オーデマ ピゲは自らの足跡に甘んじることのないウォッチメーカーだ。それは、1972年に生み出したロイヤル オークを始めとして、1993年のロイヤル オーク オフショア、そして近年では2019年に発表されたCODE 11.59 バイ オーデマ ピゲがその具体例となるだろう。このメーカーが作る時計は、単に時計としての純粋進化を追求したものばかりではない。時代の流れを読み、人々が求めるテイストを時計デザインに落とし込むことこそが、オーデマ ピゲの真骨頂とも言えると僕は考えている。
一夜にしてデザインが完成したという初代ロイヤル オーク然り、90年代を目前に、富裕層のあいだでブームとなっていたモーターボートレースから着想を得て生まれたロイヤル オーク オフショア然り、世の空気を取り入れるからこそそれまでにない時計カテゴリを創出するに至るわけだ(ロイヤル オーク オフショアについての詳しいストーリーはこちらの記事で)。そしてそれはメンズウォッチだけに留まらない。男性がより小ぶりな時計を、女性が存在感のある時計を求めている現代は、1980〜90年代ごろの状況に呼応しているようだが、サイズの面でもムーブメントの面でもオーデマ ピゲは当時から多くのチャレンジを行っていた。
そして今年、オーデマ ピゲは、30周年を迎えたロイヤル オーク オフショアでまたも女性へのアプローチを強めている。正直、このRef.26231 ロイヤル オーク オフショア クロノグラフの37mmのサイズ感は日本ではむしろ男性からのニーズも強い。控えめに言って“ユニセックス”なこのモデルを敢えて女性用とするのは、社会的地位においても精神的にも自立した女性たちのお眼鏡に叶う時計が世の中に少ないことと関係がある。いわゆるメンズサイズの縮小コピーのような時計や、クォーツのジュエリーウォッチ以外の選択肢が、今求められているのだ。
聞けば、オーデマ ピゲが現在、東京・原宿で開催している体験型施設「AP LAB Tokyo」の来場者比率は、実に3割程度を女性が占めるという。このイベントのメインコンテンツは、オーデマ ピゲの時計製造における特徴である素材使いに触れるものや、60秒を正しく回答する砂時計、満月になる位置を自分で示す巨大なムーンフェイズの模型など、機械式時計の概念やオーデマ ピゲの独自性に切り込んだものばかり。ロイヤル オークのベゼルにヘアラインやフロステッドの加工を施したり、ムーブメントを組み立てたりする体験も人気だというから、自分が身につけるものの本格感や理解度がいかに重要視されているかが分かる。我々男性が長年機械式時計に感じてきたロマンチシズムを、女性も価値と認める時代が到来していると言える。
1972年以降、バーゼル・フェアで発表された時計たちを見ていくと、いくつかのブランドによって女性用時計の提案が盛んだったことが分かる。そのなかにはオーデマ ピゲの名もあり、例えばクォーツ時計全盛期だった1970〜80年代前半、ロイヤル オークのクォーツ製薄型モデルを女性用として1980年に発表。また、1996年にはコレクションが誕生してから実に3年後というスピードで機械式のロイヤル オーク オフショアのレディスモデルをリリースしている。90年代はクォーツブームも落ち着きを見せ、機械式時計の価値が再認識されていた時期ではあるものの、それまでの名残りからレディスウォッチにクォーツを採用する例は多数あった。その最中にあっての機械式ムーブメントを用いたオフショアだが、初代モデルの開発自体が何度も頓挫しかけ、完成までに3年以上の時間がかかったことから、その後の3年という時間は同社がレディスウォッチを重要視するがゆえのスピード感だったと考えられる。
しかしながら、この37mmのロイヤル オーク オフショアがそのルーツとなるモデルの特徴を程よく兼ね備えている点は本当に興味深い。それは、サイズを抑えながらもクロノグラフを搭載し、APロゴを配する点だ。30年前にエマニュエル・ギュエがオリジナルモデルをデザインした際、最終的にクロノグラフを搭載することが要件として(当初、ギュエはこの時計をクロノグラフなしでデザインしていた)加えられていた。それ以前、ロイヤル オーク自体にクロノグラフモデルが存在していなかったことから、ラグジュアリースポーツウォッチが備えるエレガンスよりも、むしろスポーティさをより強調する方向に舵を切ったのだろう。
