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In-Depth ベルナルド・レデラー セントラル インパルス クロノメーターが持つメトロノームの仕組みを徹底解説

その名もセントラル インパルス クロノメーター。ベルナルド・レデラー氏が製造している。ムーブメントマニア(私のような!)にとって、これはまさに革命的な出来事だ。その仕組みを解説しよう。


時計といえば、チクタク動く。そんなの当たり前だって? 赤ん坊ですら、この一音節の組み合わせを聞いて時間の経過を感じるのだ。

 その音は、アンクルとガンギ車による永久に続くロック時の衝撃音に由来している。良くも悪くもチクとタクという音は、我々の脳裏に時計製造の音を刻み込んでいる。時計の原理を知らなくても、その音を聞けばそれが何なのかがわかるからだ。

 どんな機械式時計も音を出すが、それは誰かが予想するようなチクタクという音ほど単純なものではない。また、訓練された耳を持つ人であれば、ムーブメントの動作音だけで、内部でどのような脱進機が機能しているかを正確に言い当てることが可能だ。

Bernhard Lederer's Central Impulse Chronometer

高精度の世界へようこそ。これが数々の賞を受賞し、非常に複雑な構造を持つベルナルド・レデラー氏のセントラル インパルス クロノメーターに搭載された、心を溶かすようなCal.9012である。

 40年以上前、ドイツの若き時計職人ベルナルド・レデラー(Bernhard Lederer)氏は、脱進機が発する柔らかな音に取り憑かれたように魅了された。その日から、彼はその音を完全に理解したいと願い、時計製造に人生を捧げることになった。そして今日まで、レデラー氏はある脱進機がほかの脱進機と比較して持つ利点と欠点に特別な魅力を感じているのだ。

 組織の下で大半のキャリアを経て60代半ばとなった今、レデラー氏は“マスターズ・オブ・エスケープメント”シリーズを発表し、その独創的な時計技術を披露しようとしている。このコレクションは、今後数年間に発表される6つのモデルで、それぞれが脱進機の究極の姿を示そうとしている。

Bernhard Lederer

セントラル インパルス クロノメーターで2021年のGPHG イノベーション賞を受賞したベルナルド・レデラー氏。レデラー氏は、1985年に独立時計師唯一の組織であるAHCI(アカデミー)に加入し、長年のメンバーでもある。レデラー氏の幅広いキャリアと多様な経歴については、こちらをご覧いただきたい。Image, GPHG

 レデラー氏が“マスターズ・オブ・エスケープメント”コレクションで最初に発表したのはジョージ・ダニエルズの独立二重脱進機をベースにしたセントラル インパルス クロノメーターで、2021年のGPHGにおいてイノベーション賞を受賞している。セントラル インパルス クロノメーターは、素材ごとに25本限定で生産されており、ケースはRGまたはWG、サイズは44mm×12.2mm、希望小売価格は12万8000スイスフラン(約1785万円)である。セントラル インパルス クロノメーターの完成に6年の歳月を要したというレデラー氏だが、これは彼のキャリアの集大成であることは明らかだ。

 私はこの数ヵ月間、何度か彼に会い、彼の革新的な(そして圧倒的な)創造物について話を聞いた。

 ここで、その内容を紹介しよう。

(次の専門用語については、リンクで確認してほしい:脱進機ナチュラル脱進機デテント脱進機ルモントワール。また、HODINKEEの2020年の記事「現代的なエスケープメントは、どのようにして今に至ったのか」を読むか、読み直すことを強くおすすめする)。

私が学んだこと、その1……ナチュラル脱進機が無駄足である理由

ナチュラル脱進機は時代の先端を走っていた。誰もがそう主張している。19世紀初頭にアブラアン-ルイ・ブレゲが考案したこの脱進機は、ひとつの輪列のなかにふたつのガンギ車を配置し、油や潤滑油を使わずに直接テンプにインパルス(衝撃)を与えることが、いわゆる“ナチュラル”な能力と呼ばれる所以だ。

