この10年間、最も価値のある自動巻き腕時計の候補が何本か登場した。時計収集趣味を始めたばかりの頃に最初に買う時計というような意味合いでのものだ。セイコー SKX007やハミルトン カーキフィールドメカニカルなどは、その筆頭格だ。2年前、ティソは1970年代のクォーツモデルにオマージュを捧げたモデルを発表した。その名もティソ PRXである。400ドル以下で買えるブレスレット一体型のスティール製スポーツウォッチだ。クール(非常にクール)でありながら、純粋な機械式ではなかったため、前述のモデルとは対極にある存在だった。しかしティソ PRX パワーマティック80の登場により、その状況は一変した。
事実上、これはPRXのテーマを機械式に変換させたものだった。40mmの一体型デザインはそのままに、さまざまなカラーの模様入りのダイヤルを追加したのだ。最も人気があるのはブルーダイヤルのバージョンで、この時計の何倍もする、ある類似のスタイルの時計をきわめて彷彿とさせる(これは言わねばなるまい)。しかしスティール製スポーツウォッチのデザインだからといって、特定のブランド専属というわけはないし、ダイヤルにちょっとした深みと視覚的なおもしろさを加える能力も特定のブランドの専売特許というわけでもない。
そして今回のレビューの題材であるブルーダイヤルのPRX パワーマティック80を残すのみとなった。この時計は、時計という小さなニッチな世界の内外で大衆文化を席巻した時計である。昨年のNBAオールスターの週末に、この時計のテレビコマーシャルを見たのを覚えている。HODINKEEの同僚からニューヨークの地下鉄で見知らぬ人まで、この時計を巻いた手首を見かけたのだった。
PRXは人気があると言っても過言ではない。クォーツモデルは6万4900円という信じられない価格だが、10万100円(ともに税込)のパワーマティックモデルはさらに価値があると私は断言したい。歴史あるブランドのヘリテージウォッチに、ETA製キャリバー(ETA 2824改のETA CO7.111)が搭載されているのだ。その上、素晴らしいブレスレットとクラスプ機構が手に入る。
この時計が担保する品質と価値の多くは、この業界でしばしば悪者にされがちな要素である時計グループのコングロマリット構造の副産物である。つまりティソを所有するスウォッチグループのことである。ティソはスウォッチがETA社を傘下に置くことで、より低コストで高品質なムーブメントの供給を受けることができるのだ。同じようなことはハミルトン(こちらもスウォッチグループ傘下)でも行われている。よりよい製品をより多くの人に、より低価格で届けることができるという点で、これは実に素晴らしいことだと私は好意的に捉えている。
私は長いあいだ、ティソ PRXに興味を抱いていた。70年代のクォーツモデル、シースターをベースにしているので、その点では伝統があることは理解している。しかしAPやパテックのある種の時計に非常によく似ていることも理解している。このティソ PRXパワーマティック80と1週間過ごすなかで、私が最も興味を持ったのは、この時計が格安の高級品と感じられるか、それとも独自のものと感じられるか、という点だ。それを見極める方法はただひとつだった。
手首で1週間過ごす
ティソ PRXを初めて手にしたとき、最初に感じたのは時計の重さと全体の高い質感だった。プラスチックのような感触を期待していたわけではないのだが、なんとなく軽さや、どこかで手を抜いているような感覚を予想していた。そのようなことは一切なかった。ダイヤル、針、ケースの角度、ブレスレットの柔軟性、クラスプの出来に至るまで、この時計のすべてがよく構成され、考え抜かれ、一体となっているように感じられた。
ダイヤルに施された擬似タペストリー仕上げも見逃せない。この時計は、なぜか簡単に見過ごされてしまうのだが、その理由がわかったような気がする。PRXは70年代のデザインモチーフを使用しているものの、PRXのロゴは1980年代の映画ポスターから引用されたような書体だ。ダイヤルの柄も、まるでドット絵のようで、ブラウン管テレビでVHSの映画『トロン』を映したくなる。クレイジーと思われるかもしれないが、あくまで一個人の意見に過ぎない。
