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Culture Of Time どうして私たちは腕時計が盗まれる動画を観てしまうのか?

このような動画は、今、Web上のいたるところで垂れ流されている。観るのを避けることは難しい。そして、これらの動画が提起する疑問は、あなたが思っている以上に苛酷なものなのだ。

インターネットに少しでも触れたことのある時計愛好家なら、時計関連の強盗事件が多発していることをニュースで見たことがあるはずだ。“欧州ヨーロッパで高級時計の盗難が増加”、“サンフランシスコの武装強盗事件で高級時計が狙われる”、“公共広告:地下鉄でロレックスをつけないこと時計の盗難がロサンゼルスでは50%、ロンドンでは60%上昇中など。これらは、強盗の様子を撮影した啓発用動画だ。

 下の映像もWhatsAppやInstagram、YouTubeで流れているので、ほぼ間違いなくあなたも観たことがあるだろう。

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 賑やかなビーチタウンを舞台にした動画がある。赤いショートパンツに黒いTシャツを着た若い男が歩道を歩いている(黄色い矢印が彼の存在を知らせている)。40歳くらいの人のよさそうな髭面の男性が、何も知らずに黄色い矢印の男に向かって進んでいく。突然、音が歪み、目の前の光景がスローモーションになる。黄色い矢の男は道を尋ねているふりをしながら、見ず知らずの人の腕を撫でたくなるほど人懐っこい男だという仕草をする。彼は髭面の男性から腕時計を外すと、ふたりは振り返ることもなく、反対方向に進む。時計をつけていた男性は、仲間を助けられたことに感激したように微笑んでいる。

 この映像を見た私たちは、さまざまな感想を抱いたことだろう。時計を外した泥棒の手際のよさ、暖かい挨拶のように見える手が伸びてくる様子、そしてその挨拶がちょっとした小細工で冷酷で戦術的なものに変わっていく様子に感心させられる。時計が外されるのを感じないなんて、ありえないことだと感嘆する。おそらく最も印象的なのは、いつもの日のいつもの通り、誰もが気づいていないという状況だろう。読み取るべきメッセージは次のとおり。外出先では気を付けよ。誰も信用してはいけない。

 もうひとつは、カリフォルニア州シャーマン・オークスにあるホットウィングスカフェでの出来事だ。あるカップルがダイニングエリアでホットウィング(鶏の手羽先)を楽しんでいると、パーカーを着たふたりの人物がテーブルに近づいてきた。パーカーのひとりが銃を振りかざし(撮影角度からはそのように見える)、数秒後にカップルは腕時計を自ら外し、手渡した。2m足らず離れた席のほかの客は、食事と会話を続け、何が起こっているのか気づいていない様子だ。読み取るべきメッセージは次のとおり。このような時計泥棒は大胆だ。ホットウィングを食べているところを狙ってくる。これを防ぐことはできないだろう。唯一できそうなことは、素敵な時計を身につけないことくらいだ。

 この映像を見続けている理由は、強盗事件そのものではなく、その直後のカップルの振る舞いにある。女性は強盗が去っていくのを淡々と見つめている。まるで金を要求してきた物乞いを断ったか、断らなかったかのように、軽い興味で賊がズラかるのを観察しているのである。もちろん、10秒後に何が起こったかはわからない。しかしこの映像だけを見ると、この女性は平然としている。つまり、このことを予期していたように見えるのだ。

 この動画はInstagramに掲載され、@marine.gazaryanというアカウントがシェアし、強盗が終わって、パーカーの男たちが退くときに、「Oh, my God」という声が漏れ聞こえる。この動画をアップロードした人は、明らかにこの映像(監視カメラの映像のようで、その後ニュースで共有されたようだ)を見てもらうだけでなく、その落胆を共有してもらいたいと思っているようだ。このOMGには、「おい、俺は感傷に浸っているわけではないんだ。世界が地獄に落ちようとしているのは知っている。君もそれを知るべきだよ」という意図が込められているのだ。

 もうひとつ広く出回っている動画(時計インフルエンサー@watchmaniaのInstagramアカウントで拾った)は、スクーターに乗った男がまるで自分と小さな車を窮地から脱出させようとしているように縁石と車の間をすり抜けている様子が見て取れる。彼は偶然を装って車のサイドミラーを叩いてしまった。彼は「じゃあな、カモ野郎」と、謝罪のつもりで軽く手を振り、ドライバーがミラーを直そうと手を伸ばすと、後ろから共犯者が現れ、彼の手首を掴んで腕時計を引き剥がしたのだ。

 Watchmania氏はこの動画に“Another watch robbery. Ffs(もうひとりの時計泥棒だ、勘弁してくれ)”というキャプションを付けてシェアした。この動画を投稿する数週間前、彼はロンドンの高級住宅街メイフェアの雑踏で撮影された、広く出回っている別のクリップをシェアしている。この映像では、ふたりのオートバイ乗った人物が、渋滞で停車中のブガッティをスパナなどで攻撃している。のちの報道によると、運転手は13万ドル相当のポール・ニューマン デイトナを着用していたそうだ。犯行は失敗に終わった。どうやらブガッティの窓の防犯は万全らしい。

