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In-Depth 魅力的なヒゲゼンマイを備えたジラール・ペルゴの素晴らしいヴィンテージ懐中時計2本(パート1)

本当に異彩を放つムーブメントは、時計職人がなぜそのようなことをするのかということの答えと同じくらい多くの疑問を投げかけてくる。

本稿は2017年1月に執筆された本国版の翻訳です。

現代の高級機械式時計において高く評価されている機能の多くは、実際の所有者にとってどれほどの利点があるのか、少し疑問に思うようなものであることが多い(特に時計が本来すべき、時間を刻むという点での改善に関して)。このような例は数多く存在する。たとえば、エキゾチックな素材で作られたムーブメントプレートや歯車、何百年も前の複雑機構を極めて現代風に洗練させたバージョンなどである。実際のところ堅実で信頼性が高く、そこそこ正確な時計が欲しいなら、工業的に製造されたレバー脱進機を備えた現代の自動巻き時計(ちなみにレバー脱進機は約250年前に考案されたものである)を超えるものは非常に少ない。そして、最先端の精度を追求する困難な作業は、10億年に1秒の精度を持つ原子時計を開発する原子力科学者にほとんど委ねられている。

 しかし金属製ゼンマイの形状を微調整することで、たとえばマリンクロノメーターやポケットクロノメーターにおいて、1日のわずかな秒単位の偏差を減らすことができた時代の名残がいくつか残っている。そのひとつが特殊な形状のヒゲゼンマイである。現在、一般的な実用時計では、これらは通常ニヴァロックス社のバリエーションかシリコン(またはロレックスのパラクロム)、そしてフラットなブレゲ/フィリップス内端曲線を持つ巻き上げヒゲのいずれかの形状をしている。ただ最近は、円筒形や球形といった異様な形をしたヒゲゼンマイも見かけるようになった(モンブランやジャガー・ルクルトがその一例である)。そして今回のジラール・ペルゴの時計から分かるように、これらはどこからともなく現れたものではない。


約1860年製、非常に初期のジラール・ペルゴ懐中時計、球形ヒゲゼンマイ搭載
girard perregaux chronometer pocket watch, 1860

この懐中時計は、ジラール・ペルゴの創業からわずか数年後に製作された。

girard perregaux spherical balance spring chain and fusee

外蓋と内蓋を開けると、ムーブメントが見える。

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 この時計はいくつかの点で非常に興味深い。まず第1にコンスタン・ジラール(Constant Girard)は1852年にラ・ショー・ド・フォンでGirard & Cie社を設立しており、これが(GPミュージアムが言うには)1860年に完成したと仮定すると、その完成はジラール・ペルゴは創業からわずか4年ということになる。文字盤には“Girard & Comp'y London”と記されており、最初はGarrard & Co.(元クラウンジュエラー)と混同するかもしれないが、同社も同様に歴史のあるまったく無関係な会社である。実際コンスタン・ジラールは19世紀中頃、ロンドンに小規模ながらも立派な店を構えており、消費者に直接販売するだけでなく会社の輸出拠点としても機能していた。当時、そしてそれ以前から、いくつかのスイスの時計製造会社はより遠方への輸出のために時計をロンドンに送ることを好んでいた。例えば、ボヴェは長年にわたり、広州(広東)で大きな存在感を持つために、連絡窓口としてロンドンに事務所を構えていた。

 当時のイギリス製時計はこのGPといくつかの類似点があるが、大きく異なる点もあった。一般的にイギリス製の時計にはGPで見られるようなバー型のブリッジどころか、そもそもブリッジ自体を持っていなかった。代わりに4分の3プレートの構造を持ち、テンプ以外の部分がほとんど見えないようになっている。しかし、この時計は当時の高級イギリス製時計と同様に、フュゼチェーン機構を備えている。この写真ではフュゼの円錐形と、それに巻かれたチェーンをはっきりと見ることができる。また、チェーンが実際のゼンマイの香箱に巻かれているのも見て取れる。

girard perregaux fusee chain

ゼンマイ香箱に巻かれたフュゼチェーン機構。

girard perregaux fusee cone

実際の円錐形に巻き付けられたフュゼチェーン。

 今日、フュゼチェーンは(一般的に非常に高級な)現代の時計でも見られるため我々はフュゼチェーンになじみがある(例えば、A.ランゲ&ゾーネのリヒャルト・ランゲ “プール・ル・メリット”など)。しかしその歴史はさらに数世紀前にさかのぼる。またレバー脱進機が登場し、それ以前のバージ脱進機(世界で最初に知られた機械式脱進機で、ゼンマイのトルクのわずかな変化にも非常に敏感に反応する)ほど必要でなくなったにもかかわらず、究極の精度を追求する時計職人たちは依然としてフュゼチェーンを使用していた。

girard perregaux inner dust cover chronometer pocket watch

これは鍵巻き式のクロノメーターである(製造者が明確に伝えたいように、時計の外側に特徴を誇示することは今に始まったことではない)。中央の穴は時刻合わせ用で、右上の穴は時計を巻くためのものである。