Natural escapement diagram

アブラアン-ルイ・ブレゲが構想したオリジナルのナチュラル脱進機の構造を示す図。Image, Wiki、Kjorford

 現代の製造技術とシリコンのようなハイテク素材があれば、アブラアン-ルイ・ブレゲが考案した潤滑油のないナチュラル脱進機を、歯車の歯の小さな隙間に起因する噛み合わせの問題なしに実現することができるはずだ(ここは強調しておく)。一見問題なさそうな小さな隙間は、第2のガンギ車へのエネルギーをロスさせるため、最終的にはバックラッシュ(遊び)を発生させる傾向がある。精密な計時を追求するには、公差を小さくすることこそが重要なのだ。

 現代では、カリ・ヴティライネン氏、F.P.ジュルヌ氏、ローラン・フェリエなど、多くの時計師がバックラッシュの問題を解決すると主張しているが(それぞれのアプローチの比較は、HODINKEEの古い記事を参照してほしい)、話はそれだけでは終わらない。

 「ナチュラル脱進機は完璧には機能しないシステムです」とレデラー氏は言う。「その理由は物理的な(エネルギーの)ロスです」

Kari Voutilainen Natural Escapement

カリ・ヴティライネン氏が考案したナチュラル脱進機の解説図。駆動輪列が見えないように、彼はダイヤル下に歯車を隠すという特別な方法を採用している。

Laurent Ferrier Natural Escapement

ローラン・フェリエが考案したナチュラル脱進機は、21世紀における最も有名な作品のひとつである。歯車のバックラッシュを防ぐためのシリコン製の特殊なレバーとアンクルの剣先が採用されている。

 歴史的に、ナチュラル脱進機では駆動輪列がガンギ車に動力を伝え、同軸上に、さらに2本目のガンギ車と噛み合う歯車がある。すると、1組の駆動輪列で通常の1本ではなく、合計4つの歯車を駆動させなければならなくなる。そして歯車の数が倍になると、同じ加速度を維持するために必要なエネルギーは4倍になる。つまり4本の歯車で同じ加速度を得るためには、1本の場合と比較して16倍のエネルギーが必要なのである。

 「どこからそのエネルギーを確保するのでしょう?」とレデラー氏は問う。「さらに軸やシステム全体に過剰な“負荷”をもたらすことなく、16倍のエネルギーを加えることが可能でしょうか? それはメチャクチャなものになるでしょう」。

 軽量なシリコン部品を使っても、この問題は変わらない。シリコンの部品がひとつでも、4つでも、加速する必要があれば、歯車同士が連携して16倍のパワーが必要なことに変わりはない。やはり16倍のエネルギーが必要なのだ。

 「重さがゼロと仮定すれば、ナチュラル脱進機のアイデアは素晴らしいと思います」とレデラー氏は言う。「もし、ガンギ車に重さがなければ、完璧な加速度が得られ、うまくいくでしょう。しかし、歯車が一定の重さを持つ物理的な材料で作られた途端に、1本の歯車だけを加速させるシステムと比較して不利になるのです」

Natural escapement

1805年にブレゲのパリ工房で完成したナチュラル脱進機の最初の作品。ウォッチ No.1135として知られるこの時計は、完成から数ヵ月後にインファンタド公爵に4000フランという当時としては破格の値段で売却された。Image, Wiki、Kjorford

 ブレゲは自分の脱進機が持つ慣性の問題を認識していたようだ。ブレゲが製作したナチュラル脱進機のプロトタイプを見ると、ガンギ車の歯数を減らし、駆動輪列上の第2ガンギ車に組み込んでいるものがある。ブレゲは、あらゆる手段を講じて安定してテンプに動力を伝えようとしていたのだ。ガンギ車と駆動輪列の慣性に歯車のバックラッシュが生じると、ブレゲのナチュラル脱進機は不安定になり、実用に耐えられなくなった。

 ジョージ・ダニエルズはブレゲがどこで失敗したのか理解し、後の21世紀の時計職人とは異なり、そのアプローチから大きく逸脱したのである。

George Daniels Space Traveller

ジョージ・ダニエルズ、スペース・トラベラーのムーブメント。左右対称の構造は、ダニエルズの革新的な“独立二重脱進機”の存在を示唆している。

 ブレゲ(およびヴティライネン、ジュルヌ、フェリエ)は、ナチュラル脱進機の駆動に単独の駆動輪列を用い、第1ガンギ車が直接第2ガンギ車に駆動させる方式を採用している。1970年代、ダニエルズは2本のガンギ車を導入し、それぞれがふたつの独立した駆動輪列とふたつの独立した主ゼンマイによって独立して駆動するようにした。

