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Inside The Manufacture スイスの伝統的ケースメーカーの牙城、ジャン-ピエール・ハグマンのアクリヴィア工房を訪問

ジャン-ピエール・ハグマン(Jean-Pierre Hagmann)とレジェップ・レジェピ(Rexhep Rexhepi)は、時計製造のなかで最も伝統的でありながら見過ごされている工芸のひとつ、ケース製造の積極的な庇護者である。


午前9時過ぎのジュネーブ旧市街。私は写真家で友人のJames K./@waitlistedとともに、グラン・リュにあるアクリヴィアの工房にちょうど足を踏み入れた。しかし我々はアクリヴィアの35歳の創業者で、世界で最も才能ある若手時計職人のひとりであるレジェップ・レジェピ氏に会いに来たのではない。そう、今回は2019年末に2度目の引退を経て、レジェピの変革に貢献してきた80代のケース職人、ジャン-ピエール・ハグマン氏の仕事を観察することに専念したかったのだ。

 アクリヴィアのメインの時計製造アトリエの真向かいに工房を構える81歳のハグマン氏は、3人の職人チームを率いて、昔ながらの機械を使って同社のケースをひとつひとつ手作業で作り上げている。ハイエンドな時計の伝統的なケース製造は、最近では忘れ去られた技術といっていい。スイスには素晴らしい時計ケースがいくつもあるが、それらはコンピューターベースの設計とCNCマシンを組み合わせた製造方法抜きでは語れない。

 しかし、ハグマン氏はいずれの手段に拠らない。最近発表されたクロノメーター コンテンポランIIのときと同様、彼はコンピューターに触れることなく、鉛筆と方眼紙だけを使って、使用する個々の部品をスケッチし、設計することを好むのだ。彼の専門知識と能力は、まさに伝説級だ。彼の個性も、それに負けず劣らずといったところである。私がハグマン氏に会ったとき、彼はまったく英語を話さず、身の丈も160cm足らずだろうか、ペイズリー柄のシャツにネイビーのベストを纏い、胸にスクルージ・マクダックのピンバッジをつけたファンタジックな装いで登場した。旋盤から旋盤へ、工房内を歩き回る姿は家父長的な保守性を感じさせながら、職人としての自信に満ちていた。

Jean-Pierre Hagmann

ジャン-ピエール・ハグマン氏(81)は、スイスの高級時計製造におけるスペシャリストとして伝説的な存在である。オーデマ ピゲ、ジャガー・ルクルト、ヴァシュロン・コンスタンタン、パテック フィリップといった一流メーカーのために製作した多くのケースラグの内側に、彼のイニシャル“JHP”が打刻されていることは有名だ。

Jean-Pierre Hagmann

ハグマン氏の仕事道具は、大量の方眼紙、鉛筆、定規、そしてコンパス。アクリヴィアの組立師がムーブメントの設計仕様を提供すると、ハグマンはそれを中心にカスタマイズされたケースをデザインできる。

Jean-Pierre Hagmann

ハグマン氏は週に5日、工房で過ごす。

 レジェピ氏はハグマン氏の日々の業務や工程プロセスの視察に同行し、通訳まで務めてくれたとことに加え、彼の伝統的なアプローチがレジェピ自身の時計師としての進化にいかに貢献しているかを説明してくれた。この体験を通して、レジェピ氏が彼に対してどれほどの敬意を抱いているか、そして彼と一緒に仕事ができることをどれほど誇りに思っているかが、はっきりと伝わってきた。

 レジェピ氏は「ハグマン氏と仕事ができるのは幸運で、感謝しています」と言う。「彼がいなければ、この仕事を始めるのに10年はかかったでしょう。それがたった2年で(多くのことを)達成することができたのです」