 その仕組みは非常にシンプルである。この特別なGPは鍵で巻き上げ、時刻合わせを行う。フュゼの中心にある四角いスティール製のペグに合うソケットが鍵についており、ケースバックの開口部を通して差し込む(シャーロック・ホームズの物語のひとつに、ホームズが時計の巻き穴周辺の金地に無数の傷があることから、時計の所有者が震える手で巻き上げていたと推測する場面がある)。鍵を回すことで、チェーンがフュゼの円錐形に巻き付き、ゼンマイの香箱から外れる。香箱が解かれると、チェーンは再びフュゼから引き戻される。フュゼの基部には歯車があり、これが大歯車で実際の歯車列の最初の歯車にあたる。大歯車が回転すると、歯車列を伝ってガンギ車とテンプに動力が送られる。

three finger bridge girard perregaux movement

9時位置から、ゼンマイ香箱、フュゼ、3番車、4番車、ガンギ車、そしてテンプが見える。

 円錐形のフュゼは、ゼンマイが完全に巻き上げられているときに機械効率が最も弱く、パワーリザーブの限界に達したときに最大の機械効率が発揮されるよう設計されている。この仕組みは10段変速の自転車のようなものだ。ペダルがゼンマイ香箱、チェーンはそのままチェーン、そしてフュゼは自転車のリア(後輪)ハブにある歯車のようなものである。小さな後輪ギアは登坂時によりよい機械効率を得るために使用し、大きな後輪ギアは平坦な地形での走行に使用するように。

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 ちなみに、少し考えるとフュゼに問題があるのが分かるだろう。時計を巻き上げる際にチェーンをフュゼに巻き戻すと、そのあいだだ歯車に動力が伝わらず、時計が止まってしまう。この問題を解決するために、ジョン・ハリソンがいわゆる“動力維持ゼンマイ”を発明した。基本的には、円錐形のフュゼ内に小さな補助バネを設置し、時計を巻き上げているあいだも大歯車にトルクをかけ続ける仕組みである。

The fusée-like arrangement of gears in a bicycle: common underlying problems can produce very similar solutions.

自転車におけるフュゼのような歯車の配置。共通する根本的な問題は、よく似た解決策を生み出すことがある。

 歯車から歯車へと次々に進むと最終的にガンギ車に到達する。これはゼンマイ香箱と脱進機のあいだにある歯車を指す“輪列”のことだ。これが輪列の最後の歯車である。その目的はゼンマイ香箱のゆっくりとした回転を、ガンギ車の速い回転へと変換するためだ。ガンギ車はテンプを動かし続ける役割を果たしている。通常のレバー脱進機では、ガンギ車は小さなSS製のレバーを前後に動かしてテンプを押すことで、間接的にこの役割を果たす。この仕組みは優れているが、レバー脱進機にはよく知られた問題がある。レバーがガンギ車に接触する部分にオイルが必要になるのだ。自転車を所有している人なら誰でも知っているように、オイルは時間が経つと粘りが出てしまう。

 1860年製のこのGP クロノメーターは別の選択肢を示している。それはデテント脱進機の採用である。デテント脱進機を搭載した時計では、ガンギ車の歯がレバーを通じてではなく直接テンプを押しながら進む。これにより効率が大幅に向上し(レバーを使用するとエネルギーが失われるため)、ガンギ車の歯にオイルを塗る必要がなくなるため、時計の速度が長期間にわたって安定する(それでも時計全体の清掃とオイル差しはときどき必要であり、輪列のピボットにはオイルが必要である。また時計職人が“一般的な汚れ”と呼ぶものの侵入は避けられないこともある)。この時計はピボット・スプリング・デテント脱進機と呼ばれる特殊なデテントを採用しているが、この時計が製造された当時のデテント脱進機はすべて“クロノメーター・エスケープメント”とも呼ばれていたため、内側のケースバックには大きく“Chronometer”と記されている。

