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In-Depth キュリオシティ&ザ・クラウン - ロレックス Ref.8171の秘密

Ref.8171はロレックスにおいて最も複雑怪奇な存在であるにもかかわらず、コレクションとコミュニティ形成のひとつの要となっている。


この記事は、2019年5月に発売されたHODINKEE Magazine Vol.4(およびHODINKEE Magazine Japan Edition Vol.4)に掲載されたものです。Vol.12の発表を記念して、このストーリーの全文と未公開写真を特別公開いたします。HODINKEE Magazine Vol.12はHODINKEE Shopにてご注文いただけます。

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この世には、所有することで単なる所有欲を満たしたり、仲間内で自慢したりする以上の意味を持つ物体が存在する。これらの品々は所有者を一般的な収集家コミュニティから引き離し、経済的コストに加え知的コストも必要とする秘密結社に自動的に入会させる、いわばチケットのようなものである。

Rolex 8171

 ピカソの名画『Les noces de Pierrette(ピエレットの婚礼)』の所有者は、実業家のスティーブ・ウィン氏が『La Rêve(夢)』をいくらで買ったか、間違いなく知っているだろう。彼(か彼女)は、所有歴まではともかくも、その出処や修復歴も調べ尽くしているはずだ。クルマのコレクターのなかでも、メルセデス・ベンツの300SLやフェラーリの250 GTOを理解し、手にいれる好奇心と財力のある人は、その秘密の会員制クラブを構成しているだろう。このようなクルマを購入することは、特別なコミュニティや社交の場への参加のチケットとなるだけでなく、この2台の特別なクルマのオーナーを対象としたリアルなイベントにも参加する権利を得ることなのだ。

 時計の世界では、このように所有者を結びつけるリファレンスが何本か存在する。パテック フィリップのRef.2499は、そうした名声を得るのに最も手っ取り早いリファレンスだが、ほかにもヴァシュロン・コンスタンタンの超薄型ミニッツリピーターのRef.4261、オーデマ ピゲの戦前のカレンダーウォッチ、オメガ スピードマスターの初期モデルのRef.2915-1などがその候補に挙げられるだろう。しかし、これらの時計が興味深いのは、その根底にそれぞれの時計メーカーの個性そのものを培ってきた原初的なDNAの発露があることだ。ピュアであるからこそ、その周辺にコミュニティが形成されるというわけだ。

rolex 8171

 ロレックスの世界にも同じようなものがあるだろうか? 例えば、マーク1 ポール・ニューマンや特許出願中時代のシードゥエラーを所有する人々の周りには、同様の考え方や同胞愛が見られる。しかし、これらはロレックスをロレックスたらしめているもの、つまりスティール製防水時計のメーカーであり、その系譜とデザインの両方が普遍的であるということが核心にあるモデルである。原点的ロレックス(ur-Rorex)ともいえる時計だ。

 ロレックス Ref.8171は、その文脈においてまったくの別物である。大型径の薄型ケースに、薄いベゼルを持つからである。12時下に月と曜日を示す小さな開口部があり、巨大な38mmを周回する鮮やかなブルーのデイト針がある。そして6時位置の真上にあるのは? この手彫りのムーンフェイズ表示は、世界で最も重要な時計メーカーがこれまでに製造した時計のなかで、おそらく最も風変わりなディテールだろう。しかも、ケースは防水仕様ではないうえ、このモデルはたった1世代しか存在しない。デイトジャスト、デイデイト、サブマリーナーなど、1950年代から60年代にかけてのロレックスのモデルはすべて何らかの形で現在も存在しているが、トリプルカレンダー・ムーンフェイズは、まったく存在していないのだ。

Rolex 8171

 では、このロレックスらしからぬロレックス(un-Rolex)がコレクターを引きつけ、インスタ映えしないにもかかわらず、スポーツロレックスの優良株に匹敵するほどの支持を集めているのはなぜだろう? それには、まずこの時計が生み出された時代背景に眼を向ける必要がある。

 ロレックスの世界にはいくつかのエポックがあるが、戦前と戦後は明確に区分される。1945年、第2次世界大戦が終戦を迎えた直後、ロレックスはあるモデルを発表し、会社全体を変えるような伝説が始まった-デイトジャストの登場である。デイトジャストはねじ込み式の裏蓋とリューズを備えた36mmケースに納められ、防水性能を備えていた。オイスターケースとそれがもたらす防水性能は、今日に至るまでロレックスのアイデンティティのひとつとなっている。そして、自動巻きムーブメントが搭載され、3時位置のシンプルな小窓にデイトが表示されるのだ。

 このふたつは、今となっては理解しがたいが、当時のロレックスにとっては、事実上独占的な機能であった。自動巻きの腕時計に、簡潔で効果的な方法で日付を表示する腕時計を組み合わせることで、究極のデイリーウォッチが登場したのである-その称号はデイトジャストが今日に至るまで保持しているものである。

rolex 8171

 デイトジャストの誕生から4年後、Ref.8171が登場する。このモデルは上述したとおり、オイスターケースを使用しないモデルとして開発された。ロレックスの宣伝文句は「世界で最も防水性の高い時計を作る」であり、Ref.8171と同時期にダイバーズウォッチの王者であるサブマリーナーを開発していたのに、なぜこの時計のケースに防水性を持たせなかったのだろうか?

