私を悩ませたのは、2008年はもう13年も前なのだということだ。金融危機が時計のデザインに与えた影響が今もなお続いていることは確かだと思うが、時計のイノベーションが地球上から消えてしまったわけではないことも認めておきたいと思う。デザイン面でも技術面でも大きな革新があった。そのなかには金融危機が実際に起こる前のものよりも、間違いなく重要なものもあった。
以下の5つの時計は、ヴィンテージ、クラシック、レトロのトレンドが健在だからといって、時計製造の科学と芸術が革新の能力を失ったわけではないことを示す確かな証拠だ。
シーマスター アクアテラ 15000ガウスは、まさにその言葉どおりのモデルだ。一般的には研究室や医療用画像処理センター以外では見られないような強力な磁場に耐えることができる時計だ。このような偉業を達成した時計は本当に前例がない。今日では多少なりとも浸透してきたが、2013年には、少なくとも時計製造の技術面においてその年のベスト2か3の大きな話題だっただろう。そしてその後、まったく新しい認証システム(METAS:クロノメーターと耐磁性の両方を認証する)を生み出すことになり、オメガがほぼすべての時計生産を同じ規格に移行する第一歩となった。進歩? 私はそう思う。
2019年1月、つまり前回のSIHHで、時計ジャーナリストたちがジュネーブ郊外のプラン・レ・ワットにあるヴァシュロン・コンスタンタンの工場に招待された。そこで我々が目にしたのは、純粋にオリジナルで独創的なものだった。それは、1つが5Hz、もう1つが1.2Hzで動く2つの脱進機を搭載した「ヴァシュロン・コンスタンタン トラディショナル・ツインビート・パーペチュアルカレンダー」だった。通常の使用では5Hzのテンプが駆動しているが、スタンバイモードに切り替えると65日間も動き続ける。これは、永久カレンダーが停止すると、すべてのカレンダー表示をリセットしなければならないという問題を解決するものだ。巻き上げ機を使用するよりもはるかに複雑で、発売時の価格は19万9000ドル(約2190万円)とはるかに高価だが、何世紀にもわたった時計の問題を解決した魅力的で新鮮なモデルだ。
もし誰かが2008年に、「2021年までにブルガリが超薄型時計のあらゆる記録を塗り替えることに、スティール製のパテック・フィリップ 5711を賭ける」と言ってくれたら、私は喜んでその賭けを受けただろう。しかし、それは間違いだった。最初のオクト フィニッシモは金融危機から6年後の2014年に発表されたが、それよりもずっと前から存在していたかのように感じられるのは、私にとって尽きることのない魅力があるからだ。
デザイン面だけを見ても、パテックのノーチラスやオーデマ ピゲのロイヤル オークのように、ブルガリにとっては象徴的な存在となっており、それが破った記録のリストを読むだけでもきりがない。トゥールビヨン、パーペチュアルカレンダー、クロノグラフ、ミニッツリピーター、なんでもござれである。ブルガリには、従うべき20世紀のヴィンテージモデルの数々がないということもあるが、数多くの技術的勝利と現代の時計界を再定義するようなデザインの両方を単独で生み出したという事実は、業界全体がマンネリ化しているという考えに対する強い反証になるだろう。
ジェイコブ アストロノミア・トゥールビヨンとそのバリエーション
2013年のバーゼルワールドでジェイコブが発表した時計は、ハチの巣をつつくよりも大きな話題を呼んだ。アストロノミア・トゥールビヨンだ。それは、他の誰もが思いついたとしても製造しようとすらしなかった時計だ。巨大なサファイアドームの下に4つのアームをもつキャリアがあり、3軸トゥールビヨン、ミニチュアの地球、ダイヤモンドの巨大な球で表現されたミニチュアの月(特許取得済みのカットを使用)、そして時間と分を表示する文字盤を備えている。全体的に楽しくて完全に荒唐無稽なものだが、デザインのビジョンを徹底的に追求した結果、見事に成功を収めた。全体を機能させることができたのは技術的に大きな成果であり、メカニックと美学がシームレスに統合されたときに最も満足のいく時計作りができることを証明している。ハイパーウォッチは死んだのかって? ハイパーウォッチ万歳だ。
コンプリケーション、ケース素材、ムーブメント素材のイノベーションは、いずれも重要であり、注目し賞賛するに値するものだ。しかし、イノベーションが最も困難な分野は、スイス人が不用意なニュアンスで調速機構と呼んでいるもの、つまり脱進機である。過去2世紀のあいだ、唯一目立ったのは、レバー(佳作としてはデテント脱進機、他はシリンダー脱進機)とオメガのコーアクシャルだった。
しかしこの20年のあいだに、柔軟性のあるシリコンを使って高周波で駆動する脱進機を作る実験がいくつも行われてきた。フレデリック・コンスタントの「スリムライン モノリシック マニュファクチュール」にはこのタイプの脱進機でも最もコンパクトなものが使われていて、従来型の腕時計にも組み込みやすいものだ。この脱進機は、より広範囲にレバー脱進機に取って代わるだろうか? それはわからないが、最も基本的なレベルの時計製造において、積極的かつ創造的な思考が行われていることを証明していると思う。
5つの例をあげたが、探してみるともっともっとたくさんの候補がある。熱狂的なファンのあいだの情報は玉石混交で、真の革新性や創造性を正当に評価することが難しい場合もあるが、確かにある。例えば世界で初めて日の出/日の入りの複雑機構を搭載した「クレヨン エニィウェア(Anywhere)」、他では見られないフォルムと技術的特徴を持つ「ミン」、すべてのロレックスが1日あたり最大±2秒の誤差になったことなど、その例は枚挙にいとまがない。
確かに、ヴィンテージ志向の時計作りは現代の時計デザインにおいて強力な力をもつし、それはすぐに変わるとは思えない。しかし、金融危機が過去のものとなっていくにつれ、「Point/Counterpoint」シリーズのコメントで読者の方が指摘されていたように、それは時計の世界の変わらない特徴というよりも、むしろ振り子のように繰り返すものと見るべきなのだと思う。
結局、コールが正しかったのだろうか。たぶんそうではないが、そうかもしれない。
Hero Image、グルーベル・フォルセイ クアドルプル トゥールビヨンGMT、2019年。
話題の記事
Introducing オリス ダイバーズ 65の60周年を祝うアニバーサリーエディション(編集部撮り下ろし)
Introducing オメガ スピードマスター ムーンフェイズ メテオライトが登場
Introducing MB&F レガシー・マシン パーペチュアルとシーケンシャル フライバック “ロングホーン”で20周年の幕を開ける