 デテント自体はガンギ車の動きをブロックする非常に薄い金属の刃であり、輪列の上流側のギアからかかるテンションで押さえられている。テンプが揺れる際にデテントにわずかな力を与えるとデテントが脇に移動し、ガンギ車が回転してテンプの中心部を押す。そしてデテントが元の位置に戻り、ガンギ車が1歯以上進む前に再び止まる。この動作が繰り返される。デテント脱進機はほぼ理想に近いものだが、ひとつ欠点がある。強い衝撃を受けると、デテントがガンギ車を不適切に進ませてしまうことがあるのだ。しかしその利点はポケットウォッチやマリンクロノメーターのような衝撃をあまり受けない時計やクロノメーターではその長所が欠点を上回る。

girard perregaux pivoted detent escapement

中央にあるのがダイヤモンドのエンドストーンが付いた温度補正テンプ。右端のコックはデテントのピボットを保持しており、ガンギ車がテンプのすぐ中央下に見える。内側のケースヒンジにわずかなキズがあるが、これはこの年代の金無垢ケースでは珍しくない。

girard perregaux detent escapement and bimetallic balance

センターにはピボットデテント、ゴールドのガンギ車が見える。

 では球形ヒゲゼンマイの本題に入ろう。時計のヒゲゼンマイは、精度の正確性を確保するために最も重要な部品と言っても過言ではない。それほど重要であるため、時計の性能はヒゲゼンマイの性能次第と言われることもある。理由はこうだ。存在するすべての時計やクロックには、どんなにシンプルであってもふたつの基本要素がある。それは振動子と、その振動をカウントしてそれを維持するメカニズムである。振り子時計には振り子が振動子としてあり(時計にはテンプ、クォーツ時計には水晶振動子がある)、ムーブメントは振り子をやさしく押して揺れ続け、同時にその回数をカウントする。いくつかの歯車のピボットに針を取り付けて時間を読み取れるようにすると、それだけで時計が完成する。

Shortt-Synchronome free pendulum clock, NIST Museum. This clock was tested for accuracy in 1984 and found to be accurate to one second's error in 12 years.

ショートシンクロノームという自由振り子時計。NIST博物館に所蔵。この時計は1984年に精度テストが行われ、12年間で1秒の誤差という高精度が確認された。

 ではなぜ振り子時計が驚異的な精度を出すことができるのか?(実際、最も優れた振り子時計は年間で1秒以内の誤差で動作することができる)。基本的に、どの振動子にも“外乱力(押す力)”と“復元力(振動子を中立に戻す力)”がある。錘駆動の振り子時計の場合、押すための動力は歯車の軸に巻き付けられたケーブルやチェーンに取り付けられた重りから来る。一方で復元力は中立に戻す力、すなわち重力だ。そしてここが重要なポイントである。重力の引き戻す力は、振り子を押す力に正比例している。ブランコを押すことを考えてみてほしい。強く押せば押すほど遠くまで振れ、戻ってくるときその分強く顔にぶつかるだろう。つまり振り子は押す力の強さに関係なく、常に同じ時間で振れることを意味する。この特性を“等時性”と呼ぶ(実際には100%正確ではないが、基本を理解するためのいい近似値である)。

 テンプを持つ時計の場合は少し異なる。押す力は主ゼンマイから来ており、復元力はヒゲゼンマイが担っている。貧弱なヒゲゼンマイには、重力と同じように復元力を保つという非常に困難な役割がある。ヒゲゼンマイにとっては残念なことに、それは地球の重力と同じ作用はしない。地球の重力は、5.972×10の24乗kgの鉄や岩(そして人々や犬や猫やファーストフードレストラン)が、太陽の周りを周回する軌道にぶら下がっているために生じる時空に巨大で信じられないほど安定した歪みを生じさせるものだ。それに対してヒゲゼンマイはただの小さなバネである。壊れやすく、熱や寒さ、磁気、さらには私の知る限り過酷な厳しい言葉にも影響を受ける。したがってヒゲゼンマイがその役割を果たすためには、あらゆる手段を講じてその可能性を最大限に高める必要がある。そのためのひとつの方法は、内側と外側のアタッチメントの形状を工夫し、等時性を妨ぐ力を最小限に抑えることである。これが、ブレゲ/フィリップスのオーバーコイルや球形ひげゼンマイの目的である。

