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In-Depth 本気で冒険したいなら、マラソンウォッチをつけて旅に出よう

そんなときは、もちろん街の喧騒から抜け出そう。

冒険を延期する言い訳はいくらでもあるが、その衝動を抑えてほしい。小さな時計、いや、ミディアムサイズの時計に背中を押されなければ、この冒険はもっと遅いスタートを切ることになっただろう。家を飛び出して探検するためのインスピレーションを雑誌もドキュメンタリーも与えてはくれない。代わりに近年発売された36mm、マラソンのメカニカルウォッチ、“アークティック MSAR”が与えてくれるだろう。私はアメリカ南東部を蛇行する旅の計画を立てていたのだが、気まぐれな日常、そしてもちろん誰も予想できないような最近の状況によって、なかなか実行に移せないでいた。あるいは、うってつけの相棒を待っていたのかもしれない。

 そんな時、アークティック MSARが現れたのだ。

 数週間前、私はトラックに荷物を積み込み、オザークの泥だらけの未舗装路を走り、ミシシッピーデルタの真髄を体験して、メキシコ湾岸の雰囲気に浸るために旅立った。アークティック MSARはその旅に同行するだけでなく、その目的の一部でもあったのだ。

 全長444マイル(714km)のナチェス・トレース・パークウェイの最南端4分の1のどこかで、私はサイクリングをやめ、腕時計に目を落として時間を確かめた。暗闇が迫り、マラソンのアークティック MSARが持つトリチウムチューブの柔らかな光が、日没前に戻らなければならないことをより一層明白に知らせてくれた。街灯もなく、携帯電話も通じず、照明器具もないため、真っ暗な夜道で障害物も見えず、車まで戻るのは至難の業だ。車通りもない。大雑把な計算で、もう間に合わないかもしれないと覚悟を決めたところで奇妙なことが起こった。わずかな不安とともに、ドーパミンとノスタルジーが頭のなかをグルグル回り始めたのだ。どんなに些細なことでも、時計はちゃんと設計どおり、ツールとして機能していた。

 オールド・ナチェス・トレースはアメリカの発展において重要な役割を果たした。アメリカ先住民のチョクトー族とチカソー族がカンバーランド川、テネシー川、ミシシッピ川を結ぶ移動ルートとして利用したのが始まりである。ヨーロッパ開拓民が到着すると、テネシー州のナッシュビルとミシシッピ州のナチェスを結ぶ道として探検家や兵士が頻繁に訪れた。現在では風光明媚なドライブコースとして、またサイクリングコースとして活用されている。アークティック MSARは36mmという従来にないサイズと無骨な外見だが、この時計がより意味を持つのは未舗装路での使用だ。我々時計愛好家は、何時間もかけて気ままに時計について空想する。しかし時計の本質を考えるよりも、時には腕につけて実際に使ってみることが、時計の本質を明らかにするのにいちばんいい方法となることもある。マラソンウォッチの場合、私が時計を、そして私自身を追い込めば追い込むほど本質が現れるのだった。

 時計の記事は、理論的に時計をある状況に置き、その動作の限界を試すという机上の想定で執筆されることが多い。それはスペックや技術的な特徴など、道具としての時計にまつわる些細なことを取り上げ、何らかの形で数字に意味を付加する作業とも言える。しかし我々の大半は、こうした道具としての時計が発揮できる限界に限りなく近い性能を体験することはない。ロレックスのサブマリーナーは航海の歴史と海底探検の伝説に彩られた時計だが、それを役員室につけていくためだけに買う人がどれだけいるだろうか? もちろんそうであってもまったく問題ないのだが、アークティック MSARはそのようなタイプの時計ではないことを理解しておくべきだ。この時計に二面性を演じる器用さはない。スーツに合わせたり、Tシャツとジーンズに合わせたりと、簡単に使い分けることはできないのだ。この時計が表現しているのは、あくまでも“利便性”だ。スタイルやデザインよりも、耐久性や人間工学が優先されるのだ。

