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Dispatch チューダーはサイクリング業界で最も果敢なチームをつくったのか?

伝統的なブランドが、伝統的とはいえないロングレンジアタックを試みている最中だ。

Photos by Zachary Piña

地中海に面したスペイン中央部の暖かな冬の午後、私は新しく結成されたチューダーのプロサイクリングチームとともに、屋外にあるカフェの中央にあった長いテーブルに腰かけていた。120kmの道のりを50kmほど走ったところで、西の山間部へと向かう前に、薄くてサクサクのペストリーとエスプレッソで腹ごしらえをしていたのだ。カフェにはベルギーのサイクリングアイコンである、勝利の際に両腕を広げるポーズをした色あせたポスターが、壁一面に貼られていた。

 「写真を撮ってもいいですか? 私の父がマペイであなたと一緒にレースをしていたんです!」。スーダル・クイックステップ(Soudal Quick Step)のジャージに身を包んだ青年は、ブルーミラーのオークリーのサングラスを外して星のようにキラキラした目で話かけてきた。スイスの伝説的ロードレーサー、ファビアン・カンチェラーラ(Fabian Cancellara)氏は、食べかけのボカディージョを筋肉質な体の後ろにやって微笑みながら言った。大きな声で「もちろん!」と。

Tudor selfie

 スイス・ベルン出身のカンチェラーラ氏は、プロサイクリング界のタイトルをほぼすべて制覇したという、一世代にひとりいるかいないかといわれるアスリートだ。彼には、ツール・ド・フランスでのステージ優勝という実績がある。世界選手権のタイトル、壮大なワンデーレースのクラシック、そしてオリンピックの金メダルもそうだ。これらのタイトルの多くは、単独でフィニッシュしたものや、ゴールから何kmも離れた地点からの果敢なロングレンジ(長距離・長期間)アタックによって獲得したものだ。圧倒的で泥臭く力を誇示するスタイルは、やがてタイムトライアルのスペシャリストである彼に、“スパルタクス”(剣闘士)という異名を与えることになった。

 プロサイクリングは、チームワークと戦術的な洞察力を必要とする、真面目で伝統的なスポーツである。例えば、ロングレンジアタックは一般的に、自らを追い込むバカげた行為と言われている。従来の伝統的な戦術では、少人数のグループで行動し、できるだけゴールラインに近づいてから大きく移動することを推奨しているからだ。とはいえ、プロサイクリングはヒーローを重んじるスポーツでもあり、カンチェラーラ氏の個性と人々の心を引きつける堂々たるライディングスタイルは、歴史に残るほど愛されている。

Tudor pro cyclers

 16年間、トップレベルで戦い続けたカンチェラーラ氏は、レース選手としての役目を果たしたが、サイクリング人生を終えたわけではない。彼は新たに結成されたチューダー プロサイクリングチームのオーナーであり、ただ傍観するのではなく、ともに走り、指導者としての役割も担っている。そして彼は笑いながら「父親のような存在かもしれません」と付け加えた。

 2022年に、ワールドツアーレベルの若手、しかもほぼ未経験の選手だけで構成された新チームを正式に発表したとき、なぜチューダーはこの新チームに全力を注ぐのか、そしてこのスイスメーカーはそこから何を得ようとしているのだろうかと、不思議でならなかった。どのくらいの若手なのか? 16人の登録選手のうち、もっとも経験豊富な選手でもわずか24歳で、チーム内の平均年齢は、ほとんどの国でビールを飲める年齢に達していなかったといえば伝わるだろう。極めて伝統的なスイスの時計産業、そのなかでも特に秩序のあるロレックスに連なるメゾンからは想像もできないような強気な姿勢である。私はその真相を探るべく、スペイン海岸を訪れた。

Tudor Black Bay GMT

 ふたりで自撮りをしたあと、我々はレースの途中で軽食を済ませた。コートヤードを抜けると、タイムトライアル編成のイー・エフ・エデュケーション・ファースト(EF Education First)チームが、ピンクのド派手な衣装で通過していく。日没までに、ホテルのあるアリカンテ(Alicante)まで戻ってこれるよう残りの70kmもの長距離に備え、チューダーチームのソワニョール(補給係)が飲み物の補充、ライスケーキ、そしてジャージのポケットに甘いキャンディを差し入れしてくれた。