 正直なところ、誰にもわからないし、今後もわからないだろう。しかし、またそれが、この時計を素晴らしく好奇心を集める存在にしている。というのも、Ref.8171の製造からわずか1年後の1950年に、ロレックスはまったく同じダイヤルレイアウトの時計を、今度はデイトジャストによく似たオイスターケースに納めて発表しているのだ(Ref.6962)。このふたつのモデルは1953年までに生産終了となる。つまり、ロレックスがロレックスらしく変貌を遂げ、現在私たちが慣れ親しんでいるようなスポーツロレックスが登場した年に符号する。

緊密なコミュニティ

 ヴィンテージウォッチには、その価値に見合った収集コミュニティが存在すると私は考えている。デイトナ、パテック、ホイヤーのコレクターがどんな人々か、私たちはよく知っている。しかし、ロレックスのムーンフェイズ(Ref.6062/8171)のコレクターは、別格の存在だ。

Rolex 8171

 「Ref.8171には、好奇心と研究心を刺激する魅力があるのです」と教えてくれたのは、カリフォルニア州サンタモニカの不動産投資家、ドリュー・ソベル氏だ。現在、3本のRef.8171を所有するソベル氏は、20年にわたるコレクション歴を持ち、その経歴は多くの人が驚愕するほどだ。パテック フィリップのステンレススティール(SS)製ケースのモノプッシャークロノグラフ、ピンクゴールド製ケースのRef.6062スターダイヤル、ティファニーサイン入りのRef.2499など、どれも特別な1本を所有しているのである。

 「このRef.8171は、世界中のSS製Ref.8171のなかで最も優れたダイヤルを持っていると思います」。ソベル氏は語る。「しかし、オーレルの時計のケースはもっとエッジが立っています」と、長年の友人であり、フィリップスの時計部門のボスであるオーレル・バックス氏が所有している時計を引き合いに出して、そう言った。つまり、こういうことだ-ロレックスのムーンフェイズを持っている人たちは、お互いに知り合いなのだ。しかも、互いの時計の特徴をつまびらかに知っている。実は取材のために、著名な時計研究科で伝説的なチーズナイフの使い手でもあるジョン・ゴールドバーガー氏にメールを送ったところ、ソベル氏を紹介してもらうことができた。ゴールドバーガー氏からの返信? 「彼は世界一のPG製Ref.8171を持っている」とのことだった。実際そのとおりだった。彼はこのコミュニティで有名なアルフレッド・パラミコ氏からその時計を購入したのだ。ソベル氏の仲間であり、友人でもあるジェイソン・シンガー氏は、最高級のYG製Ref.8171を所有している。そう、このコミュニティは緊密なのだ。

Rolex 8171

ソベル氏が所有する2本のSS製Ref.8171のうち1本は、針とマーカーもSS製だ。

 Ref.8171とオイスターケースを持つ弟分、Ref.6062の比較を求められたソベル氏は、「Ref.8171のほうが力強い……巨大で生々しいですね」と答えている。また、両者の一体感について尋ねると、「Ref.6062は、よりまとまっていて、はるかにエレガントで、素晴らしいのですが、Ref.8171が特別なのは、それがとても奇妙であるということなのです」。実際、Ref.8171は、まるで未完成のプロジェクトか、あるいは第2次世界大戦の勃発前にロレックスが構想し、世界が再び落ち着くまで寝かせておいたようにも感じられるのだ。

 Ref.8171がRef.6062と比較してさらに興味深いのは、後者には威光を高める(ハロー効果を持つ)個体-将来の注目ロットというべき、同種のモデルの価値を高めるような作品が数多く存在することである。2018年12月にクリスティーズにおいて157万ドル(日本円で2億3400万円)で落札された、完璧なクリームダイヤルと美しく酸化したケースを持つRef.6062の驚くべきYG製“ダークスター”は、その一例である。全知全能のロレックス・ムーンフェイズに、その名の由来となったベトナム皇帝がかつて所有していた、ブラックダイヤルとダイヤモンドインデックスを備えたRef.6062“バオダイ”である。2017年5月にフィリップスで500万ドル(日本円で7億4700万円)という驚異的な価格で落札された時計だ。状態のいいSS製のRef.6062であれば、その価格は? 70万ドル(日本円で1億460万円)は下らないだろう。

