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Talking Watches オーデマ ピゲCEO フランソワ-アンリ・ベナミアスが語る波乱万丈の29年間

オーデマ ピゲで過ごした29年間を、本人が語る決定版。

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彼は唯一無二の存在である(時計業界に限らず)。今日は、彼自身の言葉で彼自身のストーリーを語ってもらいたい。フランソワ-アンリ・ベナミアス(François-Henry Bennahmias, FHB)は、本稿(本国版)を公開した2023年12月20日の水曜日、午前9時(米国東部時間)、オーデマ ピゲのグローバルCEOとしての最後の日を迎えた。彼は、ウォッチメイキングにおける数少ない10億ドルブランドのひとつ、オーデマ ピゲを去ることになる。オーデマ ピゲは、オートオルロジュリー業界で最も権威のある賞で世界の第一人者たちの尊敬を集めるような称号)を獲得しながら、同時に“実在する”一般人が時計を買いに行きたくなるようなブランドとしての存在感を維持しているブランドである。いくつもの理由があるにせよ、APは地球上で最もホットな時計ブランドであり、それはフランソワ-アンリ・ベナミアスのリーダーシップによるものであることは言うまでもない。

Royal Oak Concept Tourbillion Marvel collaboration watches featuring Spider-Man (left) and Black Panther (right) side by side

オートオルロジュリーがマーベルと邂逅。しかもAPでしか成し得ない方法で。

 しかしル・ブラッシュはいつもこうだったわけではない。今回のTalking Watchesのエピソードでは、グローバルCEOとして最後のインタビューに応じた彼自身から話を聞くことができた。彼は29年前、フランスで“あるモノのセールスマン”としてキャリアをスタートした。彼は一軒一軒を訪ね歩き、小売店に時計を買ってもらえるよう懇願した。彼は文字どおりスーツケースでコレクションを運び、顧客ではなく小売店に“週に1、2本売れれば御の字”と思っていたのだ。しかも当時の小売店は時計の支払いさえ渋るような有様だった。

View of the wall of François' office showing two katanas and various photos on the wall, the largest one being a signed photo of Muhammed Ali (left) and Arnold Schwarzenegger (right) wearing ap watches

APとフランソワが有名になる手助けをしたふたりの男たち。そして彼らの顔はそれ以来、彼個人のオフィスの壁に飾られている。

 フランソワは90年代半ばにAPのフランス支社から本社に乗り込み、1999年には “休眠状態”だったAP北米を引き継いだ。当時、AP北米は95の販売先を通して年間600万ドルの収益を得ていた。しかし、モハメド・アリ、アーノルド・シュワルツェネッガー、ジェイ・Zといった大物のサポートによって、状況は変わろうとしていた。そして彼らはフランソワという元セミプロゴルファーによって招聘されることになる。


ロイヤル オーク オフショア “エンド・オブ・デイズ”
Audemars Piguet Royal Oak Offshore 'End of Days' watch

今日、多くの人々は知る由もないが、フランソワにとって、そしてAPの歴史にとって、非常に重要な時計である。

 90年代後半、ブラックケース、限定モデル、大型モデルという発想はあまり見られなかった。しかし、フランソワが映画『エンド・オブ・デイズ』というアーノルド・シュワルツェネッガー主演作のために時計を作るというアイデアを思いついたことは画期的な出来事だった。それは彼にとって初の限定モデルであり、初のブラックケースを纏ったAPであり、今日まで続くアーノルドとの関係が始まったのである。彼の参加はAPにとって画期的な出来事であったことは特筆すべき点だ。アーノルドは世界最大の映画スターであり、それに勝るとも劣らないモハメド・アリとともにホストを務めたチャリティイベントに結実した。そして、それはAPがスターダムにのし上がるきっかけとなり、初めて高級時計が娯楽と受け取られるようになったのである。


ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー セラミック
Royal Oak Perpetual Calendar in blue ceramic watch

こちらはブルーだが、2017年のブラックセラミックのパーペチュアルは、APの新しい世界を切り拓いた時計だった。しかしジェイ・Zがいなければそれすらも手に入らなかったと私は考えている。