しかし、その効果はこの時計を身につけたときの感覚を左右するものだ。ブルックリンのウィリアムズバーグの通りを歩いていると(コロニアル風の街並みのことだと思っている人のために補足しておこう)、ヘッドフォンにジャーニー(Journey)の曲を流したい衝動に駆られた。ちなみに私はドラマ『ソプラノズ』のラストシーンで流れる曲以外、ジャーニーは好きではないのだが。
閑話休題。PRXの装着体験で最も興味深かったのは手首に装着したときのラグジュアリーな感触だ。私は完璧なファーストウォッチというものについて考え始めたのだが、ティソ PRX パワーマティック80は、まさにその型にはまるものだった。1000ドルを大幅に下回る価格で、2万ドルの腕時計を手に入れることができるのだから。
ティソのこの時計のターゲット層は若い時計購入者であることは理解しているが、この時計がマニアの憧れの対象でないのなら、そうなるのを見ずにはいられない。確かに2年前のモデルではあるが、このような時計は流行るまで本当に時間がかかるものだ。ニッチな存在から、より多くの人の手首に触れる存在へとようやく変わりつつあるのだと感じている。
昨年のNBAプレーオフでクレイ・トンプソンがヴァシュロン コンスタンタン Ref.222を着用しているとソーシャルメディアが勘違いし、それがゴールドのティソ PRXであることに気づいた瞬間が忘れられない。この時計は見た目も着け心地も、まさにそのとおりなのだ。この時計は、その重量をはるかに…はるかに上回るパンチ力を秘めている。
競合モデル
PRXと同じ土俵でブレスレット一体型のスティール製スポーツウォッチデザインを提供する、クォーツ危機時代の復刻モデルをここに紹介したい。この時計で繊細な柄を持つブルーダイヤルと自動巻きムーブメントを手に入れることが可能だ。PRXとは異なり、このモデルは1000ドルを超える価格帯となる。
明らかに1970年代は一体型ブレスレットのデザイン全盛期だった。ゼニス デファイ スカイラインは、ティソ PRXを購入し、その全体的なデザインに魅了され、次に購入するのは同様の外観と感触を持つ、より高価な時計を買うことしか考えられないのでなければ(価格を考えれば)ほとんど競合にはならないだろう。
その考え方でいくと、PRXを見たときに多くの人が目にするこの時計が、論理的にはいちばん近いと思われる。スティール製であること、自動巻きムーブメントを搭載し、エキシビジョンケースバックであること、模様の入ったブルーダイヤルであること、そして時刻がわかるという、この時計の一般的なデザイン様式について話す限りでは、これは歴とした競合モデルである。それ以外の点では、これらの作品はまったく異なる時計学の世界に属している。
最終的な考え
APのロイヤル オークに関する私の考えを述べると、このような話をすること自体、価値があると考えている。PRXがこのモデルに匹敵する美的感覚を備えていることは間違いではない。このような道を選んだ時計やブランドに対して非難することもできようが、私は時計、購入希望者、そして趣味全体にとってよい結果をもたらすと思っている。
私はこの時計との時間を楽しみ、この時計と過ごした1週間をとおして、機械式計時を初めて体験する人になった気分を想像した。コスプレのようなものかもしれないが、そのおかげでこの時計を楽しむための正しい思考が反芻できたと思っている。気づいたら、私はこの時計が好きになっていたのだから。
ムーンスウォッチを除けば、時計の世界からリアルな世界へ飛び出したお手頃価格の時計はなかなか思い浮かばない。ティソ PRXは間違いなくそのカテゴリーに属する時計であり、今後その影響力がどのように拡大していくのか、興味深いところだ。
話題の記事
Hands-On チューダー ブラックベイ クロノ “ブルー” ブティック限定モデルを実機レビュー
Four + One ハロー・パテック、ハローキティ! 彼女はおもちゃのような品から気品ある時計まで幅広く揃えている
Introducing スペースワン×パーペチュアル・ギャラリーによる限定ジャンプアワー(編集部撮り下ろし)