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In-Depth スティールランゲ1が1年内に4本もオークションに登場した背景とは?

連鎖する成功の果てにあるものとは。

時計収集の界隈というのは、実に奇妙だ。ときに、客観的にみて素晴らしく、かつ稀少な時計が、生産終了になったにもかかわらず、小売価格をずっと下回る価格に甘んじる。やがて、ある日突然花開くのだ! そして、その価値はうなぎ上りに。F.P.ジュルヌ初期のトゥールビヨンは、我々が2014年に過小評価されていると、声を大にして主張した好例だ。その2年後、別の記事(リファレンスポイント)でも、世界中の傑作時計に比肩しながらも、比較的良心的な価格で入手可能だと書いた。
 ところが、ある日を境にして状況は一変し、その価格は2倍に跳ね上がった。その結果、現在では初期のジュルヌが非常に高い人気と、高い価値が当然とされる世界に我々は身を置いている。同時に、こうしたトレンドは、新作がタイミングよくリリースされることによって連鎖する。同様の道を辿るか定かでない時計に、A.ランゲ&ゾーネ ランゲ1 Ref.101.026、通称スティールランゲ1が存在する。

 スティールランゲ1は確かな情報筋によると、世界に30本も存在しないという。20本、よくて25本程度だろう―しかし、それでも30本を下回ることは確かだ。しかも、長きにわたり、その姿を見ることは滅多にない。せいぜい年に一度あるとして、それは途方もない価格で取引される。何か興味深いことが起こっている(市場に頻繁に出回るようになった)こと以外は、今でもそれは同じだ。

 現在、ドクタークロット オークショニアや、ジュネーブのサザビーズにもこのモデルの出品が確認できる。2019年10月、ベンはA.ランゲ&ゾーネのオークションに出品された魅力的な3本を記事で取り上げたが、スティールランゲ1はその内の1本だった。その後、彼が取り上げた時計の強気な落札額の後を追うように、1ヵ月後フィリップスには別の個体が出品され、なんと34万3750ドル(約3700万円)で落札された。上述した2本を含むと、一年以内に実に4本ものスティールランゲ1が市中に出回ったことになるのだ!

この総スティール製のランゲ1こそが今、ジュネーブのサザビーズに出品されている。

 この出来事が示唆するのは何だろうか? 一度に2本の個体の登場は何かの前触れなのだろうか?

 スティールランゲ1の大群は、ある個体が強気な価格を叩き出したときに起きる特有の現象だ:どこからともなく、湧いてくるのだ。

 ドクタークロット オークショニアにアップされているケース№117952の強気な落札予想額は、新たな次元の価格帯に達したという意思表示だ。フィリップスが販売したケース№117955の34万3750ドルの価格が、この時計の高い落札予想額を正当化するに足る確信をもたらしたといえる。もちろん、ドクタークロットのは未使用品ではないものの、フィリップスのケース№117952に見合う落札額を目論んでいるだろう。なんといっても、このSS製ランゲ1は、あのオーレル・バックス本人が頻繁に着用したモデルだからだ。

 忘れてはならないのは、これらの時計は何年もの間、14万ドル(約1500万円)が相場であったということだ―たとえ、正規小売価格をはるかに上回ったにしても、ここ2件の取引事例よりはずっと低かったのだ。

 さらに、これから販売される2本の時計には、興味深いつながりがある。前述したドクタークロットの個体とは別の、サザビーズで販売されるケース№127695の出自は実に込み入っている。
 ケースバックの12時位置には名前が刻まれている:ステファン・ミューザー氏だ。これはただのSS製ランゲ1ではない―オーナーがパーソナライズしたスティールランゲ1なのだ。そして、それはさらに面白いことにミューザー氏は、既に廃刊されたものの、価格ガイドを含む3冊の腕時計関連書籍の著者でもある。しかし、最も面白いところはそこではない。ステファン・ミューザー氏はドクタークロットに出品されている個体のオーナーでもあるのだ。ドクタークロットのオークションハウスで販売されている時計に刻まれたオーナーの名前と同じ時計が、サザビーズで販売されている事実。そこには、どんな背景があるのだろうか? 我々は目下調査中である。しかし、時計の行方を理解するには、その出自を押さえておくことが重要だ。

ランゲ1 Ref.101.026 SS製

 A.ランゲ&ゾーネの時計を収集することは、その行為自体が知的追求に他ならない。そのブランドと時計には他の時計のサブカルチャーには見られない、知的な雰囲気があるのだ。信じられないほどの深みとニュアンスが存在するので、ランゲ信者たちの、創設者であるフェルディナンド・アドルフ・ランゲと1、990年に復活をもたらせた曾孫であるウォルター・ランゲの崇拝ぶりは、カルト性を帯びているといっていい。ドイツの哲学者がヨーロッパの知性の潮流に大きな影響を与えたのと同様に、ランゲ一族はそれを時計づくりにおいてやってのけたのだ。ドイツはDas Land der Dichter und Denker、つまり“詩と哲学者の故郷”だと呼ばれている。現代のA.ランゲ&ゾーネの時計には、その理念が凝縮されているのだ。

この個体はドイツ マンハイムのドクタークロットに出品されている。

 ランゲの魅力の一つは、会社が遵守する一連の規範であり、貴金属をケースに採用することに頑なまでに固執するのも、その一部である。しかしながら、90年代後半に会社の最もアイコニックなモデル、ランゲ1のSSモデルが秘密裏に製造された。冒頭に触れたとおり、ランゲによって公開された数字ではないものの、その数は30本足らずだとされる。そのリファレンスナンバーは101.026だった。

