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May 07, 2021
A Week On The Wrist オメガ スピードマスター321 39.7mm スティールモデルを1週間徹底レビュー
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A Week On The Wrist オメガ スピードマスター321 39.7mm スティールモデルを1週間徹底レビュー

蘇る歴史。

映画『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャーは、多くの点で注目すべき作品だが(秘密のトレーニングキャンプ、旗竿に登るシーン、そしてエージェント・カーターと一緒に基地に帰還するシーンなど、非常に巧妙な難題解決の数々が楽しめる)、最も印象的なシーンの1つは、もちろん、1945年に死を宣告された主人公のキャプテンが現代に覚醒し、アベンジャーズという組織の要となったことだ。私にとって、キャプテンの死と復活は、Cal.321と呼ばれる機械式クロノグラフムーブメントの歴史と重なる。

 1950年代という輝かしい時代に誕生したこのムーブメントは、陸だけでなく、空にもその栄光の足跡を残した。誰もが知っているスピードマスター プロフェッショナル、または(時計オタクなら誰でも一番初めに学ぶ基礎的なことだが)ムーンウォッチのエンジンとしても知られている。キャプテン・アメリカのように、このCal.321は栄華の頂点から歴史の闇に埋もれてしまったが、アベンジャーズのように、思いがけず復活し、新しく、全く異なる、非常に困難な世界で新たなヒーローになろうとしている。

左が現行のムーンウォッチ、右がCal.321搭載モデル。

ムーンウォッチ・ムーブメントの進化

 スティール製のCal.321スピードマスターのレゾンデートル(存在意義)は、生まれ変わったCal.321を搭載することにこそあるので、標準的なムーンウォッチの価格よりもはるかに高い金額を支払ってそのムーブメントを搭載したムーンウォッチを買おうと考えている人にとって、ムーブメントの歴史とその進化は、非常に興味深いものだろう。

 Cal.321を復活するという要望に対しては、何年も前に結論が出ていた。1969年、オメガはCal.321の製造を中止し、スピードマスターが搭載するムーブはCal.861、次いでCal.1861が取って代わった。Cal.321とその後継機の間には、いくつもの違いがある。Cal.321は、ブレゲ巻上ヒゲゼンマイを採用した、1万8000振動/時、水平クラッチ式コラムホイール制御のクロノグラフだ。このモデルは、1940年代に“27 CHRO C12”として開発されたレマニア(後にスウォッチ傘下)のCal.2310をベースにしている。

27 CHRO C12(画像、オメガアーカイブス)。

 27 CHRO C12とCal.321の大きな違いは、ムーブメントの仕上げだ。Cal.321にはガルバニック(接触メッキ法)コーティングが施されている。このコーティングに使われる金属は、ゴールド、ローズゴールド、銅など様々だが、321には、ほぼ純粋な銅が使われたことが分かっている(オメガは他の多くのムーブメントにも使用していた)。これはオメガに私が直接確認したものだが、興味深いことに、メッキの組成に関する謎は、20年以上も前から時計のインターネット上で議論されてきたことだった。2001年、Timezone.comのロブ・バーカビシウス氏は、この問題を科学的に解決しようと考え、いくつかのオメガのムーブメントの部品を別々の金属学者に渡し、テストを実施した。結果リポートはオンライン上に残っている―私は腐食しやすい特性から銅であるはずがないと考えていたため、実験結果を読んで非常に驚いた記憶がある。しかし、銅は表面に酸化層を作り、それが保護シールドとなってさらなる酸化を防ぐことが分かった(このプロセスは不動態化と呼ばれ、チタンやアルミニウムでも同じ現象が起こる)。銅が腐食しやすい金属では到底耐えられない、水道配管にも適した素材であるということに私の考えが及ぶべきだった。

オリジナルのCal.321(画像:Omega archives)。ムーブメントは素晴らしい状態で、銅メッキにごくわずかな酸化が見られるのみだ。11時位置には、クロノグラフのカップリングクラッチ用のグレーグリーン色のジャーマンシルバー製ブリッジが見える。

