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Interview シャネルのウォッチデザイナー アルノー・シャスタンが語る揺らぐことのないウォッチメイキングの真髄

シャネルのウォッチメイキングのすべては、自由な発想と表現のために。

シャネル ウォッチメイキング クリエイション スタジオ ディレクター、アルノー・シャスタン氏。彼は2013年からシャネルでJ12をはじめとする話題作のデザインを手がけるほか、2016年にはムッシュー ドゥ シャネルに搭載したジャンピングアワーとレトログラード分表示を備えるキャリバー 1を皮切りに、就任以来5つの自社製ムーブメントのデザインコンセプトにも携わる。まさにシャネルのウォッチメイキングを支えるキーパーソンだ。そんな彼が先日、実に3年ぶりとなる来日を果たした。Watches & Wonders 2023開催前というタイミングもあり、話の中心は1月に発表されたマドモアゼル プリヴェ ピンクッションであったが、彼へのインタビューからは改めてシャネルのウォッチメイキングにおけるクリエイションの真髄を垣間見ることができた。

アルノー・シャスタン氏

1979年、フランス生まれ。ストレート・スクール・オブ・デザインを卒業後、10年間ほかの時計・宝飾ブランドに在籍。その後2013年にシャネル ウォッチメイキング クリエイション スタジオ ディレクターに就任。以降J12や、マドモアゼル プリヴェ、プルミエールの新作の数々のほか、ボーイフレンド(2015年)やコード ココ(2017年)といった話題作を手がける。また、2016年に発表されたキャリバー 1のほか、5つの自社製ムーブメントのデザインコンセプトにも携わる。©️ CHANEL

 冒頭でも触れたとおり、アルノー・シャスタン氏はウォッチデザインはもちろん、ムーブメントのデザインコンセプト開発にも携わる、まさにシャネルのウォッチメイキングの要となるデザイン全般を取り仕切る人物だ。2019年、誕生から20年目を迎えたJ12の全面リニューアルを指揮したのも彼であり、先日のWatches & Wonders 2023で発表されたシャネル インターステラー カプセル コレクションはもとより、シャネル ウォンテッド カプセル コレクション(2022年)、シャネル エレクトロ カプセル コレクション(2021年)など、毎年モダニティーと女性らしさが融合した大胆でクリエイティビティあふれるカプセルコレクションを通じて、自身のウォッチメイキングやオートオルロジュリーのビジョンをさまざまなスタイルで表現している。1月に発表されたマドモアゼル プリヴェ ピンクッションも、まさにそんな彼ならではのコレクション表現といえよう。彼は同コレクションについて次のように語る。

マドモアゼル プリヴェ ピンクッション。左からレース モチーフ、ツイード モチーフ、キルティング モチーフ、パール モチーフ、エンブロイダリー モチーフ。時計の詳細はこちらの記事をご覧いただきたい。©️ CHANEL

 「私にインスピレーションを与えてくれるものは、ツールであることが多いです。マドモアゼル プリヴェ ピンクッションは、シャネルのオートクチュールアトリエに足を踏み入れた時に衝撃を受けたことがイマジネーションの出発点となりました。ピンクッションはクチュリエール(お針子さん)が手首につけて使うまさに仕事道具ですが、その様子がとてもグラフィカルなものに感じられたのです。クッションにランダムに刺さるピンの輝きは、まるでダイヤモンドのようでした」

ピンクッションがイメージソース。©️ CHANEL

 マドモアゼル プリヴェ ピンクッションのサイズは55mmだ。腕時計のサイズとしては非常に大きく、そのサイズ感はまさにピンクッションそのもの。その大きさは腕時計というよりも懐中時計のそれに近い。懐中時計として表現するという考えはなかったのだろうか?

©️ CHANEL

 「なぜこんなに大きくしたのかということは、よく聞かれます。確かに腕時計として見た場合、とても大きいでしょう。でもこのコレクションの発想の原点はあくまでもピンクッション。時計ではありません。ピンクッションとしては自然なサイズですし、その世界観を表現するためのサイズなのです。それにたとえサイズが大きくても、手首に沿うようケース裏側にストラップをつけることで快適なつけ心地を叶えています。これはバネ性のあるブレスレットで手首につけるピンクッションと同じように、どんな人の手首にもフィットします」

「私は時計のデザイナーですが、それ以前にシャネルというメゾンのクリエイターなのです。シャネルのプロダクトは装飾品として美しいかどうかがいちばん大切なことで、スタイリッシュでファッションの一部でなければいけません。他社の時計デザイナーとはそれが違うところだと思います。そして、シャネルには優れたクリエイターがたくさんいます。そこで意見交換できるというのもシャネルならでは。だからこそ、自由な発想で時計をデザインできるのです。55mmという大きなサイズも、ピンクッションが持つインパクトとグラフィックなイメージに美しさを感じ、そうしたものを表現をしたかったからです」

©️ CHANEL

 マドモアゼル プリヴェ ピンクッションのラインナップを見てみると、いずれもその装飾は従来の時計とは一線を画している。例えばレース モチーフモデルの文字盤は、まさに本物のレースが用いられているかのようだ。繊細なレースの表現や、あるいはミニチュアをあしらうような細かな装飾を文字盤に加えていくというアプローチは、当初から想定されていたのだろうか?

