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Interview レイモンド・ウェイルのエリー・ベルンハイムCEOにGPHG受賞作ミレジムについて伺う

目の肥えた愛好家のなかで、静かな話題となっている時計がある。レイモンド・ウェイルのミレジムは、コレクションに加えたくなる、さりげなくも良い時計だ。

時計師やジャーナリストなど関係者が投票を行うことから、“時計界のアカデミー賞”とも呼ばれるジュネーブ時計グランプリ(GRAND PRIX D'HORLOGERIE DE GENÈVE、以下GPHG)。時計界の最高権威とされるこのアワードには、2000スイスフラン(約34万円)以下の時計を対象とするチャレンジウォッチ部門があり、2023年のGPHGで選ばれたのが、レイモンド・ウェイルのドレスウォッチであるミレジムだった。

 「レイモンド・ウェイルは、時計職人であった私の祖父が、ジュネーブにて1976年に創業した独立ブランドです。創業から現在まで家族経営を守っており、私が三代目です」と語るのは、現在CEOを務めるエリー・ベルンハイム氏で、2014年に経営を引き継いだ。

エリー・ベルンハイムCEO

エリー・ベルンハイムCEO(Courtesy of Raymond Weil)

 レイモンド・ウェイルは、1000ドルから5000ドルという“手の届きやすい価格”を重視している。すなわち多くのユーザーが渇望する価格帯だ。世界80ヵ国に進出しており、アメリカとイギリスが主要市場。かつて行われていたバーゼルワールドではメインホールの1Fに大きなブースを構えていたことからも、スイス時計業界における地位も相当高いことがわかる。日本ではまだ“知る人ぞ知る”というポジションだったが、このミレジムによって、ついにミドルレンジの注目ブランドとして一気に名を上げそうな予感がする。

 フランス語でヴィンテージの意味を持つ「ミレジム(Millésime)」の企画がスタートしたのは、約3年前だという。「ブランドをさらに成長させるための時計を求めていました。美しく、洗練され、エレガントでちょっとレトロで、もちろん手の届きやすい価格の時計をつくりたいと考えました。掲げた条件は多いのですが、つまりは“伝統的なスイス時計”ということです」

 スタッフやデザイナーとミーティングですぐに進むべき方向性は定まり、デザインも第一案を採用した。それくらい明確なビジョンが彼のなかにあったということだが、これは親子代々受け継がれている資質のようだ。「祖父からの教えは、自分がやっていることに確信が持てない場合は、その先に成功はないということ。新しい製品を開発する際には必ずプロトタイプをつくりますが、どうしても腑に落ちないのであれば、直感を信じて立ち止まることも必要。これが祖父からの大切な教えです。父からの影響は、仕事に対する情熱ですね。父は本当に仕事中毒で、1日20時間くらい働いていましたし、土日も休まなかった。しかしそのおかげで、私は父と一緒に工場やデザイナーのところを回ることもできましたし、幼少期からバーゼルワールドに出入りできましたから」

 家族経営だからこそ、信念はぶれず情熱は受け継がれる。その結果が、このミレジムなのだろう。

レイモンド・ウェイルのミレジムコレクションにはスモールセコンドとセンターセコンド2種類のラインナップがある。(Courtesy of Raymond Weil)

 ミレジムが時計愛好家から称賛された理由は、シンプルでピュアなデザインにあるだろう。モデルは2種類あり、GPHGで賞を獲得したのがスモールセコンドタイプで、ほかにセンターセコンドタイプもある。時分秒の目盛りをそれぞれ異なるトラックに配置するデザインは「セクターダイヤル」と呼ばれており、1930年代に流行した。このレトロなムードに合わせて、ケースサイズは39.5mm。大きすぎず、さりとて小さくもないという絶妙なサイズ感にまとめた。

 ダイヤルはかなり複雑な構成になっており、スモールセコンドから外側に行くにつれて段階的に高さが上がっていく。そして最も外側のミニッツトラックは外に向かって傾斜をつくる。それぞれのセクターごとに仕上げを変えているので、同トーンの配色であっても美しいハーモニーが生まれている。

 風防はボックスガラスになっており、ケースサイドは鏡面仕上げと繊細な筋目模様の組み合わせを取り入れた。ラグもすらりと長くデザインされており、全体のプロポーションも美しい。ケースの厚みはスモールセコンドモデルが10.25mmで、センターセコンドは9.25mmと十分に薄型といえるだろう。搭載ムーブメントは、セリタベースのCal.RW4251となる。仔細に見れば見るほど支払ったプライスに対して多くのものが得られるように感じる。

 「私たちの価格ポジショニングは1000ドルから5000ドルです。自分たちをもっと上のプライスゾーンであるかのように偽ることはしません。私たちは私たちなのです。そして、だからこそ持っているノウハウがあります。何をどのくらいで開発することができるのか。レイモンド・ウェイルは、常にこの価格帯で実現できる最高のものを目指しています。これも成功の理由のひとつだと思います」

Courtesy of Raymond Weil

 2023年のGPHGにて、チャレンジウォッチ部門を受賞したことは、エリー・ベルンハイム氏にとっても大きなターニングポイントとなった。「受賞が決まった瞬間は、会社やチーム、そしてすべてサプライヤーへの感謝の気持ちでいっぱいでした。それと同時にやってきたことに間違いがなかったという確信も得られました。私は2014年からCEOに就任しましたが、いつだって一貫性を強く信じてきました。そのひとつが、手の届きやすい価格で洗練された時計をつくることであり、ミレジムの成功が、自分たちのビジョンが正しかったという証明になるでしょう」

 しかしこの成功に、安住することはない。「レイモンド・ウェイルは、まもなく創立50周年を迎えます。50年というのは、時計業界ではまだ“若い”とされますが、人間でいえばマチュアな年齢。成熟した魅力も必要です。そういうタイミングで、ミレジムをリリースできたことは喜ばしいこと。ミレジム・コレクションは、おそらく私たちのブランドの足跡を記すに最高の方法だと思います」

 そして50年、100年と会社が続いていくことを願う。「会社の独立性を保ち続けること。そしていつか四代目にバトンを渡すこと。それが私にとっての最終目標になるでしょう。私は野心家ですが、会社が急成長することは好みません。時計業界に革命を起こすことなど考えていませんし、ゆっくりと成長すればいいのです」

 ファミリービジネスの良さは、地に足の着いたやり方で時計作りを進めていけることにある。レイモンド・ウェイルはミレジムの成功によって、愛好家から注目を集める存在になった。しかしその成功体験に奢ることなく歩みを進める。「今年のWatches & Wondersにも期待してください」と笑うエリー・ベルンハイム氏は、確かな自信をにじませていた。

Photographs by Anthony Traina