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※本記事は2015年9月に執筆された本国版の翻訳です。
手仕上げで手巻きの自社製クロノグラフには何か特別なものを感じる。このカテゴリーには、多くの人が憧れるタイムピースが数多く存在するのだ。そして今回、現在手に入る珠玉の3本を比較してみたいと思う。このスリー・オン・スリーでは、A.ランゲ&ゾーネ、ヴァシュロン・コンスタンタン、パテック フィリップのヘビー級の選手たちを、デザイン、仕上げ、耐久性、収集性といったいくつかの観点から比較している。この比較のポイントは、簡単に言えば、間違った選択はないということだ。なぜなら我々は、考え得る最高の手巻きクロノグラフを厳選したからである―同じ価格帯でもある。それと、各々の時計の強みと弱みに焦点を当てることができるようにしたつもりだ。もちろんそれらを挙げれば、それなりに出てくる。
まずは動画をご覧いただき、次に3本の素晴らしいタイムピースの詳細をお読みいただきたい。
自社製手巻きクロノグラフの歴史
クロノグラフについて最初に理解しておかなければならないことは、それを完成させること自体が非常に難しいということだ。確かにそうは思えないかもしれない。毎年様々なレベルの時計ブランドから何十ものクロノグラフが製造されているが、その大部分は何年にもわたって同じキャリバーを使用している。次のように考えてみて欲しい。パテック フィリップは数千万円のRef.5959PとRef.5950AにCal.27-525PSを搭載した2005年まで、手巻きクロノグラフを自社で製造していなかった。同社は2010年にRef.5170J(本日レビューした時計とは別のイエローゴールドモデル)をリリースするまで、1000万円以下の手巻きクロノグラフを製造していなかったのだ。
読者の皆さんにも、オークションのシーズンになると、パテックの美しいヴィンテージ・クロノグラフが登場することはお馴染みだろう。それらはパテック製のクロノグラフムーブメントを搭載していないのである。確かに、パテック フィリップの優れた基準に合わせて手直しされ、仕上げられているものの、エボーシュ(編注:専業メーカーが供給する汎用ムーブメントのこと)はバルジューから購入されたものだ。これは、ほとんどのヴィンテージ・ヴァシュロンのクロノグラフ(エピック4178を含む)にもいえることだ。
パテック フィリップもヴァシュロン・コンスタンタンも、150年以上に及ぶ高級時計製造の歴史の中で、自社で手巻きクロノグラフを製造したことがなかった。ブレゲはスウォッチがレマニアを買収した際に傘下に収めたが、オーデマ ピゲは未だに手巻きクロノグラフを製造していない。それだけ、これらの時計は特別なものなのだ。
つまり、パテックもヴァシュロンも2000年代に入るまで手巻きクロノグラフムーブメントを製造していなかったのだ―ブレゲはスウォッチがレマニアを買収した際に 傘下に収めたが 、オーデマ ピゲは未だに正統派の手巻きクロノグラフを製造していない。トゥールビヨンは製造しているのに、である。
パテックやヴァシュロンのようなメガマニュファクチュールでさえ、手巻きクロノグラフに早くから投資をしなかったのは、60年前と今とでは時計業界全体の考え方が全く違っていたからだ―当時は部品の供給を受けたりコラボレーションを企画したりすることが、ひんしゅくを買う対象ではなかった。実際、20世紀半ばの時計産業ではそれが盛んで、家内工業(ケース製造、手仕事、属人的な複雑機構製作)がうまく機能していたのだ ― そして彼らは当時、緊縮財政下にあり、クロノグラフのような難易度の高い複雑機構になぜ大きな投資をするというのだろうか? 第一に、マーケットが極めて限定的だった―クロノグラフというのは、一般人が身に着ける類の時計ではなく、医者やスポーツ界の人々に好まれるものであった―第二に、バルジューやレマニアが永久定番となるようなムーブメントを作り上げていたから? ロレックス 初代デイトナとホイヤー 初代カレラは、同じキャリバー(バルジュー72:より実用性の高い手巻きキャリバー)だけでなく、似たようなケース、ダイヤル、針を共有していたことを考えてみて欲しい。また、主にクロノグラフに特化したこれらの名機は、本当に何年もの間、日の目を見ず苦労していた。ホイヤーの逸話として、クロノグラフビジネスを継続するためにタバコ会社のプロモーションを担った。そういう時代だったのだ。
日々時刻を知らせることが需要の大半だった腕時計に対して、手巻きクロノグラフキャリバーは、ほんのひと握りしかなく、どれもが共通したベースキャリバーを採用していた―1957年のオメガ スピードマスターRef.2915から1980年代のパテック フィリップ Ref.3970、1990年代のロジェ・デュブイのクロノグラフ、現代のブレゲの手巻きクロノグラフ、そして2015年8月に発表されたヴァシュロン コルヌ・ドゥ・ヴァッシュのクロノグラフに至るまでの全てに、同じレマニア社製エボーシュCal.2310が採用されている事実をみるといい。もちろん、レマニアは現在ブレゲ傘下に収まっており、Cal.2310/2320系クロノグラフは、75年の歳月を経ようとしているが、問題がないのであれば、直す必要はない。スイス人はそう言うだろうが、一方でドイツ人は別だった。そして1999年、ドイツはそれを実現したのだった。
レマニア2310は、60年前のオメガ スピードマスターから20年前のパテック、10年前のブレゲ、そして真新しいヴァシュロン・コンスタンタンの限定モデルに至るまで、あらゆるモデルに搭載されている。スイス人は“問題がないのであれば、直す必要はない。”と言うかもしれないが、ドイツ人は全く別のことを言うだろう。
バーゼルワールド1999では、ドイツの小さな時計メーカーが、兄貴分であるIWCと出展ブースを間借りすることを余儀なくされたが、実に革命的な時計を発表した。―私の考えでは、その時計は、現代の時計製造を良い方向に革新した。その時計とは“ダトグラフ”のことだ。
1994年にA.ランゲ&ゾーネが復活した時から、このダトグラフのキャリバーは開発されていたが、ランゲ1やプール・ル・メリット トゥールビヨンはスイスに衝撃を与えた―スイスの時計業界は、ダトグラフと名付けられた39mmのプラチナ塊の本質を理解していなかったのだ。
その深さ、角度、構造、それにあのテンプ受け! 1999年に私たちが目にしたのは、全く新しく、ゼロから開発され、完全自社製の第一世代の手巻きクロノグラフで、間違いなくハイエンドの頂点に狙いを定めた意欲作であったが、このモデルはパテックが初のクロノグラフを発表してから35年ぶりにモデルチェンジしたRef.5070からわずか1年後に発表された。そのRef.5070にしても、採用したキャリバーは56年選手だった。もちろん、パテックのチューニングは全体にわたるもので、熟練の時計師たちに私が尋ねたところ、元のムーブメントが本物のハイエンドとは程遠いのではないかという疑問を、差し挟む余地はないという回答を得たことを付け加えておこう。しかし、Ref.5070の核となったものは、当時15万円程度のスピードマスターと同じムーブメントを採用していたという事実は揺るがない。
