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How To Wear It メンズ、そしてレディスのための小ぶりな時計のスタイリング

男性のための小さいサイズ、女性のための大きいサイズについて議論するのはやめて、すべての人の流動性について議論しよう。

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Photos by Fujio Emura

 スタイルエディターのマライカ・クロフォードが愛用の腕時計をより最高の状態にするための方法を紹介するHow To Wear Itへようこそ。このセクションではスタイリングのコツから現代におけるファッションの考察、歴史的な背景、ときには英国流の皮肉も織り交ぜて、その魅力をお伝えしていこう。

男性が小さな時計することは、私が今まで疫病のように避けてきた話題だ。ただでさえ騒がしい場所で、さらに騒がしい暴言。時代精神的な論争であれば、すぐに自分の立場を時計に関するインターネットに知らせるといういつものやり方とは異なり、私はこの論争に参加する前に瞑想し、潜伏し、自分の考えを静かに振り返ってから意見を述べた。このテーマを慎重に扱うことが重要だと感じた。

 男性が33mmの時計をしたり、女性が41mmの時計をつけることが境界を超えることだという考えは、少なくとも私のなかでは滑稽なことだ。時計の直径について議論してばかりすることは、精神的に完全に萎えてしまうほど私をイライラさせる。

 時計の直径が小さいという論調に持ち込むのではなく、議論を再構成しようと試みたい。時計業界にいる誰もが、同じように存在しない悟りの境地に達することを願いながら、同じように現代の時計市場の沼地を苦労して歩いているのではないだろうか? ブランドが単にヴィンテージの栄光に安住するのではなく、先を見据えている場所、つまり意図的な建設であり、高い基準を維持し、サイズレンジは多様で、浅はかなジェンダー主導のマーケティングとは無縁なところだ。

 これはもはや男性のための小さいサイズと、女性のための大きいサイズの話ではなく、すべての人にとっての流動性の話であるのだ。

Model in Tudor Mini Sub

 ガブリエル・シャネル(Gabrielle Chanel)が男性のワードローブから快適な着心地と統一性の重要な要素を借りて以来、現代ファッションの基礎となっているスーツを例に見てみる。このわかりやすいスタイルは、90年代のジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)がアンコンストラクテッドスーツを発表したことで、さらに高みに達した。もちろんアルマーニよりも先にサンローラン(Mr. Saint Laurent)が登場し、その肩幅の広い“スモーキング”ジャケットは、女性、フェミニスト、ファッション中毒者らに、鎧としての衣服を通じて一種の自信を与えた。

 今度はその逆だ。セリーヌのクリエイティブディレクターであるエディ・スリマン(Hedi Slimane)は、男らしさを定義する必要性を感じていない。彼はそれを広くオープンにし、アンドロジニー(両性具有)を服の軸に据えることでジェンダーの二元性を解体することを選んだ。スリマンは2000年にディオールオムの指揮下に入り、スキニーシルエットの普及を通じてメンズウェアを根本的に変えた。

 かつてグッチのクリエイティブディレクターを務めていたアレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)は、過去の華やかさに魅了されながらも、クリエイティブな表現の自由を前進させようと躍起になり、全世代のドレッシングにインスピレーションを与えた。キャスティングや服装に関しては、ほとんどあらゆるものを受け入れる彼の絶対的な包容力により、ファッション界の政治を形成し、クールさと美しさという一般的な定義を根底から覆した。ミケーレは、性別が二項で表現されることのない、奇抜さのためのクラブのようなものを作り上げたのだ。

 というのも私が初めて時計の世界に足を踏み入れたときは、現状が実に流動的なバックグラウンドを持っていたために、1歩引いて考えなければならなかった。サンローランの“スモーキング”に身を包んだベティ・カトルー(Betty Catroux)のような過去のアイコンを偶像化し、エディの持つサブカルチャーのシルエットで構成された強烈なビジュアルストーリーにそのままのめり込んだ。確かに、プレタポルテのファッションは今でもジェンダーで分けられているが、今日ではこれらのショーは男女混合であることが多く、さらにその分断されたアイデアは、精神やシルエットではなく、フィット感とサイズという避けられないロジスティクスを中心にしている。