「彼は、“4つの歯車を駆動させるのはやめよう”と言いました。彼の挑戦は2つ目のガンギ車を追加して連結することなく、同期させるシステムを考案することだったのです」。レデラー氏は私にそう語った。

 ダニエルズは、脱進機の黎明期におけるもうひとつの設計であるデテントから、同期のための解決策を導き出した。

 ジョージ・ダニエルズの懐中時計“スペース・トラベラー”に採用されたことで有名なこの脱進機構は、ダニエルズと同世代のイギリス人時計師、故デレック・プラットの協力のもと開発され、ガンギ車、主ゼンマイ、駆動輪列が分離しているが等しく、ガンギ車からテンプへの駆動の伝達はデテントによって制御されている。

 真空中では、デテントは驚くべき機構である。ガンギ車からテンプに直接動力が伝達されるため、ナチュラル脱進機の主要な目的のひとつである潤滑油を必要とせず、非常に効率的なのだ。しかし、一般的には衝撃に弱いという欠点がある。デテント脱進機を腕時計に採用した時計師もいるが(ウルバン・ヤーゲンセンラウル・パジェス、クリストフ・クラーレなど)、18世紀イギリスの時計師ジョン・アーノルドとトーマス・アーンショーのマリンクロノメーターに最もよく見られる方式だ。

Detent escapement diagram

トーマス・アーンショーが設計したデテント脱進機。詳しくは現代的なエスケープメントは、どのようにして今に至ったのかをご覧いただきたい。図解:『Britten's Clocks And Watches And Their Repair』より引用

 スペース・トラベラーでは、デテント機構(ダニエルズ自身は脱進機パレットと呼んでいる)がひとつのガンギ車を解放し、ローラー上のふたつのツメ石のうちのひとつに動力を与えてから、ロック用のツメ石のひとつでロックすることを可能にした。このとき、デテントが回転して反対側のガンギ車とロック用のツメ石をフリーにする。このガンギ車は何の動力も与えずに回転し、上側の中央のツメ石にロックされる。そして、ヒゲゼンマイによって反対方向に回転するとき、同じガンギ車が直接動力を与えるのだ。

 動力を伝えてはロックのあいだで絶えず揺れ動くというわけだ。このように、ギクシャクした仰々しい動きをしつつ、デテント機構はひとつの歯車だけがその役割を果たせるように、常時1秒1秒を調整しているのである。

George Daniels Space Traveller

ジョージ・ダニエルズ スペース・トラベラー

 「ナチュラル脱進機とダニエルズの独立二重脱進機の主な違いは単純です。ナチュラル脱進機には4つの歯車がありますが、ダニエルズには任意の瞬間に駆動を必要とするひとのガンギ車があるだけです」とレデラー氏は言う。「私のセントラル インパルス クロノメーターも同じ考え方です」。

 レデラー氏の脱進機は、ブレゲとダニエルの発明の派生型であり、改良版であることが多くの観点で証明された。

私が学んだこと、その2……独立二重脱進機の優れた特性とは何か

私は現代的なエスケープメントは、どのようにして今に至ったのかのなかで、理想的な脱進機として5つの条件を挙げている。

 まず自動巻きであること。そして摩擦を最小限に抑え、油などの潤滑剤を使わずに作動することが理想的だ。また両方向とも、できるだけ均衡点に近いところで動力を発生させること。また外部からの衝撃に対して脱進機が確実に固定されるよう、高品質の耐震機構を備える必要がある。そして最後にテンプの自由振動を可能な限り妨げないことである。

George Daniels Space Traveller Movement

ジョージ・ダニエルズ スペース・トラベラーに搭載された独立二重脱進機の拡大画像。

 ジョージ・ダニエルズが構想した独立二重脱進機は、その5つの条件をほぼクリアしている。唯一の欠点はデテント機構の2段階のロック解除にあり、連続したビートを刻むたびにエネルギーが消費されるため、理論的にテンプの振角に影響を与える可能性がある。さらに重要なことは、この脱進機が懐中時計のサイズからさらに小型化され、より小さい腕時計の内部で効果的に作動するとはダニエルズは考えていなかったことである。