ランゲが勝負を挑んだのは明らかであり、それに応えるのはスイス次第であった。確かに時間はかかったが、パテックはRef.5170に搭載されているキャリバーだけでなく、Ref.5950Aのような1千万円中盤の時計に見られる極薄のモノプッシャームーブメントの搭載を以て応戦した。ヴァシュロンが応戦するまでには、さらにもう少し時間がかかったが、それが実現した時には私たちの注目を大いに集めた。2014年に発表されたハーモニーCal.3300と、自動巻きの極薄モノプッシャー式スプリットセコンド・クロノグラフは、パテックやランゲとの差を縮めることができた。それゆえに今回一堂に会することが叶ったともいえる―この世で他の追随を許さないほど優秀な、自社製手巻きクロノグラフの比較の場に。それでは本題に入ろう。
パテック フィリップ Ref.5170G
ファースト・インプレッション
これら3本の時計を比較すると、“購入する前に試してみなければならない”という格言が、とりわけ当てはまると思います。パテック フィリップ Ref.5170Gは、机上では他の2本の時計と同様、しっかりとした自社製ムーブメントを搭載したハンサムな時計です。しかし、実際に手首に装着してみると、パテックは他の2本の時計に比べて機能が若干少ないかもしれませんが、それを補って余りあるほどの装着性の良さを備えています。ランゲはビッグデイトを搭載したフライバッククロノグラフで、ヴァシュロンはモノプッシャーで、ランゲとヴァシュロンはどちらもパワーリザーブ表示を備えていますが、パテックは他の2つのモデルよりも約2mmも薄いケースという最も重要な「機能」を備えていると思います。これはかなり大きな厚みの違いであり、私にとってはパテックの評点にかなり大きな加点を与えています。
Ref.5170Gの小売価格は856万円(税抜・当時)で、2013年に発表されました。この時計の背景にある歴史を少し振り返ってみましょう。1998年、パテック フィリップはRef.5070(Ref.5170の先代モデル)を発表。この1998年の発表により、パテックのカタログにはシンプルな手巻きクロノグラフが存在しなかった約30年間に終止符が打たれました(それ以前のモデルは1960年代に製造中止となったRef.1463)。このRef.5070には、ベンが上述したように、ヌーベル・レマニアをベースとした手巻きクロノグラフキャリバー27-70 CH(Cal.2310ベース)が搭載されました。翌1999年には、自社製ムーブメントを搭載した初代ダトグラフが発表されます。これは、現在のランゲがこれほどまでに高い評価を得ている理由を説明する一つの証跡ではありますが、どんなに評価されたとしても、パテックにはなれないのです。
2010年、パテックから新作Ref.5170が発表されました。この新しいリファレンスは、小径化(Ref.5170は39.4mm、Ref.5070は42mm)やダイヤルの見直しなど、Ref.5070との審美面の違いがいくつかありましたが、最も重要な違いは、自社製ムーブメントを搭載したこと。そして2013年、ホワイトゴールドケースのRef.5170G-001が発表されました。ケース素材以外で、Ref.5170JとRef.5170Gの違いは、ダイヤルの色(Ref.5170Jはオパーリンホワイトであるのに対し、Ref.5170Gはどちらかといえばシルバーホワイト)と、6時と12時の位置にローマ数字のバトンマーカーを備えるRef.5170Jに対し、Ref.5170Gではブレゲ数字を使用している点です。パルスメーターとブレゲ数字の組み合わせは、理論的には、コレクター界隈ではホームラン級のはずですよね?
ダイヤル
この時計を1週間使ってみる前に、私はパテックのダイヤルがごちゃごちゃしすぎて、すぐに時間を知りたいときに読みにくいのではないかと疑っていました。しかし、そのようなことはありませんでした。このダイヤルは、様々な照明条件の中で素早く確認するのが容易です。また、素晴らしく控えめでもあります。この比較対象の他の2本のクロノグラフとは異なり、人目を惹くような派手さは本当にありません。
そう言っておきながら、ダイヤルは最高の出来だと私は信じています。この時計の新しいバージョン(Ref.5170G-010)は、バーゼルワールド2015で発表されました。この新バージョンでは、ブラックのダイヤル(実に見事です)が発売されましたが、重要なのは、パルスメーターを取り除かれたことで、視認性が極めて向上し、素晴らしいダイヤルになったと私は思います。パルスメーターがなければ、より多くのスペースを確保できるため、アウタートラック、サブダイヤルはより大きく、サブダイヤルはアウタートラックに干渉しなくなりました。何よりも美しいブレゲ数字がさらに大きくなったことで、より一層見栄えが良くなりました。
パルスメータースケールがない方が良かったと思う別の理由は、それほど便利な機能ではないということに尽きます。そもそも、パルスメーターとは何でしょう? これは誰かの脈拍を測定するために使用されるスケールです。では、どのように使うのでしょうか? まず、クロノグラフをスタートして、同時に被験者の脈拍をカウントし始めます。15拍打ったら(この時計には "gradue pour 15 pulsations"つまり15拍で終了と書いてあるため、この数に定められますが、ヴァシュロンだと"gradue pour 30 pulsations"つまり30拍で終了)、クロノグラフを停止します。その後、クロノグラフの秒針がパルススケール上で指している目盛りが、被験者の1分あたりの脈拍を指し示します。ちなみに、使用目的から明らかではありますが、パルスメーターの付いた時計をドクターズウォッチと呼ぶこともあります(この時計のパルスメーターは、ゾウの心拍数である25拍/分まで計測できるので、ドクターズウォッチ、あるいは“獣医の時計”といってもいいかもしれません)。
話を戻しますが、パルスメーターはそれほど有用ではないと私が言っているのは、それがなくても心拍数を計算するのは非常に簡単だから。実際には、パルスメーター自体が問題なのではなく、パテックがスケールを少し大きくしすぎたことが問題なのです。例えば、次のリンクの時計は、パルスメーターをスケールもう少し工夫したもので、わずか35mmしかありません。
一方で、パルスメータースケールが時計にヴィンテージ感を与えていると感じる人も多く、それを好む人も一定数います。また、非パルスメーターバージョン(Ref.5170-010)の方が見栄えが良い反面、ドレッシーな印象を受けるので、汎用性が低く、控えめな印象を受けます。こうなると、パルスメーターが好きかどうか次第。私は間違いなく無い方を好みますが、正解はありません。
