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One to Watch レベッカ・ストラザーズ博士が復活させたイギリス式ウォッチメイキングについて

イギリス式ウォッチの復活、自社製ムーブメントの製作、新著、そしてお気に入りの時計ムーブメントについて、“本物の時計博士”が熱く語る。

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オリジン・ストーリー

レベッカ・ストラザーズ(Rebecca Struther)博士の生い立ちには、彼女が時計職人になることを示唆するものは特にない。1980年代にイギリスのバーミンガムで生まれた彼女は当時、(私の言葉ではなく、彼女いわく)学校で苦労しており、最終的には高校を中退した。

 「時計づくりに出会ったのは、まったくの偶然だった」とストラザーズ氏は言う。彼女はもともと、芸術と科学が交わる領域にある分野が好きだったものの、勉学の面では苦労していた。高校を中退したあとは、故郷のバーミンガムに戻って美術学校に入学し、宝石と銀細工を専攻した。この美術学校では時計を製作する授業もあり、やがて時計学科のある学生のひとりがストラザーズ氏の作品に目を留め、時計づくりの道は考えていないのかと聞いてきたという。

Watchmaker Rebecca struthers in her workshop

 「“時計技術者”とは、ショッピングモールで電池を交換する人たちだと思っていました」と、現在36歳のストラザーズ氏は話す。しかし彼女は、声をかけてくれた時計学科の学生たちの作業場について行くと、すぐに時計づくりの世界に夢中になったという。「“そうだ、これだ。私の人生でやりたいことはこれだったんだ”と思った瞬間でした。時計づくりとは、デザインしたものをつくるだけでなく、職人でありながら、技術者でもあることを実感したのです」

 ストラザーズ氏は宝石と銀細工の学部を卒業後、3年制の時計学専攻のコースに進んだ。その後、数社の会社や工房で修復師や時計学の専門家として働くことになる。やがてロンドンの時計修復工房で働くうちに、当時の同級生だったクレイグ(Craig)氏と同じ工房で再会する。

 「仕事でとても最悪な1日を過ごしたとき、彼が一緒に仕事をやってみないかと誘ってくれたんです」とストラザーズ氏は話す。ふたりは思い切って独立し、2012年に家賃が安いという理由でバーミンガムの自宅に工房を設立した。また、バーミンガムにある“ジュエリー クォーター”という土地は、産業革命以来、イギリスの宝石産業の中心地でもあったのも好都合だった。ちなみに、クレイグとレベッカはビジネスパートナーであるだけでなく、結婚もしている(しかもビジネスをスタートしたのと同じ月に)。彼女らはプロの時計職人である一方で、レベッカは宝石や彫刻を学んでおり、クレイグはデザイナーやイラストレーターとして活躍していた。ふたりは、まさに理想的なパートナーであったのだ。

Rebecca and Craig Struthers

彼女の夫、クレイグとともにストラザーズ ウォッチメーカーズの工房で働くレベッカ。

 ふたりによる“ストラザーズ ウォッチメーカーズ(Struthers Watchmakers)”は当初、修復工房としてスタート。ストラザーズ氏は、「修復は、私たちの培ってきたすべての仕事と学んできたものの基礎となるものです 」と語っている。多くの偉大な有名時計師も、最初は修復からはじめている。彼女の先達でもありイギリス人の先祖でもある独立時計師、ジョージ・ダニエルズ(George Daniels)も、時計の修復師からスタートしたと教えてくれた。

struthers watchmakers platinum universal Geneve

デザイン&イノベーション アワードを受賞した、ストラザーズ ウォッチメーカーズのプラチナペンダント。ユニバーサル・ジュネーブのヴィンテージマイクロローターを搭載している

 そして翌2013年、ストラザーズ夫妻はほんの気まぐれで、デザイン&イノベーション アワードというコンペにイラストを応募した。そしてそのデザインが採用され、自らで考えたデザインを、10週を費やして実際に作品として仕上げた。その作品は、ヴィンテージのユニバーサル・ジュネーブ マイクロローターのローターをプラチナで再現し、さらにプラチナのペンダントに組み込んだもの(そう、私はこのムーブメントを搭載したポールルーターを所有しているため、まさにこのようなすばらしいペンダントに再ケーシングしたいものだ)。この経験を糧にストラザーズ ウォッチメーカーズは、ヴィンテージやアンティークのムーブメントを再生、修復し、ケースや文字盤は自社で新たに製作するオーダーメイドプログラムをはじめた。最終的に、ストラザーズ夫妻はもっと違う、それ以上のなにかをやりたいと思うようになった。

 「私たちは時計修復師として、ほかの人たちの時計のほぼすべての部品を作ってきたことに気づきました。だから次は自分たちの時計のために、全部作ってみたらどうだろう? と思ったのです」。自分たちのムーブメントを作るというこのプロジェクトを、彼女らはプロジェクト248と名付けた。“2人の時計職人、4本の手、8mmの時計旋盤”からもじってねと、ストラザーズ氏は笑って言った。