 そして長いあいだ、彼は正しかった。

 2010年代後半になって、偶然にも、この考えを覆し、ダニエルズの独立二重脱進機を腕時計に進化させた2種類の腕時計が登場した。まず、2018年に英国から登場したチャールズ・フロッシャム ダブル インパルス クロノメーター(詳細は後述)、そして2020年に初公開され、本日の記事のきっかけとなったベルナルド・レデラー氏のセントラル インパルス クロノメーターである。

 セントラル インパルス クロノメーターは、レデラー氏の研究開発プロセスがいかに過酷で困難なものであったかを物語るように、その構造に数々の付加機能を与えている。この時計の開発期間が試行錯誤の連続であったことを、膨大な数の安全対策が物語っているように私には見える。ダニエルズが2011年に亡くなるまで、彼はダニエルズと何度も話すことができ、その短い会話がのちにCal.9012やセントラル インパルス クロノメーターの製品開発を継続させるのに役立ったと教えてくれた。

Bernard Lederer Central Impulse Chronometer

セントラル インパルス クロノメーター。Image,ベルナルド・レデラー

 レデラー氏の作品の特徴は、4番車と5番車のあいだにあるふたつの輪列のそれぞれに1対のルモントワール機構を導入したことだ。この機構は、それぞれのガンギ車に一定のエネルギーとトルクを供給し、より安定した速度、ひいてはより高い精度を達成することに貢献している。レデラー氏は、このモデルの開発にあたり、ジョン・ハリソンの1759年製H4 マリンクロノメーターの構造を参考にしている。同モデルは、特別に設計されたアンカーによってパワーリザーブ間隔を管理するルモントワールも搭載しているのだ。

 レデラー氏によれば、定力装置付きルモントワールと二重脱進機構が組み合わされたのは初めてのことだという。セントラル インパルス クロノメーターでは、10秒ごとに作動が一巡するため、ルモントワールは5秒ごとにエネルギーを供給していることになる。ルモントワールはコンスタントフォース(定力装置)であるため、ガンギ車に均等なトルクを与え、それがテンプに直接エネルギーを供給するのだ。

Central Impulse Chronometer

ルモントワールは、各輪列の4番車と5番車のあいだ、およびふたつのガンギ車の内側に、互いに向かい合って配置されている。

 Cal.9012は、ムーブメント全体に低慣性部品を使用し、ガンギ車の形状を見直し、ガンギ車と戻り止めに硬化チタンを採用することで、ガンギ車の機能を維持しながら超軽量を実現している。またスペース・トラベラーの構造と比較し、テンプとガンギ車の連結角度を100°から120°に変更し、エネルギー変換をよりスムーズにすることで長期安定性を向上させた。

Central Impulse Chronometer

3時位置のリューズは、機械的に連結しているため、ふたつの香箱を同時に巻き上げることが可能だ。チタン製リューズと細身のジャーマンシルバー製受けの真下に配置されたふたつのゴールドの香箱のコントラストが美しい。また、内蔵されたトリプルクリックの鋭い切れ味にも目を奪われる。

Lederer CIC

Cal.9012のルモントワール・スプリングは、いずれも僅か6.7°という傾斜角をもって配置されている。この角度はガンギ車に最も安定したエネルギーとトルクを供給することができると判断のうえ調整されたものだ。

Lederer CIC

Cal.9012の裏蓋はドーム型サファイアクリスタルで、一般的なネジではなく接着剤で固定されており、あらゆる角度からムーブメントを眺めることができる。

 さらに、二重化されたルモントワールとテンプにダイレクトな動力を伝達する低慣性かつ軽量なガンギ車を組み合わせた結果、ガンギ車の軸に沿ってシームレスに配列されるようになったことだ。つまり、それぞれの駆動輪列が1秒間に動力の半分をテンプに供給しているのだ。さらにテンプは4つの調速ウェイトと4つの偏心ウェイトを備えた、カスタマイズされた可変慣性モーメント仕様となっている。

 まさに完璧なバランスを保っているといえよう。

私が学んだこと、その3……セントラル インパルス クロノメーターを理解する鍵は、レデラー式“メトロノーム”にあり

これまで、各脱進機と駆動輪列を接線方向に動作させるためのアンクルを、デテントとして解説した。しかし、レデラー氏は自らの機構をCal.9012の“メトロノーム”と形容することを好む。つまり、この機構があるからこそ、時計は時間どおりに鼓動し続けることができるというわけだ。