 27 CHRO 12とCal.321は、仕上げはともかく、少なくとも基本的な部品とその配置は、一見すると同じように見えるが、実際には完全に同じではない。ひとつの興味深い違いは、どちらのキャリバーも4時位置にある、クロノグラフの分積算計を司るジャンパースプリングに見られる。27 CHRO 12では、このスプリングは比較的単純な直線状の板バネだが、Cal.321では、より複雑で複数のパーツからなるレバーがあり、スプリングは別個の部品として取り付けられている。これについては確信がもてないが、Cal.321の構造では、時計師がジャンパーと歯車の噛み合わせを調整できるようになっているようだ。ジャンパーは、分積算計の歯車をしっかりと固定するのに十分な強度が必要だが、歯車をスライドした際にテンプの振り角が著しく低下することは避けねばならないからだ。また、11時位置にあるクロノグラフのカップリングクラッチを支えるブリッジの形状も、2つのムーブメントで異なっている。Cal.321ではこの部品はジャーマンシルバー(洋銀)で作られているが、27 CHRO 12でレマニアが使用していたのは、ジャーマンシルバーのように見えるものの、定かではない。27 CHRO 12に見られるブリッジの形状は、Cal.321のいくつかのバリエーションにも見られるようだが、これは同じキャリバーでも長年にわたる生産仕様の違いによるものだ。クラッチホイールの軸は、27 CHRO 12では単純なドリル穴、Cal.321では軸受筒を貫通している。では、なぜジャーマンシルバー製なのか? それは、あなたの想像にお任せしよう―実のところ私も全く分からないのだ(ニッケル合金は、かなり広い温度幅で伸縮しにくい傾向があるので、それが関係しているのかもしれない)。

1969年にCal.321の後継機種として登場したCal.861。

 Cal.861は、シャトルカム式の切換機構と平ヒゲゼンマイを採用し、振動数も2万1600振動/時とややハイビートに設定されている。Cal.861はCal.321の様々な部分を継承しているが、その違いは一目瞭然だ。機能切り替え用のカムは12時位置にあり、エレガントだが複雑で高価なコラムホイールに取って代わり、その右にあるリセットハンマーの形状も異なっている。Cal.321のブレゲ巻上ヒゲゼンマイとチラネジテンプは、平ヒゲゼンマイとスムーステンプに変更され、Cal.321のフリクション・フィット式緩急針は、微動ネジ調整式の緩急針に変更されている。カップリングクラッチのブリッジの形状も変わっているが、画像を見る限り、この時点ではまだジャーマンシルバーを採用していたようだ。シャトルカム方式への変更以外で、目に見える最も明らかな変更点は、クロノグラフの秒針と分針の歯車を支えるブリッジだ。Cal.861の基本的なアイデアは、Cal.321よりも安価に製造し、調整に手間をかけないようにする、経済的な動機によってもたらされたといえる。

ロジウムメッキが施されたCal.1861(ディスプレイケースバックモデルでは、クロノグラフ秒針のブレーキがデルリンではなく金属製になっている)。

 Cal.1861は基本的にCal.861のロジウムメッキバージョンだ。もう1つの違いは、Cal.861はクロノグラフ秒針のブレーキに金属を使用しているのに対し、Cal.1861はプラスチックの一種であるデルリン製を使用していることだ。私は、長年にわたってムーブメントにプラスチックが使われていることに反対する純粋主義者の意見を聞いてきたが、純粋に技術的な観点から見れば、金属製の部品よりも優れていると言えるだろう。デルリンを製造しているデュポン社は、デルリンについて次のように述べている。

 "デルリン アセタール ホモポリマー(ポリオキシメチレン‐POM)は、金属の代替として設計された部品に理想的な素材です。低摩擦性と耐摩耗性を兼ね備え、このような用途で必要とされる高い強度と剛性を備えています。デルリンは幅広い温度耐性(-40℃~120℃)と良好な着色性をもち、また、金属や他のポリマーとの相性がよく、高精度成形において優れた形状安定性を発揮します"

