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つい先日、デュアルレギュレーターを搭載したMB&F レガシー・マシン2がパラジウムバージョンで発売したことを受けて、私は考えさせられた。時計にはひとつあれば十分なのに、なぜふたつもレギュレーターが必要なのだろうかと。さらにいえば、なぜゼンマイの香箱がふたつもある時計や、トゥールビヨンもふたつセットされている時計があるのだろう? 人間の腎臓と同じようにひとつだけあれば、本来は十分なのだ。ただ単純に考えると、何か(腎臓も含む)をふたつ持っているということは、物事がうまく運ぶということなのだろう。ここではその方法を紹介しよう。
バランスを取るために用いるふたつのレギュレーター
ほとんどの機械式時計は、ひとつのエネルギー源、ひとつの輪列、ひとつのレギュレーターで動作する(ここで時、分をわけたディスプレイを持つレギュレーター式時計と混同しないように)。なかでもレギュレーターは、テンワとヒゲゼンマイ、または振動子と脱進機(アンクルとガンギ車)で構成されている。ここでふたつ使うポイントは、振幅の向上、ひいては精度の向上である。
多くのデュアルレギュレーターウォッチと同様、MB&Fのレガシー・マシン2もそれぞれの速度を均一にするべく、差動(ディファレンシャル)機構を用いてゼンマイからの動力を分割し、各脱進機にエネルギーを分配して、それぞれの誤差を平均化している。腕時計に差動機構式デュアルレギュレーターを搭載した最初の腕時計であり、そして最も有名な例は、1996年に発表されたフィリップ・デュフォーのデュアリティだ(この時計はいまや100万ドル/日本円で約1億3770万円のレアモデルだ)。しかし、2013年に登場したMB&F HM2では、レギュレーターと差動機構が文字盤の上に大きく配置されるという見ればすぐにわかる仕様になっており、たくさんの人にこのコンセプトを周知するようになった。
レギュレーターをふたつ搭載した時計で、差動機構を制御する歯車がない場合は、近接して振動するふたつの物体が互いに影響し合い、最終的には同期して互いの誤差を相殺するという、レゾナンス(共振原理)という現象に頼ることで、タイミングが改善されたためである。これをF.P.ジュルヌが2000年に、クロノメーター・レゾナンスという腕時計で初めて実現している。
さらにふたつのレギュレーターを駆使すれば、異なる機能にエネルギーを供給することもできる。例えば、ゼニスのデファイ エル・プリメロ 21はふたつのサブムーブメントを搭載しており、それぞれに独自のレギュレーターを備えている。片方は計時に特化したもので、5Hz(3万6000振動/時)の振動数で動作する。そしてもうひとつはクロノグラフ計測に特化したもので、50Hz(36万振動/時)の速さで時を刻む。これによりクロノグラフは、100分の1秒計測が可能となっている。この時計のレギュレーターがふたつにわかれている理由は、クロノグラフの極めて高い振動数がパワーリザーブを消耗してしまうからだ。後者のレギュレーターのみの場合、50分程度しか駆動しない。そしてふたつのレギュレーターのあいだに相互作用がないため、エネルギー消費に支障をきたすことはなく、クロノグラフ計測をスタートさせても計時の速度は影響を受けないというわけだ。以上、おわかりいただけただろうか?
