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Buying, Selling, & Collecting パテック フィリップ ノーチラス Ref.5711 完全コレクターズガイド

もう手に入らないが、忘れられるものではない。パテックの後継モデル発表に伴い、私たちは不合理な熱狂を超越し、世界で最も認知度の高い(そして、そう、収集性の高い)腕時計のひとつのディテールに迫った。

パテックのCEOティエリー・スターン氏は、終わりが近づいていることをかねてから警告していた。

 「スティールモデルの生産量には厳しい態度で臨まなければなりませんね。コレクション全体のなかで、スティールモデルが主役になるのは好ましくないと思うからです」。彼は、他のブランドがあまりにも多くのスティールモデルを乱発するのを見てきたと力説し、一度その道を進んでしまうと、もうあと戻りはできないのだと述べた。

 「私は、ノーチラスを中心にスティールモデルの生産量を限定しています」と付け加えた。そして、パテックが年間生産する6万2000本のうち、スティールモデルは25〜30%に抑えるよう、頑強に主張したのである。

 そのインタビューから2年も経たないうちに、ノーチラス Ref.5711はパテックからの発表も盛大なファンファーレもなく、2021年に正式に製造中止となった。「我々は公式発表して時計を引退させることはしません。ノーチラスはこれ以上の扱いに値しないのです」と、スターンは説明した。確かにノーチラスは特別扱いを受けるに値しないかもしれないが、代わりに別のものを手に入れた。それは勝利の凱旋だ。パテックはRef.5711のファイナルイヤーにオリーブグリーンダイヤルモデルを発表し、さらに最後の限定版としてティファニーブルーダイヤルモデルを発表し、私たちを狂気に走らせた-“5711のクソったれ”とは、私がある時計コレクターから実際に聞いた言葉だ。それでも足りないとばかりに、フィリップスは2021年12月、そのティファニー ノーチラスの1本をオークションに出品し650万ドル(約7億3800万円)で落札された。

Tiffany & Co. Nautilus 5711

Image: Courtesy of James K./@waitlisted

 そしてその落札が、私たちのノーチラスの人気が頂点に到達した瞬間だ。それ以降、二次市場の価格はピークアウトしたといっていい。2021年末には、標準的なブルーダイヤルのスティール製ノーチラスが16万ドル以上で取引されていたと思う。現在では13万ドル程度だが、電卓で計算すると、元の小売価格の約4倍だ。つまり、まだ熱狂に晒されているものの、少しは熱が冷めてきたということだろう。

 詳細に入る前に、ノーチラスとは何か、シンプルな外見の時計がなぜ650万ドルもの価格で売れたのか、そしてなぜパテックがRef.5711を製造中止にして、18KWG製のRef.5811/1Gと代替わりしたのかについて、もう一度おさらいしておこう。

Patek Philippe Nautilus ref. 5711

 パテック フィリップは1976年、伝説の時計デザイナー、ジェラルド・ジェンタがデザインしたオリジナルのノーチラス Ref.3700“ジャンボ”を発表した。その数年前にクォーツ時計が登場し、危機に瀕していた時計業界において、大胆なアイデアで誕生した高級スティール製スポーツウォッチだった。ジェンタにとっては初めてのスティール製スポーツウォッチではなかった-オーデマ ピゲ ロイヤル オークを手がけていたからだ-しかし、そこはパテックのこと、その価格からプライドが感じられた(その証拠に、広告の数々をご覧いただきたい)。

2010年代半ば、ノーチラスはブームとなった。

 ノーチラスは側面に“耳”が付いた奇妙な形状で、船の舷窓からインスピレーションを得た時計だった。それまでドレスウォッチ(複雑でプレシャスメタル製のものが多い)を作ることで知られていたブランドにとって、この時計は完全に反パテック的な存在であった。大きく、スティール製で、スポーティで、ブレスレットが付いていたからだ。

 2010年代半ば、ノーチラスはブームになった。そして、Ref.5711が最も人気のあるリファレンスとなったのだ。

 レブロン、ジェイ、エレンなど、知名度の高い有名人なら誰でもつけているような勢いだった。2万ドル前後で販売されるパテックのエントリーモデルであるはずのノーチラス Ref.5711は、一世を風靡したのだ。二次流通市場価格は、小売価格より少し高い程度で推移していたのが、2010年代の終わりには2倍になり、さらに2倍になり、その後パンデミックが起こり、他の多くの「資産」がそうであったように、価格も放物線近似状に上昇した。ソーシャルメディア、FOMO(〔チャンス・楽しいことなどを〕逃すことへの不安、恐れ)、過剰流動性、そしておそらく2020年代に生きているという一般的な条件など、運命の巡り合わせにより、パテックがRef.5711の製造中止を発表する頃には、価格は1000万円台に達していたのである。そして、あのティファニーのオークションである。

パテックがRef.5711を公式に製造中止した当時の記事

2021年1月、パテック フィリップはRef.5711を正式に製造中止とした。ノーチラス Ref.5711/1A関するニュース記事からひとつの記事を紹介しよう-非常に好意的に受け止められた記事だった。