 Cal. 1861では、クロノグラフのカップリングクラッチのジャーマンシルバー製ブリッジを、スティール製もしくはロジウムメッキされた真鍮製(私は後者を想定している)に変更した。Cal.1861では、Cal.321とCal.861に搭載されていた受け石を17石から18石へと増加させている。

 Cal.861/1861は、Cal.321と同様、有人宇宙飛行に貢献したという名誉ある歴史をもっている。実際、Cal.1861スピードマスターは、アポロ/ソユーズ(私はそう信じているが、そのミッションで支給された時計がNASA保有のCal.321モデルでなかったかどうかは定かではない)やSTS(Space Transportation System、スペースシャトル)ミッションで活躍し、現在もISSで運用されている。

レマニア社製Cal.2310/2320

 最後に重要なポイントとして、Cal.321とブレゲ、パテック、ヴァシュロンなどが採用している27 CHRO 12の派生型がどの程度近似しているのか、あるいは同じなのかという議論に触れよう。この比較は興味深いものだ。27 CHRO 12には、17石のレマニアCal.2310と、21石のCal.2320という2つの基本的な型番が存在した。Cal.2310はパテックがクロノグラフ・キャリバーCH 27-70のベースムーブメントとして採用し、Cal.2320はブレゲがクロノグラフ・キャリバー533.2/3のベースムーブメントとして採用した(他にもヴァシュロンがCal.1141として採用)。27 CHRO 12から派生したムーブメントは現在も生産されていることから、そもそもCal.321を復刻生産する必要があったのかという疑問が一部で浮上している。

レマニアCal.2320をベースにしたブレゲCal.533.3。画像は「The Naked Watchmaker」より。

 一例を見てみよう。Cal.2320から派生したブレゲCal.533.3は、もちろんCal.321と多くの共通点がある。しかし、大きな違いもあるのだ。すぐに分かる違いとしては、テンプ、調速機構、クロノグラフ分針のジャンパー、クロノグラフ連結レバーの配置、駆動輪列の形状、石数、振動数、ヒゲゼンマイ、ヒゲゼンマイ用スタッド、テンプ、クロノグラフ駆動輪列、秒針などが挙げられる。このムーブメントについての詳細な考察は、The Naked Watchmakerのティアダウン(分解)記事をご覧いただきたい。オメガによると、Cal.2310/2320はCal.321と約50%の部品を共有しており、その中にはリューズ機構、輪列、主ゼンマイ、香箱、その他多くのネジや受け石などの重要な要素が含まれているようだ。しかし、Cal.321を再現するためには、Cal.2320や2310に仕上げを施すだけでは明らかに不十分である。実際に、Cal.321とレマニアCal.2310/20を借り受けて、自分で分解し、パーツごとに比較してみないと(心臓の鼓動だけで落としてしまいそうだ)、決定的な分析はできそうにないが、基本的なポイントは変わっていないだろう。

レマニアCal.2310をベースにしたパテック フィリップ Cal.CH27-70。

 実は、ベースとなったCal.2310/20の全ての派生型と、Cal.321、オリジナルの27 CHRO 12、そしてCal.861、Cal.1861の間には、それぞれ大きな違いがある。その違いを分析するのはとても興味深いことだ。私にとって、それと同じくらい驚くべきことは、これらのムーブメントが全ての派生型において、互いに関連しているという点である。重要な機能(例えば帰零機構の様々な派生型の開発だけでも、かなり深く掘り下げることができる)が維持されながらも、オリジナルのキャリバーから派生型に枝分かれした様は、実に素晴らしいストーリーである;それは、何十年にもわたって、最も美しく、興味深く、意味のある腕時計の中で繰り広げられてきた物語だ。