ずっと前から存在するふたつのムーンフェイズ
ムーンフェイズ表示がふたつある時計? きっとこれはまったくもって必要のないところで作り出されたものなのだろう。実際のところ、ムーンフェイズインジケーターはひとつも必要ないと主張する人もいるだろう。ただし、満潮と干潮を把握したい船乗りや、満月が株式市場に影響を及ぼすと信じている金融関係者は除いてだ。しかしそれでもなぜふたつも必要なのか、その理由を先に説明しよう。それは地球がふたつの半球に分かれているからである。
リオデジャネイロの夜空を見上げると、ニューヨークの夜空を見上げるときと逆の光景が広がっている。そして北半球にいる人が観測した場合、上弦の月の三日月は右側にカーブして見えるが、赤道より南から見ると左側にカーブしているように見える。逆に下弦の月の三日月は、北半球の人は左に、赤道直下より南にいる人は右にカーブしているように見える。ムーンフェイズは北半球で発明されたコンプリケーションであり、赤道より上に住む人が多いことから、北半球のムーンフェイズを使用することが時計製造の常識として広まっていった。そして市場が拡大するとともに、赤道以南の人々も時計を身につけるようになったため、現代の時計メーカーは両半球のムーンフェイズも表示するようになった。
ふたつのムーンフェイズが必要な理由のふたつ目は美観にある。ムーンフェイズは、文字盤上で常にコロコロと表情が変わる数少ない機構であることから、しばしば“詩的な“複雑機構と称される。カーレースの周回遅れやヨットレースのスタート時刻をカウントダウンするわけではないし、100分の1秒を正確に刻むこともない。クロノグラフとはまったく異なり、ゆっくりとした月日の流れを記録していくものだ。そのため機能性というより主に装飾的な要素が強く、さらに文字盤をいかに装飾するかという黄金時代である今、ひとつよりもふたつのほうが、装飾的な意味合いはより高められる。
ボヴェのリサイタル 26 ブレインストーム チャプター ツーはその一例である。2020年、GPHGのメカニカルエクセプションウォッチ賞を受賞したこのビーストのような時計は、ダブルトゥールビヨン、ツインバレル、デュアルタイムゾーンなど、何もかもふたつ持っている。その代償ともいえる47.8mm×15.5mmという大きさは、ムーンフェイズがあるからではなく、それ自体は大きなスペースを取っているわけではない。ほとんどのムーンフェイズは、袖口の下にすっぽりと収まるサイズだ。
一般的にこの複雑機構は、135の歯数を持つ歯車が嚙み合うことで駆動し、29日と12時間と45分のサイクルで進み、調整が必要なのは122年のうち1回だけ。ただこの時計はそれよりもちょっと複雑だ。127年に1度だけ修正する必要があり、ふたつの青い月の上を、ふたつのモノクル(片眼鏡)のような形の金のアームが回転して、現在表示されている箇所を視覚的に際立たせる仕組みとなっている。このアームはムーンフェイズドームの円周上に設置された、特許取得済みの放射状誘導システムにより回転する。ボヴェは月面の模様を手作業でエングレービングし、さらに暗闇で光る蓄光材を塗布することで、本物そっくりにするためのドラマ性を持たせている。
あちこちで散見されるふたつのタイムゾーン(そしてふたつの賞)
手首に2本の時計、またはふたつのムーブメントを搭載した大きなひとつの時計をつけなくても、デュアルタイムのコンプリケーションウォッチはローカルタイムとホームタイムが把握できるという、ベストな方法であるといえる。旅行する機会が多い我々現代人にとって、この機能は時計にとって最も便利なうちのひとつだと思う。クロノグラフやトゥールビヨンは遊べたり、眺めるだけでも楽しいのだが、実際の生活では優れたデュアルタイマーの出番のほうが多い。
エルメスのアルソー ル タン ヴォヤジャーは、このジャンルの代表格だ。ふたつのタイムゾーンを持つだけでなく、GPHG賞もふたつ受賞している。昨年はメンズコンプリケーション賞とレディースコンプリケーション賞の両方を制したのだ。
この時計はいくつかの点が何かに似ているようで似ていない。まずは、12時位置の日付表示窓の上に“Home Time”という文字があるため、これがホームタイムの表示であることがわかる。ホームタイムは24時間ディスクで、時間を表示してくれるようだ。次に24都市をプリントしたインナーベゼルは、一般的なワールドタイマーのように見えるが、そうではない。
代わりに都市コードのリングは、ローカルタイムがどこに位置しているかを示すインジケーターとして機能する(万が一、使用者がどこにいるか忘れた場合に備えて)。現地の時間と分は、時計をセットすると、可動式サブダイヤルの脇に取り付けられた小さな赤い矢印が、該当する都市を指すまで回転して表示する。開発するまで3年を費やしたこのムーブメントは、エルメスの自社製Cal.H1837をベースに、クロノード社が製作した122個のパーツからなるモジュールを統合して実現した。
