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Three On Three セイコー、ハミルトン、ティソ アンダー10万円モデルを徹底比較

時計としての魅力≠価格なのだ。

どの価格帯の時計にもそれぞれ珠玉の名作があります。今回、私たちは10万円以下の3本の時計に注目したいと思います。実際のところ、中には5万円を切る時計もあります。時計技術の棲み分けは何も価格の多寡によって決まるものではないことをこの3本が証明してくれるでしょう。生産効率の追求とスケールメリットによって、最先端のテクノロジーと素材が庶民にも買える価格で提供されるようになったのです。

 今回、私たちは手頃な値段でも素晴らしい時計が買えるということを証明するために、セイコー、ハミルトン、ティソから3本の時計を用意しました-この3社は、払った値段以上の価値をもたらしてくれるものです。それも、各々が違った形で。

 私たちが選んだのは時計製造立国でもある日本とスイスの時計で、そのデザインとスピリットの方向性は実に様々です。今回のラインナップでは、凄い技術革新を採用した時計、過酷な環境で幾度もテストされた伝統的なデザインを持つ時計も登場します。

 これらの時計はひとつひとつに特徴がありますが、一つだけ共通点があります。それは、10万円以下で買えることです。どれが良いと思うかは、皆様にお任せしましょう。


セイコー SBDY015 "タートル"
By Cole Pennington

 セイコー SBDY015(SRP777)は典型的なダイビングウォッチです。とても頑強で、形を変えながらも半世紀を生きながらえ、機能性を何よりも重視してきたのです。さらには、信じられないような価値もあります。それは、1976年から1988年まで製造された長寿モデルであるセイコー6309の直系であることです。当時、とても高機能だったこのモデルはクッションケースの形状から"タートル"の愛称で親しまれ、今日でも愛されているのです。

ファースト・インプレッション

 一見すると、先代の6309と見間違えてしまうほどよく似た本機。事実、デザインランゲージをそのまま受け継いでいます-むしろ、違いは目に見えないところにあるのです。SBDY015の技術仕様は先代をあらゆる面で凌駕しています。防水性能の向上、ハック機能を追加した高性能ムーブメント、蓄光塗料の進化などです。時計そのものの目的と設計思想が明確なのです:過酷な環境でも機能し続けるツールウォッチであり、可愛らしさはないものの、その美しさは外見ではなく、機能性から醸し出される一本といえます。

 80年代の日本製トラックのように素晴らしいこの時計は、都会的な魅力はないかもしれませんが、地球上の美しい自然風景にマッチします。またロマンに溢れた情景も思い起こさせます-水深30mの難波船にフラッシュライトを当てるダイバーや、古いランドローバーに乗り込むシャツの袖をまくり上げたブッシュガイドの腕にぴったりです。これらのイマジネーションは私たちに刷り込まれたコマーシャルとは異質のものです。まさにリアルな体験から想像されるものなのです。

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 セイコーの時計はカルチャーアイコンのような存在になりました。そのブランド名は堅牢性、伝統、信頼性、手頃感と同義なのです。1987年にアメリカ南部の女性フランシス・ムーディはセイコーのスポットCMに南部訛りでこう話しました
“私の夫よりも頼りになるわ。別れた夫だけどね。セイコーはいつも私のそばにいてくれるわ”

 これはセイコーのアメリカでの評価を実によく表したエピソードです。時計産業は、インフルエンサーとトレンドの浮き沈みが激しいものですが、セイコーは手堅い存在といえます。実際に時計をよく見ると、そのことが簡単に理解できるでしょう。

文字盤

 タートルの文字盤を決定づけるものがあるとすれば、それはふんだんに盛られた蓄光塗料です。ダイヤルデザインは少なくとも控えめではありません。それだけに、視認性は良好です。
 