 結局、パテック フィリップ Ref.5711は2006年から2021年まで生産され、その凱旋ラップを含めれば18以上の異なる派生リファレンスを包含している。スティール製のRef.5711/1Aだけでなく、ゴールド、プラチナ、そしてサファイア、ルビー、エメラルド、ダイヤモンドなどの宝石がセットされたモデルもあるのだ。

 Ref.5711が正式にブランドの歴史の一部となり、後継モデルも登場した今、パテックの最も悪名高いリファレンスが現在のコレクターにとって何を意味するのかを考えるよい機会だと思い、筆をとった。以下に、不合理な熱狂を超越して、マニア的目線でRef.5711の様々なキャリバー、ケース素材、ダイヤルに注目し、より深く掘り下げていきたい。どのモデルが重要で、どのモデルが重要でないか、あるいは少なくともどのモデルが重要性が低いのかを見極めたい。

 その過程で、コレクターでありLoupe Thisの創設者であるエリック・クー(Eric Ku)氏、パテックのエキスパートでありCollectabilityの経営者であるジョン・リアドン(John Reardon)氏、そしてメガコレクターのジャシム・アル・ゼライー(Jasem Al Zeraei)氏(通称@Patekaholic)と話をした。

 正直に話そう。この記事を書き始めたとき、私はRef.5711を“不合理な熱狂の時計のひとつ”だと思っていた。確かにそれは事実だ。はっきり言って、月の裏側で最も不合理な熱狂に晒される時計だ。しかし、15年の歴史を振り返ると、ノーチラスはパテックの中核をなすモデルであり、それ以上の存在(そして正直なところ、それ以下でもある)であることがわかるだろう。


背景:初代ノーチラス “ジャンボ” Ref.3700
Patek Philippe Nautilus 3700

今でこそノーチラス Ref.5711は完全に現代的な現象のように感じられるが、その起源は1976年にパテックが発表したノーチラス Ref.3700“ジャンボ”に遡る。その愛称は、当時としては大型な42mmのケースサイズに由来している。当時、スイスの時計業界は機械式時計、つまり機械式でスティール製の時計がラグジュアリーな存在であるという概念を消費者に植え付け、ポストクォーツ時代の新しいコンセプトとしたのである。

いや、確かにパテックが作る製品のなかで最も複雑な時計ではなかったが、シルエットだけでひと目でわかる、最も有名な製品になった。

 すべてが常軌を逸していた。発売当時、“ジャンボ”は3100ドルで、パテックのゴールドのドレスウォッチの大半よりも高価だった。さらに、同時期に商品化された新しいクォーツ技術に、時計業界全体が取り組んでいた。スティール製のRef.3700は、合計で5000本以下しか生産されなかったと推定されている。15年間にわたり(少なくともパテックの基準では)大量生産されたRef.5711とは異なり、初代にあたるRef.3700は正真正銘のレアウォッチである。

 現在の時計界では、ジェンタ、パテック、そしてノーチラス(ロイヤル オークと並ぶ)の物語は伝説となっている。パテック フィリップをアップル社(137歳年下だが)に例えるなら、1976年のノーチラスはスティーブ・ジョブズがiPhoneを発明し、大衆にアピールする画期的な製品を世に送り出したということになる。この時計は、パテックが作ることになる最も複雑な製品ではなかったが、シルエットを見ればすぐにそれとわかる、パテックにとって最も有名な時計となったのだ。

前日譚:ノーチラス3711
Patek Philippe Nautilus 3711

ノーチラス3711G、18KWGにブラックダイヤル。Image: Courtesy of Phillips

 1990年代、パテックはRef.3700“ジャンボ”を製造中止とし、ノーチラスの歴史の第一章を終えた。その後、“ジャンボ”フォルムは2004年まで休眠したのち、パテックはノーチラスRef.3711/1Gを発表した。このモデルは、18KWGケースにブラックダイヤルを組み合わせたラグジュアリーなモデルで、2006年に5711が発表されるまでのわずか2年間しか生産されなかった。ケース素材とダイヤルカラーの変更以外は、Ref.3711/1Gは初代のRef.3700と同じように見える-つまり、ホワイトゴールドの塊を腕につけるまでは。

 「Ref.3711は、Ref.5711のプレシリーズと考えるべきでしょう」と、リアドン氏は言う。わずか2年間しか製造されなかったこのモデルは、ノーチラスの歴史のなかで見過ごされがちだが、Ref.3711はこのモデルをパテックのカタログに復活させる上で極めて重要な役割を果たしたのである。

 Ref.3711は、2年間という短い期間に200本以下しか製造されず、そのうち数十本だけが売りに出されたと推定される。オークションでは20万ドル(約28万9000ドル、約23万3000ドル)を超え、人気の高いヴィンテージRef.3700の価格をも凌駕している。製造から時間が経ち、コレクターがノーチラスの全ラインをより理解するようになるにつれ、Ref.3711への評価は高まるばかりである。その証拠をはこれだ。5年前ですら、Ref.3711は10万ドル超の時計ではなかった。この評価は、今後もますます高まっていくことだろう。


