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In-Depth ジャガー・ルクルト マスター・グランド・トラディション・グランド・コンプリケーション 2020年新作(超複雑時計の未来)

ジャガー・ルクルトが、クラシックなハイコンプリケーションモデルの1つを密かに発表。

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時計について書くことの面白さの一つは、年を重ねるごとに、様々な企業がどの程度まで流行や市場の要求に追従しているのか、また、様々な浮き沈みの中でどの程度まで自社のアイデンティティを貫いているのかを見ることができる点だ。

 極端な例を言えば、世界の出来事や市場の変動には、全く動じないように見える会社―ロレックスのような―がある。もう一方の極端な例では、企業のアイデンティティとフォーカスが非常に変化しやすく、1年後から次の年まで、名前以外はほとんど同じ会社とは思えないような例―常に新しいもので顧客を惹きつけなければならないのは大変だ―を見かけることがある(2008年〜2019年の金融危機以降、数多くの事例がある。今後も多くの事例が出てくると思うが、特に金融危機の真っ只中でエネルギッシュな企業再建専門家が、会社の舵取りをするために雇われた場合は、それさえも一瞬にして変わることがある)。

 それから、ジャガー・ルクルトのような会社がある。SIHH(まだあったとき)の度に、会社の異なる側面を全面に出しながらも、レベルソと、おそらくはポラリスのコレクションを基本的な重心としつつ、全てが軌道に乗っているような企業だ。まぁ、現実はかなり複雑だと思うのだが。

 ジャガー・ルクルトは、リシュモン・グループの中でも、時計製造の多様性に最も力を入れているブランドだと私は考える。確かに、多様性という点では、業界全体ではほとんどライバルがいない。ブランドが全ての人が満足するようなものを提供しようとするのは危険だ。例えば、時計の品質に疑問があるからではないが、パネライやボーム&メルシエのミニッツリピーターは眉をひそめがちだ。会社として認識されたコアアイデンティティに軽いジョークを言うような、不調和に思えるという理由からだ。

 一方、ジャガー・ルクルトは多様性を骨の髄までもっている。フューチャーマティックのような革新的なものから、想像できるあらゆる種類の壮大で高度かつ複雑なものまで、1000種類以上の異なるキャリバー(レベルソからポラリス、メモボックス、うまくいかなかったものも全て含まれる)のレパートリーを持つ同社は、その歴史の中で驚くべき発明の幅をもっている。

ジャガー・ルクルト 多軸トゥールビヨンを搭載したハイブリス・アーティスティカ 5。

 ジャガー・ルクルトの非常に複雑でとても珍しい(そしてかなり高価な)時計製造におけるイノベーションのスピードが本当に信じられないほどのものだった時期は、2000年代初頭から半ばと言えるだろう。ハイブリス・メカニカコレクション全体がその好例であり、デュオメトル・グラン・ソヌリ(ウェストミンスターのチャイムを搭載)やハイブリス・アーティスティカを含む多くの鳴り物系複雑機構を搭載している。近年では、ジャガー・ルクルトはこれらの時計に特にスポットライトを当てておらず、一般的に(JLCだけでなく)複雑化の革新は別の取り組みで行われている。
 技術的な創意工夫はまだまだある。しかし、少し前までのような華やかで複雑な時計ではなく、現在では、多くの高級時計ブランドが自分たちを差別化しようと極薄時計の製造に多くの工夫を凝らしている。腕時計におけるスーパーコンプリケーションの時代は、今では実際よりもずっと昔のように感じられるが、その成果は、時計そのものだけでなく、今なお人々を魅了する力をもっている。

 ジャガー・ルクルトの「マスター・グランド・トラディション・グランド・コンプリケーション」の最新作がその一例である。これは新しい時計ではない。2010年に発表された最初のバージョンはホワイトゴールド製で、2015年にはローズゴールド製のセカンドバージョンが発表された。最初の2バージョンでは、比較的重厚感のあるケースを採用していたが、今年のバージョンでは形状をより洗練させ、ケース中央部やラグなどにデザイン要素を追加することで、より視覚的に優美な時計になっていることが分かる。デザイン全体が複雑機構とより調和しているように見えるのだ。