ダイヤルの話題のついでに、針について話しましょう。この時計には5本の針があります。"時"を表す短針、"分"を表す長針、秒針、そして"クロノグラフ "用の秒針と分針です。時刻表示の針は、クロノグラフ用の針よりも明るい色をしています(基本的にはシルバー対グレー)。多くの照明条件では、この色の違いはそれほど顕著でなくとも全く問題なかったのは、私はどの針がどの機能をもつのか混乱することが無かったからです。短針と長針の形状については、「地味すぎる」「つまらない」という不満をおもちの読者もいらっしゃると思いますが、私はシンプルな形状の方が好みでした。この時計の針のまっすぐな形が好きなのです。私にとっては、まさに精密機器を思わせる存在だというのがその理由ですが、より正確な目盛り位置に届くため、先端をもう少し長くして欲しかったと思います。とりわけ私が少し気に入らなかったのは、長針の長さ。これはもう少し長くするべきだったと思います―特に外側のミニッツトラックはサブダイヤルによって切り取られているので、それを補うために分針を長くする必要があります。分針の長さがこの時計の最大の不満だったと言えるでしょう。
反対意見もご紹介すると、私が知っている多くのパテックコレクターは、5170G-001のダイヤルがあまりにも "平坦過ぎる"と非難しています。少なくともRef.5070との比較ですが。私はある程度これに同意します―先代機の隣に並べると、立体感に欠けると感じることでしょう。新しいブラックダイヤルのRef.5170G-010は、この欠点を修正しています。同じことが剣型の針について言えます―多くのコレクターは、あまりにも地味だったと感じていました。2015年にリリースされたRef.5170Gでは、リーフ針に交換され、時計はパテックの本格的なコレクター―数としては少数ですが、影響力の大きい購買層―から大いに好感をもって受け入れられています。
ムーブメント
時計を裏返すと、裏蓋のディスプレイ越しにパテックの自社製Cal.CH 29-535 PSを眺めることができます。綺麗に面取りされたエッジと、様々なパーツで構成されたこのムーブメントは、見ていても美しく、満足のいく深みを生み出しています。このムーブメントは、うまく装飾するのが難しい場所である内角を避けてデザインされたのではないかとの指摘もあります。パテックのこのムーブメントもかなり美しいのですが、ランゲのものはそれ以上だと思います。ダトグラフを裏返してムーブメントを見て、一瞬息を呑むようなことがなければ、そこまで時計にハマっていないだけです。しかし、それが全てではありません。
その明白な審美的特徴以外にも、パテックのムーブメントは技術的な面でも評価すべき点がたくさんあります。それは、バターのように滑らかな押し心地をもつコラムホイールクロノグラフムーブメントです。スムーズという言葉はクロノグラフのレビューでよく使われる言葉ですが、ここではそれが正当化されています。プッシャーには、税抜856万円の時計に期待するような感触のフィードバックがあります。もう一つは、巻き上げの感触も、このような時計に求められる要素なのです。
パテックのCal.CH 29-535 PSは、"すごい "と称賛されるために装着感や性能を犠牲にすることはありません。同じことは、この比較の他の2本の時計には言えません。
この時計は4Hzで動作し、65時間のパワーリザーブを備えます。つまり、金曜日の午後5時に仕事が終わってすぐに時計を外して(セットダウンする前に巻き上げて)、月曜日の午前9時に仕事に出かける直前に時計を取りに行っても、まだ動いています。この時計のムーブメントは、クロノグラフの30分ジャンピング分積算計も搭載しており、非ジャンピング分積算計のクロノグラフ針の曖昧さを回避している点も好感がもてます。また、ハック機能も搭載されており、時刻合わせの正確性を高めています。
ヴァシュロンやダトグラフと比較したパテックのムーブメントの技術的な良し悪しについては、ここでは触れませんが(それについては後ほどテクニカルエディターのニック・マヌーソスが解説します)、私はパテックのムーブメントが最もシンプルで純粋だと信じています。ヴァシュロンは消費者に非常に新しいものを提供しており、ダトグラフはその美的魅力のために伝説的なキャリバーですが、それにはコストがかかります。しかし、パテックは何も犠牲にしない素晴らしいムーブメントを搭載しており、このスリー・オン・スリーの比較では他の2本の時計にはない魅力をもっています。
ケース
この時計のケースは、パテックが本当に輝く領域であり、具体的にはケースサイズにその魅力があります。この領域では、パテックは他の2本の時計を圧倒しています。パテックは他の2本の時計よりも直径が約1.5~2.5mm小さく、より印象的なのは1.9~2.5mm薄くなっていることです(私たちの測定によると)。つまり、パテックはランゲよりも約19%薄いということになります―これはかなり大きな違いです。他の2つのブランドは小型化を目指していたわけではないので、これは全て好みの問題です。私の好みとしては、どんなに美しいムーブメントを搭載していても、この価格帯の時計に13mmは厚すぎると感じました。
パテックはまた、そのサイズの割には非常に装着性に優れています(実際には、それよりも小さい時計のように見えます)。私はシャツの袖口の下に着用しても問題ありませんでした。それはまた、たった3.5オンス(約100g)で、他の2本の時計の5.2オンス(約148g)と比較してかなり軽いです。それは最高に快適なちょうど良い時計であり、それはすなわち、毎日身に着けていても全く問題もないということ。他の2本は、私が思うに、その重さが気になってしまうと思います。
時計のケースバックは、実際に瓶の蓋のようなネジ込み式ですが、ネジ留め式に比べエレガントさに欠けると文句を言う人もいるでしょう。この価格帯の時計であれば、細部にまでこだわるのは当然だと思いますが、個人的には些細な過ちだと思いました。
また、この時計には、ピン留めの尾錠ではなく、ホワイトゴールド製デプロイヤントバックルが付いています。これは些細なことのように聞こえるかもしれませんが、これらのブランドのデプイヤントの価格がウン十万単位であることを考えると、これは嬉しいボーナスです。
最終的な結論
全体的に見て、どの時計も気に入った点が多く、どれを選んでも損はないと思います。私はヴァシュロンの革新性と場をわきまえた雰囲気が気に入っています。ランゲはその機能性とかなり見栄えの良いムーブメント、パテックは日常生活での着用性に優れています。結局のところ、ランゲは大きすぎるため、あまり頻繁には身に着けられないと思うので、パテックの方が好みでしたし、ヴァシュロンと比較しても同じです。
価格を考慮すると、結論はどう変わるのでしょうか? 大まかに言えば、ヴァシュロンが792万5000円、ランゲのプラチナが991万円、ローズゴールドが793万円、パテックが856万円となっています(全て税抜・当時)。これら全ての時計のゴールド製ケースということになると、パテックは他の2本に比べて12~17%の価格プレミアムがあることになります。ただし、それがあまり重要ではなくなる数年後の残存価格を考慮すると、パテックの方が他の2本の時計よりもはるかに良い結果が得られると思われます。私がここで残存価格について考察するのは、投機の対象として時計を捉えているのではなく、別の何かを購入するために(または他の理由でも)将来のある時点で売却を決定する場合に備え、どのくらいの価値の下落が予想されるか検討することは有用な情報だからなのです。だから、価格は大きく変動しないことも含め、もう一度言いますが、パテックが私を選択する理由です。