 ファッションには境界線がほとんどない。“両サイド”が交錯と交換を繰り返す。誰も気にしていない、当たり前のことだ。商業的な現実は、ほとんどの場合、小売レベルでまだ性別によってコレクションが分けられていることを意味する。しかしクリエイティブな表現が、厳密な男女の二元性の上に存在すると考えているような時計ブランドとは異なり、両者のビジョンには創造的な統一性がある。

 私たちは、性別を表面的に定義し、時計の正しいサイズやドレススタイルについて議論するというのは、もう過去のことではないだろうか? 身につけるものを選ぶのは自分の直感を探ることだ。自分に合ったパレットとスタイルを形成するべきである。すべてを手に入れることができるのに、なぜどちらか一方のみ選ぶのか?

 これは商業的な敗北を、個人的なスタイルの勝利に変えるというアイデアだ。過去20年以上にわたって業界の商業的側面を覆ってきた、陳腐化したメッセージと蔓延する単調さに逆らって、小ぶりなヴィンテージウォッチを身につけてみてはいかがだろうか。それは、より小さなパッケージにおけるプロポーションと意図的なデザインの追求である。How To Wear Itセクションは、口論を行うのではなく、私の職業上での視点に過ぎない。そして小径の時計は、身につける人が誰であろうと、その背後に同じくらいの考えと意図を持つに値すると主張したいのだ。

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ルック1: 伝統的な小ぶりモデル
Model in Gucci and Patek. 5026g

ジャケット&パンツ&ベルト/グッチ、Tシャツ/チェリー・ヴィンテージ。

 ボンバージャケットはとても90年代的だが、50年代風でもある。実際、私がボンバージャケットを着たり、ボンバージャケットで誰かをスタイリングするとき、私は心のなかで『欲望という名の電車(原題:A Streetcar Named Desire)』のマーロン・ブランド(Marlon Brando)か、『トレインスポッティング』のユアン・マクレガー(Ewan McGregor)という、二項対立のあいだで精神的に揺れ動いている。まったく異なるふたりのキャラクターと、まったく異なるふたつのスタイルのボンバージャケットだ。マーロン・ブランド寄りのほうが無難だと思うし、より健康的な美学を叩き込む方が安全だとも思う。しかし、もしあなたが30歳未満で、90年代のハシエンダレイブ(ひと晩中音楽をかけて踊り続ける)のダンスフロアから切り取ったような美学を披露することができれば、それは素晴らしいことである。

 時計はパテック フィリップのRef.5026Gで、50年代と90年代のルックの中間をいくようなスタイルだ。現在のカラトラバよりもクラシカルな34mmサイズは、全体的に90年代のデザインチームが40年前にコスプレを目指していたかのような外観と雰囲気を備える。とはいえ、4時位置のスモールセコンドダイヤルには“モダン”な魅力と風変わりさが十分にある。なんというか、このパテックがわずか20年前に発表され、2002年にカタログから消えたとは信じがたい。

 ここで質問。朝の身支度はどのようにしているか? そして、時計は身支度にどのように関わってくるか? 起床する8時間前から、どのセーターがどのパンツに合うかを慎重に計算しているか? ドライクリーニングしたシャツを色別に整理してクローゼットにきちんと吊るし、ワードローブが白から黒までのシャツの袖でグラデーションのようになっているだろうか? タイド トゥ ゴースティック(携帯用シミ抜きペン)を持っているだろうか? おそらく、あなたが以上のような行動パターンを取れるなら、カラトラバは向いていると思う。このクリーンで、エレガントかつ伝統的なデザインは、あなたの丁寧な日常に溶け込むことだろう。