現代に蘇るCal.321

 以前、現代の321がオリジナルに忠実であるかどうかについて説明したが、現在の答えは、プラチナモデルのCal.321に初めて出会ったときと基本的に変わらない。つまり、刻印の書体に至るまで、あらゆる点で同じムーブメントなのだ。そう、ほとんど同じだ。ひと目見ても、ふた目見ても、三目見ても、オリジナルのムーブメントと新しいムーブメントを見間違えることがあるが、並べてみると仕上げに明らかな違いがみとめられる。オリジナルは純銅製であったが、新しいCal.321にはPVD(電気メッキではない)セドナゴールドの仕上げが施されており、耐腐食性に優れているだけでなく、やや深みのある赤銅色で仕上げられている。また、1万8000振動/時、ブレゲ巻上ヒゲゼンマイ、コラムホイール制御機構、水平クラッチ、クロノグラフのカップリングクラッチに使用されているジャーマンシルバー製ブリッジも忠実に再現されている。Cal.321は、自動巻きクロノグラフ(特にバルジュー社Cal.7750など)がこのカテゴリーを絶滅危惧種にしてしまう前の、クォーツ危機以前の時代の、最後の偉大な量産型手巻きクロノグラフムーブメントのひとつだったのだ。

現代に蘇るCal.321。

 オメガによると、この新しいムーブメントは、それぞれが一人の時計職人によって組み立てられ、調整されており、当初は年間1000個程度の生産を予定しているとのことだが、これは驚くほど少ない数だ。Cal.321は、Cal.861やCal.1861に比べて組立時計師による手作業での調整が必要なムーブメントであり、それがこのムーブメントを搭載した時計の希少性と比較的高い価格を正当化している。調整内容は、帰零ハンマーの打撃面の微調整、テンプとゼンマイの微調整、クロノグラフのカップリングクラッチとクロノグラフ二番車(秒針)の噛み合わせの深さ、クロノグラフ分針のジャンパーとその歯車自体の噛み合わせの深さなどである。1950年代から60年代にかけて、これらの手作業による調整は、熟練した時計職人にとっては当たり前のことであったが、製造コストの削減と信頼性の向上のために、ムーブメントの組み立てや調整に必要な手作業を極力減らすように努力したのである。

 Cal.321は、ヴィンテージファンにとっては非常に魅力的であるものの、現在ではほとんど知られていないムーブメント製造のアプローチを、そのデザインと仕上げにおいて表現している。しかし、私はこのムーブを永久に見ることはないと、実際に賭けていた。数年前、プレス向けの朝食会で、当時のCEOだったスティーブン・ウルクハートにCal.321を復活させることはできないかと尋ねたことを覚えているが、彼はコスト面と一般的に現実的ではないことを理由に断固として否定した。したがって、昨年、オメガが製造再開を発表したときは、とても驚いたのと同時に喜んだことを覚えている。

スティール製に収められたCal.321

 想像できると思うが、1968年頃から現在に至るまで、その時々でスピードマスターを愛用してきた私は、長きにわたりオメガ Cal.321の製造再開を悲願としてきたため、サンプルの入った箱を開けたときは、まさに万感の思いがこみ上げた。

Cal.321搭載スピードマスター ムーンウォッチ。

 時計の第一印象は圧倒的によく、実際、タイムスリップしたような気分になった(時刻の表示や経過時間の計測以外に、ノスタルジーを感じさせるのは、スティール製の新しい321搭載機の最も重要な機能だろう)。この時計を手に取ることは、とても奇妙な感覚だ。ヴェルサイユ宮殿のマリー・アントワネットの私邸である小トリアノン(スウォッチ・グループとニコラス・G・ハイエック上級副社長がトリアノンの非常に高額な改修資金を寄付した)にまつわる有名な怪談があるのをご存じだろうか。モバリー・ジョルダン事件と呼ばれるもので、イギリス人観光客のカップルが敷地内を見学していると、不意に時間を遡り、訪問した100年以上前の光景を目にしたそうである。カート・ヴォネガット(アメリカの小説家1922-2007)がかつて言ったように、私も「突然、微妙に、そして確実に時間から解き放たれたような」感覚を覚えた。それはムーブメントを見る前のことだ。直線的なラグ、リューズガードのないケース、そしてヴィンテージスタイルのブレスレットをもつこの時計自体が、1960年代から時空を通じて落ちてきたか、あるいは私自身をその時代から引き戻したかのようだった。