 パテック フィリップで見習いとしてキャリアをスタートさせたレジェピ氏は、ハグマン氏の作品にまつわる敬愛の念をずっと意識してきた。「15歳のとき、いつか彼のケースを手に入れたいと夢見ていました」と彼は笑う。「その夢は、2012年に(アクリヴィアを)始めた後も忘れられず、友人たちにその話をすることもありました。2019年、そのうちのひとりが『なんで今まで連絡取らなかったの? いつも彼のことを話しているじゃないか』と言われました」

 そこで彼は連絡を取ることに。そして、彼の売り込みは成功した。ふたりの最初のコラボレーションは同年末のOnlyWatch 2019で実現し、ハグマンケースを採用した初のアクリヴィアウォッチは2年に1度のチャリティオークションへのレジェピ氏の初出品を飾った。

Jean-Pierre Hagmann

ハグマン氏がかの有名な「JHP」ロゴをデザインしたのは、今から約40年前の1984年のこと。

Jean-Pierre Hagmann

つい最近まで、ハグマン氏はアクリヴィアの2番目に年長の従業員の2倍の年齢だった。それでも彼はアクリヴィアの3人の小さなチームを率いて、アンティーク機械を使った伝統的な手作業によるケース作りに専念している。

Jean-Pierre Hagmann

パテック フィリップのミニッツリピーター、スターキャリバー2000などの複雑な貴金属ケースの製作で有名だが、1980年代後半から90年代前半にかけて、ロジェ・デュブイ、アンデルセン・ジュネーブ、フランク ミュラーなど、多くの初期独立メーカーのケースも設計・製作していた。

Jean-Pierre Hagmann

「パテック フィリップマニアにとって、ハグマンケースは本当に大きな意味を持つ」と、コレクターでLoupe Thisのオーナーでもあるエリック・クー氏は、HODINKEEマガジンNo.10のレジェップ・レジェピのページで語ってくれた。「彼は長いあいだ、非常に高いレベルで仕事をしてきた職人だが、それに見合うだけの評価を得ることはできなかった。今絶頂期にある彼とレジェピ氏が一緒に仕事をすることは、実に素晴らしいことだ」

Akrivia Casemaking Apprentice

32歳のロイック(Loïc)氏は、マイクロメカニクスでキャリアをスタートさせたが、2019年後半からアクリヴィアでハグマン氏の見習いとして働いている。

Akrivia Casemaking Apprentice

58歳のディディエ(Didier)氏は、今年初めにアクリヴィアのケース工房に入社した。それ以前はパテック フィリップで26年間、ヴァシュロン・コンスタンタンでは7年間、ハグマン氏と一緒に働いていた。

Rexhep Rexhepi

ハグマン氏がデザインしたケースを手にするレジェピ氏。

 それ以来、レジェピ氏、ハグマン氏、そして13人のアクリヴィアチームは実験と進化に多くの時間を費やして、新しいプロセスを確立し、ついに先月末に待望のクロノメーター コンテンポランIIをリリースすることに成功した。

 RRCCIIは、ファーストエディションと比較して、ケースに改良が加えられている。従来の7点から15点に部品数が変更され、38mm×8.75mm(ドーム型サファイアクリスタルを除く)とわずかに薄く、ラグも長くなり、リューズも大型化された。

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 レジェピ氏は「これは従来とは、まったく異なるプロセスなのです」と語る。「例えば、アングルがよりシャープになったでしょう? より薄く、より見やすくなりました」

 この新しいケースにたどり着くまでの道のりは長く、ほとんどハグマン氏が中心となって進めた。デザインは常に彼のドローイングから始まり、それをほぼ最初から最後まで彼自身の手でひとつのプロトタイプに仕上げていった。「5、10、20、30ケースと機械で製造できるように工程を整えていきますが、最初の1個は彼が製作します」とレジェピ氏は言う。「ラグの形状も含めて、すべて彼がやるのです。大変な仕事です。その後、すべてがOKになれば、次に進むことができます」