もう一つ、パテックとヴァシュロンがダトグラフを凌駕していると思う点を挙げるとすれば、その希少性と生産本数です。初代ダトグラフ39mmは1999年から2012年まで大量に生産されました。これは13年間に及ぶ例外的なコンスタントな生産であり、ランゲは可能な限り多くのダトグラフを生産し、販売していました。パテックは決してそんなことはしません―確かに、1本のモデルは何年も生産されていますが、全ての所有者が特別なものを手に入れることができるように変更を加えています。2010年に発売されたRef.5170Jは、2014年までに生産を終了しました。2013年に発売されたこちらのRef.5170G-001は、既にブラックダイヤルのRef.5170G-010にアップデートされており、この白のパルスメーターダイヤルのRef.5170Gは本記事の公開時点(編注:2015年当時)では生産されていますが、長い間生産されることはないと考えてよいでしょう。このヴァシュロンは260本のシリアルナンバー入り限定モデルで、一度販売されるともう生産されることはありません。ダトグラフ・アップ/ダウンはというと? この先何年の間に何本作られるかは誰にも分かりません。これはランゲにとって非常に現実的なマイナスです。
A.ランゲ&ゾーネ ダトグラフ・アップ/ダウン
伝説的なA.ランゲ&ゾーネのダトグラフ、エレガントで落ち着いた雰囲気のパテック フィリップ Ref.5170、そしてヴァシュロン・コンスタンタンの新作ハーモニー・クロノグラフを並べて比較する機会は、小さな時計編集者にとって、大人になってからの夢のようなものだった。だからHODINKEEに入社して間もない頃に、まさにそれをやるという連絡を受けた時は、そのチャンスに飛びついた。この3本の時計が揃うというのは、歴史的瞬間だ。手巻き腕時計のクロノグラフは、ブランドの腕の見せ所でもある複雑機構である。良い製品を作るためには、ムーブメントの開発やデザインに高度な技術が必要であるし、投資額も大きいので、この分野に参入しようとする企業は、通常よりも大きなリスクを背負うことになるからだ。この3本の時計は、メーカーにとっては、既にファンになっている人たちだけでなく、時計愛好家のコミュニティや、高級時計製造の仲間内や競合他社にも、明確にアピールする機会となっている。
私は、世界で最も魅力的で美しく、説得力のある手巻きの、オート・オルロジュリーの高みに達したクロノグラフだと確信した時計を手に取り、その感想を述べることにした。A.ランゲ&ゾーネのダトグラフは、市場に出回っている3本のモデルの中で最も古いモデルだ(ヴァシュロンのハーモニーは2015年のSIHHで発表されたばかりだが、Ref.5170は2010年に初公開されている)。1999年に発表されたこのモデルは、時計愛好家の間に衝撃を与えた。A.ランゲ&ゾーネをビジネスに復帰させた責任者ギュンター・ブリュームライン氏は、1999年のピーター・チョン氏のインタビューで、パテック フィリップとの関係を「...パテック フィリップとの関係は、強い馬に乗った2人のシュヴァリエ(騎士)が、美しい王女の歓心を買うためにトーナメントで力を競い合う、相互尊重とスポーツマンシップの精神に基づいたものである」と語っている。紳士的な競争の精神は素晴らしいが―このダトグラフを発表したとき―故ブリュームライン氏はそのランゲの競争相手にも挑戦状を叩きつけた。
強い馬に乗った2人のシュヴァリエ(騎士)が、美しい王女の歓心を買うためにトーナメントで力を競い合う、相互尊重とスポーツマンシップの精神に基づいたものである
– A.ランゲ&ゾーネ 前CEOであるギュンター・ブリュームラインが、パテック フィリップとの関係を表した1999年のインタビューより2012年に発表されたダトグラフには、いくつかの軽微な仕様変更が加えられている。SIHHでは、ランゲの企業文化ともいうべき淡々とした調子で発表されたが、当時の私には、ダトグラフの開発には人知れず相当な努力が払われていないはずがないという印象を受けた。結局のところ、ダトグラフはランゲを代表するモデルであり、その日の気分やランゲ愛好家の流行次第では、ランゲ1をも凌駕するほどの人気を誇っていた。また、サイズも初代モデルの39mmから41mmへと変更されている。ムーブメントにもいくつかの変更があり、Cal.L951.1からL951.6へとアップデートされた。パワーリザーブは60時間(初代モデルは36時間)へとアップグレードされ、機械的な大きな変更点としては、完全自社製のテンプとヒゲゼンマイが導入されたことが挙げられる。また、テンプにはジャイロマックス式の偏心錘が6個搭載されるようになった。それらを全部含めても、ムーブメントはそれほど大型化しなかった―厚みがわずかに増加しただけであった(7.5mmから7.9mm)。
ファースト・インプレッション
ダトグラフが明らかに大きくなったことは間違いない。主観的なサイズ感としては、ヴァシュロンのハーモニーとパテックのRef.5170の中間に位置している。初代ダトグラフと同様に、その重さはインパクトがあり、重さというよりも、このモデルが非常に堅牢なものであることを感じさせられる。特定の国への偏見に聞こえるかもしれないが、ドイツ製の時計のあるべき姿が浮かぶ―絶対的に堅牢で、贅沢な、その紛れもないオーラにもかかわらず、非常に精密に作られた機械という意味でだ。
オペラを想像してみて欲しい。パテックがボックス席に陣取る気前の良い都会的なパトロンであり、ヴァシュロンが歌姫であるとすれば、ランゲは芸術を愛する人々への援助のために、作品全体に資金を提供している口出しをしない信頼できる出資者なのだ。
この時計は、パテックのように古典的なフランス語圏スイスの清楚なエレガンスを纏った全体的なオーラを追求し、機械を軽視するのではなく、むしろ美徳としている。旋盤の切削刃がプラチナをカールして削っていく様子が目に浮かび、機械油の匂いがするようだ―それは素晴らしいことだ。手にしてみても、手首に着けてみても、その不快なほどの重量感は感じられなかった。実際、私は新旧の違いに気づいたものの、思っていたほど顕著ではなく、数時間後には新しいバージョンのダトグラフは、全くの新曲というよりも、オリジナルの交響曲の新しい楽章(=新しいムーブメント)のように感じられた。パテックのような軽快な上品さや、ヴァシュロンのようなオペラチックなドラマのような感覚はない。オペラを想像してみて欲しい。パテックがボックス席に陣取る気前の良い都会的なパトロンであり、ヴァシュロンが歌姫であるとすれば、ランゲは芸術を愛する人々への援助のために、作品全体に資金を提供している口出しをしない信頼できる出資者なのだ。
ケース