 “メトロノーム(アンクル、デテントの別称)”は、独立二重脱進機の成功に不可欠であるだけでなく、レデラー氏が脱進機の構造全体に最も重要な調整を施した機構でもあるのだ。

Lederer CIC

セントラル インパルス クロノメーター Image,ベルナルド・レデラー

 レデラー氏は当初、ダニエルズの構造をより小さく、より精密に再現すればよいと単純に考えていた。しかし、少し動かしただけで、パワーリザーブの残量がわずかとなったときの振角の小ささや、外部からの衝撃に対して脆弱であるという一貫した問題があることに気づいた。

 「ひとつの歯車が解放されると、ガンギ車の歯がテンプの上にあるアンクル受けの前で滑ってしまい、ガンギ車の歯がひとつ、あるいはふたつ欠けてしまい、精度に影響が出るのです」と、レデラー氏は言う。「私にとっては、これが難題でした」

CIC

動作中の“メトロノーム”を別角度から撮影。

 同じ形式の二重脱進機をベースに2018年にダブルインパルス クロノメーターを発表したチャールズ・フロッシャムは、最後に完全に巻き上げてから約36時間後に必ず発生する、振角が小さくなる危険地帯に達すると時計のパワーリザーブを完全に切り離すことにした。フロッシャムの理論では、テンプが完全に停止していれば、時計は低い振角を見舞われることがない、というものだ。

 「私の見解では、時計がこれで問題にぶつかることはなくなりました」とレデラー氏は言うが、問題そのものを解決したわけではない。

 彼は結局、幾何学的にこの問題を解決した。メトロノームの中央にあるルビーのツメ石を、彼は “ウェイティングパレット(待機用のツメ石)”と呼ぶ凹面を追加して修正した。これはガンギ車の歯とテンプのアンクルの歯が接触する瞬間を早めるためのものである。

CIC escapement

レデラー氏の“メトロノーム”脱進機。図版、ベルナルド・レデラー

 レデラー氏の“メトロノーム”は、2種類のアンクルを搭載している。まず、2本のガンギ車にそれぞれ接続された1組のアンクルがある。ウェイティングパレットは、両側のガンギ車と連動する“メトロノーム”にあたる中央のパレットで、ここで衝動を与えるガンギ車が、エネルギーをテンプに伝達するためにパレットのロックが解除されるのを待つ。アンクルの表面はわずかに湾曲しており、ガンギ車が反動で落下するのを防ぐとともに、すぐに正しい回転を再開できるようになっている。

Lederer's Metronome 1

CIC脱進機の一連の動作その1:楕円が脱進機 “メトロノーム”のフォークに噛み合う。慣性を伝達する左輪は現在、“メトロノーム”の中央にある湾曲した ウェイティングパレットの上で静止している。この曲面によって、ガンギ車は反動を受けず、すぐに正しい方向へ動くことが可能だ。図版、ベルナルド・レデラー

 歯先が“ウェイティングパレット”上に乗っているとき、脱進機の“メトロノーム”の緩やかな往復運動は非常にわずかになり、歯先は持ち上げられた面に沿って滑り、小さな振幅で“メトロノーム”を介してテンプに間接的に動力を伝達することができるのだ。

CIC Stage 2

CIC脱進機の一連の動作その2: 振幅が小さいと、脱進機の“メトロノーム”の回転は非常に小さく、歯先は“メトロノーム”を介して間接的に動力をテンプに伝えるために、リフティング面と一緒にスライドさせることができるようになるのだ。こうして間接的インパルス動作が開始する。図版、ベルナルド・レデラー

 歯先がウェイテングパレットの終端に達すると、脱進機の設計により、アンクルがガンギ車の歯より前に残るようになっている。間接インパルス面に沿ってスライドした歯が解放された瞬間から、動力を受け取るアンクルが動力を与える歯の前に必ず存在することを確保している。

 ウェイティングパレットの接触面を短くし、間接的に動力を伝達する面を追加することで、最終的にロックが解放される前に動力を発生させたガンギ車が動き出す。これにより、ガンギ車がインパルスパレットに到達するまでの移動距離を大幅に短縮することができるのだ。従来の構造では、ガンギ車はまず反動を克服し、動力を受け取るパレットに追いつかなければならなかった。