 このあたりで、タートルのネガティブな点にも触れておきましょう。それはチャプターリングの傾きズレです。完璧なものなどないように、多くの時計もまた僅かにチャプターリングが傾いています。個人的にはあまり気にならない点ですが、私の同僚たちほど神経質ではないだけで、彼らなら大いにダメ出しする欠点でしょう。この問題に関してはユーザの寛容性が問われる部分かもしれないのです。ともあれ、この時計自体高価なものではないし、私が見たところ、価格に対して得られる全体的な価値からすれば大した問題ではないように思います(セイコーを擁護するわけではありませんが)。

 ティソとハミルトンはもっと親しみやすく、その見た目によっても私たちが魅力的だと感じるイメージを形成します。美を鑑賞することは個人的な営みであり、多くのものが私たちの評価を待っています。時計の道具としての出来は、私の時計そのものに対する意見を左右するもので、それは古くて四角いSUVやトラックに魅力を感じることに相通じるものがあります。

 機能性というものは必ずしも格好良いものではなく、醜い時計はやはり醜いのです。けれど、その時計に何ができるのかを知ったときに時計は美のオーラを纏うものなのです。私は見栄えの良いだけの時計よりも、自分の生活に寄り添うような時計を選びたいと考えていますが、運が良いことに、タートルはそのどちらも満たす時計なのです。

ムーブメント

 Cal.4R36はこの時計にぴったりなムーブメントです。きちんと動くことと、手ごろな価格で買える時計のムーブメントとして最適なのです。もちろん、ハミルトンとティソはこれより長いパワーリザーブを提供していますが、私たちは自動巻き時計の特定の数字にのみ重きを置きすぎではないでしょうか? 覚えておいて欲しいのは、時計の精度というのはパワーリザーブの残量と比例するもので、巻き上げが十分であればあるほど、理論上の精度も高くなるのです。

 さらに重要なのは、この時計が日常使いの時計だとして、就寝中の8時間外すだけのことを考えればパワーリザーブの重要性は下がりませんか? 私はスペック上の優位性や洒落た素材よりも信頼性を高く評価します。産業というものは、手段が目的化するという側面があり、イノベーションにしても同じです。しかし、機械式時計のムーブメントは20世紀の頃からそれほど変化はないのです。新素材や新技術の導入は精度を数秒改善し、パワーリザーブを数時間延命しますが、半導体分野のムーアの法則や航空技術の推進機構の発展と比較すれば、歴史を変えるような飛躍的進化はほとんどありません。

 私にとって、このように少しずつ進歩する業界では枯れた技術の方が最新技術よりも信頼が置けるものです。この観点から、Cal.4R36はとても熟成されたムーブメントだといえるでしょう。そもそも時計収集の醍醐味って、そのアンティーク性にあるのではなかったでしょうか?

ケースとストラップ

 タートルと現行のプロスペックスのラインナップ(復刻版を除く)との違いは、先代機6309をそのまま受け継いでいるという点です。クッションケースは現代では好まれない傾向にあります;ここ10年で既定化されたセイコーダイバーズのモデルを見れば明らかです。けれど、これがイケるのです。手のひらで握ると、重量と中身が詰まった感覚が伝わり、防水性能の高さがはっきり分かります。堅牢であることも伝わってきます。そして、そうあって欲しいのは、シャツの袖の下に収まっているタイプの時計ではないからです。44mm×14mmのケースはドアにぶつかることがあっても、びくともしないでしょう。

結論

新品で5万円前後の価格でこれに勝る時計はないと私は思います。メーカー希望価格は5万3000円(税抜)ですが、実際はもっと安く入手可能でしょう。SKX007がセイコー5に組み込まれるという噂が証明されていない以上、SBDY015はセイコー入門機としてうってつけといえます。この時計を買って、余った5万円で楽しい冒険に出ることをおすすめします。そういう場所にこそ必要な時計なのですから。


ハミルトン カーキ フィールド メカニカル
By Jon Bues

 一見して、ハミルトン カーキ フィールド メカニカルに不満を感じる点はない。元々、視認性と耐久性をコンセプトに開発された時代を超えたミリタリーデザインは、どこでも手に入る、手ごろでスタイリッシュな腕時計として再デビューを果たした。機械式時計の世界に片足を突っ込んだ人や既に多くのコレクションを持つ人も、腕に着ける頻度が高くなる時計だと私は思う。