ダトグラフ・アップ/ダウンのケースは、初代からほとんど変更されていない。実際に、それはおそらく時計の中で最も変更されていない側面だ。繰り返しになるが、ここには華々しいものは皆無である。ダトグラフのいかなる側面にも例外を認めたいのであれば、このモデルこそ適格である。直径はヴァシュロン ハーモニーの42mmに1mm足らずだ(これはヴァシュロンの堂々としたクッションケースの最短径の場合で、最長径の場合は51.97mmであると同社は述べているが、私には公称値ほどの大きさは感じない)。 パテック フィリップ Ref.5170の厚みは11mm弱、ヴァシュロン ハーモニーの厚みは12.81mmである。
ダトグラフ・アップ/ダウンは13.1mmと、この3本の中では最も厚みがある。厚みだけでは何の意味もなく、それよりも重要なのは、縦と横のアスペクト比であり、直径と厚みの関係が有機的に見えるかどうかだ。この観点から見ると、私はダトグラフが程良いと思っているが、そうでない人もいるだろう。初代ダトグラフの厚みは12.5mmだったため、新しいバージョンはそれほど厚くはないが(0.66mmというのは驚異的な増加ではないはずだ)、直径が2mm増加したことで、初代モデルのアスペクト比をほぼ忠実に再現している(興味をおもちで、数字の根拠を知りたいという読者のために、旧モデルの比率は3.12で新作は3.12977だ―多かれ少なかれ、旧モデルのアスペクト比は新モデルと本質的に一致している事実から、そう論考するのも無理はないだろう)。
ダイヤル
このダトグラフ・アップ/ダウンのダイヤルは、A.ランゲ&ゾーネの技術的な完成度の高さを示している。実際、ランゲの時計は、技術的な面で完璧に仕上げられていることが多く、それを期待しているというよりも、当たり前のことだと感じてしまうほどだ。しかし、旧モデルと新モデルの間には、注目に値するいくつかの違いがある。2012年モデルでは、ベゼルが狭くなり、2時、6時、10時位置にセリフ書体のローマ数字を使用していた初代デザインの最も特徴的な要素のひとつが取り除かれた。小さなことのように見えるかもしれないが、ローマ数字の使用は―私にとってはだが―初代の魅力の重要なコンポーネントであった。それは、近代化に伴って地図から消えてしまったドイツの小さな町で作られたかのように(実際にはそうなのだが)感じさせる、本当に贅沢な、古の世界を今に伝えるものだ‐もちろん、技術的には完璧に―当時はそれが当たり前であったからだ。1999年の初代ダトグラフの太めのベゼルは、1999年のダトグラフが備えるグラスヒュッテのテロワール(フランス語で“土壌”を意味する。ドイツ語でこれに相当する言葉があるのだろうか)を感じさせる。繰り返しになるが、これはあくまでも個人的な所感であり、ローマ数字の使用や夜光針に強い拒否反応を示す人もいるだろう。
2012年モデルには、パワーリザーブ表示が搭載されているが、私の推測では、ランゲは旧デザインをもう少し大きくしてパワーリザーブ表示を付けてしまうだけでは、悲惨な状態になると考えたのではないかと勘繰っており、おそらく彼らの判断は正しいだろう。それでも、私はローマ数字と1999年のダトグラフの幅広のベゼルを組み合わせた伝統的なデザインを懐かしく思っている。新しいバージョンでは、シグネチャーであるアウトサイズデイトとタキメータースケールを採用したことで、よりコスモポリタンな雰囲気を醸し出し、よりクリーンで魅力的なモデルとなっている。しかし、初代の風変わりなキャラクターは少し失われており、発表から3年経った今でも、私はこのバージョンをどう感じているか自分でも捉え難いままだ。
特筆すべきは、ヴァシュロンのハーモニーにもRef.5170にもパルスメーターが搭載されていること。元医療関係者である私は、たまたまパルスメーターに魅力を感じていたが、一般的なハイエンドの機械式時計よりも実用的な価値が低いことは間違いない。パルススケールの唯一の問題点は、特にこのレベルの意欲的な作品にあっては、時計ブランド本社(経営層)の誰かが過去との純粋なつながりを感じているから存在するのか、それとも本社の誰かが、ヴィンテージ愛好家へのおせっかいにダイヤルに載せたのか、やや冷笑的な判断を下したからなのか、目的が判然としないことである。後者であれば、そのシニシズムを理解する高い教養が要求されるが、もしそれが続くようであれば、機械式時計学を改めて調査することになるだろう―しかし、疑問はまだ残されている。
ムーブメント
Cal.L951.6は、ダトグラフ・アップ/ダウンの他のあらゆる面での完璧な仕上げにも関わらず、この時計を購入すると決めたならば、ムーブメントこそが、この時計を購入する決め手となる。Cal.L951.6は基本的に、時計職人や仕上げ職人に何もない状態で、無限の時間を与えて、“古典的に仕上げられたムーブメントと同じように見えるように仕上げてくれれば、それに応じて報酬を決めよう”と言って初めて得られる類のものだ。私の昔の職場、レボリューション・マガジンでは、2006年にフィリップ・デュフォー氏のインタビューを試みた。そのインタビューの中でデュフォー氏は、ダトグラフのムーブメントの仕上げのレベルは、他のシリーズのムーブメントとは比較にならないくらい高いと述べている。その言葉を引用しよう。
現代的なブランドのムーブメントの中から10個のムーブメントを選び、ランゲのムーブメントの隣に並べて、自分の目で見たものを正直にコメントしてみるとよい。それが、真実を吟味して判断する最良の方法だ。
– フィリップ・デュフォー氏、独立時計師“量産”の解釈をグルーベル・フォルセイまで拡大すると、ランゲにとっての競合はいくつも存在するが、この3本のモデルを隣り合わせにして、仕上げの芸術性を最大限に発揮するためのキャンバス作りにどれだけの労力を費やしているかを見てみると、A.ランゲ&ゾーネの勝利は明らかだ。これは、パテックやヴァシュロンを完全に否定するものではなく、どちらのモデルもランゲにはない価値観をもっており、恐らくそれはより多くの購買層に訴求する魅力である。例えば、ヴァシュロンはダトグラフ・アップ/ダウンよりも技術的に先進的な時計であり、パテックRef.5170は、1950年代半ばから1960年代後半の時計製造の全盛期を思い浮かべると、まさにクラシックなデザインと控えめな美しさを備えたムーブメントといえるだろう。もしCal.L951.6を非難することができるとすれば、それは演出を追求しすぎたということだろう―もし造形の美しさ、申し分のない技術力に加え、控えめな質感をもつダイヤルと針がなければ、時計全体にやり過ぎた感があったことだろう。
しかし、ダイヤルのコスモポリタン的都会性と、ムーブメントの贅を尽くしたデザインと仕上げのバランスが、全体をどうにかして機能させているのだ。フォーマルさと奔放な官能性のバランスは、ジャパン・クオリティを彷彿とさせるものであり、ランゲに見られる無茶苦茶シャープなエッジの存在は、ムーブメントや仕上げフェチにはたまらないものとなっている(ヴァシュロンにもパテックにもそれはないと言わざるを得まい)。