CIC 3

CIC脱進機の一連の動作その3:動力を与える歯がリフト面の終端に達したとき、全体の“メトロノーム”構造により、動力を受け取るパレットが動力を与える歯の前に位置することを確保している。ウェイティングパレットを短くし、間接的に動力を伝達する面を追加することで、動力を発生させるガンギ車は完全にロック解除される前に移動しなければならず、ガンギ車がインパルスパレットに到達して間接的に動力を伝達し終えるまでの移動距離を短くすることができる。レデラーによると、この具体的な方法は現在特許申請中とのことだ。図版、ベルナルド・レデラー

 歯が早く外れる可能性のある低振幅の場合でも、追加のインパルス面が“メトロノーム”を横に押しやり、アンクルを歯の前に押し出し、テンプに間接的な動力を発生させる。この場合、スイスレバー脱進機と同じような動作をする。レデラー氏が言うには「待機中のアンクルは、スイスレバー脱進機の間接的な動力のように“メトロノーム”を押し出します。“メトロノーム”は、フォークとテンプを持つレバーのようなものです」。

 正確に測定するのは難しいが、Cal.9012の振角が80°以下か、歯がインパルスパレットの表面に触れているときに、この現象が起こるはずだ。この追加の押し出しにより、振幅が小さい場合でも、インパルス用ツメ石が動力を与えるガンギ車の歯の前に位置するようになる。そうでなければガンギ車が進んでしまうのだ。

Lederer

CIC脱進機の一連の動作その4: 振幅が80°以上になると、“メトロノーム”全体が動作可能なダイレクトインパルス脱進機に変化する。上の図をよく見ると、動力を与える歯が動力を受け取るアンクルに接触して、そのエネルギーを直接伝達していることがわかる。図解、ベルナルド・レデラー

Lederer

CIC脱進機の一連の動作その5:これでダイレクトインパルスの動作は終了する。

 しかし、時計が80度以上の振幅を持つとすぐに、“メトロノーム”は素早く横に押され、連結された歯が動き始める。この時、“メトロノーム”は反対側にあり、ふたつの部品はもはや互いに接触していない。“メトロノーム”の回転速度が歯車の加速度より高いため、歯はリフティング面に到達することができない。

 このようにして、レデラー氏の二重脱進機は、直接および間接的なインパルスを組み合わせて提供することができることを解説した。

CICLAST

セントラル インパルス クロノメーターに搭載されたもう一つの重要な成果(特許出願中)は、脱進機の自動開始機能だ。時計が完全に停止しても、楕円型の部品はニュートラルな位置に保たれ、脱進機のメトロノームも同様に停止する。レデラーのウェイテングパレットの凹形状は、横方向の衝動面を追加することで、インパルス面に当たるガンギ車がひとつのみになり、ガンギ車がエネルギーを受けると同時にテンプに振動を発生させることを意味する。図解、ベルナルド・レデラー

 テンプの角度を120°にすることで、ガンギ車からのエネルギーの移行をスムーズにし、セントラル インパルス クロノメーターの理想的な等時性を実現しているのだ。

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私が学んだこと、その4……短期的なマーケティング用語は長期的な混乱を生むだけである

スイスの時計産業は、クロノメーターという言葉をマーケティングツールとして使っている。時計の精度を証明するクロノメーターは確かに素晴らしいが、精密な計時を行う上で、それがすべてではない。

 そんなことは百も承知だった。しかし、スイスがこれほどマーケティング分野に深い穴を開けていたとは。ベルナルド・レデラー氏はいずれも手を出さなかったようだ。

 セントラル インパルス クロノメーターのプロトタイプを発表したとき、COSCやMETASなどの外部機関の精度保証を一切つけずに“クロノメーター”と名付けたことは、大きな反感を買ったという。

CIC

これは君のママがいう“クロノメーター”の定義とは異なるが、あなたのひいひいおばあちゃんの定義かもしれない。

 スイスでは、クロノメーターは保護された表現であり、そのような証明書を受け取った時計だけが名乗ることができるのだ(ドイツ人であるレデラー氏は、そのことを知らなかった。彼は自分の時計をクロノメーターと呼んでいた。クロノメータータイプの脱進機を搭載していたからだ)。