ファースト・インプレッション

 カーキ フィールド メカニカルを1週間身に着けて、私はこれまで着けた時計で最もエレガントな佇まいを持つ時計の1つだと実感したことに加え、素晴らしいレザー製NATOストラップの装着性は抜群で、いつも腕に巻きたい衝動に駆られた。この体験は、10〜12年前当時の男性ファッションのハッシュタグ付き写真に、このタイプの米陸軍官給ウォッチが登場した記憶を呼び起こした-つまり、流行のファッションに取り入れられたアメリカ文化の象徴なのである。80時間パワーリザーブを誇る手巻式のSS製ハミルトンは、5万円を僅かに下回る激戦区の価格帯でシノギを削っている。

ダイヤル

 ダイヤルはカーキ フィールド メカニカルが誇るべきポイントだ。ブラック地に白の表記と軍用の12時間/24時間スケールというシンプルな構成である。このデザインは特定のデザイナーに帰属するものではないが、陸軍要求スペックにその起源があるようで-代表的なのは1962年に規定化されたMIL-W-3818Bだ-ベトナム戦争時代にハミルトンを含む多くの時計メーカーで製造された。

 時計愛好家が批判のタネを見つけるならば、fauxtina(フォティーナ:経年変化させたような風合いの夜光)を使用していることだ。この種の装飾加工が時計収集コミュニティでどれだけ議論の的となっているかを考えると、この批判は避けられないものだと私は思う。しかし、その加工は決してやり過ぎではなく、60年代、70年代に動いていた時計の現在の姿をシミュレートすると、まさにこのような風合いとなるだろう。このダイヤルを毎日見ても食傷気味になることもないし、私のローキーなドレススタイルにもマッチすると思っている。本機のデザインは人目を引かないので、旅先で高価な服を着たり、注目度の高いデザインの物を身に着けたりすることが憚られるときに、うまく周囲に溶け込むことができる。

ムーブメント

 この数年間で、スウォッチグループは傘下ブランドの求める機能や汎用性に合わせて大規模で安定したムーブメントのアップグレードを図ってきた。ハミルトンH-50は信頼性が実証済みのETA-2801-2の改良版である。先代はパワーリザーブが42時間であったが、80時間まで延びたことは十分過ぎるほどの改良である。

 私は多くの時計を持たないので、手巻き時計を巻き上げるのが、まるで儀式のように日課として定着している。しかし、手巻き時計がヘビーローテーション化するためには、パワーリザーブに関しては最低限以上のものが望ましい。ここでいう最低限とは40時間である。それを2倍も確保したH-50は、平日身に着けた後、週末に別の時計を身に着けるために外した後も動き続けることを可能にしたのだ。

ケースとストラップ

 日常使いする時計に関しては、私のように平均的な腕まわりを持つ人に最大限の使いやすさを提供する40mm以下の時計が望ましいと思う。38mm径のカーキ フィールド メカニカルは腕に巻いた装着性が抜群で、ポリッシュなしの仕上げと道具のようなデザインを備えながら、このサイズは卓越した多用途性を与えてくれる。

 また、この時計は多様なストラップにもよく合い、カジュアルかドレッシーなストラップに交換すれば、時計そのものの雰囲気もガラリと変わるだろう。現状、このバージョンでは装着性に優れる無加工のレザーNATOストラップが付属し、心地良いのと同時に高級感もある。

 私はカーキ フィールド メカニカルへの批判として、ケースサイズに比べてラグ間の全長が長過ぎるというものを耳にした。僕のカリパスでは全長が47mmをわずかに超えたので、確かに38mm径の時計としては長いと言わざるを得ない。しかし、いったん腕に乗せると、そのことは問題とはならなかった。

 むしろ、同僚が指摘するまで僕は気づかなかったくらいだ。カーキ フィールド メカニカルと過ごした時間は、純正のNATOストラップだったので、もしかすると、分厚いストラップが問題を覆い隠していたのかもしれず、別のストラップに付け替えていれば、あるいはそれが問題となったかもしれない。