エルメスがこの時計で行ったことは、従来の複雑機構を美しく、よりおもしろくて興味深い方法で表現し、その過程でデュアルタイム表示を再発明するというエルメスらしい試みである。サテライトサブダイヤルが都市から都市へ移動すると、時計の表情が変化して、背景の異なる景色も同時に現れる。これはファンタジーの世界地図に見立ててデザインした、エルメスのシルクスカーフ、“Planisphère d'un monde équestre”から着想を得ている。
大陸の名前は、エルメスを代表するモチーフである馬術をテーマにしたクリエイティブなものだ。グレー文字盤のプラチナケースが41mmサイズのメンズ、ブルー文字盤のスティールケースが38mmサイズのレディースである。
ツインバレルと2本の主ゼンマイ
ゼンマイの香箱がひとつで事足りる時計はたくさんあるが、ひとつよりもふたつあるほうがいいという考えに異論はないだろう。特に動力を消費するクロノグラフや、3軸トゥールビヨンなどの複雑機構を搭載している場合、これはパワーリザーブを延ばすことが主な目的に挙げられる。主ゼンマイをふたつ入れることは大きなガソリンタンクを作るようなもので、多くのストップ&スタートを繰り返しつつも、より速い速度、そしてより長く走り続けることができるのだ。
香箱を増やすと、比例してパワーリザーブも倍増しそうな気がするが、通常は1段階上がるだけとなり、例えば48から65時間程度にすることはできる(一般的な時計のパワーリザーブは約38~50時間)。そしてそれがどの程度できるかは、多くの要因によって左右される。例えば機能や機構の数、ムーブメントの振動数、脱進機や歯車機構で発生する摩擦がより少ない素材の採用、合金素材のゼンマイ、さらにはヒゲ玉の設計までだ。またサイズも重要になってくる。大型のシングルゼンマイは8日間のパワーリザーブを確保できることが知られているが、そのぶんそれを納めるスペースが必要となる。例えばCal.59210を搭載したIWCのポートフィノ・ハンドワインド・エイトデイズでは、ひとつの香箱が地板の5分の1の面積を占めている。
香箱をひとつ追加するということは主ゼンマイがふたつあるということ。これによりトルクが向上し、その結果、振幅が大きくなり振動数の速度も速くなるため、パワーリザーブの延長だけでなく、精度を高めることにもつながってくる。特に香箱が、個別にふたつの機能を発揮するよう力を発揮している場合、例えば非常に複雑なジャガー・ルクルトのデュオメトル・クロノグラフだと、ふたつのゼンマイから別々の輪列を経てひとつのレギュレーターから、ふたつの機能へエネルギーを送り込む方式を用いており、ひとつが時刻表示用、そしてもうひとつをクロノグラフ用にするなど、その傾向が顕著に表れている。パワーリザーブは約50時間となにも特別なことではないが、この場合、それが重要な点ではない。ツインバレルは、クロノグラフを作動させたときに起こりうる、振幅の遅れを補うためにあるのだ。
ショパールが25年前に自社製ムーブメントをつくりはじめた際、ツインバレルを搭載した厚さわずか3mmのキャリバー(1.96、現L.U.C 96.01-L)を発表した。ふたつの香箱を積み重ねて駆動する自動巻き機構でありながら超薄型のムーブメントも叶える(ショパールは22Kゴールドまたはプラチナ製でできた重いマイクロローターを採用して実現)というのはまさに至難の業だ。同キャリバーをベースにした最新ムーブメント、L.U.C 96.24-Lは、2019年にL.U.C フライング Tツインに、最近ではレディースのL.U.C フライング Tツイン レディースやアルパインイーグルのフライングトゥールビヨンに導入されている。このムーブメントは、精度とパワーリザーブ両者の追求がゴールで、クロノメーターとジュネーブシール両方の認定を受けた、数少ないフライングトゥールビヨンのひとつである。ショパールではこの“ツインテクノロジー”を、ドレスウォッチのサイズで表している。ホワイトゴールドのメンズモデルは40mm×7.2mm、レディースはわずか35mm×7.47mm。アルパインイーグルは41mm×8mmで、いずれも約65時間のパワーリザーブを備えている。
お互いがダンスの相手となる、ふたつのトゥールビヨン
腕時計にトゥールビヨン脱進機はひとつでも必要なのか、ましてやふたつも必要なのか、愛好家による議論は続く。しかしそのような論争は、どちらでもいいという説により、多かれ少なかれ無意味なものとなっているのが現実だ。トゥールビヨンは時計製造の最高峰であり、ほかの複雑機構にはない、視覚的なスペクタクルを提供してくれる。つまりつくるのは難しいが、見るのは楽しい…、その説でいこう。
