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Hands-On セイコー プロスペックスと軽井沢の旅

ひと口に青と言っても、発色もスタイルも千差万別。日本人の美意識が冬の軽井沢と呼応する。

セイコー、特にグランドセイコーの時計で最近とみに話題にのぼるのが文字盤だ。「雪白」や「白樺」のヒットで次々と登場するようになった型打ちダイヤルは、日本の四季や風景をテーマにしたものが多く日本人の感性にダイレクトに訴えかけるものがある。グランドセイコーの型打ち文字盤は、熟練の職人が日常で得たインスピレーションを手作業と機械加工を併用して金型に落とし込み、製造されている(詳細は、水面ダイヤルについて取材した記事をご覧ください)。

 翻って、セイコーブランドの文字盤はどうなのか。基本的に実用時計が多いブランドであり、文字盤自体の表情を意識したことは少なかったのだが、今回ハッとさせられた。なぜなら、少し旅行にでかけたり子供と公園に行ったりという、ごく日常のなかで特別な気を使わずつけられる時計でありながら時計自体に目を奪われる瞬間が度々あったからだ。僕はプライベートな旅のお供には実用時計をと決めていて、今回軽井沢への旅に2本のセイコー プロスペックス、特に新しいシリーズであるスピードタイマーを持ち出すことにしたのだ。

セイコー プロスペックス スピードタイマー

 さて、日本の時計とスイス(または欧州)の時計とのそもそもの大きな違いをご存知だろうか。それは、文字盤づくりに対する哲学とその製造法だ。スイスのメーカーは、時計の顔である文字盤には優美さを与えることを第一に考え、エナメル文字盤に代表される加工や、エナメル象眼、銀メッキなどといった手法を発展させてきた。文字盤の表面は薄さを保てるメッキや塗装でもなるべく薄いものが施され、ベースとなる素材の質感が十分に表現されるよう努力が重ねられてきた。

 対して、日本のメーカーは塗装の表面に厚いクリア塗装を施し、文字盤の耐久性や発色を確実に保護するという手法が取られてきた。これは高温多湿な環境と、大量生産品であっても品質を均一に保ち万が一でも問題があってはならないという、日本人に通ずるものづくりの哲学がそうさせたようだ。日本のような湿気も少ないヨーロッパでは、たしかに文字盤の保護をそこまで気にする必要はなかったのかもしれないが、60年代以前の時計の文字盤コンディションが今となっては保たれていることが珍しいと考えれば、実用面を重視しない彼の国と日本の哲学の違いが文字盤の仕上がりの差になるという話になってきそうだ。どちらにも一長一短がある。日本産の文字盤は長らくタンパクなものが多く、スイス製のような優美な表現は困難だった。ただ、グランドセイコーの企画担当者が明かしてくれたが、近年になって実用性に通ずる質を担保したうえで、文字盤上での表現も試行錯誤されてきたのだという。

 

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 さて、今回僕が訪れたのは雪がちらつき、まだ冬の趣きが残った軽井沢だ。星のや軽井沢さんのご協力を得て、敷地内の優美な環境で撮影をさせていただいた。この施設は星のやブランドの始まりの地であり、「Globally Competitive Hotel Management Company (世界で通用するホテル運営会社)」という企業ビジョンと、かつて栄えた日本旅館を周辺環境との調和と共に再興するという目的が見事に体現されている場所だ。元は軽井沢で温泉旅館を営んでいた星のやは、近年日本でも攻勢を強める外資ホテルに押しも押されもせぬラグジュアリーホテルへと成長。徹底してサービスや顧客体験に力を割く星のやの姿勢は、外資とは一線を画するように感じる。

 先に紹介した腕時計の文字盤の話にも通づるが、やはり日本人はソフト面というか、顧客体験により重きを置く民族なのかもしれない。時計であれば、見た目に大きく作用する文字盤が劣化することなく長く使える。しかも近年では、文字盤の表現においても巧みな技が開発され始めているのだ。

早朝、霜が降りたテーブルに映えるスピードタイマー。ソリッドでなく、快晴の空のようでもなく、ペールトーンの不思議な青文字盤だ。

 このスピードタイマーは、かつて東京五輪に合わせてセイコーが制定した「スピードタイミングブルー」という青が再現されている。縦ヘアラインが施されたベースの文字盤にこの淡いブルーの塗装がなされ、最後にマット調なクリアが吹かれるというのがその工程だ。この青はかなり濃度が薄くベース板の質感が表面に現れるため、昨今流行りの型打ち文字盤のような、独特の風合いが現れる。