 セラミック・パーペチュアルカレンダーよりも前に、それにつながる重要な時計があると私は考えている。“エンド・オブ・デイズ”モデルもそうだが、ジェイ・Zの限定モデルもそれに比肩するものだ。ジェイ・ZとFHBは20年来の友人であり、彼らのオフショアとのコラボレーションは、APにとって、そして時計におけるヒップホップにとって、すべてを変えたリリースだったと私は思う。“エンド・オブ・デイズ”は私の世代より前のものだが、ジェイ・Zはそうではなかった。あの時計が発表されたとき、スイスの時計製造が初めて私のような年代の人々に語りかけたように感じたものだ。彼らの歴史と友情は今日まで続いている。

Jay-Z and FHB

Photo: Getty Images

 2017年、APはフルセラミックのパーペチュアルカレンダーを発表した。私はこの作品を見て数秒でゲームチェンジャーとなると悟った。私はこの時計を紹介する記事のなかで、“ショーの目玉”と呼んだ。フランソワが、この時計は永久カレンダー機構を墓場から蘇らせたと語ったが、それは決して冗談ではない。当時、SS製のパーペチュアルカレンダー搭載のロイヤル オークは約2万5000ドルで取引されていた。プラチナ製は約5万ドル。私がそのことをはっきり覚えているというのも、この時計が発表された瞬間、私は自分用にパーペチュアルカレンダー搭載のロイヤル オークを探しに行ったからだ(ジュネーブ滞在中に見つけた)。ブラックセラミックのパーペチュアルカレンダーは、今日でも、どのブランドにとっても最もホットなカテゴリーとなっている。

 それに、動画のなかでフランソワは私たちに近い将来セラミックシリーズに新展開があることを匂わせている。


ロイヤル オーク コンセプト トゥールビヨン ブラックパンサー
Royal Oak Concept Tourbillion featuring Black Panther watch

フランソワは人とは違うことをする。誰も彼からそれを奪うことはできない。

 近年、破天荒でリスクを恐れないというフランソワの評判は、ここ最近の新作によってさらに高まっている。まず、CODE 11.59である。ここ最近で最も物議を醸したブランドの新作である(そして、この新作の紹介記事だけで、500件を超えるコメントが寄せられた!)、そしてもちろん、“コンセプト・ブラックパンサー”である。これは20万ドル(日本円で約2860万円)を超えるトゥールビヨン・コンセプト・ロイヤル オークで、ダイヤルには文字どおりブラックパンサーのキャラクターが象られている。このクオリティの時計にマーベルのキャラクターを配するとは、狂気の沙汰である。もちろん、これを嫌う人は嫌うが、好きな人には堪らない作品ではないだろうか? 彼らのコレクションのなかで最もホットな作品となり、今日に至るまで、発売時の19万5000スイスフランの約2倍の実勢価格で取引されている。そして、その紹介記事には400件以上のコメントがついている。何かテーマを感じないだろうか?とはいえ、ブラックパンサーに関する最高の記事は、発売から数カ月後にノラ・テイラーがこの記事で書いたものだと思っている。是非ご一読いただきたい。この時計は、APと高級時計製造のあり方に新たな潮流をもたらした。ジェイ・Z オフショアやエンド・オブ・デイズがそうであったように。


ロイヤル オーク コンセプト トゥールビヨン スパイダーマン
Royal Oak Concept Tourbillion featuring Spider-Man watch

 ブラックパンサーの続編がこれほど矢継ぎ早に発表されるとは誰も予想していなかったと思うが、実際に発表されたのだから、その反応は推して知るべし、である。今回は150件ほどのコメントしか見られなかったが、世界は再び騒然となった。世界の半分は恋に落ち、もう半分は…、何と表現していいのか検討もつかない。しかしフランソワとAPの、人々の話題を集める能力は注目に値する。ジョン・メイヤーとエド・シーランは、私たちの壮大な1時間超のTalking Watchesのなかで、テーブルの上の時計を差し置いてスパイダーマンAPについて話していた。そしてなんと、ふたりとも同じ時計を購入したのだった!