パテック フィリップ ノーチラス Ref.5711の登場
Steel Patek Philippe Nautilus 5711

パテック フィリップが2006年に新しいノーチラス Ref.5711を発表したとき、誰もそれについて興奮しなかった。確かにクールな時計ではあったが、それはパテックなりに歴史に敬意を表したモデルに過ぎなかった。Ref.5711は、初代“ジャンボ”Ref.3700の誕生から30周年を記念して発表された。

パテック フィリップのコレクションにとって、30年というのは決して由緒正しい歴史ではありません。例えば、“カラトラバ”シリーズは70年もの歴史を誇ります。

– 2006年にRef.5711を発表したパテック フィリップのプレスリリースより引用

 Ref.5711の外観は、1976年に発表された初代ノーチラスとほぼ同じだが、いくつかの改良が加えられている。最も注目すべきは、ダイヤルの横幅が40mm(“耳”を含めると43mm)、厚さが8.3mm(Ref.3700のサイズ仕様は42mm×7.6mm)と大きくなったことである。また、ヴィンテージモデルのモノブロック構造に対し、3ピース構造のケース、サファイアケースバック、センター秒針が特徴だ。初代ジャンボと同様、スティール製のスポーツウォッチとしては超高額であり、発売当時は1万7000ドル(現在の価値で約2万5000ドル)だった。

 サテン仕上げのベゼル、ブレスレット、ポリッシュ仕上げの傾斜部、エッジ、センターリンクのコントラストが美しい、多彩な手仕上げのケースとブレスレットが特徴だ。Ref.5711Rをレビューしたベン・クライマーは当時、ノーチラスを「若い時計愛好家にケース仕上げのお手本として最も適した時計のひとつだ。時計と同じくらいジュエリーのようなパッケージだが、これは侮蔑的な意味ではない。時計とブレスレットの組み合わせは、薄くて快適で、たまらなく身につけやすいのだ」と評価している。

Patek Philippe 5711R

Ref.5711Rのブレスレットとクラスプの拡大写真。

 2006年当時でさえ、パテック フィリップはノーチラスを自社の高い基準からすると少し物足りないと考えていたようだ。新しいノーチラスコレクションを発表したプレスリリースには、「パテック フィリップのコレクションにとって、30年というのは決して由緒正しい歴史ではありません。例えば、カラトラバシリーズは70年、ゴールデンエリプスはもうすぐ40周年を迎えます」と書かれている。

 パテックはノーチラスを復活させたが、15年後にはオークションで希望小売価格の6倍以上の値をつけ、世界で最も注目を集める時計となり、さらに有名セレブの腕に輝き、時計専門誌以外(ニューヨーク・タイムズフィナンシャル・タイムズブルームバーグその他多数)のヘッドラインを飾るとは誰も思ってもいなかっただろう。当時は、パテックの一介のモデルラインに過ぎなかったのだ。

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 当時、ヘンリー・スターン・エージェンシー(別名、パテック フィリップUSA)で働いていたリアドン氏は、「いつも通りと変わりませんでした」と言う。ノーチラスはパテックの歴史の中核をなすものではあったが、ブランドを定義するものではなかった。「私は、アメリカでの流通を担当する2人のうちの1人でした。小売店には1〜2本しか売れませんでしたが、それも簡単に売れる時計ではありませんでした」。リアドン氏は、この時計をRef.3700への忠実なオマージュであり、明らかにヴィンテージ風であると見ていたが、彼や他の人たちは、それ以外のことはあまり考えていなかった。

 さらにクー氏は、「より重要なのは、Ref.5712です」と付け加えた。これは、時刻表示のみのRef.5711と同時に発表された、ムーンフェイズ、デイト表示、パワーリザーブを備えたノーチラスモデルのことを指す。このようなコレクターにとって、ノーチラスにコンプリケーションを搭載することは、よりエキサイティングなことだったのだ。

パテック フィリップ Ref. 5711/1A (スティール)
Patek Philippe Nautilus 5711

 2006年に発表されたノーチラスコレクションの主役は、スティール製のRef.5711/1Aだった。船の舷窓をイメージしたやや八角形の40mmケース、一体型ブレスレット、グラデーションブルーのダイヤル、120m防水、自動巻きムーブメントという、今ではお馴染みのフォルムは、ジェラルド・ジェンタのオリジナルデザインだ。

 Ref.5711は製造期間中、3つの異なるムーブメントを採用した。この事実を根拠に、Ref.5711を初期型、中期型、後期型に分類する気鋭のオークションハウスやディーラーも現れ始めている。これらの区別は、実際に重要なのだろうか? 私が聞いたところでは、そうでもないらしい。

 「ムーブメントや刻印は、あまり重要視されていませんね」とはアル・ゼライー氏。「コレクターは、ケース、ダイヤル、ムーブメントの順に関心があるようですね」

 「パテックに関しては、Ref.5711の仕様の違いは問題とならないようです」と、リアドン氏は補足した。「10年、15年後には、Ref.5711の進化を研究し始めることで、キャリバーや刻印の違いがより重要になるかもしれません。しかし、これにプレミアムをつけるかどうかは、コレクター次第です」

