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Second Opinions 本当に好きな時計なら、誰かに手渡そう

そう、手放すのは難しいかもしれない。しかし、あなたはそれをまったく新しい視点で見ることができる。そして、誰かに本物の感動を与えることができるのだ。

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今年の4月、友人のマイクはチューリッヒのダウンタウンにあるヴィンテージ時計店の前を通った。ショーウィンドーには、1971年製のイエローゴールドのオメガ シーマスターが飾られていた。文字盤は淡いシャンパンのような色をしていた。マイクは一瞬にしてその魅力にとりつかれた。ケースバックに刻まれたドイツ語で“Herrn Fritz Jakob, Fur 25 Jahre Treue Mitarbeit.”という文章があったがそれも気にせず、わざわざ翻訳しようとも思わなかった。マイクは、その時計を腕につけて店を出た。その日のうちに、彼のガールフレンドがその刻印を解読してくれた。「Mr. Fritz Jakob, For 25 Years of Loyal Cooperation(フリッツ・ヤコブ様、25年にわたる忠実な協力を賞して)」

 マイクはすぐに私に電話をかけてきた。「信じられるかい?」と。

Mike and Stan

友人のマイク(右)と私は時計に厳しくて、ステンレススティール製のロレックスより繊細なものは身につけられない。私たちの母親がよく言うように いつか私たちも大人になるのだろう。

 今年は、マイクと彼のビジネスパートナーであるジェイコブとのコラボレーションが25周年を迎えるが、ジェイコブはこの時計にあるラストネームの英語の同義語だ。そして、「フリッツ」は「平和な支配者」という意味で、彼らの会社でのジェイコブの肩書きと同じようなものだろう。とてつもない偶然だ、と私は言った。
 
 数日後、シーマスターをつけたまま、マイクはジェイコブを飲みに連れて行った。マイクは彼を「ミスター・ジェイコブ」と呼び、25年間の忠実な協力に感謝し、腕時計を手渡した。

 マイクが私たちの仲間に超ド級の時計を贈ったのは、これが初めてではない。実はこの月2回目だったのだ。

 マイクはこういったことをするのだ。彼は時計を購入し、それをよく身につけ、ブレスレットは伸びてケースには傷がつく。そして、何の前触れもなく、最小限のセレモニーで、その時計を手放すのだ。オメガを見つける前の週、彼はツートンのサブマリーナーを、初めての大きなインターンシップに参加したばかりの甥っ子にプレゼントした。その前は、ロレックスのオイスター パーペチュアル(グレープダイヤル)を2年間愛用し、妹が新会社に入社したときに贈った。3年前、私は彼がヴィンテージのエアキングを選ぶのを手伝ったが、それはそのあと、人生の荒波を乗り越えた友人(彼の元社員)にプレゼントされた。

Rolex grape dial

友人のマイクがパリで気まぐれに購入し、彼の妹にプレゼントしたディスコンのグレープダイヤルのOP。

 これらの贈り物について尋ねると「お守りみたいなものだよ」とマイクは言った。「しばらく充電して、それから自由にする。それに、それらが世のなかに出て行くのを見るのが好きなんだ」

 私にはロレックスのスポーツモデルをプレゼントするようなお金も寛大さもない。しかし、マイクが言った「自分の時計が世に出るのを見る」という言葉は、私の心に響いた。私は時計を買うのと同じくらい、彼の自発的な贈与の長期ローン版を実践してきた。これはとてもいいことだと思う。

時計を貸すことは、あなたのコレクションの楽しみの可能性を広げる

 20代後半、このサイトの創設者(ベン、いつもありがとう)と何度かメールで相談したあと、ハミルトンのカーキフィールドからロレックスのサブマリーナー(日付のないオリジナルデザイン)にアップグレードした。ハミルトンは長年愛用していたが、新しい時計が届いてからはベッドサイドのテーブルの上に置いていた。ハミルトンが動かなくなったのを見たとき、私のなかの小さな部分が死んだという感じはしなかった。でもハミルトンの時計がそこにただ置いてある、使用されていない、動いていないということが好きになれなかった。寂しそうだったのだ。その当時、私のルームメイトは弟で、その古い時計を巻きあげたとき、弟がキッチンにいるのを見つけた。