Ed & John Spider-Man

エドとジョンがステージ上でAPコンセプト・スパイダーマンを着用した様子。Photo: Getty Images


ロイヤル オーク ジャンボ ウルトラスリム チタニウム Ref.16202XT
Royal Oak Jumbo Ultra-Thin Titanium ref. 16202 watch turned crown-side up

ロイヤル オークの原点であるジャンボなくしてAPは語れない。そしてこの時計は、ル・ブラッシュのオフィスでの最後の夜、フランソワが最後のインタビューのために手首に着けた時計だった。

 APやフランソワ自身を非難するのは簡単だが、それはビッグな時計や、一部の保守派が理解できないようなパートナーシップに終始している。しかし、その根底にあるのは、彼らは時計のスペシャリストであることだ。フランソワのオーデマ ピゲにおける29年間の最後のインタビューで、彼がジャンボを着用していたのは偶然ではない。それは新作のRef.16202XTで、一部はチタン、一部はBMG製であり、製造が複雑なため、2023年は54本しか納品されないと彼は明かした。彼がグローバルCEOに就任する前の2012年、取締役会はジャンボの完全な生産終了を検討したそうだ。今では想像もつかないことだが、この薄型で実質的なヴィンテージウォッチを今日作っても(私のような時計マニアを除いて)単に売れなかったのだ。しかし今日、フランソワがAPと業界全体にもたらした革新と思想のおかげで、ジャンボはこれまで以上にアイコン的存在となり、世界で最も重要な手首に着用されながら、誇りを持ってAPのコレクションの屋台骨を支えている。ル・ブラッシュの本拠地での最後の夜にふさわしい選択だ。


フランソワ-アンリ・ベナミアスに関する個人的所感と、彼が時計にもたらしたもの

 今日、フランソワがどのようにしてこのようなことをしたのか、世界に向け語ったこの記事を公開できたことをとてもうれしく思っている。というのも、最近APに対する称賛の声は多いが、時計業界はまだ彼を誤解していると思うからだ。彼は(私たちがそうであるように)完璧からはほど遠い。しかし彼自身は自らに真摯に向き合い、周囲の人々へのサポートは揺るぎない。HODINKEEを立ち上げてから15年経った今でも、私が当時から同じAPの面々と交流しているのはそのためだ。これはほとんどのブランドではありえないことで、フランソワがAPでファミリーを作り上げたからである。

 彼は率直に言って、私が10年以上スイスの時計ブランドと接してきたなかで、最も大胆なCEOである。私は彼の決断にすべて賛同しているかって? もちろんそうではないが、同じように彼は私のすべてに賛成するわけでもないだろう。しかし、フランソワに期待できるのは、常に限界を突破し、彼の周りの世界をよりおもしろくすることである。ただ、その手法に伝統的な時計マニアが嫌悪感を抱くだけの話である。APの発表会のコメントを読めば、それがわかる。そして彼の決断をすぐに批判する者がいる一方で、彼の後を追随する者(時計メーカー)が現れるのもそう先のことではない。

ロイヤル オークについての考察

ジャンボについてもっと読みたければ、2021年のRef.15202PTについてのベンの記事を読んでほしい。

 それこそが、私が彼のことを愛してやまない理由だ。彼はほかの人とは違うし、APもほかのブランドとは違う。そう、フランソワと私は古い付き合いだ。動画を見ていただければわかるが、北米APのCEO時代、Hodinkeeに初めて意味のある広告費を提供してくれたのは彼だった。彼のガイドの下、私を初めてスイスの工房に誘ったのもAPだった。ある意味、私はAPをとおして、そして間接的にフランソワを通して、高級時計製造とは何たるかを学んだのだ。2012年、私たちはロイヤル オークの40周年を祝う一夜を共同開催した(その模様/写真レポートはこちら。 写真に写っている人は、HODINKEEのイベントに参加したお礼に一杯おごりたいのでDMを送ってほしい)。私は今日に至るまでAPを愛している。そう、その理由の大部分は時計そのものにあるのだが、それらの時計はフランソワなしには生まれなかった。私はフランソワに何を望むか、彼がどこに向かうか知っているかどうか、よく尋ねられた。彼の行き先はわからないが、最近友人がコメントしていた。“私の希望は彼が時計業界にとどまること。中庸から抜け出せない分野には彼が必要だ”。まったく同感である。

 彼がどこに向かおうとも、それが時計であろうとなかろうと、彼がどこに着地しようとも、その会社とそれを取り巻くコミュニティが決して退屈なものになることはないと保証しよう。フランソワがいることで、より豊かで、よりダイナミックで、より楽しいものになる。彼が次に何をするのか、私は待ちきれないでいる。