ルイ・モネのアストロネフ ダブルトゥールビヨンは、主軸から伸びたふたつのトゥールビヨンが逆方向に回転するなどドラマを生み出している。それぞれの軸で回転するだけではなく文字盤内側の内周も1周し、1時間に18回(3分20秒ごと)、お互いのトゥールビヨンがすれ違う。
ふたつの脱進機は、中央の差動機構によって連結しており、それぞれの速度を平均化することで、時計の精度を高めている。それぞれのトゥールビヨンはひとつずつ独自の香箱を搭載して駆動(パワーリザーブは約48時間)し、香箱からの動力をひとつの歯車機構で運び、そしてふたつの脱進機に振り分けるというものだ。
時計をひっくり返すとオープンワークの裏蓋が現れて、そこから香箱を見ることができる。ムーブメントには、スイストゥールビヨンのマエストロ、コンセプト社と共同開発した手巻きCal.LM105を搭載している。16個のセラミック製ボールベアリングを組み込んだこの機構は、ルイ・モネいわく3年の研究開発期間を要したという。
幾重にも重なる構造であったりオープンワークダイヤルを持つこの壮観は、オーストリアの初期の超高級時計を彷彿とさせる。このジャンルは近年、ヴィンテージリバイバルの影に隠れてしまったが、また復活しそうなジャンルである。
サインはこちらとこちらに。ふたつのシグネチャー
ダブルネームウォッチのコンセプトは、まだリテーラーが時計の世界で力を持っていた時代への回帰を意味する。1930年代から40年代にかけて、腕時計が(戦時中など)プロが使う専門的用途を超えた、幅広い市場に定着し始めたころ、スイスの時計産業はまだほとんど進出しておらず、ジュラ渓谷の村々を越えていなかった。そんな市場で信用を得るためには、店名をつける必要があったのだ。
リテーラーには、バイエルやギュブラン(ともにスイス)、カラカスにあるセルピコ・イ・ライノ、ゴビ・ミラノ、そしてロンドンにあるアスプレイ、ティファニー、さらにニューヨークのカルティエなど、そのほとんどが時計職人が経営していた。文字盤にこれらのリテーラーの名前を入れることは、そのブランドの自信を持つための手段だった。
彼らはパテック フィリップやロレックスといったブランドをスイス国外の一般向けの市場に導入するうえで、大きな役割を果たす。さらにその市場で、どの時計を何本出すか決めたこともあるほど、力を持つようになった。
またダブルネームというだけで、時計にかなりの付加価値をもたらす。昨年、サザビーズはゴビ・ミラノの刻印が入った、1957年製のパテック フィリップ Ref.2499を772万4346ドル(日本円で約10億6290万円)で、さらにクリスティーズはパテック フィリップ Ref.1518のカルティエダブルネームモデルを、222万4605ドル(日本円で約3億600万円)という高価格で販売している。もちろん、通常ダブルネームモデルというだけで、それ自体がプレステージウォッチに位置づけられ、2499と呼ばれるロレックス デイトナやサブマリーナー、ヴァシュロン・コンスタンタン、ユニバーサル・ジュネーブのヴィンテージのレア物など、高値で取引されていることが多い。そのためティファニーやギュブランは、クォーツムーブメントを搭載したファッションウォッチを発表していたわけではなく、実はそのほとんどが、クォーツ時代より前につくられていたものだったのだ。
1970年代、80年代まではまだ時計にダブルネームが入ることはあったが、いつの時代も常に珍しがられるものである。今日のダブルネームモデルは、リテーラーとメーカーがともに時計業界出身者であるというよりも、ふたつの異なる領域にいる消費者にリーチすることを目的とした、クロスマーケティング的な思惑である意味合いが強くなっている。ジラール・ペルゴとF1、パネライと自然保護活動家のマイク・ホーン、あるいはウブロとアーティストの村上 隆のように。
最近の例で最も有名なのは、パテック フィリップ Ref.5711 ノーチラス ダブルネーム ティファニー ロビンズエッグブルー文字盤だろう。パテックは2021年、ティファニーとの170年のパートナーシップを記念して、170本限定のスペシャルモデルを製作した。ひとつはフィリップスがチャリティオークションに出品するために取り置きされ、なんと650万ドル(日本円で約8億9420万円)の値がついたことでさらに名を上げた逸品である。残り169点のうち、1点がすでに市場に再登場しており、こちらは昨年のクリスティーズで318万665ドル(日本円で約4億3745万円)で落札されている。もとの定価は5万ドル強(日本円で約690万円)で販売されていたものであるため、つまりこのモデルは2倍の値段をはるかに超える、最高に素晴らしいものだったのだ。
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