 マラソンウォッチは、EDC(エブリデイキャリー)のコミュニティで長年にわたりメインストリームであり続けている。マラソンウォッチは実用的で軍で支給されるタフなツールウォッチとして知られており、価格は600ドルから1500ドルほどだ。アークティック MSARの小売価格は850ドル(約11万7000円)である。ケースはずんぐりとしていて、夜光塗料にトリチウムガスタンクを使用したモデルが多いのが特徴だ。このブランドは積極的に広告を出すことはなく、時計は実店舗を通じては販売されていない。マラソンウォッチには熱狂的なファンがいるが、時計業界では決して主流とは言えない一角を占めている。いわゆる時計マニアのために作られた時計ではないし、はっきり言って、このブランドのなかの人々はデザイン段階でインターネットのコメントを考慮に入れてはいないだろう。航空ナビゲーションや水中での捜索救助など、さまざまな特殊なタスクのために作られており、デザインの方向性は毎日時計を使うオペレーターや現場のプロフェッショナルから得ているのだ。NATOストックナンバー 6645-00-066-4279、6645-01-304-4308、米軍規格W-46374Gの要件を満たす、いわば軍事用フィールドウォッチを製造しているのである。しかし、だからこそ、デスクワークで使用する人たちにも支持されているのだろう。マラソンウォッチが戦場での使用に耐えるものであるならば、我々の小さな個人的戦い、例えば自転車で夕日と競争したり、森のなかでトラックの整備をしたり、孤立した生活のなかで起こるあらゆることは、この時計にとっては難なくこなせるのではないだろうか? つまり、何事にも耐えられるように作られているのである。

 私自身の腕の上で1ヵ月ほど酷使したあと、この時計がさらに酷使されるような職業に就く人々に愛用される理由が理解できた。この時計がどのようにテストされているのかを知るために、私はマラソン社の上層部に話ができるよう伝手を頼った。

 同社はSearch and Rescue(捜索と救助)の略称、SARラインというダイバーズウォッチを製造している。クォーツと自動巻き、2種類のダイヤルバリエーション、そして3サイズが展開される。名称はやや複雑だが、その内訳は次のとおりだ。いちばん大きなモデルは直径46mmで、クォーツ式(JSAR)と自動巻き(JDD)がある。JDDはトリチウムチューブ、JSARはマラグロー(マラソン社独自の夜光塗料)を使用している。46mmケースには、バルジュー7750を使用したクロノグラフのバリエーションが1種類存在する。それがCSARである。JSAR、JDD、CSARの現行モデルは、すべてブラックダイヤルを採用している。次にケースサイズ41mmの“ラージ”シリーズだ。TSARはクォーツ式で、GSARは自動巻きだ。ここでもトリチウムチューブ入りのブラックダイヤルのみが採用されている。最後に、36mmのMSARがある。これらは“ミディアム”サイズの時計とされ、MSARの名称はクォーツと自動巻きの両方のバリエーションが適用されるが、MSARにはホワイトダイヤルも用意されている。5月にマラソン社が発表した最新モデルは、36mmのMSAR オートマティックにホワイトダイヤルとセリタ SW200ムーブメントを搭載したバージョンだ。それが、今回私がつけていた時計だ。この小さな時計が大きな冒険のインスピレーションを与えたのである。

 ブルーリッジマウンテンの脇道を走っているとき、電話が鳴った。マラソンについてもっと知りたいという私の依頼は、指揮系統を経て、マラソン社の創始者モリス・ウェインの孫である副社長ミッチェル・ウェイン氏のデスクに届けられたのである。彼はまさに会社の使命とアークティック MSAR オートマチックについて詳しく話してくれた。マラソン社とはそういう会社なのだ。PR会社や仲介者など、切り込むべき敷居はない。マラソン社のやりきる姿勢は、おそらく同社がサービスを提供するクライアントの姿を反映しているのだろう。それは時計にも如実に表れている。