Struthers Watchmakers Project 248

ストラザーズ氏が手がけた独自の腕時計、プロジェクト248がこちら。

Struthers Watchmakers Project 248

 彼女らは最初に製作した5つの時計をサブスクリプションとして販売。その後5年の開発期間を経て、2023年の初めの何カ月かで、ようやく最初のクライアントにこれらの時計を届けた。ストラザーズ夫妻はイギリスの伝統的な時計製造、特に19世紀のイギリスのウォッチメイキングからインスピレーションを受け、伝統的な時計づくりに着目した。その方法とは、その時代のキャリバーをリバースエンジニアリング(分解して解析)し、さらにそれに自分たちのインスピレーションを加えて影響を与え、そのキャリバーを現代によみがえらせるというものだ。このキャリバーにはジャーマンシルバーのプレート、ブレゲの衝撃吸収装置であるパラシュート、そしてジョージ・ダニエルズの時計から着想を得たフリースプリング式のテンプなどを加えている。ただし、現代的な素材もきちんと使われており、例えばムーブメントには、もともとフォーミュラ1用に開発されていたブロンズベアリングが採用されている。

 「この時計は、私たちが愛する世界中の時計製造におけるすべての技術を結集させた傑作です。イギリスメイドにこだわるのではなく、私たちが考えうる限りの美しい時計づくりを目指しているのです」

我々が彼女を好きな理由
Craig Struthers workshop

レベッカはバーミンガムの工房で、夫でありパートナーのクレイグと力を合わせて仕事に取り組んでいる。

現在、レベッカ・ストラザーズ氏は、あらゆる種類のタイトルを抱えている。修復師、時計職人であるのはもちろん、歴史家で、作家(今年、自身初の著書である『Hand in Time』が出版される予定だ)であり、そしてイギリスでは初となる時計学の博士号も取得している。我々がレベッカ・ストラザーズ氏を好きな理由はたくさんある。もちろん、修復の技術力や時計の製作もそうだが、ストラザーズ氏は36歳にして、伝統的な時計製作やそのほかの工芸の保護と推進にも力を注いでいる。ここではさらに、我々が彼女を好きな理由について、いくつかご紹介しよう。

我々がストラザーズ氏を好きな理由は、彼女がイギリスで初めて時計学の博士号を取得した時計師であり、さらに自身の研究を世に伝え、他者に技術の知識を与えることに情熱を注いでいるからだ。

 「私は家族のなかでも初めて大学へ進学したので、修士号や博士号を取るまで勉強しようと思ったことはありませんでした」とストラザーズ氏は話す。「私がこれまで行ってきた研究が評価され、イギリスの芸術人文科学研究評議会(Arts and Humanities Research Council)から資金援助を受けることができました。時計学の優れた研究者であるためには、そのプロフェッショナルでもなければなりませんから、これは自然な成り行きです。そうでなければ、自身が研究していることの外側しか見ることができないのです」

 ストラザーズ氏にとって唯一の課題は、学者的なキャリアを積むには前例が必要、つまりともに仕事をする同じ分野の仲間がかかせなかった。彼女はイギリスで博士号を取得した最初の時計職人であるため、そのような仕事は存在しない。しかし、ストラザーズ氏はそれでいいと思っていた。

 「時計づくりが好きだから大丈夫なんです。私たちの工房はとても幸せです」とストラザーズ氏は話す。

我々がストラザーズ氏を好きな理由は、彼女が独立時師になるまでの道のりが簡単ではなかったから。

 ストラザーズ氏は「私の家はあまり裕福な家庭ではなかったので、ビジネスを始めるにはあまりお金がなかったです」と話す。「生き残るために必要な資金を確保しつつ革新的な技術を生み出すといった、自身の限界を超える挑戦をしながら、それを費やすのに必要な時間と資金を確保することは非常に困難なことでした。取り掛かってすぐ、最初の数年はこのふたつを両立させるのに本当に苦労しましたし、最終的にここにたどり着くまで10年はかかりました。作品を作っているときのプロモーションも本当に大変です。多くのメーカーの人たちにとって、これは自然な流れではありません。なぜならその人たちは少しシャイだから。時計職人になるには、ひとりで工房に閉じこもるのを楽しむことも必要なんです」

我々がストラザーズ氏を好きな理由は、ストラザーズ ウォッチメーカーズの工房には、ジュール・ヴェルヌ(Jules Verne)の小説のようにレベッカとクレイグが収集したアンティークやヴィンテージの機械でいっぱいだから。

 「私たちがビジネスを始めるにあたり、必要な機材などを手に入れるために1万5000ポンド(日本円で約241万円)ものビジネスローンを組んでいました」とストラザーズ氏は言う。この値段は新しい旋盤の約半分の値段のため、ほかに選択肢はなかったそう。「そこで私たちは、ガレージの床や物置などにあったヴィンテージのアンティークツールを集め始めたんです。これらの道具は主に150年前のもので、ほかにも40、50年前のものまであります。当初は必須アイテムでしたが、使っていくうちにだんだんとその道具たちが好きになり、いまではほかの方法ではできないと思っています」