 確かに、Ref.5711は15年間生産された。客観的に見れば、決して珍しい時計ではない。バリエーションを細かく調べるのは楽しいかもしれない-そして将来的には重要な違いと見做されるかもしれない。しかし、今はまだ、時計コレクターが関心を持つものではない。Ref.5711はRef.5711以外の何ものでもないのだ。しかし、もしこれらの“ムーブメントシリーズ”を分類するとしたら、次のようになる。

Patek Philippe Nautilus 5711 caliber 324
初期型(Cal.315SC)、2006-07年

 目にするRef.5711の大半は、Cal.324SCを使用している。しかし、2006年のプレスリリースをもう一度見て欲しい。パテックはこのプレスリリースで、新しいRef.5711にはCal.315SCが搭載されていると書いている。パテックはこの315SC(前作のWGモデルのRref.3711Gに採用)をその後廃止したと考えられている。Cal.315SCは、2006年から2007年初頭までの製造個体で見ることができる。生産数が少ないため、これらの初期型はあまり見かけない。

中期型(Cal.324SC、ジュネーブ・シール期とパテック・シール期にさらに分割)、2007-2019年

 Ref.5711の生産数の大半はこの中期型に属し、パテックは315SCを324SCに置き換えた。Cal.324SCは、2万1600から2万8800振動/時とハイビート機に進化したが、それ以外は非常によく似た片方向自動巻きムーブメントである。しかし、そう単純な話ではない。

 2009年まで、パテックの時計はすべてジュネーブ・シール(フランス語でPoinçon de Genève)を取得していた。これは、ジュネーブ州で生産されたムーブメントに対して、長いあいだ設定された品質要件を満たしたムーブメントに刻印される認証制度だ。2009年、パテックはジュネーブ・シール取得を廃止し、独自のパテック フィリップ・シールを採用した。2つのシールの違いについては別の機会に譲るとして、‘受け’の刻印が違うことにお気づきだろうか:ジュネーブ・シールはジュネーブ州の紋章を使用した刻印が、重なった“P”の刻印に置き換わっている。

後期型(Cal.26-330 SC)、2019-2021年

 2019年まで、Ref.5711のムーブメントには、現代の基準からすると問題があった。それは、時刻合わせの際の秒針停止(ハック)機能を備えていなかったことだ。なるほど、リューズに逆向きに圧力をかけると秒針が止まる裏技的ハックはあった。だが、それはいわゆるハックとは違うのではないだろうか?

ムーブメントや刻印は、あまり重要視されていませんね。コレクターは、ケース、ダイヤル、ムーブメントの順に関心があるようですね

– @PATEKAHOLIC

 2019年、パテックはついにハック機能を搭載したCal.26-330SCに入れ替えるアップデートをRef.5711に施した。パテックはRef.5711を生産終了する2021年まで、このキャリバーを使用した。

ダイヤルバリエーション
Nautilus 5711 Early Dial

初期のRef.5711ダイヤル(左)と後期のせり上がったロゴダイヤル表記の枠(右)。

Nautilus 5711 Cartouche Dial

Image: Courtesy of Phillips

 多くのパテックコレクターにとってより重要なのは、ノーチラスのダイヤルバリエーションであり、これらを見始めると、3期型だけでは収まらないことがわかる。2018年、パテックはブルーダイヤルに若干の手を加え、フェイスの高い位置にせり上がった“カルトゥーシュ”状の枠内にロゴサインを入れた。それまでは、12時位置のブランドのサインは、リブ状のダイヤルパターンの線に押し込まれていた。

 また、2008年から2009年にかけて生産された、リブ幅が標準よりやや広い「LED(“ラージ・エンボス・ダイヤル”の略称)」のバリエーションも見ることがある(これによって18本あった水平線が16本に減少)。LEDダイヤルとして出品されているのを数多く見たことがあったので、何人かに気になるか聞いてみたところ、誰も気にしなかったので、現時点では、まだRef.5711の大きな差別化要因にはなっていないと言えるだろう。もちろん、このLEDダイヤルが比較的短期間しか生産されていないことや、Ref.5711の初期に生産されたことが、コレクターに認知されれば、この点の見方も変わってくるかもしれない。

バリエーションについての識者の最終見解

 「私たちはあらゆる時計に施された細かい仕様変更を見極めるコレクター主導の世界にいます」とクーは語る。それは必ずしも悪いことではないが、時には実際よりも希少価値があるように見せかけるために行われることもあるとも彼は言う。「私にとっては、数メートル離れても肉眼ではっきり見分けられるものが、面白い変わり種なのです。このどれもがそうではありませんし、超レアなバージョンは1本もありません」

 リアドン氏も1点補足を加えて同意した。「ブームの最中、人々は最新モデルを追い求めました-つまり、2010年モデルよりも2021年のRef.5711の方が売りやすかったのです。人々は最新の進化にとても執着していました。しかし、彼らは時計コレクターではありませんでした。時が経てば、ジュネーブ・シールや初期のダイヤルバリエーションなど、より初期の個体の収集性が高くなるかもしれませんね」