 Instagramで@Watchmaniaの投稿に書き込みをしたら、WhatsAppでチャットをするようになった。@Watchmania氏はアフメットという人物で、彼のチャンネルはトルコで最大の時計メディアだと教えてくれた。アフメットは時計泥棒の増加について、こう語ってくれた。「手っ取り早く稼ぐのはいつだって魅力的です。Instagramは時計を有名で高価なものに引き上げる一方で、泥棒はInstagramを使って時計の場所を特定しているのです」。彼は、大物コレクターは身を守り、身を隠していると指摘する。「彼らは時計のページをたくさん投稿していますが、誰の持ち物かまでは写り込んでいません」。 しかし、もちろん、すべての時計コレクターが隠れることを望んでいるわけではない。コレクションの醍醐味は(少なくとも部分的にだが)シェアすることそのものにある。このような理由から、アフメットは自分の投稿を重要な注意喚起だと考えている。「せっかく50万人のフォロワーがいるのだから、彼らの目を覚まさせるために投稿しているのです」。

 盗難の被害者に守護聖人がいるとすれば、それはポール・ソープ(Paul Thorpe)氏である。彼はYouTubeチャンネルで「私は、またしても2件の時計盗難のニュースをお届けしなければなりません」とカメラに向かって物憂げに話す。頭からつま先まで黒ずくめの覆面男ふたりが車から飛び出して男女を殴り、待ち構えていた逃走用の車で逃走するという、ロンドンでの凶悪強盗事件の映像を視聴者と一緒に観るため、画面が切り替わる。

 ソープ氏は60代のイギリス人で、南ロンドン訛りが強く、ペイズリーシャツの襟元からバラのタトゥーを覗かせている。「泥棒の被害に遭わない限り、本当の意味で時計ディーラーと自称することはできない」と彼は私に語った。YouTubeのチャンネル登録者数は6.4万人で、時計泥棒についての話題が中心だ。彼はこのチャンネルで、彼自身が初めて強盗に遭った2011年、2回目の2012年、そして最後の2014年の様子を記録している。「2回は店内で、1回は路上で被害に遭いました」と教えてくれた。「最後の動画がいちばん見やすいかもしれません」

 彼にとって、時計の盗難が起こるのは、時計の性質上、盗むのに非常に魅力的なものであることが大きな要因だ。「時計は簡単に持ち運びができ、簡単に現金に換えることができます。私の情報筋によると、盗まれた時計の平均売却価格はその価値の50%です。ちなみにダイヤモンドの指輪の場合は10%だそうです」。

 ソープ氏は、時計犯罪のほとんどはロレックス目当てと考えているが、アフメット氏は、リシャール・ミルやオーデマ ピゲも獲物になっていると指摘する。この3ブランドはいずれもひと目でそれとわかる高級品を製造しており、実際、それが重要なポイントとなっている。しかし、どのブランドも盗難時計のデータベースを公開しておらず、シリアルナンバーが残っていても自分のものを突き止めることは難しいそうだ。

 ソープ氏は、現在の時計犯罪の原因として、経験の浅い販売店、急激な価格上昇、「新型コロナウイルスのせいで、人々は家でじっくり考える時間ができた」、「近年イギリスは温暖化の影響で半袖のシャツで過ごすことが多くなったため、手首を露出することが多くなったから」という単純な理由を挙げている。最後に、もちろんソーシャルプラットフォーム、少なくともそのなかでのユーザーの行動様式を非難することもできる。「私たちは、ソーシャルメディアによって、人々が自分の持っているものを見せびらかす世界に生きているのです。そして、人々は自分が見たものを欲しがる。多くの人が視覚で物事を考えているのです」。

 Instagramは、強盗が時計の持ち主を探しに行く場所であると同時に時計の持ち主が強盗の危険性を啓蒙されに行く場所でもあるという事実は興味深いことだ。確かにInstagramが問題の根源であれば、便利ではある。でも、そう簡単にはいかない。

このはよくできていて、このジャンルでは珍しくハッピーエンドである。

 当メディアのディレクター、ジェフ・ヒリアードは、2014年にマンハッタンのバーで父親の金無垢のデイデイトを手首から盗まれ、その様子をバーのセキュリティカメラがとらえていた。ジェフは奇跡的に、GoogleアラートでeBayに出品されていることを知り、何とか時計を見つけることができた。彼は保険金で買い戻し、今はほとんど身につけていないが、今もその時計を持っているという。

 彼はこのような時計泥棒の動画を見たことがなかったため、電話で話しているときに例のスクーターの動画を見るようにすすめた。「なんてこった、ブレスレットが壊れるだけじゃないか」と彼は反応していた。私たちは@watchmaniaの別の動画を観た。スペインのどこかで、女性が地上で叫びながら、加害者が容赦なく彼女の手首を引っ張り、結局、彼が彼女の時計を外す前に逃走したというものだった。「くそっ」とジェフはまた呟いた。