 ストラザーズ氏は、工房で使う道具にはすべて名前をつけているそうで、最初にドイツから取り寄せた8mm旋盤のペアは、ハイジ(Heidi)とヘルガ(Helga)と名付けられた。

strutters watchmakers kinglsey

ストラザーズのテーラーメイドライン、“キングスレー”。ヴィンテージキャリバーをレストアし、自作のケースとダイヤルを組み合わせている。

strutters watchmakers kinglsey

我々がストラザーズ氏を好きな理由は、“いい時計”を作るための彼女独自の観点を持っているから。

 ストラザーズ氏は、「“いい時計とは何か?”と聞かれたら、私にとってはまず第一に、修理がしやすいかどうかを考えます」と話した。「修復師として、この時計はあと200年は使えるかと考えるんです。だからムーブメントを分解して、修理して、再び組み立てることがいかに簡単であるかが、“いい時計”であるかどうかの第1のポイントだと思います」

 「もちろん、クレイグのお気に入りは、工業化される前の初期のロレックス。というのも、まだ手作業で仕上げ、組み立てていた時代のもので、非常に丁寧な作りになっているからです。一方私は、アメリカのアンティーク懐中時計が大好きです。ウォルサム、エルジン、ハミルトンなど、150年、200年前の時計になりますが、とにかく美しい時計で、作業のしがいがあります。腕時計であれば、オメガの30T2はこれまでに作られた機械式ムーブメントのなかでも最高峰だと思います。最も堅牢で、修理が可能なムーブメントでしょう」

我々がストラザーズ氏を好きな理由は、イギリスにこだわって、職人技とクラフトマンシップを守り続けるという彼女の情熱があるから。

 「バーミンガムのジュエリー クォーターはかつて世界最大の宝石製造の中心地でしたが、いまは徐々に縮小してとても規模が小さくなってしまいました」と言うストラザーズ氏。「いまの教育現場では、子どもたちに学業においていい成績を収めるようプレッシャーをかけるあまり、このような非常に価値のあるスキルが軽んじられていて、とても残念に思います。学校では数学や英語、科学が得意でなく、ものづくりが得意な人やたとえほかのことに秀でた才能を持っていても、就職市場では居場所がないような気がしてしまうのです」

 ストラザーズの工房では、地元の美術学校や時計学校から研修生を受け入れて、彼女らの技術を新しい世代の時計職人に継承している。

 「これは私たちも受け継いできた、文化的な歴史の一部であり、人々が考えもしなかったようなことで、なにかすばらしい才能を発揮する機会を生み出すのです」

我々がストラザーズ氏を好きな理由は、彼女がほかの職人やクラフトマンと協力して、最高の時計を作ろうとするひたむきな姿勢を持っているから。

 ストラザーズ氏は、「プロジェクト248は、私たちが何ができるかを示すものでもあります」と話す。「私たちはドイツのハンドエグレーバーであるフロリアン・ギュラート(Florian Güllert)、文字盤をアンオーダイン(AnOrdain)、そしてボックスをヴァシュロンとも仕事をした実績のあるメソッド・スタジオ(Method Studio)といったすばらしい人たちと一緒に仕事をしてきましたし、これからもそれは続きます」

次に来るもの
Rebecca strutters hands of time book

ストラザーズの著書、“Hands of Time”は、アメリカで2023年6月に発売される予定。

時計を提供するだけでなく、ストラザーズ氏は時計学の研究と教育にも情熱を注いでいる。博士号を取得したことをきっかけに、彼女は4月に『Hands of Time』という本を出版する。その内容は、“時計を通じて語られる、時計職人の時間の歴史”だそう。プロジェクト248の最初の5つの時計はまもなく納品となるため、ストゥラザーズ夫妻は今後の注文の枠を受け付けたが、年産1本のみの提供を予定している。

 「4万年の時を刻んできたのです」とストラザーズ氏は言った。とても野心的である。「私たちと時間との関係が、時計のデザインにどのような影響を及ぼしてきたか、どんな時計が教えてくれるのかということです」。有名な時計にまつわるエピソードだけでなく、ストラザーズの工房でつくられた、偶然にも信じられないようなストーリーを持つ時計も紹介してくれることだろう。

 とても野心的なプロジェクトだが、時計職人であり歴史家、修復師、そして時計学の博士でもあるストラザーズ氏だからこそ、このプロジェクトに最適な人物なのだ。

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レベッカ・ストラザーズ氏とストラザーズ ウォッチメーカーズの詳細は、こちらをご覧ください。ストラザーズ氏初となる書籍、Hands of Timeは、2023年6月にアメリカでリリースされる予定です。詳細はこちら をご覧ください。