 サドルに戻り、太陽を背にしてチューダーボーイズはのんびりとペダルを漕ぐ。スペインの地中海沿岸は1月でも暖かい季節で、道も空いている。スペインのコスタブランカ(Costa Blanca)に点在しているいくつかの小さな街が、プロサイクリング界における有力チームのプレシーズンキャンプ地となっている理由がすぐに理解できた。

 丘陵地帯の小さな集落を登って、プロと一緒に走れるめったにないチャンスに興奮する、アマチュアのサイクリストを追い越す。“ヴェンガ! ヴェンガ!(来い! 来い!)”とヘッドコーチのセバスチャン・デッカート(Sebastian Deckert)が、Cクラスのチームカーの助手席から声をかけると、ライダーたちは必死についていった。その後100mも走らないうちに声が掠れ、彼は谷へと消えていった。

 カンチェラーラ氏はもともと、チューダー好きではなかったが、妻が結婚記念に贈ったというポルトギーゼを皮切りに時計コレクターとして道を歩んでいる。彼はその後のキャリアの大半で、アクアタイマーやビッグ・パイロットといったIWCの時計を着用してレースに参加している。なぜ機械式時計をつけてサイクリングをするのか聞くと、“とてもクールだからだ”と肩をすくめて答えた。

 チューダーとこの新しいサイクリングチームは、ファビアン氏にとってさらなる価値を生み出す天職となった。それは、従来のブランドアンバサダーという枠をはるかに超えたものだった。現在、彼はチューダー ブラックベイ GMTと、チーム選手にのみ支給されたクールなブラックベイ クロノを使い分けている。この記事を執筆している時点では、チューダーのプロサイクリングのチームメンバー以外、この時計を手に入れることはできない。

Tudor Black Bay GMT

 待てよ、この時計は買うこともできないのか? この新しいリファレンスは、レギュラーで手に入るブラックベイ クロノより、非常に魅力的なバージョンであるため残念だ。一見するとチューダーがニュージーランドのラグビー代表チーム、オールブラックス(All Blacks)のために小ロットで製作したPVDコーティングのリファレンスと非常に似ている。しかしよく見ると、チューダーのロゴと積算計のインダイヤルのリング部分に、赤いアクセントが新たに加わっていることがわかる。さらにオールブラックス限定モデルやほかのブラックベイ クロノグラフとの違いは、カラーリングと編み込みNATOストラップ(優れたペラゴス FXDから借用)のみで、ほかの共同ブランディングは一切見受けられない。

Tudor Pro Cycling Chronograph

 パエリアレストランや、メロウなサイクリングカフェを横目に、町や海岸から離れ、昼下がりの太陽に照らされたオレンジ色の果樹園の中へ山肌を縫うようにペダルを踏むと、切り返すようにジグザグした静かな道が続く。また、低木と柑橘類の植物がロングバレーの上にそびえている乾いた崖の姿は、ここ数カ月のあいだ雨が降っていないことを物語る。山頂に到着してベストを脱ぐと、ちょうど道路が山の端に突き当たるところでフリーハブ(後輪ペダルの空回りを防ぐ箇所)の音が合唱するように谷間にこだました。時速75kmで走ると、オリーブの木や古い石の生け垣の道端が、私の周辺にうっすらと浮かび上がるのだ。

 この高音が発するのは、DT スイス 180のリアハブである。スイスブランドであるDT スイスのリアハブは、細部にまでこだわった設計で、高速かつ高音質を実現したものだ。BMCのバイクや、アソス(Assos)のウェアアパレル、そしてスープレスト(Suplest)のフットウェアといったスイスメーカーが、このチームの訓練コースに参画している。チューダーは、スイスの優秀な若手ライダーと、スイスクロスでレースする次世代のプロサイクリストを育成して、プロフェッショナルなプロトン(レース中で最も大きなメインの先頭集団)になって“最もスイスらしい”サイクリングチームを作るという野心を持ち、それに賛同するメーカーがこのチームに加わったのだ。

DT Swiss

 チューダー プロサイクリングチームのライダーは、その半数近くがスイス出身かつ、若い世代である。そのうち4人は、すでにスイスナショナルチャンピオンに輝いている。そのなかのひとり、2022年のスイスチャンピオンである24歳のロバン・フロワデボー(Robin Froidevaux)が乗るBMCのSLR01は、彼のナショナルチャンピオンキットに合わせた赤と白のスペシャルなカラーリングに彩られている。またバイクをよく見ると、小さなテンプやヒゲゼンマイといった、非常にクールな時計特有の機構をカスタムペイントしているほか、フォークの各所、シートステー、シートチューブには、チューダーのスノーフレークが施されている。