 もうひとつのバリエーション注記事項。2011年頃まで、パテックはブレスレットの取り外し可能なエンドリンクをネジで固定していた。これが2012年ごろからプッシュ(押し)ピン式に変更された。前者はわずかに手のかかる技術であり、これは、これらの初期の個体がゆくゆくは時計コレクターにもっと望ましい別の小さな違いとなるかもしれない。

 下の表は、この記事で取り上げたスティールモデルのRef.5711に見られるすべてのバリエーションをまとめたものだ。私はこれらの世代、マーク、シリーズに分類を見送ったが、コレクターが将来的にそうする可能性があることは認識している。

スティール製Ref.5711のバリエーションまとめ

凱旋ラップ
Patek Philippe 5711 Green Dial

2021年1月、パテックはRef.5711を正式に製造中止とした。「特定の時計だけでトップリーダーであってはならない。それはあまりにも危険なのです」とスターン氏ニューヨーク・タイムズ紙に語った。しかし、彼はこのモデルに“凱旋ラップ”と呼ばれる、驚きの最終型を用意することを約束した。その後どうなったかはご存知の通り。パテックはすぐに“ザ・グリーン・ワン” Ref.5711/1A-014と、ベゼルに32個のバゲットダイヤモンドをあしらった“ザ・グリーン・ワン・ウィズ・ダイヤモンド” Ref.5711/1A-1300を発表したのである。

 「脚本家がこれ以上の結末を思いつくとは思えません」とリアドン氏は言う。「流行のことは忘れるほど、グリーンダイヤルはただ美しい時計なのです」

The Green One with Diamonds

ザ・グリーン・ワン・ウィズ・ダイヤモンドバゲット

 ブルーのRef.5711が製造中止になったことで、すでに人気のあった時計は一気に過熱モードに突入した。それまで7万5000ドル前後で推移していた価格が、一夜にして6桁近くまで跳ね上がったのだ。発売からわずか数カ月後の2021年7月、アンティコルムは41万6000ユーロ(小売価格3万5000ドル)でオークションに出品し、その熱狂ぶりは倍増した。情報筋は騒然とし、次に何が起こるかを推測した。しかし、スティール製のRef.5711の価格は上昇の一途をたどった。ピーク時には、あるディーラーが別のディーラーに時計を渡すと、そのディーラーもまた別のディーラーに時計を渡すという、パテック版“椅子取りゲーム”のように、毎日値段が上がっていった。

ティファニー・タイム
Tiffany & Co. Nautilus 5711

Image: Courtesy of James K./@waitlisted

 グリーン・ワンのあとに登場したのが、ティファニーダイヤルだ。おそらく読者の皆さんも私と同様、ティファニーダイヤルのRef.5711に辟易しているだろうから、くどくど解説するのはやめておこう-ただ、約1年経って、ようやく私たちはあの時を振り返り、あれが時計界にとってどれほど不条理なものだったかを理解し始めることができるとだけ言っておこう。それは、GameStop社の仕手戦による株価急騰に匹敵する時計業界の出来事だった。

 2021年12月、パテックは最後の170本限定モデル、ティファニーブルー Ref.5711を発表した。フィリップスは1本をオークションに出品し、私たちはそのオークションを取材し、その落札が不成立となったあとの、実際の落札者(次点)を取材した。もしRef.5711の意見を十分に聞いていないのなら、これらの記事とその中にある600以上のコメントをご覧いただきたい。

ティファニーブルーのノーチラスがフィリップスにて650万ドル超で落札

2021年12月、フィリップスは、ティファニーダイヤルの1本をオークションに出品し、手数料込み650万ドル以上で落札され、その売却益はすべてNature Conservancyに寄付された。ローガンがその様子を取材した記事がこちら

 今、振り返ってみると、もう少し違った全体像が見えてくる。オークションに参加して、すべてが奇妙に思えたからだ。真っ青なダイヤルの時計にこれほどの金額が? オークション当日のフィリップスの会場は超満員だった。会場で一番有名なのはラッパーのリッチ・ザ・キッド氏(あるいはティファニーのCEOアレクサンドル・アルノー氏)だと思うのだが、よくわからなかった。すべてが青くぼやけたものだったからだ。

 「ポップカルチャーがあのようにノーチラスを受け入れるのを見るのは、衝撃的でした」とリアドン氏は語る。「私のキャリアのほとんどにおいて、人々は私に ‘あなたは誰のために働いているのですか?’と尋ね、そして初めてパテック フィリップを知ることになったからです。本当に信じられないことでした」。ノーチラスは、パテック フィリップを多くの人、それも全世代に知ってもらうきっかけになったと、リアドン氏は言う。しかし、パテック自身がただの時計だと言い続けた時計のためにこれほどの注目が集まるのだろうか? 当時も今も、私には理解できないでいる。