マラソン社と軍との関係

 マラソン社は、時には文字どおりこれまで目立つことなく活動してきた。80年代に家業であるマラソン社に入社したとき、父親のレオン・ウェインは不渡り小切手の束を取り出した。彼はミッチェル氏に伝統的な時計メーカーのように「これが私が宝石店とは取引しない理由だ」と告げたという。第2次世界大戦後、マラソン社は宝石店ではなく、政府に直接時計を販売するというユニークな立場を取った。1939年、ミッチェルの祖父であるモリス・ウェインは、カナダのオンタリオ州にマラソン・ウォッチ・カンパニーを設立した。創業間もない同社は陸軍省の官僚が食事をするレストランと同じビルにあった。そして、カナダが第2次世界大戦でイタリアに向かう兵士のために時計を必要としたとき、マラソン社が納入することになったのである。カナダが参戦したのは、アメリカよりずっと早い1939年のことだ。カナダ軍はイギリス遠征軍に加わり、ヨーロッパと太平洋の各戦域に駐留した。1941年にはマラソン社のジェネラルパーパスウォッチが密閉式の防水缶に入れられ、世界中のカナダ兵に届けられた。

 今日でも、マラソンは世界のさまざまな軍隊に製品を供給しているが、その後、ほかの非軍事政府機関にも事業を拡大した。カナダに入国すると税関の壁にマラソンの時計がかかっているのが目に入るだろう。最近ではアメリカのCOVID-19対策として設置されたクイックビルド病院にも、マラソンクロックが使われている。現在生産している時計の約90%は政府調達による発注である。残りは主に地域社会へのサービスとして、マラソン社のウェブサイトを通じて販売され、少数の小規模なオンラインオペレーションが行われている。若手社員がミッチェル氏を説得して開設したソーシャルメディア以外には、マラソン社の広告は存在しない。

 マラソン社の強みは契約のニーズに合った時計を開発することだ。「政府は一緒に仕事のしやすい相手です。資金も潤沢にあるし、口を出してきません。白黒はっきりさせたいのです」と、ミッチェル氏は受注生産について語る。流れはこうだ。政府は必要な時計の数量と納期、時計の仕様を提示する。そしてその注文と納期に合わせて、マラソンが設計と生産を行う。契約は7000〜5万本程度で、10〜17%のマージンを乗せて販売される。マラソン社はカナダ政府の監査を受けているため、価格設定は公正かつ透明でなければならない。この業界ではマージンや生産方式は極秘にされることが多いので、政府との契約による透明性の確保は特に興味深い情報だ。

 マラソン社は1970年代からアメリカ政府向けの時計製造を開始し、当時陸軍の研究開発プログラムの多くが行われていたニュージャージー州ピカティニー工廠でテストが行われた。しかし生産途中でスイスフランが値上がりしたため、その分の利益が吹き飛び、かえってコストがかかってしまったという。赤字でもアメリカ政府との契約との関係が揺らぐことはなかった。スイスのラ・ショー・ド・フォンに生産拠点を持つマラソン社はスイスフランの変動がビジネスに大きな影響を与えることになった。現在でも時計のデザイン、コンセプトはカナダで行い、製造と組み立てはスイスで行っている。

 この損失は1990年8月2日、サダム・フセインによるクウェート侵攻に対し、アメリカがペルシャ湾に35ヵ国を代表する連合軍を動員して大規模な戦力増強を行った“砂漠の盾”作戦で回収した。この時、ミルスペックウォッチのニーズが急増し、マラソンはジェネラルパーパスウォッチや、軍用飛行士のために特別に設計されたモデル“ナビゲーター”を発表した。1990年11月29日、国連安全保障理事会はフセイン政権に対し、同年1月16日を期限としてクウェートからの撤退を勧告した。外交交渉が決裂したのち、ブッシュ大統領は“砂漠の嵐”作戦の開始を命じた。ノルマン・シュワルツコフ将軍は、第2次世界大戦後最大の軍事同盟として、クウェート解放のための連合作戦を指揮し、作戦は同年3月3日の停戦とイラク軍将兵の降伏で終了した。マラソンウォッチは現代軍事史の新たな章に参加したアメリカ軍とカナダ軍に支給された。紛争後、ミッチェル・ウェイン氏と父レオンはリッチモンドで行われた式典で、アメリカからベストバリューブロンズメダル認定を授与された。この賞はマラソン社の迅速な納品と優れた価値を評価したものだ。