 スティールランゲ1は販売店、そして最終的には収集家の手に渡った数少ない例だ―ほかに例があるならば。SSを利用した他の事例があるものの、スティールランゲ1の個体は、一般の販売網で流通した点で特異なのだ。このモデルはシルバー/ブラック両方のダイヤルカラーが展開され、保守的なランゲファンを翻弄している。まさにüber(ドイツ語で“傑出した”の意)時計なのだ。

スティールランゲ1は稀少だ。ブラックダイヤルともなると、さらにその価値は増す。

 2019年10月にドクタークロットのオークションに出品されたケース№117958の落札予想額は10万~13万ユーロ(1200万~1550万円)だった。ベンはその金額について“委託手数料と納品される国によって変動する輸入関税の両方を考慮すると妥当だ”とした。

未使用品のスティールランゲ1は、これまでの最高落札額34万3750ドル(約3700万円)で販売された。

 しかし、実際は22万ドル(約2300万円)でハンマーが振り下ろされた。オークションに登場した過去6本の同モデルとしては強気な結果だと考えられた。そして、7本目の取引となった個体は、ざっと10万ドル(約1000万円強)上乗せされた。未使用品の状態が評価に上乗せされたのだろう。34万3750ドル(約3700万円)の値が付けられたのだ。

 これらのデータを総合すると、オークションでは次に登場する時計が興味深い結果を生むことが分かる。SS製のランゲ1の個数は極めて限られていて、収集家の手から離れること自体極めて稀なことなのだ。量産された空冷エンジンのポルシェ911やヴィンテージのロレックス ダイバーズと異なり、ランゲ1の劇的な価格高騰は、そもそもの少ない個体数を母数とした、オークション市場に出回る数の少なさを裏付けている。

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公開オークションに登場した全てのランゲ1 Ref.101.026

 ランゲ1 Ref.101.026を取り巻く歴史の全容は正式には知られていないが、モデルの生産パターンに関する情報をそのケース№から推定することは可能だろう。ケース№の連続性に間隔が生じるのは、SSのランゲ1の個体が製造されたことを示唆しており、しかも、それは散発的に製造されたことを示す。また、現代版のA.ランゲ&ゾーネがデビューした1994年と、その後1996年~1999年に再び多くの個体が生産されたと報告されている。この理論はケース№にまとまった間隔が存在することを根拠にしている。ケース№の先頭が113~、114~、そして117~で始まる個体群がその対象である。なお、A.ランゲ&ゾーネの年間生産数はおよそ5000本程度とされている。 

 下記のオークション結果を見ると、あることが判明する:時間の経過と共に販売価格が右肩上がりになることだ。もちろん、これは予想されることだ。貴重な商品に一般的によく見られることであるが、SS製のランゲ1は長期間、着実に価格が上昇してきており、今や過去の数例の結果に基づいて指数関数的に増加するよう、価格が決められている可能性がある。そのことが今後のオークションをとりわけ興味深いものにしている。また、多くが―多いとはいえ、30本から差し引いた残りの時計を指すのだが―個人間で取引されていることは特筆すべき重要な点だ。 

ケース№113561

ケース№113561

この個体はクリスティーズのノーチラス40を含むレアピース パートⅡで2016年11月に販売された。販売価格は14万3750スイスフラン(約1600万円)。

ケース№114404

ケース№114404

 2013年のクリスティーズ「重要な時計」部門で、この時計は落札予想額の5万~10万スイスフランを大きく超える14万7750スイスフラン(約1650万円)で取引された。

ケース№117955

未使用状態のケース№117955

 昨年12月に記録的な34万3750ドル(約3700万円)を叩き出したのがこの時計だ。未使用状態という素性の良さがこの時計のハンマープライスを底上げしたのだろう。

ケース№117956

ブラックダイヤルのケース№117956。スティールランゲ1の個体の中でもブラックダイヤルは稀少だ。

 ブラックダイヤルのこの個体は、2016年に20万ドル~40万ドルの落札予想額の下限に近い23万3000ドル(約2500万円)を掴み取った。

ケース№117958

この個体は22万ドル(約2300万円)で販売された。ベンの前述の話に登場した件のランゲ・トリオの一つだ。

ケース№117960

ケース№117960

この個体は、2014年にオークションにかけられ、14万~18万ユーロ(約1600万~2100万円)の落札予想額が掲げられた。概要には、オークション史上4本目の出品と記載されている。

ケース№117965

ケース№117965

 2014年5月にクリスティーズが主催した「欧州コレクションにおける貴重な時計」で、この時計は10万スイスフラン(約1100万円)の値が付いた。

 今回出品が確認された、次の2本の時計が売れたとき、この物語は完結するだろう。スティールランゲ1は、より大きな収集家の界隈ではノーマークでありながら稀少な時計であり続けてきたが、いまや大金を稼ぎ出す稀少な時計となるかもしれない。ケース№から推察するに、コレクションにはまだ多くの個体が残されている。今後のオークションの成り行き次第で、より多くのランゲ1がオークション市場に放出されるだろう。その後、ケース№をつなぎ合わせることができれば、何本生産されたのかが最終的に判明する。
 賢人がかつて「火花がなければ、火はつかない」と言った。2本の時計のハンマーが振り下ろされた後、我々はその火花が2019年秋オーストラリアの森林火災を起こすのか、キャンプファイヤーを起こすに過ぎなかったのか目の当たりにするだろう。