私が思うに、ランゲに真の挑戦を提供する時計といえば、グルーベル・フォルセイやロジャー・スミス、ローラン・フェリエ、フィリップ・デュフォー、そしてセイコーの傑作である叡智シリーズ(比較記事はこちら)などがあるが、この水準に達すると、我々が見ているのは工芸品の非常に細かな違いに過ぎない。それは真っ当な問いだが、もし財力と権力があるなら、自分で試行錯誤したのちに、その問い自体が答えとなり、唯一の答えを得ることだろう。
最終的な結論
ダトグラフに対しては2つの反論がある。パテック側の主張とヴァシュロン側の主張だ。まず後者をご紹介しよう。
ヴァシュロンは発表された間もないモデルであり、ダトグラフは世に出てから14年のアドバンテージがある。新作だからといって、ヴァシュロン ハーモニー クロノグラフの評価を下げることには、かなりのリスクがあると感じている。ハーモニーが熟成するには時間のかけて多くの微調整を経る必要があるのだ。一例を挙げると、このムーブメントはランゲとパテック双方に比べ、技術的に優れている点がある。ヴァシュロンでは、伝統的な水平クラッチ機構と中間車の構造が組み合わされており、他では見たことがないような構造になっている。この中間車はコーアクシャル(共軸)であり、極めて微細な歯車をもつことでクロノグラフ輪列との噛み合わせを極限まで円滑化させながらも、水平クラッチ機構の魅力も伝えている(詳しくはニックが後述するだろう)。垂直クラッチは技術的な観点からは素晴らしいものであり、ロレックス Ref.4130からフレデリック・ピゲ/マニュファクチュールであるブランパンCal.1150シリーズ、6139のような1960年代後半と70年代からの革命的かつ画期的なセイコーの自動巻きクロノグラフに至るまで、実に素晴らしいムーブメントが名を連ねている。しかし、垂直クラッチは水平クラッチに比べて視覚的に面白くないだけで、合理的な数字と伝統的な歯車機構に魅了される人にとっては、摩擦を利用した機構は常に少しずさんな印象を与えてしまうだろう。
ヴァシュロンの問題点は、新しいモデルであることと、パテックやランゲとは全く異なる方向性であることだ。この時計は、場をわきまえるセンスと祝福、つまり時計がもつ革新性と記念(260周年とは、恐れ入る)を背負って誕生した。私が思うに、このモデルはランゲやパテックとの競合として比較検討する前に、まずこのモデルを独自の観点から評価しなければならないと考えている。そのサイズ、ケースの精巧なカーブ、そしてモノプッシャーのデザインは、ヴァシュロン260周年を記念して作られた時計に相応しい場をわきまえたセンスを発揮しており、その点ダトグラフ・アップ/ダウンは、それ自体が抑圧されたかの如く生真面目さが前面に出過ぎるリスクを冒している。
パテックは美しいモデルだ。薄く、エレガントで、よく仕上がっているが、ヴァシュロンやダトグラフに比べると、少し個性味に欠ける。ヴァシュロンは気にかけないかもしれないが、そのサイズは魅力を潜め、クロノグラフのスタート/ストップ/リセットがやや固いというムーブメントの設計の甘さを抱えている。しかし、ヴァシュロンは歴史的に重要なタイムピースであることの重みと共に、非常に大きな個性を備えている。パテックは、3本のクロノグラフのうち、古典に最もアプローチしているだろう。ムーブメントはダトグラフのような派手な仕上げではなく、丁寧な仕上げでもないが、技術的には先を見越したデザインとなっている(このムーブメントは、6つの特許を取得しており、その中に、クラッチとの噛み合わせを改善するためにクロノグラフ駆動歯車の形状に改良が加えられた)。技術的な改良が施されているとはいえ、非常に伝統的で、ほとんど保守的なデザインであることに変わりないが、それこそがファンが求めているものではないだろうか。ダトグラフ・アップ/ダウン、ハーモニー・クロノグラフの両モデルに恥辱を与えるのは、このムーブメントが控えめで、古典的な時計製造の精神と誓約を忠実に守っているという点だ;そのムーブメントは、ダトグラフ・アップ/ダウンの派手さに反比例して、控えめな仕上げである。この2本を並べると、ダトグラフの仕上げがパテックをはるかに凌駕しているのは事実だが、ダトグラフが不必要なまでに演出感を求めているように見えるのも事実だ。
これらは最終的には好みの問題だが、私はダトグラフ・アップ/ダウンの方が優れていると感じる。私が客観的でないことは認めよう。私はランゲの徹底したファンであり、多くの点でダトグラフ・アップ/ダウンは初代の欠点を改善していると思う。しかし、初代の価値はそこにある―比類のない美しいムーブメントの仕上げとデザイン、そしてヴァシュロンやパテックにはない堂々とした存在感のあるフォーマルさは、他の2本のモデルにはない魅力だ(これら2本は、より魅力的な別の美徳があるのだが)。この時計は、様々な理由から万人向けの時計ではない―価格も理由のひとつだが、私たちが選んだあらゆる時計にも当てはまる話だ。しかし、ダトグラフ・アップ/ダウンは、技術的にも審美的にも、ライバルの誰にも真似できないレベルの時計を提供ている。ここで、2006年にデュフォー氏が語ったことを思い出して欲しい。
それは2006年でも、今でもなお、当てはまっている。
ヴァシュロン・コンスタンタン ハーモニー・クロノグラフ
ファースト・インプレッション
私は真のヴァシュロン愛好家だ。友人であり、ヴァシュロンの超愛好家でもあるポール・ブトロス氏と定期的にメールでやりとりして感化されているかもしれないし、初期の腕時計を見ると、ヴァシュロンが他のスイスの時計メーカー(パテックを含む)の時計を遥かに凌駕するような素晴らしい時計を作っていたことに気づくからかもしれない。もう一つ、私がヴァシュロンを敬愛しているのは、一流の時計メーカーとして260年の歴史を持ち続けているにも関わらず、あまり冴えない存在であるということだ。彼らはパテックのようにRef.1518、Ref.2499、Ref.570などのアイコニックなモデルのレパートリーをもっているわけではないし、現代のランゲ愛好家のような熱狂的なファンを獲得しているわけでもない。彼らは、常に静かに、大騒ぎすることも、ときに大騒ぎされることなく、優れた時計を生産してきた。このモデルをはじめ、今年のSIHHで展示されたハーモニーコレクションの他のモデルは、それを覆すかもしれない。それはなぜだろうか? ジュネーブにあるマニュファクチュールの輝かしい歴史の中で、初めてクロノグラフキャリバーを自社生産したからに他ならない。そして、それはどういうことか? そのキャリバーは、技術的な観点から見ても、期待以上に優れているとは言えないかもしれないが、良い性能を持っているのだ。時計の他の部分はどうだろう? それは微妙なニュアンスを含め、以下で全てお伝えしたい。
もう一つ、Cal.3300搭載のハーモニー・クロノグラフについて言わせてもらうと、多くの人が非常に長い間、この時計を待ち望んでいたということだ。そして、そのために、私たちは皆、何か素晴らしいものを期待していたと思う―第一級の、永続的な何かを。しかし、私たちはそれを目にすることは叶わず、代わりに大きなクッションケースに入った限定モデルを目の当りにした。必ずしも悪いことではなかったが、期待外れではあった。しかし、ヴァシュロンの新Cal.3300にモノプッシャーと大口径のムーブメントが搭載されていることには、驚きに値する。生涯の時計愛好家であり、熱心なヴァシュロンのサポーターであり、頑固なクロノグラフ愛好家でもない限り、私はハーモニーを手にすることに一抹の不安を抱いていた。これは私の率直な所感だ。