 「この動画は、私に起こったことよりも明らかに攻撃的で暴力的だね。人がこんな目に遭うのを見るだけでも怒りが湧くよ」。彼にとって、時計を失った苦悩は精神的なものであり、この部分が彼が耳にする、時計を失くしたり、ホテルの部屋から盗まれたりする人の話を聞いたときに最も共感する部分なのだそうだ。「時計が自分にとってどんなに大切なものか、あるいは家族と何らかのつながりがあったために、人々がどれほど動揺し、その喪失がどれほど人生に影響を及ぼすのか。それが起こったときに感じる痛みを私は身をもって知っているんだ」

 ジェフの映像は、あまりに粗くてよく見えない。加害者が近づいてくる様子や、ジェフの時計がなくなっていることに気づく様子などはわかるのだが、それは文章で語られているからこそわかることでもある。そうでなければ、ただバーの客席を眺めているようなものだ。この記事を読むと、特に時計はジェフが若い頃に父親が持っていたものなので、気になるのはジェフだけなのだ。

 より鮮明で映画のような映像の盗難ビデオは、犯罪を娯楽に変えてしまう。『オーシャンズ11』などの犯罪映画では、被害者と同じくらい泥棒の味方をすることになる。なぜなら犯人は主人公であり、金持ちを騙そうとする正当な動機があるからだ。紹介した映像には、そのような崇高な大義はない。

 それにしても、誰も必要としないような宝飾品をいくつも所有する特権を持っている高級時計のコレクターが被害者というのは、奇妙な逆転現象だ。動画に投稿されたコメントには、次のようなものが見受けられる。「ひどい世の中だ」「どの街でもある話だ」「自分で稼ぐより、人から奪うほうがいいなんてひどい話だ」。これらのコメントの多くには真実が含まれているが、都市の犯罪に関する従来の固定観念を新たにすると同時に、ゼロから永久カレンダーを手に入れる確率がとてつもなく低いことを無視している。

 私の考えでは、これらの映像にまつわる疑問や矛盾は、映像そのものよりも説得力が感じられる。見知らぬ人からの握手、レストランでテーブルを選ぶふりをする人、スクーターの男がミラーを「磨いて」運転手に手を振るなど、名目上は文明的なジェスチャー、あるいは単にさりげないジェスチャーが、見た目と違っていて、あっという間に脅威に変わるのを見ると、不穏な気持ちになる。まるで超常現象のホラー映画のように、親しみやすい顔が突然悪魔のように変わるようなものだ。

 「何かしなければならない」と、ソープ氏は動画のなかで語っている。「時計コミュニティと時計オーナーを守るために」

 広い意味で、ソープ氏はどんな話題にも食いついてく人物でもありうるのだろう。コロナウイルスについても、気候変動についても、パキスタンやケンタッキー州の洪水についても、スペインやフランス、カリフォルニア州の火災についても、東アフリカの飢饉についても、何かすべきなのだ。これだけのことが世界で起こっているのだから、苦難はかなり広範に広がっていて、おそらくこれらの状況のひとつひとつに十分に対処できていないといって間違いないだろう。

 友人のトム・セクストンの家族は、ケンタッキー州の大洪水で、持っているものをすべて失ってしまった。彼の妹は流されそうになり、セクストンの甥に助けられた。この話はニューヨークタイムズ紙にも掲載された。「人は物を所有していると錯覚しているんだ。でも、川が自分の家から持ち物を全部流出させた上、8キロ先の町の土手に散乱させるのを見たら、本当のところ誰も何も所有していないことはすぐにわかる」。

 最近の不幸にもかかわらず、彼は 「ロレックスのエクスプローラー Ref.124270、ほら、ブラックダイヤルのステンレススティールのあのモデルだよ」と夢見て止まない。

 HODINKEE読者の多くがそうであるように、セクストンも時計は複雑で美しいものだと信じている。「しかし、これほど時計の人気が高いのは、スニーカーやクルマなど、ここ数年、現実と想像の両方がもたらした希少性が多くの消費財の価値を高めたのと同じで、これらのアイテムを転売することで、これまで以上に金儲けができるからさ」。さらに彼は、世界で金融、環境、政情が不安定になっているという事実も付け加えている。「時計は、自分のものを自分の体に装着する手段なんだ」。

 彼は、時計泥棒の映像が私たちの心に響くのは、私たちが最も身近に置いているものでさえ、あるいは“だからこそ”安全ではないという潜在的な恐怖に共鳴するからではないかと考えている。彼は、多くの時計泥棒の映像(これはブガッティとスクーター泥棒の両方に言えることだが)について、視聴者は何が盗まれたのかさえわからないだろうと指摘する。「スマートフォンだ。いや、財布だ!ってね」。時計の所有だけでなく、あらゆるものの所有が脅かされているのではないかと人々は恐れているのだ。

 しかし、それでもセクストンは、地元シンシナティにある正規販売店に連絡を取り、エクスプローラーの注文を待つリストに名を連ねる衝動を抑えきれなかったようだ。

動画提供: @marine.gazaryan,  @simonzzo, @watchmania, and from ジェフ・ヒリアードのエピソードはこちら