Table of watches

仲間内で共有するコレクション。

 「ほら、これ」 と私は言った。 「俺のためにこれをつけてくれ。必要なときは言うから。それまではお前のものだ。失くさないようにね」

 大学を卒業して間もない弟は、引っ越しと転職をしたばかりで自動巻きの時計に憧れていたが、なかなか購入に踏み切れていなかった。この時計を手にしたときは弟は大喜びだった。数週間後、彼が休暇中に私の時計を腕にしている写真を見たときは、私も嬉しかった。ハミルトンは、当時付き合っていた彼女からの昇進祝いで、長年の深夜残業、苦労して得た教訓、多少のミスに対する小さな記念品だった。弟が身につけているのを見ると、不思議なことに、弟もお祝いの一部であるかのように感じられた。

 また、これは予想外だったのだが、何年も毎日身につけていたものとの関係も変えたのだ。人気のあるリファレンスをお持ちの方なら、時計を自分の腕で見るのと、ほかの人がそれをつけているのを見るのとでは、まったく異なる体験になるということは、もうおわかりだろう。肌の色、手首のサイズ、スタイリングなど、その多くは背景の違いによるものだ。しかし、それだけではない。腕時計を身につけるという限定された優位性から、急に視野が広がり、新しいアングルや新鮮な視点が見えてくるのだ。私は以前使っていた腕時計を弟がつけていたとき、ほとんどそれと気づかなかった。これは考えられる限りの最高の意味で言っている。

Stan

40mm以下のものを買うのにどうしてこんなに時間がかかったのだろうと思っている私。

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 数年前、サン・ミゲル・デ・アジェンデの日の出前に、あるアメリカの大手メディア企業のCEOが、自分の恋人が自分以外の誰かに夢中になるのを見て、元気を取り戻したという話を聞いたことがある。 このとき、彼は自分のよく知る人物をあらためて認識し、彼女を新たな視点で見ることができたというのだ。時計は人間ではないが、同じ原理が当てはまる。そして、この活性化を体験するために、二人の関係をリスクにさらさず、友人(または恋人)にあなたの腕時計を渡してみよう。きっとあなたは、腕時計を、そしてもしかしたらその人自身をも、違った角度から見ることができるに違いない。

 時計を貸し出すことのデメリットは明らかだ。自分の全コレクションを、いつでも使うというわけにはいかない。私の場合、古いハミルトンを身につけたいという衝動に駆られることがあった。しかし、その時計はもっといい場所にあり、愛され、頻繁に使用されていることを知っていた。そして、その瞬間は、衝動というものの本質を思い出させてくれる貴重なものだった。 衝動は、それに溺れなければ、そのまま消えていくものだ。

Man in a Rolex

コスタ・ブラバでロレックスを試着する作家のピーター・ノーウォーク(Peter Nowalk)氏。時計は持っておらず、おそらくこの記事を読むこともないだろう。

 この時計所有プランのほかの利点は、数値にすることは難しい。宇宙がカルマの法則に従って動いているかどうかは、あなた自身が決めなければならないことだが、ここにひとつの物語がある。10年間、起きている間中ずっとサブマリーナーをつけていた私は、そろそろ新しいものを買おうと思っていた。私の2作目の小説は10ヵ国で出版され、映画化も決まり、ニューヨークタイムズ誌のエディターズ・チョイスにも選ばれた。これはサイケデリックなシークエンスが延々と続く強盗スリラーには珍しいことだ。しかし、こうしたことのほとんどは、人生の初期/中期のかなり激しい精神的な危機の真っ只中に起こったことだった。ようやく雲が晴れたとき、私はこの本の出版を祝うために何もしていないことに気がついた。しかし、私がデイトジャスト(映画『ハスラー2』でポール・ニューマンがトム・クルーズをなじるのに使った、スムーズベゼルとシルバーダイヤルのバージョン)に決めたときには2021年になっていて、ロレックス販売店はウェイティングリストに名前を書いてくれる素振りさえ見せなかった。