ジャケット&パンツ&ベルト/グッチ、Tシャツ/チェリー・ヴィンテージ。

 そして従来のスタイルを断ち切りたい場合も、このような外観のカラトラバはとてもいい選択肢だ。プロポーションを少し遊んでいるだけで、わかりやすいスタイルである。オーバーサイズのボンバージャケットだが、クロップド丈で裾を絞っているため、バギーではなくボリューム感が出ており、そのシルエットがモダンな印象を与えている。また無駄のないハイカットパンツは、50年代をほうふつとさせる伝統的なデザインだ。しかしここで注意。ハイウエストのパンツにタック入りのTシャツとベルトという組み合わせは、『ウエスト・サイド・ストーリー』のキャラクターのコスプレに似てしまう危うさがある。私たちは決して、“コスチューム”として見せたいわけではない。

 腕を伸ばして袖を上げると...ジャジャーン! その下に眠るお宝が姿を現れる。それに勝るものはない。


ルック2: イエローゴールドを身につける絶妙な方法
Model in Celine and IWC

ジャケット&シューズ/セリーヌ、ジーンズ/リーバイス。

 エディ・スリマンのバックカタログは、“積極的”なマスキュリンスタイルに多大な影響を与えた。スキニーシルエットの達人であり、ニューウェーブの音楽と文化の崇拝者であるスリマンの計画は常に流動的であった。もちろん、かつてディオールのランウェイにあったものは、最終的には大衆に伝わり、地元の古着屋で悲劇の山へと追いやられる。例えば、スリマンの定番であるスキニージーンズ。これが一般的となったとき、予想どおりのことが起こった。彼らはクールさを失ったのだ。しかしスリマンはどうにかして2000年代初頭の文化を悲劇的に後退させることなく活用した。彼は商業的な現実をビジョンに吸収し、コンセプチュアルではなくむしろエフォートレスに見える服装を製作した。まるで2007年頃のケイト・モス(Kate Moss)とピート・ドハティ(Pete Doherty)の熱狂的な夢のようである。

 これはスリムなシルエットをキープすることで、スーツを着なくても洗練された印象に見えるモダンな着こなし方法だ。ジャケットは作りがしっかりしているため、それなりに厳格ではある。しかし装飾や色、ヴィンテージを参考にすることで、ジャケットの個性をよりルーズにしている。スリマンのファッションは、それ自体が男性的な肖像画の一種であり、女性にも同程度通用するほどフレキシブルだ。

 温かみのあるベージュのような、あるいはキャメルのようなトーンは、ゴールドウォッチを合わせたら最適だ。温かみがあって濃厚で、引き締まって見える。そしてゴールドのボタンに合わせて輝くゴールドの時計よ、ハロー! 私をよく知る読者なら、私が今、天国にいることを知っているはずだ。ただ1985年の『特捜刑事マイアミ・バイス(原題:Miami Vice)』に出演したマイルス・デイヴィス(Miles Davis)が、金無垢のロレックス デイデイトを身につけている写真を見て考えさせられた。そしてその写真を見て、金無垢の時計をしている男性は、みっともないだけでなく、クールでもあることを思い出させてくれた。そして33mmの時計は、スポーティな金無垢モデルを身につけるのに賢明な方法だ。ちょうどいい派手さである。

Model in Celine and IWC

ジャケット/セリーヌ、ジーンズ/リーバイス。

 ジェンタデザインから派生したIWC インヂュニア(Ref.9727)が持つクリーンなラインは、現代的なステートメントを小さなパッケージのなかに詰め込んだようなデザインだ。確かにインヂュニア SLのRef.1832は、ジェラルド・ジェンタが受け継いできたスポーツウォッチのレガシーのなかでも3番手の少し忘れられた存在として考えられている。しかしインヂュニアは決して高級時計を意図したものではなく、少なくともノーチラスやロイヤル オークのような大げさなつくりではなかった。IWCはオーデマ ピゲやパテック フィリップのような高級時計メーカーではなかったのだ。これはノーチラス 3900や33mm径のヴィンテージロイヤル オークよりも少し安い価格であり、小ぶりな金無垢スポーツウォッチであると主張するには最適な方法である。