アメリカ軍から“ベストバリュー”の表彰を受けるミッチェル・ウェイン(左)とレオン・ウェイン。

 現在、アメリカとの政府調達に関してはマラソン社の時計がエンドユーザーに届くまでにふたつの明確な経路があるとミッチェル氏は説明する。エンドユーザーとは兵士や海兵、飛行士などであることが多いのだが、それだけにとどまらない。科学者やフィールドワークを伴う職業に従事する人にもマラソンウォッチが提供されることがよくある。

 最初の経路は国防総省との直接契約である。国防総省傘下の軍部で特定の仕事をするために定められた仕様のニーズを満たす時計がつくられる。これらの時計はその後、兵士、船員、航空士に、その支部から直接支給される。これらの時計は国防総省の予算で賄われており、仕様の性質上、デザインを変更する余地はあまりない。スペックシートは一般に公開され、ASSISTデータベースでホストされており、“watch”でキーワード検索すればアクセス可能だ。

 流通経路のふたつ目は、調達やサプライヤーとの契約を監督するアメリカ政府の独立機関である一般調達局(GSA)を通じての流通である。GSAは事前に認可を受けた業者のリストを持っており、そのなかのひとつであるマラソン社は、あらゆる政府機関(軍を含む)に供給できるほか、外国政府にも販売することができる。アークティック MSAR 36mmは、ブラックダイヤルのみというような従来のミリタリー仕様の厳しい条件を満たしていないため、GSAを通じてのみ販売されている。しかしだからといって、この時計が劣っているわけではない。むしろアメリカのミルスペック要件が固定的であることを示している。理論的には、もしアメリカ軍がマラソン社と直接契約する代わりにGSAに頼めば、36mmのアークティック MSARを支給される可能性はある。これは需要が割り当てられた予算を上回った場合や、部隊固有のニーズがある場合に起こり得ることだ。アメリカはマラソン社にとって非常に重要な顧客であるが、世界中の多くの軍や政府組織と仕事をしている。ミッチェル氏によると、現在マラソン社が製造しているのは、イスラエル国防軍と台湾海軍向けの時計である。また日本の政府機関からもアークティック MSAR オートマチックの注文があったという。

現地レポート:アークティック MSAR オートマチック

 この時計はケースサイズに対する考え方を覆すものだ。この時計は昨今のダウンサイジングの流れに対応するために作られたものではない。その代わりに過酷な軍事任務に耐えうるよう設計され、さまざまなサイズの手首にフィットするよう設計された、時間を知るための道具として作られたのだ。適切なサイズの時計は、より効果的なツールであり、軍隊ではマッチョな人物が多いというイメージがあるが、それは間違いだ。軍隊にはさまざまなサイズの手首が存在する。ライフルと同じだと考えてほしい。軍隊には男性用のライフルと女性用のライフルがあるわけではなく、性別に関係なくエンドユーザーのために設計されたツールなのだ。用途に合わせたさまざまなデザインが展開されている。あくまで仕事をこなすためのパーツに過ぎないのである。

ケースリューズ側の側面。

ケースのリューズのない側。

 7.25inch(約18cm)の手首に、36mmの時計は実に可愛らしく映る。時計はちょうど14mmと厚い。しかし、これはムーブメントにSW200を搭載していることや、300m防水であることとは関係ない。グローブをしたままでも操作しやすい厚みに設計されているのだ。厚みのあるケースはベゼルを掴みやすい位置にあり、ベゼルの切り欠きは大きくがっしりとしていて、まるで城の塔にある特大の胸壁のような形状だ。コンパクトなケースで邪魔にならないため、小型のツールウォッチに適している。よい道具は、その役割を果たし、出っ張らないものだ。

 ジュエリーとしてではなく、道具としての時計であれば、任務中に外す必要がない。今回の長期旅行でMSARを着用したことで、私は熟考の末に選んだ2本限りのコレクション、チューダーとグランドセイコーにMSARに強いた役割を負わすことはないと悟った。HODINKEEエディターの“日常”は、軍人の“日常”ではない。そのため、私はこの時計を破損を恐れて外すことは絶対にないという誓いを立てた。私たちはよく大切な時計には遭遇させたくない状況に置く安価な時計を“ビーター(Beater)”と呼ぶ。アークティック MSARは、究極のビーターウォッチなのだ。