 先ほどのデテント脱進機を覚えているだろうか? これは別名クロノメーター脱進機という。このように考えると、マリンクロノメーターが高精度な計時の絶対条件であった時代には、デテント脱進機が一般的で、必ずしも計時試験や特定の認定を受けていたわけではなかった。しかしマリンクロノメーターは非常に高い評価を得ていたため、“クロノメーター”という名称はその精度の高さを十分にアピールすることができた。そこでスイス時計産業が精度の基準を打ち出そうとしたとき、クロノメーター/デテント脱進機ではなくスイスレバー脱進機を使用していてもクロノメーター証明書を持つタイムキーパーだけを表示するような法律を制定し、この用語の保護を推し進めたのだ。

CIC escapement

セントラル インパルス クロノメーターの名前の由来となった“クロノメーター”脱進機。

 もちろん、レデラー氏は現在、COSCやブザンソン天文台で“クロノメーター”としての認定を受けている。セントラル インパルス クロノメーターには、その両方の資格があるのだ。

私が学んだこと、その5……秒針は1本より2本のほうがいい場合があること

セントラル インパルス クロノメーターの最大の特徴は、文字盤上に2本の秒針があり、それぞれが反対方向に回転していることだ。

 これは、駆動輪列の秒針が独立した4番車、3番車、2番車、ガンギ車に搭載され、すべてが完全に同期しているためだ。

Seconds hands on CIC

ツイン秒針は回転が同期しながらも、反対方向に周回している。下側のインダイヤルの秒針は時計回り、上側の秒針は反時計回りである。それぞれのインダイヤルに設けられた大きな開口部からは、秒針の動きを支える輪列の4番車が回転していく様子をはっきりと見ることができる。Image,ベルナルド・レデラー

 ダイヤル側からは、Cal.9012の内部を直接見ることができる。ほぼ8の字型に配置されたふたつの開口部は、ふたつの輪列の一部を見せ、ガンギ車と10秒ごとにルモントワールを巻き上げるためのユニークなルーローの三角形(正三角形の各頂点を中心にして、辺の長さを半径として、円弧を描いたときにできる形)を強調している。

 2層構造のダイヤルに施されたオープン加工と、回転する2本の秒針が、このセントラル インパルス クロノメーターにクールな躍動感をもたらしており、離れた場所からでも熟練の時計愛好家であればレデラー氏の作品だとわかるほどである。

私が学んだこと、その6……ルモントワールについて多くを学んだ。とても多くのことを。

トゥールビヨンが複雑機構であるかどうかについては多くの議論があるが(ネタバレ注意)、コンスタントフォース(定力装置)についてはどのように語られているのだろうか? たとえ複雑機構の“技術的定義”に当てはまらないとしても、コンスタントフォース機構は驚くほど複雑だ。ジョン・ハリソンのH4 マリンクロノメーターを考えてみてほしい。この時計はルモントワール(およびデテント脱進機)を搭載していたが、長い月日の航海のあいだ、驚異的な精度を保つことが可能だった。18世紀の半ばに、日差0.6秒の精度を実現していたのだ。スゴい

 「脱進機の最高峰はルモントワールです」とレデラー氏は断言する。「どんな構造であれ、時計の精度はテンプの振幅の規則性で決まります。200°で一定に保てるなら、それでいい。100°で一定に保てば完璧です。300°で一定に保てば、振幅はどうでもよくて、過不足なく同じであることが重要なのです」。

CIC movement

セントラル インパルス クロノメーターに搭載されたCal.9012は、目に見える深みと立体感が圧巻である。見た目ははるかに複雑だが、このムーブメントは合計でわずか208個の部品から構成されている。Image,ベルナルド・レデラー

 しかし、ムーブメントにルモントワール機構を搭載するのは難しいことだ。脱進機へのトルク伝達を短時間で行うためには、できるだけガンギ車に近い場所に設置する必要があるからだ。そこでレデラー氏は、両方の輪列の4番車と5番車のあいだにルモントワール用のバネを配置し、10秒ごとに交互に作動するようにプログラムし、合計5秒ごとにエネルギーを放出させることに成功した。各ルモントワールの解放と巻き上げには、ルーローの三角形と組み合わせたワンケルディスクが使用される。