Rolex 8171

ソベル氏のもう1本のSS製Ref.8171は、ゴールドの針とマーカーを備えている。

 Ref.8171にはバオダイ級の個体はなく(ただし、どこかにSS製ケースにダイヤの入ったブラックダイヤルの個体があるという噂はある)、このリファレンスの生産は、時折、超スペシャルピースのプラットフォームとなったRef.6062よりも、もう少し安定していたと思われる。しかし、Ref.8171はより大きく、より奇妙で、究極的にレアなモデルだ。現在の研究では、Ref.8171は1949年から1952年まで1400本しか製造されなかったことがわかっている。しかし、Ref.6062のほとんどを占めるYGケースは、約1000本が製造されたとされる。一方、Ref.8171で最もよく見られるのはSS製で、約600本が製造されたことが確認されている。SS製のRef.8171の新品価格は当時90ドル、ゴールド製では234ドルであった。だが、そんなことは考えない方がいい。

 Ref.8171のなかで最もよく見かけるのはスティールモデルだが、ソベル氏はそれがいいのだという。

Rolex 8171

 「SS製のRef.8171は、ほかのRef.8171よりも少しは見かける機会が多いのですが、1953年以降に製造されたロレックスのなかではまだあまり見かけないので、特別な存在です-また、手首での存在感も最高で、実際に収集することが可能というのも大事なところです」。それが超レアピースの特徴で、あまりに希少だと市場でもどう評価していいのかわからないものだ。SS製のRef.8171は、コレクターにとって特別で大切な存在でありながら、適正な市場価格を保証するのに最適な玉数が存在するということだ。また、約70年前に600本製造されたSS製のRef.8171も、防滴程度のスナップバック式の裏蓋を備えている性質上、湿気に弱く、多くは時代の流れとともに失われている。

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Ref.8171を収集するということ

 Ref.8171の特徴的なディテールは、ロレックスのスポーツウォッチに見られるものとさほど変わりはないが、いくつか知っておくべきニュアンスの違いがある。まず、Ref.8171のラグのラインは非常にシャープで、これまでのロレックスと比較しても遜色ないほどである。これはケースのコンディションを把握するのに非常に適している。これほどシャープなラインであれば、研磨機にかけられたことがなくても、通常の着用でエッジが丸くなることがある。各ラグの正面のポリッシュ仕上げ、サイドのサテン仕上げが残っている個体が望ましい。

 Ref.8171のケースバックには、ケース番号とロレックスコロネ(小冠)が刻印されている。工場出荷時の刻印はかなり薄いので、軽いポリッシュでも完全に消えてしまうことがある。工場出荷時のケースバックの仕上げは、ラグの側面と同じく、縦にサテンがかかっているはずだ。私や多くのコレクターにとって、これが見えないと、その個体の購入は避けることになる。そのため、素晴らしい状態の個体と、単に「そこそこ」な時計とのあいだには、大きな価格差が生じる。もし、サブマリーナーを軽く磨いただけで、その時計がまったく買えなくなってしまったら……コレクターの世界観は大きく変わってしまうだろう。そして、幸いなことに、ケースの外側にシリアルナンバーを入れるというコンセプトは、ウィルスドルフ商会では長く続かなかったようだ。

 ダイヤルは、SS製ケースにSSまたはゴールドのアワーマーカーが付いた個体がある。SS製のケースにゴールドのアワーマーカーと針が付かないというのは迷信だ。ダイヤルを見るときは、特にエッジに注意してほしい。変色は正常であり、許容範囲内だ。

rolex 8171
rolex 8171
rolex 8171

 スティール、ゴールドを問わず、すべてのダイヤルにはその中心がどう見えるかはさておき、わずかに異なる色のデイトリングを備えているはずだ。リングはマットな質感で、軽いシボが見えるものが望ましい。ゴールドケースの場合、ムーンフェイズのなかに“Officially Certified Chronometer”と表記された個体が多く、SS製の個体では“Precision”と表記されているはずだ。さらに、Ref.8171には、無刻印のフラットリューズ、コロネ付きフラットリューズ、スーパーオイスターリューズなど、複数パターンのオリジナルリューズを持つ可能性があり、いずれもメンテナンス履歴がゼロと思われるワンオーナーの時計に見られる特徴だ。

ロレックス ムーンフェイズの比較表。

ムーンフェイズがもたらす未来
rolex 8171

 Ref.6062は、“バオダイ”の記念碑的な落札結果や“ダークスター”の好調な結果など、芳しい評価を得ており、マニアな時計コレクターがよく口にするリファレンスである。しかし、Ref.8171は、まだ少し劣勢だ。この時計がコレクターのメインストリームに躍り出るには、あとひとつ大きな発見が必要だと感じている。

 正直なところ、もしRef.8171のバオダイが見つからなくても、ドリュー・ソベル氏と彼のコレクション仲間たちはよろこぶだろう。ロレックス初期のどのモデルにも注目が集まるなか、Ref.8171のコミュニティ形成とコレクションの楽しみは、堅固でありながら、本物であることに変わりはない。結局のところ、“原点的ロレックス(ur-Rorex)”の醍醐味は、典型的なロレックスらしからぬロレックス(un-Rorex)を追い求めることになるだろうから。