 すべてのスポーティウォッチが巨大である必要はない。洗練されていて魅力的であればいいのだ。金無垢ブレスレットに金無垢の時計となると、洗練されたものと派手なものは確かに紙一重だ。そこで重要になるのがサイズである。それ以上のものになると、1980年代のタイムワープから抜け出せなくなっていると言う人もいるかもしれない。しかし意図的に洗練されたIWCは控えめを意味するが、完全に無機質であるということは拒否している。

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ルック3: スポーツウォッチは大きくなくてもいい

 ウィリーチャバリアはニューヨークファッションの定番となっている。カリフォルニア出身のチャバリア(Chavarria)は、1920年代から1990年代にかけてのラテン系デザインと影響を取り入れ、特にチカーノカルチャーを強調している。政治、人種、セクシュアリティをデザインに織り込んだことで知られるチャバリアは、メンズファッションの独自の解釈で高い評価を得ている。彼の服は幅広く展開しているが、多くはシルエット、身体、ジェンダーのアイデンティティを好んでいるのが特徴だ。

 チャバリアはまた、ストリートウェアの創始者であるウィリー・スミス(Willi Smith)をインスピレーションの源として挙げている。スミスは、70年代から80年代にかけて有名になったアメリカの黒人デザイナーである。組織的な認知度は低いものの、ストリートウェアが一般的な言葉となり、ジェンダーフルイドなコレクションが主流になりつつあるなど、スミスはデザインの現状をよりよく理解するためには非常に重要な人物である。

Model in Willy Chavarria and Tudor watch

トップス/ウィリーチャバリア。

 スミスが考案したストリートウェアは、ファッション消費と体験の方法を民主化することを目的としていた。チャバリア同様、ストリートウェアに対する彼の見解は、折衷的で不遜なものであったのだ。彼は柔軟なライフスタイルに役立つデザインを生み出し、ウィメンズウェアとメンズウェアを同レーベルで統一した。

 サイズやプロポーション、性別は、時計のスタイルによっても変えることができる。長めのショートパンツにオーバーサイズのウインドブレーカーを着て、チューダー ミニサブを合わせている姿は、チャバリアの破壊という手法にぴったりだ。また意外性もある。40mm前後のスポーツウォッチは見慣れているが、この32mmという時計は思わず2度見してしまう。

Model in Willy Chavarria and Tudor watch

トップス&ショート/ウィリーチャバリア、シューズ/セリーヌ。

 長いあいだ製造中止となっていたミニサブは、80年代から90年代のチューダー サブマリーナー製品の一部だった。これにはロレックスそっくりの40mm、ミドルサイズの36mm、ミニサブの32mm、そしてレディサブという28mmモデルが含まれていた。つまりミニサブはミドルレンジのオプションとしてラインナップしていたのである。30年前でさえ、32mmのスポーツウォッチを女性用と決めつけるブランドはなかっただろう。

 私はミニサブが大好きで、値段もとてもお手頃だ。1年以上前から購入を検討しており、またロレックスがもっと小さなサブを作ってくれることを時計の神様に毎晩(無駄に)祈っている。だからチューダー ミニサブで私のロレックスの小さな穴を埋めようと思うのだ。

 ミニサブは流動性の好例だ。実にシンプルで、ジェンダーはなく、好みに合わせた時計が必要になる。私たちにはその中間が必要なのだ。

ヘア/リプリゼントのリ・ムリーリョ(Li Murillo)、モデル/リッキーミッシェルのオマール(Omar)、フォトアシスタント/ジェ・キム(Jae Kim)とレイ・ウォーレン(Ray Warren)、スタイリングアシスタント/マテウス・サントス(Mattheus Santos)とジェラルド・ウスカテギ(Gerardo Uzcategui)

時計/FoundwellClassic 55、そしてフィル・トレダノ(Phil Toledano)に感謝。