結論

 この3本の時計全てが自分のコレクションに加わると面白いことになるだろう。どれも手ごろでありながら、それぞれのキャラクターもカブらない。コール(・ペニントン)のセイコーは頑丈なツールウォッチとして、私の好みとは少し異なるが、夏の防水時計としてうってつけで、耐久性と視認性を兼ね備えた本格的なダイバーズウォッチだと思う。ジャック(・フォースター)のティソは面白みにはやや欠けるが、シリコンパーツを採用した現代的な技術を手ごろな価格で提供しているうえ、洗練されたデザインをもつ。

 今回私が持ち込んだカーキ フィールド メカニカルはこの2本のハイブリッドのような時計で、最もコストパフォーマンスに優れ、僕がこの部屋を出るときも同じ時計を選ぶだろう。戦場で活躍するミルスペックのツールウォッチの出自にありながら、今日では異なる捉え方をされている。ここにヴィンテージ、モダンを問わず時計収集家とファッションに敏感な人々両方の注目を浴びる答えがあるだろう。

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ティソ ジェントルマン パワーマティック80 シリシウム
By Jack Forster

 時計業界から日々流されるニュースの捉え方次第では、ティソ ジェントルマン パワーマティック80 シリシウムはある種、時計業界に迫る危機感を象徴したモデルだ;手ごろで、どんなシチュエーションにも対応し、極めて装着性に優れていて、比較的低価格帯であるにも関わらず、最新技術さえもオーナーに与えるのである。
 一般に理解されている高級時計における技法を謳う時計ではない-細部にわたる仕上げや部品に対する精巧な手作業も、クラフツマンシップや、ラグジュアリー性に対する訴求も存在しない。この時計は2019年10月に、さほど喧伝されることなくラインナップに加わったが、私には何か引っ掛かり、プレス用写真からも目に見えるものが全てではない気がしていた。実際、その直感は見事に当たった。

ファースト・インプレッション

 本機には目を引くものは一切ない。時計そのものも、腕に乗せた感覚も実直でシンプルな時計で、一点豪華主義ではなく、様々な要素がうまく均衡した印象だ。

 ジェントルマンは特定のカテゴリに属する時計ではない。セイコー タートルのような労働者階級を象徴する時計でもなければ、ハミルトン カーキ フィールド メカニカルのような古き良き時代を振り返るような時計でもない。これは、ただ単に時計であるということに尽きる-時刻を正確に控えめに、素っ気なく知らせる機械なのだ。

 ディテールのきめ細かさに加え、耐久性と、小さくも重要な仕事を任せるのに足る信頼性も兼ね備えている。確かなのは、程々の情熱を持って成し遂げられたことであり、少しも努力しなかったと解釈されるものではない。

ダイヤル

 この業界では時計を売りたければ、ダイヤルを売れという言葉が自明の理としてまかり通っている。ジェントルマン パワーマティック80 シリシウムは誘惑し、印象操作をして、安心させるための売り文句を並べることで売るのではなく、時計が持つ価値を宣伝なしで、実際に体験してもらうことによって売るのである。時計のダイヤルが道具として機能する好例でもある-余計なものがないので瞬時に時間が判読できるのだ(時計全体にいえることでもある)。同時に、仕上げに対する配慮という観点では、信頼できそうだというサブリミナル効果を与えるには十分である。いわば、不誠実な面を包み隠さないからこそ、却って大きな信頼が置けるようなものなのだ。

 もちろん、ダイヤルと針においても適当なものではない;それはデザインされたものであり、それも時計が高価で不可欠だった時代の手法。クォーツショックより前の古き良き時代が現代に蘇ったように慎重に計算されたものである。かつては自分のスタイルを主張するための小道具としてではなく、単に時刻を知るために1日に100回程度時計に目を落とす必要があったのだ。さらには、表示された時刻が正しいかを確認することも含まれた。
 何度も繰り返すが、ハミルトンとセイコーとのコントラストは示唆に富むものだ。どちらも完璧な時計だが、決定的に異なるのだ。ハミルトンはあからさまに懐古趣味を投影している;セイコーは消費者の心を掴むために、ほとんどの人が経験し得ないような冒険的ファンタジーを取り入れている。