「マドモアゼル プリヴェ ピンクッション」レース モチーフ。文字盤はまるで本物のレースを使用しているかのような質感を実現している。世界限定20本。2431万円(税込)©️ CHANEL

 「今回の時計(マドモアゼル プリヴェ ピンクッション)に関していえば、単に自由にデザインすることができたという喜びだけでなく、それを表現してくれる人たち、時計職人たちとの関係こそがエキサイティングなことでした。シャネルには専門アトリエでメティエダール(芸術的な手仕事)と呼ばれる優れた腕を振るう職人たちが数多くいます。私は完璧主義者です。職人たちには難しい発想や、例えばミニチュアのハサミやメジャーはすべて手作業で削り出されたもので、それを文字盤にセットするというような大変な仕事を要求しました。でも彼らはそのことを喜んでくれました。決められたことをただやるのではなく、新しい発想でチャレンジすることができたこと、そして技術を磨くことができたことがうれしいと言ってくれたのです」

 「ツイード モチーフの文字盤外周にあしらわれたチェーンを見てください。これはシャネルのジャケットで使われるトリミングがインスピレーションの源泉です。コレクションに用いられているものはすべてシャネルにおける伝統で、意味のあるものばかりです。私は時計のデザイナーですが、ファッションとのコラボレーションはシャネルだからできることです。そしてメティエダールや、ジュエリーなどがあるからこそ、さまざまな挑戦ができる。クリエイターとしては最高の環境ですし、とてもやりがいがあると思っています」

「マドモアゼル プリヴェ ピンクッション」ツイード モチーフ。世界限定20本。3465万円(税込)©️ CHANEL

 シャネル全体のクリエイションを時計として翻訳する。アルノー・シャスタン氏の言葉からはそうした意図が感じられた。一方で、シャネルにはムッシュー ドゥ シャネルに代表されるような、機械式ムーブメントを用いたクラシカルでメンズライクなコレクションもある。女性向けにはメゾンのアイコンをより強くデザインとして表現したコレクションを、そして男性向けには機械式ムーブメントを用いたクラシカルなコレクションを提供することが、シャネルにおけるウォッチメイキングということなのだろうか? これについて彼ははっきりと否定した。

 「メンズとレディスでカテゴリー分けをしているわけではありません。シャネルにとってスタイル、クリエイションこそがいちばん大事なことなのです。例えば、ムッシュー ドゥ シャネルのジャンピングアワーはムーブメントを見た際に“これは男性向きだ”と感じ、メンズ向けとしたに過ぎません。マドモアゼルの考え方もそうですが、シャネルには“男性的なものを女性向けに取り入れる”という、パラドックスがあります(例えば、マドモアゼルシャネルはツイードを女性用スーツに用いたが、当時はツイードは男性向けの素材であり常識を覆すものだった)。それはシャネルの伝統的なフィロソフィーなのです。

 「シャネルにはJ12やボーイフレンドのようなベーシックなコレクションもありますが、マドモアゼル ピンクッションはオートオルロジュリーコレクションにあたります。オートオルロジュリーは無限のクリエイティビティ、卓越した技術、希少な素材を融合させたコレクションです。こうしたムーブメントがあるから、こういう時計をデザインしないといけないというような制限はありませんし、オートオルロジュリーではそもそもそうした考え方をしません。スタイルとクリエイションがあり、あくまでもそれを表現するための装飾であり、ムーブメントなのです」

 「マーケットでは、メティエダールをアピールするためにデザインされたプロダクトがしばしば見受けられます。シャネルの考え方はまったく逆。シャネルにおいては、表現したいものを表現するためにメティエダールがある。だから今回のコレクションはとても満足しています」

2023年の新作、シャネル インターステラー カプセル コレクションのひとつとして発表されたJ12 サイバネティック。

 インタビューの最後、アルノー・シャスタン氏に我々はこんな質問をしてみた。“個人的なスタイルに合わせて時計を選ぶなら、どの時計を選びますか?”と。すると彼は笑いながら、次のように答えてくれた。

 「笑ってしまってごめんなさい。よく聞かれるのですが、答えはいつも決まっています。自分ではつけないのです。自分が身につけてしまうと目が慣れてしまう、汚染されてしまうから。だからつけないようにしているのです。代わりに周りの人につけてもらって、そこからインスピレーションが得られるようにしています。これはあくまでも強いて言えばですよ? どうしても選ばなければいけないとしたら、今の気分としてはピクセルをモチーフにしたJ12 サイバネティックはおもしろくていいと思いますね」

 今回のインタビューは、顧客向けイベントの合間の貴重な時間を縫って実現したのだが、実はイベント会場ではひっそりとJ12 サイバネティックのハイエンドモデルも展示されていた。Watches & Wonders 2023開催前ということもあり、彼がその名をあげた新作のJ12 サイバネティックに関する詳細は明かされなかったが、Watches & Wonders 2023開催以降、我々は追加取材を進めている。シャネル インターステラー カプセル コレクションをはじめとするシャネルの2023年の新作の魅力については、追ってHands-On記事の実施を予定しているので、そこでお届けしよう。