Rexhep Rexhepi

「何年も前から夢見ていたことが、ついに実現しました」とレジェピ氏は言う。「ケースやさまざまな部品が製造できるようになり、本当に一日中研究しています。今はまだ100%自社工場ではありませんが、これはもっと自由になるためのゴールなのです。この場所は自分への投資であり、新しいチャレンジに立ち向かうための学舎なのです」

Rexhep Rexhepi

この工房で製造されているのはケースだけではない。アクリヴィアのムーブメントに使われる歯車やギアも、ここで多く生産されている。この引き出しには、手書きの部品図とアクリヴィアの多くの自社製部品を製造するための原材料が収められている。レジェピ氏は、ひとつの歯車を作るのに8つのステップを踏んでおり、ミクロに近い歯のひとつひとつを手作業で磨いて初めて完成するのだと教えてくれた。「この工房のゴールは、何でも自分たちでできるようになることです」と彼は言う。

Rexhep Rexhepi

工房内には、少なくとも十数台のシャブリン旋盤が設置されている。私がいるあいだは、それぞれが異なる部品を製造するために調整されていた。

Rexhep Rexhepi

クロノメーター コンテンポランIIのケースは、2018年に発売された初代から一新された。前モデルから部品点数が7から15に増え、細長いラグと大型リューズを採用し、やや薄型になった。上のレジェピ氏が持っている図で、15点のケース部品をそれぞれ数えることができる。

Akrivia Casemaking Workshop

ケースの加工と組み立てに関わる多くの工程のほんの一部。

Rexhep Rexhepi and Logan Baker

RRCCIIのベゼルの楕円形の平面とケースのほかの部分が徐々に変化していく様子を見せてくれた。一見単純そうに見えて複雑な構造である。

Rexhep Rexhepi and Logan Baker

プラチナのレジェップ・レジェピ クロノメーター コンテンポランI(左)と、新しいローズゴールドのクロノメーター コンテンポランIIのサンプル(右)。ラグを見れば、ケースの構造の違いがよくわかる。RRCCIIのそのほかのアップデートについては、こちらをご覧いただきたい。撮影、和田将治(HODINKEE Japan)

Rexhep Rexhepi Chronomètre Contemporain II

5Nローズゴールド、ホワイトグランフーエナメルダイヤルのレジェップ・レジェピ クロノメーター コンテンポランII。プラチナ製、グラン・フー・エナメルダイヤル(ブラック)も展開。画像、アクリヴィア

Rexhep Rexhepi Chronomètre Contemporain II

レジェピ氏はRRCCIIのために、事実上まったく新しいムーブメントを設計し直した。二次輪列と主ゼンマイ香箱を追加し、テンプの6回の半振動を1秒間に1回に変換するスター&フラート(Star&Flirt)機構と組み合わせてデッドビートセコンドを駆動させる。

 RRCCIIのケースデザインで最も興味深いのは、その側面部だ。ケースはミッドセンチュリーのオフィサーウォッチのように丸くクラシカルだが、実はベゼルが微妙に伸びて楕円形となり、ケース側面から下向きになったラグとシームレスにつながるよう、時計の上部と下部が薄くなっているのが特徴だ。

 「時計製造では、ムーブメントの部品をすべて組み合わせると、必ず平らな面の下に平らな面ができるものです」とレジュピは言う。「部品が平らであれば、地板の上で組み立てると簡単です。しかしケースの場合は、ラグをほかの部分と一緒に組み立てる必要があります。まったく違う仕事だとご理解できるでしょうか? ハグマンや彼らのような職人がいなければ、すべて台無しになってしまうわけです」

 未来は、どうやら明るいようだ。レジェピ氏は長期にわたってここにいるし、ハグマン氏も当面は辞めるつもりはないようだが、81歳になる彼のことだから、いずれは引退を考えているのかもしれない(なにしろ3度目の正直だ)。

 そこでハグマン氏が2人の弟子を育て、彼のケース製造の手法を積極的に取り入れるというのは、素晴らしいことだ。彼らは今後、RRCCIIのケースの大部分と、アクリヴィア/レジェップ・レジェピ氏の新作のケース製造を担うことになるだろう。