そして12時位置に配されたAPロゴは、1976年に発売された女性向けのロイヤル オークで、ジャクリーヌ・ディミエによって初めてデザインされたもの。彼女は、ジェラルド・ジェンタによる偉大なデザインに誕生からわずか4年で手を加えることには大変なプレッシャーがあったと、後年のインタビューで応えているが、その後の多くの時計をこのAPロゴが飾ったことがデザインの秀逸さを物語っている。AUDEMARS PIGUETというフルスペルのシグネチャーロゴが醸し出すクラシックさに反して、カジュアルとさえ感じるインフォーマルなAPロゴは、女性ならではの感性で生み出されたものだったのだ。
女性が時計に存在感を求める。時代は繰り返す
ディミエがデザインした1976年のロイヤル オーク Ⅱは、直径29mmと当時のレディスウォッチとしては大きめサイズで、革新的な提案として市場から好感された。その1年後には早くも女性たちからの強い需要が生まれ、工房での総生産数の3分の1をロイヤル オーク Ⅱが占めるほどになる。先述したロイヤル オーク オフショアのレディスモデルは、1996年に30mmサイズで2型が登場。市場からの強い要望を実現したものだった。このように、オーデマ ピゲは1975年にディミエを採用して以来、レディスモデルを重要視しており、長らく彼女がデザイン部の部長を務めて牽引した。現在、世界的に女性からのオーデマ ピゲのニーズが高まっており、その顧客比率は約3割にも迫ろうというからまさにディミエの時代の熱気が再来している。
余談だが、ロイヤル オーク オフショアをデザインしてからタッグを組み、多くの時計デザインをディミエとともに手掛けたエマニュエル・ギュエは、実はレディスウォッチへの傾倒に反対だったそうで、その反骨精神が“ビースト”のニックネームを抱くオフショアのデザインに繋がったという。オーデマ ピゲには、今で言う多様性を許容する懐の深さがあり、結果的にそれが時代の感性を先取りした時計を生み出すに至っている。
かのエドヴァルド・ムンクを排出したノルウェーでは、今女性アーティストの台頭が目立っており、活動する作家の6割にまで女性比率が高まっているという。明らかに女性が活発化する現代において、その手元を飾る装飾品に腕時計があるのは必然だろう。いや、そうあって欲しいという願望も含めて、ロイヤル オーク オフショア クロノグラフの37mmのような正統なルーツとモダニティを兼ね備えた時計は女性にこそ知られて欲しい時計である。
“何を所有したいのかという問題は、実際には自分の人生をどのように生きたいのかという問題”“もちものは自分の選択の歴史を正確に語ってくれる”とは、「世界で最も影響力のある100人」に選出されたこともある近藤麻理恵氏の金言だ。とかく“女性らしい”デザインの多い腕時計を選ぶうえで、ロイヤル オーク オフショアは自分らしさを雄弁に語ってくれるだろう。
【AP LAB Tokyo】
5種類の体験型ゲームと仕上げ体験が可能な、予約優先制の施設。1階のフロアでは、「時間」「素材」「機構」「音」「天体」をテーマとしたゲームで遊びながら知識を得られる。この5つをクリアするとマスタークラスに進むことが可能で、過去のイベントでも提供されたサテンとペルラージュ仕上げに加え、フロステッド加工の体験が可能。加工体験をクリアした方はさらにムーブメントのアッセンブリ体験も行うことができる(別日の予約が必要)。5つのゲームをクリアできなかった場合でも、後日、何度でも再挑戦が可能となっている。
住所:東京都渋谷区神宮前5-10-9
営業:11:00〜19:00(火曜定休)
料金:無料(予約優先、予約無し入場も可能)
以下、リンクより予約が可能。
Words:Yu Sekiguchi Photos:Yuji Kawata(riverta) Styling:Eiji Ishikawa(TRS) Hair&Make:Ken Yoshimura Model:Tsugumi(Donna)
○衣装協力
赤い衣装:ジャケット32万2300円、パンツ16万8300円、アクセサリー(スタイリスト私物)、バッグ32万2300円/トッズ(トッズ・ジャパン 0120-102-578(フリーダイヤル)
ブルーの衣装:ジャケット42万4600円、シャツ11万6600円、スカート18万5900円、ベルト(参考商品)/すべてトッズ(トッズ・ジャパン 0120-102-578(フリーダイヤル)
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