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Grails ロレックス、パテック フィリップ。2大ブランドが世界的宝飾店で交わる夢を追った、あるコレクターの話【Introduction編】

時計も人も、よい年の重ね方をすれば年月が経ったあとにはまったく違ったものになる。時計に対する新しい目線を加えてくれる、熟練のコレクターに話を聞いた。

日本橋馬喰町でSPECIUMというヴィンテージウォッチ専門店を営む近藤 浩さんは、35年におよんで時計収集に身を捧げてきた人物。1930〜50年代の時計を中心に大量の時計に触れて売買も重ねてきたからこそ、近年はある特定の時計に意識が集中しているという。それは、ロレックスとパテック フィリップがとある年代に販売した時計たちなのだが、その共通項は、当時から世界最高峰ジュエラーであったカルティエとティファニーの店頭で販売された、いわゆる「Wネーム」である。いまでは時計専業メーカーとして名実ともに世界に冠たるブランドである両社だが、近藤さんのなかに深く刺さったものは、その価値が認められていくその流れだ。これを、「2大ブランドが、2大宝飾商に繋がっていく夢」と彼は表現する。この記事では、そんな近藤さんが自身の時計収集の軸を発見した、原点とも言える時計を紹介し、それにまつわるストーリーを披露いただいた。終わりなき旅にも感じる時計との向き合い方の、ひとつのヒントになればと思う。

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バブルバックと96との出会い

 「私が小学生のころ、父がラドーをしていました。それを見て時計っていいなあと思っていて、自分としては子供の頃に買ってもらったセイコーのロードマチックが最初の時計。私の家は古い家で、爺さんが持っていた刀や銃とか古いものが色々とあった。それで私も古いグッズに愛着があったんですね。それから、20代になって海外をフラフラするようになるんですが、ついつい時計店を探して回っていました。そこで見ていた時計が1930〜50年代のもので、ブランドとしてはいろいろ、カルティエやオメガ、ジャガー・ルクルト、ロンジン、その他クロノグラフの銘器とたくさんの時計を見てきましたけど、ブランド力ではなくて一番心に残ったのが、ロレックスとパテック フィリップだったんです。時代背景としては、1930〜40年代、アールヌーヴォーからアール・デコに移り変わってきた頃に作られた時計で、その時代のデザインが最も好き。絵画や彫刻を見ているような、そんな感覚をこの文字盤、いわばアール・デコの顔に感じるんです」

 近藤さんが最もエネルギーやパッションを感じるというロレックスとパテック フィリップ。それも、アール・デコの影響を受けた1930〜40年代の時計というのは、バブルバックとRef.96のことだ。現在手元に置いているこの2本については、すでに25年間にわたって所有しているというまさに秘蔵の品。お店に訪れるお客さんにも見せたことがないというほどに溺愛する時計は、スペックや文字盤のレアさ、コンディション以上に感性に響くかどうかを基準に残したものだという。

「もちろん、この2本以前にそれぞれ何百本も私の前を通り過ぎていきました。ディーラーとして売買をするなかで見てきた個体でも、抜群のこの子たちが手元に残ったんです。人も歳を重ねれば、風体を見てどういう人物かわかるじゃないですか。時計も一緒で、いい年の重ね方をすればこういう時計になる、というのを味わえるのがこの2本なんです。私の感性としては、どれほどウブさがあるかが重要です」

 近藤さんが感じる“ウブさ”というのは、ヴィンテージウォッチのパーツが持つ個性が渾然一体となって放つ魅力だ。一般的に仕様の希少さやコンディションのよさがプライスになって示されるそれとは一線を画している。それには自分がどういう時計を好むのか、長年にわたって付き合ってみないことにはわからないのだが、その過程を近藤さんは笑って語る。

  「1930年代に作られたものというと、もうほぼ100年の歴史があるものなわけで、普通に探していてもまともなものはなかなか出てこない。ただ、それが楽しいんですよ。時計は実用品ですが、もはや時間を見る道具ではなくなっています。私もお客さんにお売りするとき、外にしていっちゃダメですよ、とお伝えしてます。硬い床の上とかでもなく自分のベッドの上で鑑賞して楽しむもの、と(笑)。それでも気分がよければ、年に一度とかはつけて飲みにいくこともありますけどね」