 ヨーロッパとアメリカで少なくとも十数店にあたってみたが、「18ヵ月以上」 から 「誰にもわからない 」まで、さまざまな答えが返ってきた。しかし2021年は、私が何本も腕時計をプレゼントしていた弟が婚約した年でもあった。そして未来の義妹の家族は、私がサブマリーナーを購入した故郷の販売店と良好な関係を築いていたのだ。どのように良好かって? 弟の大規模な婚約パーティで、10年前に担当してくれた販売員の女性に偶然会い、彼女は私がサブを売らなかったのを見て興奮したのだ。そして「月曜にお店に来て名前を書いて」と言った。「家族も同然だわ」。2週間後、時計は届いた。

Datejust

私の2022年のデイトジャストは、現在貸出を行っていない。

 デイトジャストを手にした日、販売員の女性に私のサブからコマを取ってもらい、それを私より手首がちょうど20mm小さい妻に渡した。自動巻きムーブメント以来、時計に関する最も便利な技術革新であるマイクロアジャスト付きのクラスプのおかげで、私たちは二人とも、それを身につけることができた。でも、正直なところ、彼女の方が似合っている。彼女がつけているのを見ると、私が時計から得る喜びのほとんどが美的感覚であることを思い知らされるのだ。もともとこだわりが強い性格だから、ジャック・フォースターがスプリングバー(バネ棒)の発明について書いた数千ワードの文章でも私は喜んで読むだろう。特に締め切りに追われているときに。しかし、最も好きなのは時計を見ることなのだ。自分の腕、インターネット、家族、友人がつけているところなど。そして、私の時計を私の人生に関わる人たちがつけているのを見るのが、もしかしたら一番好きなことかもしれない。

Rolex hand off

幼なじみのファイナンシャルアドバイザーとリストウェアを交換する。

Rolex Submariner on wrist

私の(元)サブマリーナーは、妻の方が似合っている。

Datejust

36mmのデイトジャストの利点はひとつ。時計の日焼け跡が昨年よりも6mm小さくなったことだ。

 最近、弟は叔父が遺言で残した1990年代初頭のツートンのロレックス サンダーバードを身につけている。叔父はこの時計を何年も身につけておらず、弟が受け継ぐまで引き出しのなかにあった。つまり、叔父は弟がクリスマスディナーを作りながらこの時計をちらちらと見る姿を見ることはなかったのだ。見たらきっと叔父は喜んだだろう。時計を好きなときに好きなだけ貸すことは、あなたのコレクションが持つ楽しみの可能性を引き出すことになる。そして、もし時計を返してもらいたくなったら、ただ頼めばいいのだ。もちろん、実際に時計が必要なわけではない。クライマー(ベン)自身がよく言っているように、誰も本当には必要としていないのだから。私はこれを書いているあいだ、原子レベルで正確な計時装置をみっつ、目につくところに置いているが、どれも手首にはめていない。時計は嗜好品である。不必要な贅沢をするときは、富を共有するのが一番だ。 なぜなら、デカダンスは人と一緒であればあるほど楽しいからだ。

Batman

 リモートワークの奇跡のおかげで、私と友人は今、夏の数日をスペインのコスタ・ブラバで過ごしている。先日、私たちはボートで海岸を探索した。マイクは、最近手に入れたばかりのGMTマスター II(子供の頃に大好きだったバットマンへのオマージュ)をつけてそこにいたのだが、彼はいつでもそれを手放すだろう。彼の妹と私の妻も一緒で、二人とも私たちがプレゼントした時計をつけていた。私たちはマイクの贈答習慣について話していたのだが、彼はその理由を意味深い決まり文句で表現した。

 「寛大さ」は 「究極の贅沢」であると。

スタン・パリッシュ(Stan Parish)氏は、小説『Love and Theft』と『Down The Shore』の著者。妻とローマに在住。