 これらのルモントワールがそこに配置されているのには理由があり、その理由とは精密さである。

LEDERER CIC

Cal.9012は、ヌーシャテルに近いスイスの小さな町、サンブレーズにあるレデラー氏の工房で組み立てられる。Image,ベルナルド・レデラー

 レデラー氏がこだわったのは、まさに精度である。だから当然、彼は相対する秒針がダイヤル上で一直線に並んでいることを確認しなければならなかった。しかし、これはクロノメーター脱進機であるため、秒針は1秒ごとに一致させることはできない。1秒おきに交互に刻む必要があるのだ。

 それはそれでいいのだ。しかし片方の主ゼンマイのパワーリザーブが尽き、もう片方の主ゼンマイが少し残っていた場合、ふたつの秒針は完全にずれてしまう。そうなれば、2本の秒針は完全に狂ってしまう。

 レデラー氏はその可能性を嫌った。

 「そこで、ムーブメントの構造を変えて、ふたつの針がずれることなく、あるべき姿に収まるようにしたのです。時針と分針を動かすルモントワールのなかに、小さな機構を作り、それを配置しました。もしエネルギーがなくなると、小さなバネが飛び出してきて、テンプをブロックしてしまうのです。このルモントワールが巻き上げられなくなった瞬間、時計は動きを止めます。このルモントワールがその役割を果たす限り、時計は動くのです」。

Lederer CIC

Cal.9012の手作業による装飾と仕上げは、すべてサンブレーズでレデラー氏と彼のチームが手がけている。特筆すべき仕上げは、スケルトンの受け、独自の接戦曲線状のスポーク、手作業による面取り/アングラージュ、グレイン加工(地板と香箱)、エングレービング、サテン仕上げ、そして広範囲に及ぶ研磨などだ。

 このように、Cal.9012に搭載された一対のルモントワールは、セントラル インパルス クロノメーターがどんなことがあっても精度にこだわり続けるための、非常に複雑で入り組んだ保険と見ることができる。

私が学んだこと、その7……ウィッチ(Witschi)の壊し方

ウィッチ(Witschi)とは、時計のビートエラー、精度、振幅などを計測するための装置だ。時計メーカーやコレクターは必ずと言っていいほど持っている。スイスレバー脱進機を使用している時計であれば、素晴らしい装置だ。

CIC Wrist shot

ベルナルド・レデラー氏のセントラル インパルス クロノメーターは、素材ごとに25本限定生産されており、RGまたはWGのベゼルレスケース(44mm×12.2mm)が展開される。Image,ベルナルド・レデラー

 レデラー氏の場合は、セントラル インパルス クロノメーターの時計から発せられる多様な音のために、ウィッチのタイムグラファーを使用することができない。5秒間隔で、ルモントワールが解放され巻き戻るときのうなり声や、“メトロノーム”が二重脱進機に噛み合う音などが常に鳴り響くからだ。ファンキーな音色を奏でる時計。それに対し、ウィッチはどうすることもできないのだ。

 そこで、Cal.9012を正式にテストするために、レデラー氏はドイツのハイルブロン大学を訪れ、独自の高精度レーザー装置を用いて、ガンギ車のスポークがビームを遮る速さを正確に追跡し、動作周波数を証明することに成功した(ちなみに、セントラル インパルス クロノメーターの振動数は2万1600振動/時で、ダニエルズのスペース・トラベラーより少し速い程度だ)

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セントラル インパルス クロノメーターの最初の生産モデルは今夏にコレクターや販売代理店のもとに届くと聞いている。Image,ベルナルド・レデラー

 私は、この時計がどんな音なのか興味があった。そこで、レデラー氏にこの時計について説明してもらった。チクと音がするのか? タクと鳴るのか?

 「説明しづらいですねぇ。実際に聞いてみないとわからないでしょう。でもスイスレバーとセントラル インパルスの音を聞き比べれば、その違いがわかるはずです。その違いを表現するのは私の能力を超えていますけどね」

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ベルナルド・レデラー氏のセントラル インパルス クロノメーターは、RGまたはWGケースで、25本ずつ生産されます(希望小売価格:12万8000スイスフラン、約1785万円)。

ベルナルド・レデラー氏とセントラル インパルス クロノメーターについて、詳しくはこちらでご覧いただけます。