ウェストバージニアの森でマラソンのアークティック MSARを腕に。

昔ながらのキャンプファイヤーの調理法。

キャンプでの仕事は、MSARが次に経験しなければならないことのためのウォーミングアップに過ぎない。

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 2.5ℓのディーゼルエンジンが2500回転を超えたあたりで、フレームからカタカタと不穏な音が響くようになった。私は舗装された道路を捨てて、アーカンソー州北西部のさまざまな山林を縫う未舗装路に入った。トラックの音が大きくなってきたので、私は「何かにぶつかってスキッドプレートが曲がり、それがモーターと共振してフレームに当たっているのだろう」と考えた。というのも、このプレートが剥がれると動力伝達系統が剥き出しになり、それが損傷すると立ち往生してしまうからだ。いつもならトラックの下に潜る前に腕時計を外し、コンソールボックスに放り込んでおくのだが、今回はMSARの演習ということで手首につけたままだ。幸いなことにダメージは思ったほど大きくはなかった。ラジエーターに空気を送るためのダムの役割を果たす薄い金属片が外れていただけだった。それを叩いて固定し、応急処置した。私が恐れたのは問題をひとつ解決したことが、別の問題を生むことだった。例えばムーブメントのSW200に激しい振動を与え、トラックの金属フレームに勢いよくぶつかったことで精度が乱れることだ。その後数日間、精度をチェックしたが、すべての測定値は公称値だった。いちばん心配だったのは、泥がベゼルの下に入り込んで、60クリックの挙動が損なわれることだったため、時計を外して近くの湧水で洗い流した。これで危機を脱した。

足回りの点検の後

メキシコ湾の色。

 フロリダ州ペンサコーラの沖合、水深3mほどの小さな人工岩礁で、スピアフィッシングを楽しむ午後にこの時計を同行した。メキシコ湾のこの地域の水は青緑色の冷たい色合いで、砂はパウダー状のクリーム色をしているため、晴れた日には水が輝きを放つ。また、水中ではダイヤルをより鮮やかに見せてくれる。アークティック MSARの最も驚くべき点は水中での視認性だ。雪の多い環境向けの時計かもしれないが、亜熱帯の水中環境ではとても効果的なのだ。私の目には水中ではブラックよりもホワイトダイヤルのほうが見やすく映る。ダイヤルの直径が小さくても、ホワイトのほうが断然読みやすく感じるのだ。

 さらにダイビングギアとして見た場合、その大きさが際立つ。厚めのケースだが、直径36mmなのでバランスがよく、邪魔にならないのだ。スピアフィッシングではグローブが必須だが、グローブをつけたままベゼルを操作する場合、厚めのケースはまさに理にかなっている。握りやすく、回しやすく、ベゼルの切り込みも厚手のグローブ越しに伝わってくるからだ。フリーダイビングでは長時間潜ることはできないものだが、ベゼルを操作するのが楽しくて、気づいたら3分ほど経過していた。この大きさなら、もうひとつギアを追加するかどうかの判断もしやすくなる。つまり身につけることが負担にならないのだ。

 ダイビングを始めて間もないころは、単にカッコイイからと道具を増やしたがる傾向がある。だが、それはもう古い。ダイビングの学習曲線が進めば進むほど、必要なギアが少なくなっていく。必要なものだけに絞り込まれていくものだ。そうした意味において、MSARは最適なのだ。フィールドでは時刻の確認が欠かせない。このサイズとシンプルさは、「道具を減らしてでも出かけたい」と思うようになったときにも好まれる時計かもしれない。まさに“ダウンサイジング”といったところだろうか。海中で午後を過ごしたあと、私はこの時計を外し、淡水で軽く水洗いをしたのち、再び時計をはめ、その日の残りの時間を過ごした。生粋のツールウォッチでありながら、ツールウォッチのパロディになるような“イタい”時計ではない。控えめな時計である。そのため水中でもフィールドでも二重の役割を果たすことができるのだ。