ケース
ヴァシュロン・コンスタンタン初の自社製クロノグラフが四角いケースに収められているとは誰が想像しただろうか? 私でないことは確かだ。しかし、時計の世界では、驚きは吉兆でもある。この42mmのクッションケースは、2015年1月のハーモニーの発表直後に私が世論調査を行ったコレクターの間で物議を醸していた。ヴァシュロンは、美しく、薄く、エレガントなクロノグラフケースを得意としてきたが、このケースは少し個性に欠けるように感じた―そう、確かに表向きは1928年に発売されたヴァシュロンのドクターズ・クロノグラフをモデルにしているが、その時計は小さくてエレガントだった。ヴァシュロンの他の初期のクロノグラフと並べてご覧いただくと、この限定モデルのベースとなった1950年代のコルヌ・ドゥ・ヴァッシュ クロノグラフよりも小さく、非常に控えめな時計であることがお分かりいただけるだろう。このドクターズ・クロノグラフは、コルヌ・ドゥ・ヴァッシュが日の目を見た27年も前のものだが、クッションケースのモノプッシャーと小径のプロポーションがよく似合っていることに変わりはない―しかし、ケース径は最小部分が42mmで、コルヌ・ドゥ・ヴァッシュが38mmであるのと対照的だ。
ハーモニー・クロノグラフの興味深い点は、テーブルの上でパテック Ref.5170やランゲ ダトグラフと並べてみると、大きく見えることだ。実際その通りだ。しかし、この時計は他の2本の時計とは全く異なる形状のため、装着感も全く異なる。これが私のヴァシュロン ハーモニーに対する全体的な想いを要約したもので、少なくとも今日の伝統的なモデルと比較してみると、この時計は他のモデルとは全く違うのである。
ヴァシュロンはランゲやパテックとは全く別物だ。骨の構造もDNAも違えば、目標も異なる。
この話は結論でも反芻することになると思うが、言うまでもなく、ヴァシュロンはランゲやパテックとは全く違う着け心地を実現している。どちらのモデルよりも大きく、しっかりとした作りになっているからだ。ダトグラフのように厚みがあるが、手首に適度にフィットする。ハーモニーとダトグラフを比較してみよう。ハーモニーは手首の上でフラットに固定され、ラグが手首を完璧に包み込むが、ダトグラフは強度確保のため、ラグが手首に触れないようになっている。
ヴァシュロン・コンスタンタンの大きなクッションケースは、ダトグラフよりも手首に心地良くフィットしているかに見えるが、それには欠点もある。このモデルは、モノプッシャー・クロノグラフで、中央にクロノグラフボタンがあるため、リューズが異常に長いのが特徴だ。装着してみたところ、ボタンはそれほど邪魔には感じなかったが、従来のクロノグラフよりもかなり手首から出っ張っているのは間違いない。しかし、このような大きな(そして重い)クロノグラフの割には、裏蓋が平坦なプロポーションの良いケースは、比較的手首に馴染んでくれる。では、小さなケースサイズの方が良いだろうか? 読者の皆さんはその答えがよくわかっていると思うが、繰り返すと、この時計とそれが収まっている大きなキャリバーは、私のようなオタクに迎合するのとは、別の目的を持っている―それはマーケティングに基づいて設計されており、大きなケースサイズの採用は、販売の促進を実現することができるのだ。
ダイヤル
ハーモニー・クロノグラフのダイヤルは、1920年代後半に製作されたオリジナルのドクターズウォッチをほぼ忠実に再現したもので、ブルーのアラビア数字が描かれている。ダイヤルには確かに魅力があるが、正直に言うと、ブラックのエレガンスとアプライドスティックマーカーを備えたランゲや、シルバーオパーリンのカジュアルさとアプライドブレゲ数字を備えたパテックのようなハイエンドなカリスマ性は感じられない。ダイヤルは、魅力的なパルスメータースケールやブルーの数字、6時位置にパワーリザーブを配置していても、やや平坦な印象が拭えない。
また、1928年に登場した初期のモノプッシャーへのオマージュであるスペードアワー針は、私の好みには少し“派手すぎる”と感じられた。しかし、波のような分針、特大のテールをもつ大型のクロノグラフ秒針、そして異なるサブダイヤルの針など、ヴァシュロンがこの時計で行った仕事は賞賛に値する。このタイプの針を備えた時計は、他に類を見ないだろう。一方で、パテックの針(例えば、Ref.3970の第3世代以降の全てのモデルに採用されている)やランゲの針(このブランドのほとんどのアニュアル/パーペチュアルに採用されている)は、それに比べれば退屈なものだ―全く想定通りではあるが。また、ダトグラフの針の夜光は、これまでも、そしてこれからもずっとそうだが、非常に場違いなものに感じられる。とはいえ、ダトグラフのダイヤルは最強だと思うが、2015年モデルのブラックダイヤルのRef.5170G-010と比較すると、Ref.5170Gの方が僅差で分があるだろう。
それでも、私はこのヴァシュロンは違う土俵で勝負していると言わざるを得ない―Ref.5170とダトグラフはシリーズ化されたラウンド時計だ。しかし、今回のハーモニー・クロノグラフはそうではない。実際、この時計はヴァシュロンのコレクションの中で恒久的に残ることを意図したものではなかったことを考慮すると、この時計そのものに意味がある。
ムーブメント
このハーモニー・クロノグラフの大部分(ダイヤルとケース)は、260本の記念モデルが完売するとヴァシュロンのコレクションでは見られなくなるが、今後何年にもわたって残るものが一つある。新しいCal.3300クロノグラフムーブメントだ。これは非常に喜ばしいことで、おそらくこの時計の最強の特徴と言えるだろう。
Cal.3300は、ヴァシュロンのエンジニアが7年の歳月をかけて作り上げたものだ。65時間のパワーリザーブとそれを実現した思慮深いシステムを備えており、おそらく、有力なランゲとパテックよりも上だろう。後ほど私の同僚ニック・マヌーソスに技術的な細かい部分を詳しく説明してもらうが、要約すると、ヴァシュロンは垂直クラッチを使用していない。その代わりに、摩擦を減らし、よりスムーズなスタート/ストップを可能にする水平クラッチを採用している。このヴァシュロンは、45分積算計(パテックとランゲはどちらも30分積算計)を搭載しており、その分針は滑らかに運針するのに対し、他の2本は針が跳ねるようにステップすると誇らしげに主張している。繰り返しになるが、このヴァシュロンは一味違うのだ。またCal.3300には、マルタ十字を模したコラムホイールのような美しい美的装飾が施されていることに注目だ。
パテックとランゲでは、ステップ運針する針を備えた30分積算計を見ることができる。ヴァシュロンは、45分積算計の針は誇らしげにスイープ運針する。繰り返しになるが、この時計はひと味違うのだ。
