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ヴァシュロン・コンスタンタンのキャリバー1990がレ・キャビノティエで再び 無二の時計づくりに宿るメゾンの矜持

オーダーメイドという世界がウォッチメイキングには存在する。むしろ、それを本懐としていたヴァシュロン・コンスタンタンのようなブランドが、現代においてそれを披露するレ・キャビノティエは文字通り希少な存在なのだ。

ヴァシュロン・コンスタンタンの新作レ・キャビノティエが昨年ドバイで発表された。折しも同じ時期にはドバイウォッチウィークが開催され、多くのウォッチセレブや時計愛好家、有力顧客で賑わった。その喧騒から離れた砂漠のリゾートにて、メディアへ向けて特別にお披露目されたコレクションのテーマとなった「レシ・ドゥ・ヴォヤージュ(旅の見聞録)」にもふさわしい。

 ドバイウォッチウィークについては既報であり、その魅力は伝わっていることだろう。実際に現地で会った何人かのブランドトップや関係者も、このイベントを世界で最もラグジュアリーかつソフィスティケートされた見本市と絶賛していた。とくに世界中の選りすぐりの顧客が集まることからも、これと期を合わせたレ・キャビノティエの新作発表も必然だったと言えるだろう。

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今回のコレクションテーマは「レシ・ドゥ・ヴォヤージュ(旅の見聞録)」。19世紀初頭、新たな販路を求めたフランソワ・コンスタンタンは、ジュネーブから中央ヨーロッパ、南米、北米、アジアへと旅を続けた。これによってブランドの名声や価値は築かれ、その精神には冒険へのチャレンジが息づく。こうした先人の足跡を辿り、新たな世界の発見をメティエ・ダールとハイウォッチメイキングの融合で表現したのである。

 はたして発表された新作はなんと9本! これも開発期限を設けないユニークなコレクションの特徴に加え、世界的なパンデミックの影響から発表を見合わせた事情もあったのではないかと思う。だがそのどれもが渾身作であり、まさに昨年はレ・キャビノティエのヴィンテージイヤーとなったのだ。そのなかでとくに注目したのが「レ・キャビノティエ・アーミラリ・トゥールビヨン - アールデコ様式への賛辞 -」である。

 ヴァシュロン・コンスタンタンは1832年にニューヨークで最初の拠点を設け、これを足がかりに全米や南米にもその名を広めた。とくにニューヨークでは当時の文化人、産業界の名士が顧客リストに名を連ね、新たな時代への時を刻んだ。その象徴とも言えるのが「アメリカン1921」だ。狂騒の20年代と呼ばれたアメリカ市場に向けて特別にデザインされ、クッションケースに文字盤を約45°回転させたスタイルは、アールデコの広がりとともに当時のモータリゼーションとも結びつき、時代の先進を具現化した。その優美な創造性を受け継ぎ、新作「レ・キャビノティエ・アーミラリ・トゥールビヨン - アールデコ様式への賛辞 -」は1点のみ製作されたのだ。

 YGとブラックの際立つコントラストに、スチームパンクを思わせるデザインとまるでエレベーターの昇降表示のような計時はまさにアールデコスタイルだ。そしてそのベースとして採用されたのが、瞬時ダブルレトログラードの時分表示を備え、2軸トゥールビヨンを搭載した自社キャリバー1990であることも一目瞭然だろう。

 Cal.1990は、2016年に「メートル・キャビノティエ・レトログラード・アーミラリ・トゥールビヨン」に搭載し発表された。そしてその由来は、前年に発表されたスーパーポケットウォッチ「リファレンス57260」に遡る。これはブランド創立260周年を祝して公開された特注によるユニークピースで、57の複雑機構を搭載し、時計史上最も複雑なハイコンプリケーションとして知られる。完成までに8年がかけられた大作だ。

 この製作に関わった社内のレ・キャビノティエに所属する3人の熟練時計師が新たに生み出したのがCal.1990なのである。ダブルレトログラード表示と、球形ヒゲゼンマイを備えた2軸のアーミラリ天球儀トゥールビヨンを備え、技術的には4件の特許を出願する。内容は、レトログラードの瞬時復帰機構、ヒゲゼンマイをテン真に固定するヒゲ玉へのチタンの採用、マルチゲージトゥールビヨン、調整可能なレバー脱進機になる。

 リファレンス57260のために開発された技術をフィードバックした腕時計も1点のみの製造だったため、時計愛好家の垂涎の的になっていたCal.1990が再び脚光を浴びたのが、ロールス・ロイスが発表した新型ロードスターのドロップテイルだ。生産台数わずか4台というこの究極のプレミアムカーの1台に、ダッシュボードクロックとしてCal.1990が収まったのだ。

 車両はロールス・ロイス社内のコーチビルド部門が手がけ、世界的なコレクター、アートパトロン、ビジネスの成功者という顧客それぞれのオーダーに応えて仕様はすべて変わり、世界に1台のロールス・ロイスになる。その点でもレ・キャビノティエと共通すると言える。オーナーは熱心な時計愛好家でもありCal.1990搭載もその依頼に応えたものだ。ちなみにもう1台のドロップテイルにはオーデマ ピゲが採用されている。

 これまでレ・キャビノティエでのみ採用されたCal.1990は、唯一無二のハイウォッチメイキングの象徴であり、新作コレクションではその価値にふさわしい工芸装飾の技も余すことなく注がれる。

 ケースバックから見える3分割されたブリッジには、ニューヨークの高層ビルのアールデコ装飾をモチーフに、バ・ルリエフと呼ばれる浅浮き彫りをしたうえ、ベルサージュ(点刻)で縁飾りを仕上げる。さらにこの周囲の地の部分を削り取り、グレイン仕上げを施すことで、生み出される光の陰影が彫金をより立体的に際立たせる演出効果をもたらすのだ。

 こうした分割ブリッジへの細密彫金はレ・キャビノティエでも初の試みであり、隙間がありながらも絵柄が途切れることなく連続した彫金は極めて高度な技術を要する。彫金師は3つのブリッジを正確に位置づけるための専用ツールから開発し、この部分だけでも完成までに1ヵ月がかかったという。

 ヴァシュロン・コンスタンタンの専門部署であるレ・キャビノティエが手がけるユニークピースは、7割が特別な顧客からの世界に1本のフルオーダーであり、そのほとんどが一般には公開されない。そのため、そこで培われた独自の革新的な機構や熟練の手による工芸装飾の一部をこうしたコレクションとして毎年披露している。たとえ自身でのオーダーは無理だとしても、至宝とも呼べる逸品に酔いしれ、自分だけの時計を夢見ることだってできるというわけだ。時計愛好家にとってまさに憧憬であり、270年近く一度も途絶えることなく時計作りを続ける名門マニュファクチュールの矜持を伝えるのである。