 ミリタリーシーンにおける機械式時計の利点は、クォーツウォッチでは簡単に無効化されてしまう電磁パルスに強いことだ。これはNEMP(核電磁パルス)によって起こる可能性があるが、その場合、着用者は時計よりもはるかに大きな問題を心配することになる。より可能性が高いのは、サダム・フセインのテレビ宣伝装置を破壊するために2003年に使われた電磁パルス爆弾のような脅威である。このシナリオでは電池式時計を含む電子機器が故障する可能性がある。その一方で機械式時計は影響を受けない。

 マラソンウォッチのことをよく知らない人にこの時計を渡すと、なぜダイヤルの目立つ場所に“トレフォイル”と呼ばれる放射性物質のアイコンがあるのかと聞かれるかもしれない。一般的にそれは腕時計ではなく、ウラン原子炉に描かれるものだと思うだろう。しかし裏を返せば、その意味がわかる。ケースバックに刻まれた表記に、“NRC ID: 54-28526-01E.”とある。これは米国原子力規制委員会が発行するコードで、「核物質や廃棄物の所有、使用、加工、輸出入、輸送の一部を取り扱う」ためのライセンスを持つメーカーであることを示すものだ。アークティック MSAR オートマチックやその他多くのマラソン社の時計の場合、インデックスにトリチウム管を使用しているため、マラソン社はダイヤルに放射能標識の表示と原子力規制委員会への登録が必要となっている。

 マラソンはトリチウム夜光塗料をいち早く採用し、その技術はアークティック MSAR オートマチックを含む現在のラインナップの大部分を特徴づけるに至った。トリチウム管の利点は常に発光していることと、“蓄光”するためのソースに依存しないこと点である。トリチウムは時間の経過とともに崩壊しながら電子を放出し、この電子がチューブ内に存在する蛍光体物質と相互作用すると光が放出される。しかしこの反応は無限に続くわけではなく、時間とともにトリチウムはすべて崩壊し、発光しなくなってしまう。半減期は10年から15年で、そのあいだに放射性原子の半分が壊れ、時計はそれほど明るく光らなくなるが、トリチウムの寿命はまだまだこれからだ。トリチウムは常にぼんやりとした光を放つ。ルミノバの明るさに慣れている人には慣れが必要だが、ルミノバのダイヤルが輝きを失った後でも、トリチウムガス管は夜中でも読み取ることができるという利点があるのだ。まさに軍人が喜びそうな特徴といえるだろう。発光輝度は、ほぼ完璧だと感じた。12時位置のマーカーはオレンジ色に、それ以外はハリウッド映画の放射性物質を連想させるような緑色に光っている。この色の違いにより、方向がわかりやすい。

大型トリチウムガス管は、1970年代、電力のないカナダの辺境北部で航空機の着陸地点を照らすために使われた。

 ペルシャ湾の時代、アメリカはトリチウム夜光塗料を腕時計に応用することをいち早く取り入れたが、カナダはそうではなかったとミッチェル氏は指摘する。彼は両国から注文を請けていたが、トリチウムガスが米軍の間で標準になったあともカナダは採用に非常に躊躇したという。それも無理からぬことである。1970年代、電力網の届かないカナダ最北部で、航空機の着陸地点の目印に大きなトリチウム管が使われた。そのひとつが、カシェチュワン先住民族のオンタリオ州北部の小さな町である。その近くのヘリコプター発着場に大量の放射性物質があることを住民に知らせることなく、核実験装置が設置されたのだ。マイケル・D・メータ著『リスキー・ビジネス カナダの原発と市民の抗議(原題:Nuclear Power and Public Protest in Canada)』によると、1994年、地元の若者たちが15本あった管のうち6本を破壊し、子どもや看護師、管理人が被曝する事態を招いたという。

 アークティック MSARのダイヤルの3時位置にある放射能警告マークは、単に見た目をきれいにするためだけにあるわけではない。それが魅力を増していないと言えば嘘になるが。