 現代の標準的なムーンウォッチと並べてみると、321 スティールモデルは、実際のムーンウォッチよりもそれらしく感じられる。

 私は、有人宇宙飛行に初めて魅了されてから、アポロ、アポロソユーズ、そしてSTS(Space Transport System)、つまりスペースシャトルとして知られる失敗する運命にあった実験(多くの成功を収めたにも関わらず)まで、何十年も見守ってきた。その間、私とスピードマスターの関係は、レマニアCal.2310/20やその派生型に対する気持ちより、G-SHOCKに対する気持ちに近いものだった。私にとってスピードマスターは、あらゆる困難を乗り越えて生き残っただけでなく、成功した選ばれし時計だった。X-33には確かに魅力があった。マーズウォッチと銘打ち、スピードマスターよりもはるかにフライトデッキでの任務、特に長時間のミッションに適していた。スピードマスター マークIIでさえ、実用的な観点からムーンウォッチの改良を意図したものであり、後続モデルもその路線を辿った。

 しかし、ベーシックなスピードマスターは成功しつづけたが、ほとんどの後継機は失敗に終わった。また、温度変化に対する液晶の脆弱性さのおかげで、ディスプレイ技術が飛躍的に進歩しない限り、X-33が惑星間移動の真空状態に晒されることはないだろう。宇宙飛行という最先端の環境で機械式時計が存続していることは、とても素晴らしいことだと思わずにはいられない。歯車やゼンマイなど、本来あるはずもないものが、確かにそこに存在するのだ。

 表面的な見方をすれば、これは最高に楽しめる時計だ。もちろん、本当に欲しかったのが1960年代のデッドストックのスピードマスターであれば別だが、おそらくそれは無いものねだりだ。その代わり、まるでハイブリッドを手に入れたかのような錯覚を覚えるだろう。ハイブリッドという言葉は、通常、魅力的な言葉でもなければ、説得力のあるアイデアでもないが、否定的な意味ではなく、この時計はヴィンテージ・スピードマスターの魅力の多くを味わえることを意味する。

 もう一度はっきりさせておきたいのは、Cal.1861とCal.861には何の問題もないということだ。321よりも多くの有人宇宙ミッションに参加しているかもしれないし、誰もが求めるような耐久性と堅牢性を備えている。これらのムーブメントを搭載したスピードマスターがあれば、地球上で最も高価で美しいクロノグラフと肩を並べる時計が、数十万円で手に入れることができるのだ。しかし、パテックCal.27-70 CHROやヴァシュロンCal.1141は宇宙に行ったことはないが、Cal.861/1861は成し遂げたのである。

プラチナ製のスピードマスターに搭載された新Cal.321。

 だからこそ、この時計の全てと歴史が重要である。なぜなら、スティール製のスピードマスター321を身に着けるとき、単に時計やムーブメントと対話するだけではなく、321を搭載したスピードマスターの販売が終了して以来、新品が入手できなくなった経験を同時に共有しているからだ。スピードマスター321は、世の中にある大半のヴィンテージ風腕時計のように、単なる化粧直しではなく、腕時計の歴史、特にクロノグラフ腕時計の歴史の中で、非常に特殊で重要な瞬間を隅々まで再現しているのだ。

 私たちは、27 CHRO 12、Cal.321、そしてそれに関連するレマニアキャリバーの歴史を俯瞰してきた。そして、様々なメカニズム、技術的な工夫、デザインの変更、仕上げなどの進化を見ることができた―これらのムーブメントは、頑丈で高品質な、全く隙のない精密なクロノメーターとしての領域から、時計学における工芸の領域まで全てを担うものである。もちろん、スティール製321スピードマスターのデザインは、321を生み出したオメガの歴史の同じ時期に由来する。この時計は、デザイン的にはRef.105.003をベースにしており、直線的なラグ、ドットオーバー90のベゼル、段差のあるダイヤルなどが採用されており、ケースにはリューズやクロノグラフプッシャーのガードは存在しない。ブレスレットは、初代105.003(7912と1035)に搭載されていたフラットリンク・ブレスレットを改良したもので、よりしっかりとした感触に仕上がっている。スポーツウォッチのスティール製ブレスレットは、やや煩雑に感じられることがあるが、このブレスレットは手に持っても腕に着けてもしなやかな感触で、安心感と充実した品質に、一切の妥協は感じられない。また、ケースは321と美しく調和し、とてもクールな印象を与える。