 そして、この時計は複雑な時計だ。伝統的に時計づくりにおける "グランドコンプリケーション "という言葉は非常に特殊なもので、音に関するコンプリケーション、計時に関するコンプリケーション、カレンダーに関わるコンプリケーションを備えた時計を意味する。本当に納得のいくものにするために、これらはミニッツリピーター(少なくともプチソヌリ、グランドソヌリ)、ラトラパンテクロノグラフ、そして永久カレンダーでなければならない。私は1990年代後半から2000年代初頭にかけて、時計インターネットの黎明期において、"グランド・コンプリケーション"という言葉を、定義に合わないものに使用していたブランドに対して、かなりの憤りを覚えていた。彼らはほとんど偽物づくりに従事しており、新しく分厚い財布を持っていても、時計に関しての知識があまりない人たちを欺くかのようなものだった。(今日我々は、日付ウィンドウに対して熱心だ。このような偽物に憤慨している。進歩するかもしれないし、そうでないかもしれない)。私は言葉を選びながら規範的に学説を書くことを楽しんでいたが、多くのことと同じように、何年も経つごとに専門用語にこだわるような傾向もかなり少なくなった(私は数年前のルモントワールの用語として「コンスタント・フォース・エスケープメント」に異論を唱えるのは諦めたのだ)。

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 マスター・グランド・トラディション・グランド・コンプリケーションは、狭義のグランドコンプリケーションではないが、実際の時計を見れば、それはほとんど問題ではないように思える。基本的には、ミニッツリピーターとオービタル・フライングトゥールビヨン、そしてプラネタリウム星図を組み合わせたもので、1日に1回(反時計回りに)、いや、恒星日に1回転する。太陽日は、太陽が2回連続して天頂を通過するまでに経過する時間で決まり、平均すると24時間になる。一方、恒星日は、黄道面が天体の赤道と交差する点である、春分点として知られる空の基準点の通過に基づいている。この点は、基本的には、基準点として恒星を使用するのと同等である。そのため1日をマークするために使用する場合は、24時間よりもやや短くなる―恒星日は約23時間56分4.0905秒の長さである。恒星日は空の星の位置を直接反映しているため、天文学者に好まれる基準時間だ。
 マスター・グランド・トラディション・グランド・コンプリケーションには、標準的な常用時も表示される。トゥールビヨンが太陽時と恒星時を機械的に結合していることは、ロマンとして満足するものだと思っていた。文字盤の周りの軌道は1周で1恒星日になる。しかし、トゥールビヨンキャリッジ内にあるテンプの振動が、常用時を決定するのである。

時計にセットされる前のテンプ、右上はキャリバー945とトレビシュ・ハンマー。

 技術的には、この時計には他にもいくつかのイノベーションが組み込まれている。それはチャイム機構に関係するものだ。 リピーターのゴングを叩くハンマーはJLCの発明品で、いわゆる "トレビシュ・ハンマー"である(トレビシュとはカタパルトの一種で、中世の攻城戦用エンジンのこと)。通常のリピーターのハンマーは一枚のスティール製だ。しかしJLCのトレビシュ・ハンマーはヒンジ部分で連結されており、連結部にかかる力は湾曲したスティール製のスプリングによって制御されている。これらのハンマーは10数年前に導入された―2005年のマスターミニッツ・リピーター アントワーヌルクルトに初めて登場。
 これはハンマーからゴングへのエネルギー伝達をより効率的にし、打鍵後のハンマーの反発の度合いや速度をより上手くコントロールすることを目的としているのだ。これは、時計職人がリピーターのハンマーを調整しなければならない、より繊細な作業の一つである。打ち込みが深すぎれば、反発するハンマーヘッドに対してゴングが振動し始めるため、不快なチャイム音を発生させ、エネルギーを無駄にしてしまう。一方で打ち込みが弱すぎると十分なエネルギーが伝わらず、弱々しいチャイム音になってしまうのだ。トレビシュ・ハンマーは、この調整の推測の一部を取り去るために発明された。