 また、現在機械式のスピードタイマーには4モデルがラインナップされているが、そのどれもが個別のテーマを採用しているため、微調整がなされて文字盤の風合いが異なっている。僕が所有するこのSBEC011はなかでも手がかかるつくりで、まずもって淡い色はムラが発生しやすく暗色や寒色系よりも歩留まりが悪くなる。しかも、インダイヤルを2つ備えたクロノグラフであるため、カウンター用の穴を空ける際、その周辺に色ムラがより発生しやすくなるそうだ。解決のために、特別な穴あけ加工を施し、狙いのブルーを実現するために何十回と試作を重ねることで理想とする表情を実現したというからため息モノだ。生産効率よりも実現したい色表現のために力が割かれている点で、過去の国産メーカーの考え方とは明らかに変化がある。ちなみに、4モデルのすべてがカウンターや針の形状が異なり、単なる色展開でないというところにも、セイコーの気合いを感じた。

 青文字盤はあらゆるブランドがラインナップの軸にしており、もはや定番カラーとして定着した。ただ、黒や白、シルバーなどの定番とは異なり、発色によってニュアンスがかなり細かく変わるのが青文字盤で、そこには各メーカーのテイストが現れる。僕は、このSBEC011の侘び寂びを感じさせるブルーが大好きだ。同時に携行したセイコーダイバーズ SBEX011のブルーグレーもいいが、端的に海、深海を連想するこの青文字盤よりも、自然や何かに例えられないペールトーンの青には自分の情緒を重ねることができる気がするのだ。SBEC011は、自然の情景などを連想して楽しむような顔を持つ時計ではなく、文字盤の色や質感が余分な発信をせずに着け手に時計を楽しむことも強要しない。コンセプトは明確な時計ながら、余白を持つことが大変魅力的なのだ(もちろん積極的に楽しもうとすれば、十分にディテールを楽しめる時計だと断言!)。

 旅もまた、僕にとってかなり重要なもので、余白的な意味を持つ。気持ちを解放して脳内を無意識のうちに整理する時間。そうしてできた、アタマの中のリフレッシュされたスペースは活力を生んでくれる。

 僕にとってこのスピードタイマーは、文字盤の色だけで身につける理由が満たされるものだが、特殊な形をしたプッシャーや42.5mm径、15.1mmの厚み、意外にもセイコーでは珍しいメカニカルクロノグラフCal.8R46の出来栄えはどうなのか、など他にも語るべきところは多い。ここで確認すべきは、サイズによるつけ心地とムーブメントのストーリーだが、僕の所感では両者とも十分に考えられていて魅力ある仕上がりになっている。

 垂直クラッチの自動巻きクロノグラフを搭載することからどうしても厚いケースになり、さらに当時の懐中ストップウォッチのデザインから引用した大型のプッシャーを備えたことでお世辞にもつけやすいサイズの時計ではない。ただし、ストーリー性抜群のプッシャーは他にないデザインで愛着が湧くし、このサイズ感は腕にしっかりと沿うようにストラップを選ぶことでつけやすく調整できる。僕は薄手のパーロンストラップ(社外品で1000円ほど)に換えているが、すこぶる快適だ。

 極め付きのムーブメントは、実はセイコーが1969年に勃発した自動巻きクロノグラフ戦争の当時者であったことを思うとじわじわくるものがある。セイコーが当時開発した垂直クラッチ+薄型自動巻きムーブメントCal.6139は、水平クラッチが主流だった当時においてある種の技術革新だった。針飛びを起こしづらい垂直クラッチの採用は、かつての五輪で計時を担当した際に針飛びで苦しんだセイコーの経験が活きたようなもの。Cal.8R46はその延長線にあるムーブメントであり、時計の中身にそこまで萌えない僕でも震えるものがあるのだ。

 非常に日本的な時計と古くから日本人の目当てであった軽井沢。時計と旅の目的地と双方が揃った時間を過ごし、この上ない満足感に満たされた。

星のや軽井沢

住所:〒389-0194 長野県軽井沢町星野
Tel:050-3134-8091(星のや総合予約)
客室数:77室(チェックイン15:00、チェックアウト12:00)
アクセス:JR軽井沢駅より車で約15分(無料送迎バスあり)、碓氷軽井沢ICより車で約25分

その他、詳細は星のや軽井沢公式サイトへ。

photos:Yuu Sekiguchi(HODINKEE) 撮影協力:星のや 軽井沢