 現在のサイクリングのプロ世代に関していえば、チューダーは現代のプロトンに入る最初のスイスメーカーではない。ティソは長年にわたりUCIサイクリングイベントの公式スポンサーを務めてきたし、タグ・ホイヤーは2017年にBMCファクトリーレーシングチームの腕に、第1世代のコネクテッドウォッチを巻いた。最近では2021年のツール・ド・フランスで、スロベニアの若きスター、タデイ・ポガチャル(Tadej Pogačar)が優勝してブレイクしたことを受け、リシャール・ミルが彼の所属するUAEチーム・エミレーツへサポート(およびRM-67ウォッチ)することを発表している。そして2023年のシーズンには、ブライトリングは旧クベカ(Qhubeka)チームの意志を継いで新設した、Q36.5プロサイクリングチームを共同スポンサーとして支援する予定だ。今年のプロプロトンは、チューダーだけがスイスの時計メーカーではないが、現在唯一のタイトルスポンサーである。このスポーツの未来をさらに築いていくために、最も真剣に取り組んでいるように見える。

Tudor Cycling

 チューダーのプロサイクリングへの参戦は目新しくはないが、その参加形態は極めて斬新なものだった。他を圧倒する水準の資金サポートは、伝統に沿って真っ向から結果を狙っており、そして春のクラシックやグランツールの表彰台の最上段を目指すプロプロトンの選手たち(マーク・カヴェンディッシュ/Mark Cavendishは、史上最強のロードレース選手と謳われたエディ・メルクス/Eddy Merkx以来の最多勝スプリンターだったが、2023年のつい最近までチームがなかった)やチームのポケットに直接入る。しかしチューダーは、既存のインフラを活用しつつ、路上で走るのに疲れたスーパースターと契約する代わりに、まったくゼロの状態からスタートするという、非常に型破りな方法を選んだ。

 そして、ワールドツアーの舞台でまだ実力を発揮したことのないライダーで構成された新チームが、今日発足したのだ。チーム基盤を構築して独自のライダーを育成するチューダーの、“すべてを自社で行う”アプローチ(聞いたことがあるのではないだろうか?)は、ギャンブルのようだが短期的な栄光ではなく、スイスのサイクリング業界を将来に残すような、レガシーとして築いていることを証明しているように思う。この取り組みはチームオーナーシップやアスリートマネジメントの精神とは、根本的に異なるアプローチだ。しかもそれがうまくいくかどうか、今後どうなるのかわかるのは、数年先の話かもしれない。しかしもしそうなったら? 時計ファンも自転車ファンも、とんでもないことになるかもしれない。

Tudor Pro Cycling Black Bay Chronograph

 スイス国旗と同じ、鮮やかな赤と白で彩られたSLR01は、ライダーがペダルを踏みこむたびに、(言葉どおり)風を切るような感覚になれるロードバイクだ。このモデルは、価格も同様にすばらしいものである(原点を見失わないようにお伝えすると、ツートンカラーのデイトジャスト約1本分の価格と同等)。しかし、ヴァル・デボ(Vall d'Ebo)を出発してこの日最後のクライムを勢いよく登ったとき、このカーボンファイバー製のロードバイクと、私の手首に巻かれたブラックベイ クロノグラフのモダンな機械式時計が、どちらも人の力で動くというつながりが見えてきた。時計とサイクリング、そしてチューダー自身の野心と、チームオーナーであるカンチェラーラ氏のキャリアを特徴づける堂々たる表現とのあいだに、一貫したつながりがあることを見いだしたのだ。

 カンチェラーラ氏は、自身のサイクリングキャリアを象徴するような、冒険的な瞬間を誇りに思いながらも、個人だけではレースに勝てないということも理解している。“チームとして勝つ”、彼は手を振りながら振り返ってそう言い、少数の整備工とソワニョールに見守られながら、レース後に行うさまざまな整備を始めるべくホテルに戻っていった。チューダーのサイクリングプロジェクトには、ロングレンジアタックの精神、つまり個人による反骨的な行動や、戦術家のギャンブル的精神が色濃く反映されている。そしてブランド自身の言葉を借りるとすれば、それは実に果敢な試みなのだ。

Tudor Black Bay Chronograph

 まるで機械式時計を身につけるかのように。

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