 この美しくも少し風変わりなアイデアを思いついたのは誰だろうか? 実は球形ヒゲゼンマイは非常に頭脳明晰な人物の発案であった。1897年版のアボットの『Antique Watches And How To Tell Their Age(アンティーク時計とその年代の見分け方)』によると、この時計が完成する50年前、1810年にル・ロックルのフレデリック・ウリエ(Frédéric Houriet)が発明したと書かれている。ウリエはヌーシャテルで生まれ、パリで時計製造を学んだ。彼はアブラアン-ルイ・ブレゲ(Abraham-Louis Breguet)の友人であり、また最初期のトゥールビヨン時計の製造者の一人でもあった。彼の人生は故ジャン=クロード・サブリエ(Jean-Claude Sabrier)による『フレデリック・ウリエ: スイスクロノメトリーの父(Frédéric Houriet: The Father of Swiss Chronometry)』に詳しく記されている。

spherical balance spring girard perregaux

球形ヒゲゼンマイは非常に珍しい。もうひとつのユニークな特徴は、バイメタルテンプの内側面にブルースティールが使われていることだ(通常は無処理のSSが使用される)。

 球形ヒゲゼンマイは、いわば強化版のオーバーコイルみたいなものだ。下端は“コレット”と呼ばれる小さなカラーによってテンプの中心部に取り付けられている。上端は“スタッド”に取り付けられており、これはレギュレーターのすぐ後ろにある突起で、上にふたつのネジがある(レギュレーターには、ひげゼンマイの最後のコイルが通るふたつのピンがある)。テンプが揺れるとゼンマイは伸縮するが、フラットなゼンマイは呼吸するように左右非対称に伸縮する。これによりテンプの軸に不要な横方向の力が生じる。一方、球形ひげゼンマイは完璧に同心円状に“呼吸”するため、等時性の向上に役立つはずである。少なくとも、それが狙いである。

 ある日本刀の専門家が言ったことがある。(要約すると)“刀は美しくてもいいが、常に問われるべきは“それが機能するか”である”と。球形ヒゲゼンマイもその一例であり、時計製造の歴史において、その発明者が高い期待を寄せたにもかかわらず、結局は期待ほどの価値がなかった多くのもののひとつであった。1940年版の『ブリテン(Britten's)』では、球形ヒゲゼンマイを“純粋な奇形”と表現している。また時計製造において、ジョージ・ダニエルズ(George Daniels)博士(彼は時計職人の虚栄心を見抜くのが得意だった)はこう書いている。“球形ヒゲゼンマイはスイスのクロノメーター製造者によって時々使用された...このゼンマイには実用的な利点はない...しかし時計収集家のなかには、このような手の込んだ技術を非常に評価する者もいる。達成するのがより困難であることが示唆されるほど、より工芸技術を愛するのである”。

文字盤と針の精巧さと品質はムーブメントと同じレベルであり、同様に洗練されている。

 それはともかく、この157年前の機械には非常に感動的な何かがある。この時計がつくられた時代には多くのことが解明されていたが、まだ解明されていないことも多かった。そしてこの種のものをつくる人々が真に岐路に立ち、年に1度の見本市で裕福な愛好家を驚かせたり、彼らに見栄を張らせるだけでなく、本当にリスクを取って挑戦していた。今日では空疎に時計学の進歩と呼ばれるものには、生死を賭けた重要な意味があったのである。

 ウォルト・オデッツ(Walt Odets)博士はかつて、時計は精密さ、職人技、機能的な美しさがほほかに類を見ない形で組み合わされたものであると書いている。また古い医療器具を例に挙げていた。トロカール、骨ノコギリ、拡張器のように恐ろしいものではないことを感謝しなければならないが、彼の指摘は的を射ている。そしてこの時計のように、精度という捉えにくい目標を達成するためにつくられたものを見ると、今日の時計製造ではなかなか見られない精密さへの執着と職人技の誇りが感じられる(公平に言えば、1860年当時もそれが非常に一般的だったわけではないが)。

 ウリエの発明は、その当時は素晴らしい直感の閃きであったが、最終的には実を結ばなかった。一般的な現代の時計製造において実用的な目的は果たさないが、機械式時計製造そのものと同様に、知的な楽しみと美的な喜びの源として今も生き続けている。

パート2にご期待ください。10段変速自転車の画像はUkexpatによるもので、Wikipedia Commonsから引用しています。