Introducingの記事で紹介したように、このモデルは初代ジェントルマンのダイヤルと針をシンプルにしたものだ。初代モデルは十字が描かれたダイヤルに、スーパールミノバがより少ない先端に向かって直線の、形が少し異なる針を採用していた。十字ダイヤルは確かに魅力的な要素であるが、私はヴィンテージウォッチの見え透いた二番煎じより、雑音の少ないシンプルなデザインが好みである-現時点では、それが現代の機械式が歩むべき正しい道に思える。

ムーブメント

 時計の価値の大部分は-少なくとも実用的観点から、そしてここではあまり問題とはならないが、審美上の観点からも-ムーブメントである。現代の機械式ムーブメントは、最も単純なものでさえ、時計製造史の5世紀に及ぶ技術的集大成といえる。大量生産された機械式ムーブメントであっても、CNC旋盤や徹底的に合理化された生産ラインが不可欠であるため、過去からタイムマシンで時計師を連れてきたとしたら、それらは驚愕の対象となるだろう。なぜなら工作機械は精密な製造が可能な性格上、大量生産しても品質と性能にばらつきが出ないからである。

 時計愛好家は超高級ブランドの店舗に訪れ、オート オルロジュリー(高級時計)の難解な専門用語を並べ立てる;アングラージュ、セルクラージュ、コート・ド・ジュネーブ、これらの用語は繊細に研磨された皿穴やお馴染みのムーブメントの地板に施された伝統的な波打ち模様を指す。ところが、このモデルには何ひとつ存在しない-しかし、得られるものは、時計のオーナーとしては実利的なものだ。熟練工による手仕上げや画期的な技術革新の採用で皺寄せされるコストの負担なく、退屈なほど信頼性と長期精度に優れるムーブメントが手に入るのである。

 パワーマティック80 シリシウム ムーブメントは名機ETA2824に起源を持つ。ETA2824はその原型から数えると驚くほどの長寿キャリバーである。その祖先はデザインと技術的な系譜から見ると、1960年代のエテルナ時代の自動巻きキャリバーにまで遡る。後年、2824は時計技術の進歩に歩調を合わせ、ついには最新キャリバーであるパワーマティック80 シリシウムに結実したのだ。このムーブメントにはいくつかの特徴がある-80時間のパワーリザーブは2824の38時間から大幅に向上し、調速機構もシリコン製ヒゲゼンマイと可変慣性モーメント付フリースプラングの採用によってアップデートされた。

 調速機構の性能向上の目的は、精度の長期安定化である。パワーリザーブ延長のメリットは明白だが、毎日着用することを考えるとメリットは得にくいかもしれない。シリコン製ヒゲゼンマイは磁気による影響を受けない点が、一般的に流通するニヴァロックス社の合金製ヒゲゼンマイに対する比較優位である。後者は磁気帯びという点では耐磁性能は向上したものの、低レベルの磁気に長期間晒されると、温度変化による歩度の乱れを招くが、シリコン製ヒゲゼンマイではこうした問題は起こり得ない。

 ティソ ジェントルマンがセイコー タートルとハミルトン カーキ フィールド メカニカルと比較して異彩を放つのは、実は最も技術的革新に富むこのムーブメントかもしれない-そのためか幾分高価となっている。

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ケースとストラップ

 40mm×10.64mmのケースは装着製の良さについてはハミルトンにその座を譲るが、サイズの面だけでいえば、日常使いの時計としてセイコー タートルには辛勝といったところだ。タートルは43mm×14mmの巨体を持つゆえである。また、ハミルトンは手巻き式ムーブメントを搭載しているため、自動巻き用のローターとセンターブリッジがない分ケースも薄く作られている;タートルはもちろんダイバーズなので、アイスホッケー用パックとしても難なく使うことができるだろうが、ジェントルマンに対して同じような手荒な真似をするのは、気が進まない。