 プレスリリースを見た後、実物を見る前に心配していたのは、夜光塗料だ―これがあまりにもノスタルジックな雰囲気を醸し出していて、全体の印象を損ねてしまうのではないかと懸念を抱いていた。幸いなことに、それは杞憂に終わった―ベージュというよりは、オフホワイトのエッグシェルのような心地良い色合いで、意識していなければ見落としてしまうだろう。

 ヴィンテージのスピードマスターと比較して、技術的にもいくつかの改良が加えられている。ベゼルは、ムーンウォッチで使用されていたアルミニウム製のインサートではなく、耐傷性に優れるセラミック(酸化ジルコニウム)製になり、風防とケースバックにサファイアクリスタルを採用している(もちろん、夜光塗料はトリチウムではなくスーパールミノバだ)。
 ディスプレイケースバックとサファイアクリスタルは、私を少し不安にさせた―私が最初に考えたのは、“毒を食らわば皿まで”といえばよいのか、なぜヘサライトとスティール無垢のケースバックにしないのか(少なくとも、オプションとして両方選択可能にしないのか)ということだった。ディスプレイケースバックに問題があったといって、レトロな雰囲気を持ち上げたいところだが、結果的にはディスプレイケースバックの方がよかったと感じており、たとえスティール無垢のケースバックがオプションとして用意されたとしても私が購入することはないだろう;それだけムーブメントを眺める愉しみが大きいということだ(真の顧客は同じことを考えているだろう)。

 2020年1月にこの時計を紹介したとき、このクロノグラフを他の時計と一緒に買う人はいないだろうと言ったが、今でもその通りだと思っている。ただし、1つだけ注意点がある―この時計とスタンダードなムーンウォッチ(Ref.311.30.42.30.01.006、ブレスレット仕様)のどちらにするか悩むかもしれないが、後者はCal.1861を搭載しており、こちらは有人宇宙飛行で功績を残し、現在も有人宇宙飛行で使用されている時計とムーブメントであるという点だ。しかし、151万円(税抜)と通常のムーンウォッチの2倍以上の価格のため、標準的なスピードマスタープロフェッショナル42mmを求めている人にとっては、選択肢に挙がらないだろう。私にとって、スピードマスター321は非常にユニークな価値提案であり、潜在的な購買者は、他の時計との比較ではなく、この時計そのものを評価して購入するかどうかを決定するだろう。

 優れた機械式時計の購入は、最終的には合理的な判断ではなく、感情的な判断を経て行われる。次のような格言がある―“心には理性で分からない理屈がある”。とりわけスピードマスター321には正鵠を射た格言だろう。ムーブメントと時計の生産本数が少ないため、待つ時間は長くなるかもしれないが、最終的に手にすれば、この種のものに影響を受けやすい人であれば、心の琴線に触れるような時計だ。ロマンチックなセンチメンタリストであることも悪くない。私自身がそうであることは認めるところだ。だからこそ、スティール製の39.7mmスピードマスター321がとても欲しいのだが、それにしても“キャプテン・アメリカ”のラストには泣けた。

オメガ スピードマスター ムーンウォッチ Cal.321 スティール Ref. 311.30.40.30.01.001:ケース、ステンレススティール、セラミックベゼル、直径39.7mm、ラグ幅19mm、防水性50m、酸化ジルコニウム製ベゼル。ムーブメント オメガ Cal.321、手巻き、水平クラッチ・コラムホイールクロノグラフ、ブレゲ巻上ヒゲゼンマイ、パワーリザーブ55時間。価格 166万1000円(税込)の通常生産(非限定)モデル。

詳細はOmegawatches.com。  ヴィンテージ・スピードマスターの詳細を徹底的に学ぶには、ベン・クライマーのReference Points特集“『オメガ スピードマスター 歴代モデルを徹底解説』(2015年公開)をご一読いただきたい。