのだから。でも、人生はあまりにも安全で確かなものではないだろうか？　我々はもう少しリスクを冒してもいいのではないか？　腕時計がそれを呼び起こしてくれるのなら、それに越したことはない。 

写真：ギシャニ・ラトネヤケ