魅入られたアール・デコデザイン

 「アール・デコデザインの特徴としては、この2本に共通しているセクターダイヤルや、12・3・9のインデックスがあります。レアなものという観点では他にもたくさん種類がありますが、これは世界中のコレクターに好きな人が多いですね。文字盤の中心に円があって放射状に流れるセクター、そこに数字があるデザインは嫌いな人はいないと思います。ドンピシャのものなんですよね。バブルバックでいえば、さらに3ピース構造であるところが重要。この無骨さというか、裏蓋がこんなにボコッと出ていたら腕の上で揺れるのに、それがかわいく思えるんです。30〜40年代中期までがこの構造。さらに、センターセコンドでもスモールセコンドでも、ブルースティール針であることがマストですね。針もたくさんの種類が使われていますが、これがこの時代の顔だと思います。僕が所有しているバブルバックの文字盤はたまたま“Mappin”の刻印があるけれども、私としてはそこにこだわりはないんです」 

 ときに実用性に反したディテールであっても、作られた時代ならではと感じられればそれが愛着に変わる。時計を理解するのも一筋縄ではいかないが、細かいディテールに意味を見出せるかどうかが重要そうだ。

バブルバックの裏蓋。研磨のあともなく、当時の形状そのままを現代に残している

 「96の方は、象嵌文字盤であることがマスト。わざわざ文字盤を彫ってエナメルを何度も流し込んで作ったからこその、この盛り上がった状態はとても魅力的です。パテック フィリップは、元々数十年にわたって時計をメンテナンスすることを前提としていて、文字盤の汚れは薬品で洗うことを念頭に製造していました。何代も時計を継いで欲しいという考えがあってのことですが、そのための象嵌であり、ロゴのふくらみはその賜物。下手な職人がメンテナンスしたり、何度も洗われているものはこのふくらみがなくなってしまっているのですぐ分かりますよ。個体によってこのふくらみにも差があるので、こんもりとしたものは、当時職人が気合いを入れて作ったのだろうかと思わされます。これがいまでも維持されている、生まれたときから棺桶で育ってしまったような(笑)、そんなウブさがあるものだけに引かれるんです。プラチナ製でセクターダイヤル、さらにこの象嵌の状態というといまではまず探せないと思います」

 近藤さんは現在でも時計職人と交流があり、自分が思うベストな時計の意見交換をしているそうだ。スイス本国の職人との対話のなかで、失われてしまった製造技術に胸を痛めることもある。

 「私はジュネーブに行くと必ずパテック フィリップに寄るんですが、何回か職人さんと話をして、文字盤を作って欲しいと頼んだことがあります。ただし条件が、30〜40年代のあの象嵌フィニッシュだよと伝えると、はっきりと“できない”と言われました。当時はスターン・フレール社が文字盤を作っていたんですが、その伝統をいまに継いで欲しかったですね。96のなかには、同じ時代のものでも象嵌ではないものもあります。ミントコンディションだけど、よく見たら普通のプリントロゴ、とか。それだと私としては魅力、ウブさを感じないのです。単にコンディションの問題というのではないわけですね」

96のケースバックサイド。

 「さらに言うと、96で見るべきはケースの裏側。裏足(注:ラグの裏側)にもケースと同様の仕上げが施されているのがわかると思います。反り返ったような足の形状からも、ケース全体の造形に対するこだわりが感じられます。また、この繊細なケースに似つかわしくないような、存在感のあるリューズも96の外観において大きな特徴。大胆な刻みピッチからは力強さが感じられ、そのバランス感覚が素晴らしいのです」

 自分のなかの軸を持つことで、単に時計を集めることがこんなにも深淵なものになる。それは他人からの評価ではなく自分の価値観を築く意味で、非常に大きな意味を持つのだと近藤さんへのインタビューで痛感した。そんな彼がさらに「珠玉」と位置づける、24本からなるロレックスとパテック フィリップの凝縮されたコレクション。これをお目にかけるのは、また別の機会に。