Cal.945。9時位置には、トレビシュ・ハンマーの1つがある。1時位置にはチャイムのテンポを制御する延伸レギュレータだ。

 2つめの大きな革新は、時計ケースへのゴングの取り付けにある。通常リピーターのゴングは、効果的な共鳴面ではないムーブメントプレートにねじ止めされている。ムーブメントプレートを嫌うわけではないが、ネジや歯車、その他の部品がごちゃごちゃしていると、音を増幅するどころか吸収してしまう傾向があるのだ。そのため、ミニッツリピーターのケースを作ることは、古き良き時代を嘆いていた後期には、心地良い音と合理的に聞こえる機構を作るために一石二鳥であった。時計製造の技術的な進歩に関しては、モンティ・パイソンの映画「ライフ・オブ・ブライアン」の言い換えをしたいと思う。
「ああ、確かに、精度、信頼性、耐久性の向上、前世紀の時計職人たちが夢見たような精度、そして今まで想像もできなかったような複雑機構の数々をCNCマシンがもたらしてくれた。だがそれ以外にCNCマシンは我々のために何をしてくれたんだ?」

 マスター・グランド・トラディション・グランド・コンプリケーションのゴングは珍しいことに、丸ではなく正方形だ。これは、ハンマーヘッドからのエネルギー伝達にもう少し表面積を増やそうという考えからそうなっている。また、音のエネルギーをより効率的に適切な共振面に伝達するため、サファイアクリスタルに直接ハンダ付けされている。これもトレビシュ・ハンマー同様に同社の発明で、初出はマスター・ミニッツリピーターにまで遡る。

 2020年新作のマスター・グランド・トラディション・グランド・コンプリケーションの新しくも純粋な装飾的な特徴の1つは、トゥールビヨンと星座の周りに幾何学的な模様を形成する金属の繊細な金線細工だ(この金線細工は、トゥールビヨンと星座に対する位置関係からするとそれらと一緒に回転するべきだと私は考えている)。純粋に装飾的でありながら、かなり繊細な装飾が施されていて素敵だ。それでも、2010年と2015年のバージョンよりも明らかにロマンチックな雰囲気を醸し出している。J.R.R.トールキンが『ロード・オブ・ザ・リング』の中でプレアデス星団と呼ばれるものを表現するために使用した「網目にとらえられた宝石」というフレーズを思い起こさせる。天球のムーブメントの裏には、隠された神聖な幾何学模様があり、それは星々の優雅な行列の中で明らかにされているという考え方は、非常に古くからあるものだ。マスター・グランド・トラディション・グランド・コンプリケーションの文字盤を眺めていると、古典的な宇宙観の隠された秩序の、少なくとも一部が明らかになるのを見ているような印象を受ける。

 これらの時計の価格は、どちらかというと無意味で抽象的なものだ。ゴールドモデルは、32万ユーロ(税抜4000万円)、ダイヤモンド付きホワイトゴールドモデルが42万ユーロ(税抜4960万円)と発表しているが、私はその10分の1の価格でも買えないため、幸運にも価格を気にする必要はないようだ。これらの時計は、実際に目にする機会がない限り、「現在の状況」下ではその可能性は限りなく低いと思われるが、距離を置いて抽象的に鑑賞しなければならない時計だ。誰かが一般相対性理論に反した方法を見つけ出さない限り、星自体も永遠に人間の手の届かないところにあるのだが、それにしても、星は美しくもある。

ジャガー・ルクルト マスター・グランド・トラディション・グランド・コンプリケーション: ケース、ホワイトゴールド(バゲットダイヤモンドベゼル付き)またはローズゴールド; 防水性 5気圧。直径45mm x 厚さ16.05mm、表と裏にサファイアクリスタル。ムーブメント: 自社製Cal.945(総部品数570)、50石、40時間パワーリザーブ。オービタル・フライングトゥールビヨン(1恒星日で回転)、ジャガー・ルクルト本社の緯度である北緯46°から見た北半球の夜空の星図。常用時。各世界限定8本。価格: ローズゴールド 税抜4000万円、ホワイトゴールド 4960万円(時価: 2週間ごとに為替によって価格が変動)。詳細は、ジャガー・ルクルト公式サイトへ。