 「パテックの世界では、170本という数字は決して珍しいものではないのです」と、リアドン氏は言う。「ティファニーダイヤルは確かに特別ですが、決して珍しいものではありません。これらの時計の多くがInstagramに投稿され、誰かが購入し、翌日売って、ブランドと小売店の関係を利用して利益を得ていることに、非常に腹立たしさを感じます。これは、パテック フィリップがアメリカで築いてきた信頼関係を毀損する行為です。時計をどう扱おうが勝手ですが、買った翌日に転売するような人は、私のなかでは時計コレクターと見做しません」

 「Ref.5711の炎を煽ったのです」とクー氏は言う。「多くの時計コレクターが、この経緯を快く思っていないことは承知しています。ただでさえ入手困難な時計市場において、私ならこうはしなかったでしょう」とクー氏は嘆息した。


Ref.5711のマーケット

Ref.5711の発表から数年後にパテック収集の世界に入ったアル・ゼライー氏にとって、Ref.5711は常に購入困難な時計であり、「パテックが大物を売るために目の前にぶら下げ、ご褒美として与える時計」であった。しかし、それでもRef.5131[ワールドタイム]に次ぐ存在であり、当時はより大きなご褒美であった。

 リアドン氏は、オークションの結果がRef.5711の小売価格を大きく上回るようになった2013年を転換点として指摘した。また、この時計が異なるタイプの購買層を引きつけていることにも気づいたという。ノーチラスの“ウェイティングリスト”という概念が一般的になったのもこの頃だ。パテック フィリップのブティックに入っても、ノーチラスを買って帰ることはできない。数カ月は待たされる。そして、やがて数年後になった。2019年には、8年から10年待ちという報告が普通になっていた。

 「主に若い男性顧客が今すぐ手に入れたいと考え、伝統など気にも留めなかった」とリアドン氏は言う。「資金力、権力、即効性。このテーマは過去10年間浸透しており、ノーチラスが欲しければ、いくらかかろうとも手に入れたいと思うようになったのです」

ノーチラスは、時計収集の闇の面、そして真面目な人にとっては社会の闇の象徴のような存在になってしまった。

 2013年に何かが始まったにせよ、パンデミック(世界的大流行)の時のようなことはなかった。ポケモンカードから暗号通貨まで、持つ価値のある、あるいは持たない資産のほとんどで起こったのだ。何も時計に限った話ではない。小売価格がその10分の1であるスティール製の時刻表示のみの時計に20万ドルを支払うことは、パンデミックの最中に人々が始めた最もバカげたことではないが、確実にその上を行くものだった。

 現在、私たちは最高額更新が過去になりつつあるが、それは二次流通相場が恐ろしくバカげたものから単にバカげたものへと下がったことを意味するに過ぎない。しかし、将来を考える前に、他のRef.5711について考えてみよう。


その他のRef.5711

スティール製ブルーダイヤルのRef.5711/1Aが最も多く取り上げられているが、Ref.5711はこれだけではない。2012年、パテックはスティール製のRef.5711の派生モデルとして、ホワイトの‘ピアノ ダイアル’を備えたRef.5711/1A-011を発表した。ダイヤルの変更以外は、ブルーのRef.5711と同じだ。

 広く生産されているスティール製の時計には、特別なコレクターズアイテムはないという警告に加え、クー氏はスティール製のRef.5711を将来的なコレクターズアイテムとして「ひとつ選ぶとしたら、このモデルだろう」と言う。何よりもクールな時計であり、価格はブルーダイヤルに比べて10%ほど低くなっている。

ゴールドを目指す
Patek 5711G White Gold

18KWGケースを採用したノーチラス Ref.5711G。Image: Courtesy of Collectability

 パテックはノーチラス30周年を記念してRef.5711/1Aを発表した際、YG、WG、RGモデルのRef.5711J、5711G、5711Rもそれぞれ発表した。ダイヤルはケースの補色となるシルバー、ブラック、ダークブラウンだった。これらは2007年から2009年にかけて生産された。当時、これらはすべてレザーストラップ付きでのみ販売されていた。スティール製のRef.5711のようにメディアに取り上げられなかったり、あるいは欲しがられていないのには理由がある。ノーチラスは、あくまでもブレスレットが装着されていてこその時計だということだ。

 「あの時計を本当に愛している人はいませんよ」と、クー氏はゴールド無垢のRef.5711のコレクションを指して言う。彼にとっては、レザーストラップをつけたシンプルな3針は、どうしてもしっくりこないと説明した。

Patek Philippe Nautilus 5711R

2015年にブレスレット仕様として登場したノーチラス Ref.5711R。

 2015年、パテックはRef.5711Rをブレスレット付きで発売したが、こちらはヒットした。5万1000ドルと、ハードコアなファンが待ち望んでいたブレスレット付きのプレシャスメタル製ノーチラスだった。マニアのあいだでは、Ref.5711Rの価格は30万ドルを超え、その後少し値を戻したものの、今でも20万ドル以上(ブルーダイヤルのRef.5711よりも高い)で取引されている。しかし、コレクターに愛されるようになったプレシャスメタルのノーチラスは、このモデルだけではない。