さらに、ヴァシュロンは、ニックが以下で説明するように、非常にクールな新しい構成を採用しており、経年してもムーブメントを長持ちさせることができる。純粋に美的観点から俯瞰すると、Cal.3300は大きく、非常によく仕上げられている。ランゲのように贅沢な立体的造形を持つだろうか? それは絶対にない。しかし、それには代償が伴うと私は信じている。それは、ランゲのムーブメントの深みが誇張されているのは、仕上げの見どころを増やすためのアングルを設けているためではないだろうか。裏返した時に目を奪われ、実際に時計を着けなければならないことを忘れてしまうほどのインパクトを与えるためだ。誤解しないでいただきたいのは、私はダトグラフと、それが意図するものを愛しているが、机の上のアクリル製ディスプレイに吊るしておきたいと思うのは、どのムーブメントなのかを競うのであれば、ダトグラフが断トツの勝者だ。パテックとヴァシュロンにとって幸運なことに、時計にはキャリバーの深みや仕上げだけではなく、それ以上の評価基準がある。そして、それゆえパテックとヴァシュロンの両方がランゲを圧倒的に凌駕するのだ。
さて、私はこの最も優れたムーブメントに対してただ一つ不満を持つ点がある―エングレーブ(彫金)が施されたテンプ受けだ。A.ランゲ&ゾーネが手彫りのテンプ受けの概念を発明したわけではないが(例えば、アメリカの鉄道懐中時計のほとんどに見られる意匠ではある)、1994年10月25日にその意匠を復活させたのは間違いなく、時計収集家がこの小さな工芸とランゲを関連付けて連想するほど、認知度が高い。ランゲのマニュファクチュールに赴き、テンプに刻まれたエングレービングを見れば、誰が自分の時計を作ったのかが分かるというのは、昔から「当たり前」のことだった。私は、ヴァシュロンがCal.3300の仕上げにプラスアルファの努力をしたことを評価するだろうか? 確かにそうだが、私は、これは工夫が過ぎて、目の肥えた消費者が最近目にしたランゲのムーブメントを思い浮かべるのではないかと考えてしまう。
しかし、このムーブメントはランゲやパテックよりもはるかに興味深く、パテックよりも完成度が高く、新作であることは間違いない。ただし、クロノグラフの挙動は競合他社に比べてスムーズではないことは付け加えなければならない。また、エングレービングされたテンプ受けは、記念モデルにのみ搭載されると聞いている。つまり、時間が経てば、ヴァシュロン・コンスタンタンに期待されている水準に絶対的に達している、大型で熟練の仕上げが施された、ロングパワーリザーブでスムーズに作動するモノプッシャー・クロノグラフ・キャリバーを通常ラインで手に入れることができるかもしれないのだ。
最終的な結論
この比較が面白いのは、私がこの3本の時計を実際に使ってみて、このヴァシュロンについて考えてみる前は、このちょっと変わったクッションケースのクロノグラフは、どこからともなく生まれてきたもので、パテックやランゲのヘビー級には勝てないと思っていた。しかし、考えてみて欲しい。高級クロノグラフの中では他に類を見ないケースを搭載し、キャリバーはモノプッシャーであるだけでなく、革新的な構造を採用しているため、最も先進的なものとなっているのだ。この時計は、強大なダトグラフよりも優れた耐久性を持ち、クラシックなRef.5170よりもはるかに味わい深い外観となっている。
ヴァシュロン・コンスタンタンは、最も安価であるだけでなく、3本の時計の中でも最も興味深い時計だ。そして、最も希少価値の高い時計でもある。その点で異論の余地はない。
このような限定モデルを、ダトグラフ・アップ/ダウンやRef.5170のような超一流品と比較することに意味があるのだろうか? そうではないかもしれないが、これはヴァシュロン初の自社製クロノグラフであり、世界で最も優れたクロノグラフを求めるコレクターの心を揺さぶる時計であることは事実だ。遠くない将来、Cal.3300を採用した、より "通常"のヴァシュロン・コンスタンタンのクロノグラフが登場するのだろうか? 私自身はそれを確信しているが、それまでの間、ハーモニー・クロノグラフの奇抜さを讃えよう。
技術的な観点からの比較
キラン、ジャック、ベンの3本の美しい時計の光と影について楽しんでいただいたと思いますが、今度は技術的な観点から理解を深めていただきたいと思います。
奇妙に聞こえるかもしれませんが、クロノグラフは本当に複雑な機構です。歯車やレバー、ゼンマイなどの構造に夢中になるのもいいでしょう。でも、クロノグラフの全ての仕組みに関して共通することが一つあることを覚えておいてください。クロノグラフ中間車が二番車とスムーズに噛み合わないと、確実にスタートできないということです。
なぜこれが重要なのでしょうか? スムーズに噛み合わないとどうなるかを考えてみましょう。両輪が完全に揃わず、両輪の歯が先端で衝撃を受けたとします。クロノグラフの二番車が位置を合わせようとして動き、その結果、クロノグラフ秒針がぐらつくことになります。これは、時間を計測する複雑機構にとって大きな問題です。これら3本のクロノグラフは、それぞれ異なる方法でこの古典的な問題に対処しています。
A.ランゲ&ゾーネは、この古典的な解決策を採用しています。クロノグラフ用二番車の歯を非常に小さくして、中間車の歯は大きくしているのです。これにより、正しく噛み合わせられる可能性が高まります。噛み合わせが完璧でない場合でも、クロノグラフ用二番車の歯が小さいため、必要な修正量は最小限に抑えられます。一般的に、これらの歯は非常に小さく、本物の歯のようには見えないことがあります。この歯が小さければ小さいほど、噛み合わせやスタートが良くなります。しかし、歯が小さければ小さいほど、摩耗の影響を受けやすくなります。
パテック フィリップはランゲと同様の配置で、中間車と二番車に大小の歯を組み合わせています。パテックの革新性は、中間車に最適化された歯形で、スムーズな噛み合わせを実現しています。
ヴァシュロン・コンスタンタンのソリューションは根本的に異なります。私が最初に注目したのは、コーアクシャル(共軸)のスティール製中間車です。輪列にはスティールと真鍮のホイールとピニオンが混在しているのが普通ですが、クロノグラフはほとんどが真鍮製です。コーアクシャル(共軸)のスティール製ホイールを使用すると、製作や調整に手間がかかりますが、その結果、より頑丈で長持ちするクロノグラフ機構になります。このコーアクシャルの絶対的な魅力は、軸に小さなスプリングが取り付けられており、中央のクロノグラフ輪列と噛み合う際の回転の自由度を確保していることです。これがヴァシュロン・コンスタンタンの勝利宣言です。
このコーアクシャルの絶対的な魅力は、軸に小さなスプリングが取り付けられており、中央のクロノグラフ輪列と噛み合う際の回転の自由度を確保していることです。これがヴァシュロン・コンスタンタンの勝利宣言です。
これらはいずれも、3つの歴史あるブランドの究極の最高級クロノグラフです。私なら純粋に技術的な観点から、ヴァシュロン・コンスタンタンを選択するでしょう。
真っ向勝負
撮影協力:アトム・ムーア
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