Akrivia Casemaking Workshop

手動で操作するアシエラ(Aciera)社製コラムピラードリルで作業するデディエ氏。

Akrivia Casemaking Workshop

RRCCIIのラグは、手作業でケース本体に丁寧にはんだ付けされ、信じられないほど滑らかで、はんだの継ぎ目はほとんど見えない。

Akrivia Casemaking Workshop

ケースを構成する部品は、ひとつひとつ手作業でヤスリがけや研磨が施される。例えば、ラグをケースにはんだ付けできるようになるまでには、フライス加工に3時間、装飾に残りの8時間近くを要する。

Akrivia Casemaking Workshop

研磨がどの角度から見てもスムーズで継ぎ目がないことを確認するディディエ氏。

Akrivia Casemaking Workshop

仕事道具

Akrivia casemaking workshop

各机の下に設置された大きな革製のマットは、ヤスリがけや研磨の工程でケースから落ちる細かい金属片を受け止める。

Akrivia casemaking workshop

「40年、50年前はこのように作っていました」とレジェピ氏は言う。「とても職人的で、とても人間的な工芸品なのです」

Akrivia Casemaking Workshop

スイスの時計工場といえば、CNCマシンがズラリと並んでいるのが一般的だが、アクリヴィアは異なる。レジェピ氏によれば、現在、ケースだけでなく、地板、ムーブメントの受け、ラチェットホイールなどの各種歯車、小さなバネも製造可能だという。

Jean-Pierre Hagmann

レジェピ氏は、ハグマン氏のスタジオを彼個人の “ラボラトリー”と表現している。

Jean-Pierre Hagmann

「手作業でここまでやっているのは、本当に私たちだけだと思います」とレジェピ氏。「今、このようなこと(ケース製造)をしているメーカーはほかにはないのです。ハグマン氏が最後にパテック フィリップにいたときでさえ、彼は違ったやり方をしていました」

Jean-Pierre Hagmann

ハグマン氏がケースに「JHP」の刻印を入れるために使用したパンチングマシン。

Jean-Pierre Hagmann

刻印が正しく入っているか入念に確認するハグマン氏

Rexhep Rexhepi Chronomètre Contemporain II movement

写真右下のラグの内側のハグマンの「JHP」刻印。撮影 和田将治

Akrivia casemaking workshop

ケース製造工房の向かい側には、アクリヴィアの主要なアトリエがある。ここではムーブメントの装飾、組み立て、品質管理など、6人の時計職人がレジェピ氏のもとで作業を行っている。

 私たちは通常、特にダイヤルの美しさや時計のなかのムーブメントと比較して、時計のケースがどこから来たのかあまり深く考えることはない。それも今後は変わるかもしれない。ケースは常に私たちの肌に触れている部分でもあるからだ。手仕事と心のこもったデザインを尊ぶべきこの業界で、ケース製造がいかに自動化されているかを知ることは、少しばかり恐ろしいことだ。もし、ハグマン氏がアンコールに応えてアクリヴィアに戻らなかったら、手作業でケースを作るという技術は永遠に置き去りにされていたかもしれないのだ。

 「今日、私たちが実践したい時計づくりは、まず人、人間からです」とレジェピ氏は言う。「ここに来た人には、工芸の持つ人の温かみを感じてもらいたいのです」

 多忙ななか、工房を開放し案内してくれたレジェピ氏、アナベル・ロック氏、ジャン-ピエール・ハグマン氏にこの場を借りて感謝したい。

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アクリヴィア(Akrivia)、レジェップ・レジェピ(Rexhep Rexhepi)氏、ジャン-ピエール・ハグマン(Jean-Pierre Hagmann)氏については、Akriviaの公式サイトのほか、HODINKEE マガジンVol.10(アメリカ版)で詳しく紹介しています。


新作レジェップ・レジェピ クロノメーター コンテンポランIIについての過去の記事はこちらでご覧いただけます。