認定プラチナ
Patek Nautilus 5711P Platinum

通常モデルのノーチラス Ref.5711P。Image: Courtesy of Phillips

 2011年から、パテックは最も販売実績のある顧客向けにRef.5711/1Pを控えめに生産し始めた。“P”とはプラチナの略だ。カタログに載っているようなものではなく、世界を制覇したCEOやロックスター、あるいは聞いたこともないような多作なパテックコレクターにのみ提供された。プラチナ製のケースとブレスレットで260gという超重量級だ。

 「私にとって、Ref.5711/1Pが本命です。これぞ時計といったところです」とリアドン氏は言う。実際の生産数は諸説あるが、100本以下であることは間違いないだろう。彼は、ティファニーのサイン入りRef.5711/1Pを、「数百万ドルの価値があるはずの時計」だと指摘する。リアドン氏は全部で3本の存在を確認している。たった3本だ。

 クー氏はRef.5711/1Pの実際の着用感について「とても重く、つけ心地が悪い」と反論するが、Ref.5711の中でも非アニバーサリーモデルのプラチナが最も希少であることには誰も異論はないだろう。

Patek Nautilus 5711P Platinum Anniversary

ノーチラス Ref.5711P 40周年記念モデル “墓標”ダイヤル

 2016年、40周年記念のRef.5711/1Pが登場した。2011年頃から2015年頃までは、誰もRef.5711/1Pに注目することはなかった。そして、パテックが実際に、記念モデルとしてプラチナ製のRef.5711を公に発表したのだ。700本生産されたこのモデルは、パテックがひっそりと作っていたRef.5711/1Pとは異なる外観をしていた。ノーチラスの誕生40周年を記念して、ダイヤル6時位置に大きな“墓標”を描いていたからである。通常モデルのRef.5711/1Pとは異なり、インデックスにダイヤモンドがセットされ、ダイヤルカラーもロイヤルブルーを採用していた。

 コレクターにとっては、通常モデルのRef.5711/1Pを手に入れるべきだろう。アニバーサリープラチナモデルは、実質的に希少価値が低く、まあ、ちょっとイモっぽさも感じられるからだ。しかし、このモデルが発売されると、それまで生産されていた通常モデルのRef.5711/1Pに注目が集まるようになった。

 「誰も[通常モデルのRef.5711/1Pを]実際に知っていたり、関心を抱くことはなかったのですが、アニバーサリーモデルのRef.5711が発売されると、その希少性が明らかになったのです」とリアドン氏は言う。

 その違いを強調してみよう。2021年5月、フィリップスは通常モデルのRef.5711を56万7000スイスフランで販売した。その1年後、香港で行われたオークションでは、アニバーサリーモデルのプラチナがより安価な51万3000ドル程度で落札された。生後3ヵ月の子犬のトイレの時間よりも不安定な市場で、12ヵ月後の結果を比較するのは難しいが、私は、通常モデルのプレミアムは時間とともに成長し続けるはずだと見ている。2019年には、不可解なことに、アニバーサリー通常モデルが同じ価格で取引された(なるほど、一部は説明可能だ。アニバーサリーモデルは工場で梱包された状態の個体だったのだ。しかし、それでもだ。リアドン氏がティファニーブルーのノーチラスについて言ったように、パテックの世界では170本は希少ではない。その基準で言えば、700本はまさに大量生産だ)。

カットされていない宝石
Platinum Nautilus 5711/110P Diamonds

ノーチラス Ref.5711/110P。Image: Courtesy of Phillips

 プラチナモデルが登場したことで、パテックは宝石をセットしたプラチナ製のRef.5711/110Pを極めて限定的に生産するようになった。パテックは、これらのリファレンスのうち5本だけを生産したという憶測があるが、これは確認されていないし、パテックは実際の生産数についてコメントしていない上、これらは番号付きの限定モデルでもない。とはいえ、これらはすべて、米コメディアンで俳優のケビン・ハートが彼のインスタグラムで身につけているのを見ることができるタイプの、非常に、とんでもなく希少な時計だ(彼は以前、ブルーサファイアのRef.5711/111Pを投稿している)。これらはほとんどが“カタログ外”の時計で、パテックが公式に提供するものではなく、著名なクライアントが“裏メニュー”で注文するために用意されたものだ。

 下の表で、これらのリファレンスの残りをチェックしてみて欲しい。パテックは当初、プラチナ製のホワイトダイヤルのモデルを製造していたが、後にグレーダイヤルのモデルも製造している。


ノーチラス5711の収集

私はリアドン氏、クー氏、アル・ゼライー氏の3人に、お気に入りのRef.5711を聞いてみた。リアドン氏とアル・ゼライー氏は 通常モデルのRef.5711/1Pを、クー氏はザ・グリーン・ワン ダイヤモンドセットモデルを選んだ。(アル・ゼライー氏はRGにルビーを合わせたRef.5723を挙げたが、このコレクターズガイドはRef.5711に限定しているので割愛する。これは、現代のノーチラスシリーズは5711をはるかに超えて拡大していることを示すものだが、それはこの記事の範囲外だ)。