 ジェントルマンのケースの作りは質が高く、シンプルだ-大きめのリューズ(ねじ込み式ではない)に、ポリッシュされたベゼルとテーパードされたラグ間(縦)の全長は49mmを僅かに切る。ベゼルは鏡面ポリッシュが施されているが、光が反射してギラついてしまうほどではない。側面から見ると、肉厚なベゼルとドーム状のサファイアクリスタル(タートルはミネラルガラス、ハミルトンはサファイア製)が時計の厚みのかなりの部分を占めることが見てとれる。

 腕に乗せると、ラグの低く、短い形状はジェントルマンのクラシックな雰囲気に貢献している。ストラップはケース同様、厚みがあり、最初はやや堅苦しく感じたものの、数日着用すると革がやや伸びて、ケースとマッチした装着感になった。時計のその他の面と同様、ケースとストラップは高級感といったものには無関心を装っているかのようだ;それどころか、これらの要素は時計全体が与える印象を代弁している-期待通りで、信頼のおける、毎日を共に過ごす相棒だ。

結論

 ジェントルマンがタートルやカーキ フィールド メカニカルに比べて劣るということがあるとすれば、それは捉えどころのない魅力と呼ばれる資質かもしれない。魅力は機械式時計にとっては重要な資質だ-事実、それはある程度(ほとんどという意見もある)機械式時計の存在意義といっても過言ではない。魅力は必ずしも実用上の優位にあることと同列でもないのだ。

 時として技術的に劣る時計が我々を魅了するこの概念に関する議論で最も示唆に富むのは、著者不詳の英国製ヴィンテージ水平二連式散弾銃の収集に関する書籍の記述にある。著者によると、これらはなるほど、技術的に現代の散弾銃には劣っているだろう。しかし、何時間も暗闇で過ごしたり、低木地帯を犬と駆け回ったりしながら、ほんの数秒銃を構えるとき、銃そのものが持つ魅力というものが非常に重要な要素になるというのだ。

 魅力という観点からは、タートルとハミルトン カーキは独自の魅力を持つ。フィールド メカニカルは最も大量生産されフィールドウォッチとして活躍した名作の純度の高い復刻版だ。それはノスタルジーを感じさせ心の琴線に触れるもので、タートルとジェントルマンは持ち合わせない資質だ。一方、セイコーは3本の中で最も文化の創造に近い存在だ。

 このモデルは、数十年に及ぶ長く輝かしい伝統を持つセイコーダイバーズの系譜にあたり、現実の世界でも、映画のスクリーンにも登場する時計だ。ロレックス サブマリーナーはこの種の競合となりえるが、手頃で入手しやすいセイコーの、全ての人に平等に行き渡らせたいという企業姿勢はロレックスにはないものだ。だからこそ、ロレックスはチューダーを擁立したわけではあるが。

 とはいえ、セイコーやハミルトンほど分かりやすくはないが、ジェントルマンにも控えめな魅力がある。とりわけパワーマティック80を搭載したモデルは、スイス時計産業の壮大な時計文明を除いては、特定の伝統や歴史に縛られることはない。特にその壮大な時計産業を持つ文明国スイスは、デザインに関しては並外れているというわけではないが、揺るぎない市民社会のプライドを持っており、それは社会の安定性、列車が時間通りに動くこと、個人主義と倹約主義の浸透と、富の適切な配分に如実に表れている。

 長く使うほど、ティソ ジェントルマンのスイス時計としての矜持を理解するようになるだろう。-それにしても、そろそろ認めなければならないのは、こっ恥ずかしいモデル名である。“ジェントルマン”はジュネーブウォッチグランプリ(GPHG)で「買う気の失せるモデル名の時計」部門賞を受賞すべきだ。
 冗談はさておき、ジェントルマンは自己完結した属性以外の何にもその存在意義を委ねることをせず、静かに、しかし確実に日常生活に溶け込むのだ-それは情熱ではなく、永遠の忠誠という名の魔物なのかもしれない。

撮影:David Aujero,Shahed Kaddash,Greyson Korhonen;編集 Shahed Kaddash