リーエンフィールド4番ライフルと斧をモチーフにしたカナディアン・レンジャーズ・ユニットパッチ。

 国防総省の仕様ではブラックダイヤルを採用しているが、これは主にアメリカ軍向けのものだ。この時計はアメリカ軍のために作られたのではなく、カナダのレンジャー部隊を想定して開発された。約5000人の予備兵からなるこの部隊はカナダ軍の下部組織であり、極北の入植者がまばらに住む孤立した地域など、軍の伝統的な存在意義(戦闘)を必要としない周辺地域で活動している。レンジャーが何をする部隊なのかを知るのに、北極グマから地域社会を守ることが任務の一部であることを考えると理解しやすい。C19ライフルや赤いアウタージャケットとともに、アークティック MSARが正式な装備として支給される。

 雪のなかでは、ブラックよりもホワイトダイヤルのほうが読みやすいとマラソン社は主張している。しかし私はそれをさらに一歩踏み込んで、あらゆる状況下で読みやすいとさえ断言する。カナディアン・レンジャーズが活動する地域から数千マイル南下したところで、私は風景が大きく変化するのを目の当たりにした。青々としたオザークの丘陵地帯からミシシッピ・デルタの色彩を失った広大な大地へと、わずか数時間のうちに姿を変えたのである。どんな風景であっても、ホワイトダイヤルはひと目でわかる。アークティック MSARは、大きなTSARよりも私に適したサイズであり、ホワイトダイヤルは私にはより見やすい。マラソンはケースサイズやダイヤルバリエーションを豊富に製造しているのはそれが理由である。ボルトやナットのサイズが違うように、工具箱から正しいサイズのレンチを取り出せるかどうかは自分次第なのだ。

オザーク山脈の小川を渡る。

オザークでオフロードを走る。

 1ヵ月以上にわたってハードに使用した結果、アークティック MSARは仕事に適したツールであることが証明された。トラックでの生活やアメリカ南東部の変化に富んだ風景を探索することは、独自の課題をもたらす。想像上のシナリオから抜け出し、実世界で使用することで、この製品が価値ある装備であることが証明されたのだ。M119榴弾砲を毎日操作するのと同じようなストレスがかかっているのだろうか? そんなことはないだろう。しかし、ここで興味深い指摘がある。軍人は時計を支給され、使用し、最終的には廃棄することを想定している。歴史的に見ると、ベトナム時代に契約生産された時計のなかにはW-46374Bという仕様で、トップローディング式(裏蓋ではなく風防側から組み込む方式)のムーブメントと安価なプラスチックケースを採用したものが存在する。またリン酸塩皮膜処理(腐食防止処理)されたケースを採用したモデルでも、将来のメンテナンスまで考慮しては設計されておらず、トップローディング式ムーブメントとプラスチック風防が使用されていた。また防水性にも問題があった。コスト削減と大量生産のために堅牢性を犠牲にしたのである。初期のネイビーシールズが使用していたミリタリーウォッチの最高峰と言われ、コレクターも多いベンラス社のタイプIでさえトップローディング式で、そのメンテナンスの難しさを考えると、現在では生産されないだろう。それに対してアークティック MSARは、総じて長寿命で保守性を考慮した設計になっている。内蔵するセリタSW200はどこにでもあるものでメンテナンスも容易、ケースデザインにコストダウンを図ってメンテナンス性を損ねるようなこともない。

カナダの北極圏を調査するカナディアン・レンジャーは、ほとんどが現地の先住民で構成されている。

 商用販売はマラソン社の契約業務に付随するもので、この種の業務を行う企業の多くはわざわざ一般に販売することはない。一般人が手に入れられるのは製造中止となった機器を販売する余剰品店を通じての購入が最も近い。膨大な研究開発費と原子力規制委員会の認証が必要な厳しい基準をクリアしなければならないことを考えると、アークティック MSARにはそれなりの価値があるだろう。何しろ、時計を手に入れるためにカナディアン・レンジャーとして訓練を受けるより、時計を購入する方がずっと容易なのだから。しかしこの4000マイル(約6437km)で何かが証明されたとすれば、一般人としてこの時計を購入しても冒険をすることに違いはないということだ。

アークティックMSARは、マラソン社から発売中。36mmと中型で、発光源にトリチウムガスチューブを採用。ムーブメントはセリタSW200を搭載。ラバーストラップとブレスレットが用意されている。価格:850ドル(約11万7000円)