Patek Nautilus ref. 5711/1300-001

 「スティールケースにダイヤモンドのバゲットを並べるなんて、そうそうできることではありませんよ。スティール製でこのような充実したステートメントピースを持つことは、とてもクールですよね」。彼の推測では、ティファニーブルー以上ではないにしても同じくらい希少なものだという。

 この先、市場がどうなっていくのかについては、誰もが不合理な熱狂の最悪期を脱したことを確信しているようだ。

 「価値の観点としては、急激に上がることはないと思います」とクー氏は言う。「多くの人は、‘次なるノーチラス’を狙うでしょう」。あるいは、次のNFTか、あるいは他のものか。最終的には、Ref.5711はパテックのカタログにおいてひとつの時計に過ぎないのだ。多くの古いパテックがそうであるように、価値の保存の対象になるだろうが、誰もが必要とする投機的な資産にはならないだろう。不合理な熱狂とはそういうものなのだ-それはいつまでも同じ対象に留まらず、次の対象に移動するのだ。Ref.5711は長いあいだ生産されていたので、長期的には、どのような希少性であっても、我々が最後の数年間で見た価格の上昇の再現を想像するのは難しい。その上、パテックの“凱旋ラップ”であるグリーン・ワンとティファニーダイヤルは、それが難しい一種のバブルを煽った。

 希望小売価格6万9785ドル(日本定価は税込938万3000円)で登場したRef.5811Gは、購入希望者にとって、それほど希少ではないスティール製モデルにさらなる資金を注ぎ込むことを正当化するのはより難しくなるかもしれない。

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Patek Tiffany & Co Nautilus 5711

Image: Courtesy of James K./@waitlisted

 Ref.5711を単なる「不合理な熱狂」だと切り捨てるのは簡単だ。私も確かにそうだった。昨年、フィリップスのオークションに赴いたとき、私はガラスケースのなかで、まるで自然史博物館の展示品のように、この時計に見とれてしまった。しかし、それはただの時計であり、同じような時計が170本もあるうちの1本なのだ。

この時計が今日これほどまでに愛されている理由のひとつは、反パテック的であるからです。プレシャスメタルを使用しないケース、スポーツ用に販売された時計。1970年代はパテック フィリップの異端児だったのです。

– ジョン・リアドン

 時計収集とは何か、どうあるべきかを説くつもりはないが、私にとって、ケースの奥から鮮やかなブルーの時計を見つめることは、確かにそのようには感じられなかった。何年か前、何かの集まりで初めてRef.5711を試着したときのことを思い出す。私はまだロースクールの学生で、年配の男性が自分の手首からRef.5711を外し、テーブルの上に放り投げて、私に試着させた。おそらく、彼は私のかわいいeBayの検索に興味があるふりをしながら、である。それがきっかけでパテックに、そしてノーチラスに興味を持つようになった。

 不合理な熱狂と投機の色眼鏡で見るだけでは、私には何の魅力も感じられなかった。しかし、不合理な熱狂を超越して、Ref.5711はパテックのコレクションの中核をなす重要な時計なのである。

Nautilus Genta Drawing Original

2022年に72万ドル以上で落札された、ジェンタのノーチラスのデザインスケッチの原画。Image: Courtesy of Sotheby's

 「パテック フィリップの世界、そして時計製造の世界におけるジェンタの遺産を象徴しています」と、リアドン氏は言う。「私にとって、この時計はサバイバルの象徴でもあります。70年代に発表されたこの時計は、パテック フィリップがスポーツウォッチ市場で競争するための活路であり、同時に世界で最も高価なスティールウォッチはパテック フィリップであると大胆に主張し、ロレックスやオーデマ ピゲに対抗するための位置づけでした」

 「この時計が今日これほどまでに愛されている理由のひとつは、反パテック的であるからです。プレシャスメタルを使用しないケース、スポーツ用に販売された時計。1970年代はパテック フィリップの異端児だったのです」。

Patek Nautilus 5811G

新作ノーチラス Ref.5811/1Gは、Ref.5711の灯を消した。

 ノーチラスの存在意義は、ある時点で時計の実態から完全に切り離され、別のもの、つまりリアドン氏が言うように「資金力、権力、即応性」に変質してしまった。ノーチラスは、時計収集の闇の面、そして真面目な人にとっては社会の闇の象徴のような存在になってしまった。しかし、ノーチラスは、「適切な場所に、適切なタイミングで」という典型的な状況(見方によっては、間違った場所に、間違ったタイミングで)の犠牲者であったかもしれない。もしノーチラスが存在しなければ、他の時計が不合理な熱狂、インスタグラムの「いいね!」、ビットコイン、流動性の高いパンデミックキャッシュをすべて吸収していたのだろうか?

 そのような状況が一段落してみれば、ノーチラスは、パテックが危機を乗り越えるために1970年代にデザインされた、この種の奇妙な、八角形の時計に過ぎない。(特にコアな時計コレクターにとっては)最も重要な時計ではないが、パテック フィリップを一般大衆に知らしめたという点で、重要な時計だ。それだけで歴史的な存在といえよう。そして、この特定のモデルが、より大きい存在である文化に対して影響を与えてきた(そして、今後も与え続けるだろう)あらゆることが同じように重要なのだ。

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