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Editors' Picks HODINKEE編集部が選んでみた、お気に入りのスピードマスターたち

人類が初めて月面に降り立ってから50周年の節目(当時)に、私たちはあらゆる選択肢のなかからこれぞというスピードマスターを悩みつつ選んでみた。

※本記事は2019年7月に執筆された本国版の翻訳です。

 時計の世界の不変的なルールのひとつは“皆、スピードマスターが大好きだ”というのが、HODINKEEのオフィスでちょっとしたジョークになっている。料理でいうところの“イタリア料理を嫌いな人はいない”のように、もちろん完全に正しいわけではないが、スピードマスターのすべてのバリエーションのなかには、万人向けではないにしても、それに近いモデルがあるというのは確かな話だ。

 誰もがスピードマスターを大好きだというのは自明の理のように聞こえる一方で、誰もが同じスピードマスターを愛しているわけではないというのもまた事実。そこで、編集部のメンバーに、どのスピードマスターが好きかを聞いてみた。スピードマスターであることが唯一の条件であったため、非常に幅広いバリエーションが挙がった。月面着陸50周年の節目ではあるが、ムーンウォッチだけに絞るべきではないと考えた。限定モデルを除いても、マークシリーズやその準派生型、さらにはムーンウォッチと呼ばれる前後のリファレンスなど、頭を悩ませるほどの多くのモデルが存在する。少なからず困難はあったものの、読者が日々ご覧になっている時計コンテンツの作り手たちから意見が出揃った。その結果、予想通りか、場合によってはまったく予想外の答えが返ってきた。

 もちろん、月面着陸50周年ということも念頭にある。私はその日の夜、おそらく映画『ライトスタッフ』と『アポロ13』を続けて鑑賞して、午後10時56分(米国東部時間)に、ニール・アームストロング船長が50年前に“人類にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ”という言葉を諳んじたまさにその瞬間、自分のスピードマスターに目をやり、当時中継を聞いたときの気持ちや、50年経った今でもその気持ちが新鮮であることを思い出すつもりだ。


ジョン・ビューズ:金無垢のスピードマスター アポロ11号トリビュート Ref.BA 145.022
The original limited edition Speedmaster, reference BA 145.022

オリジナルの限定版スピードマスター Ref.BA 145.022。

 この金無垢のスピードマスターは、実際に月に行ったわけではないが、月面着陸を可能にした多くの関係者を讃えたモデルだ。1969年11月25日、テキサス州ヒューストンで開催されたNASAの宇宙飛行士を讃える晩餐会で初めて発表された。No.1とNo.2の2本は、当時のアメリカ大統領リチャード・ニクソンと副大統領スピロ・T・アグニューに贈られたが、公職者が高級品を受け取ることを禁止する規則に則り、両名とも丁重に辞退した。先月同僚のスティーブン・プルビレントが執筆した記事「オメガにとって初めてのゴールド製スピードマスター」でニクソンに贈られた個体の実物がご覧いただける。No.3から28までの26本の個体は、前述の晩餐会で宇宙飛行士らに贈られた。1969年から1973年のあいだに、通算1014本の時計が製造された。

 任務や特定の作業を行うために使用された時計を、イエローゴールドという貴金属で再解釈することは、私にとって魅力的なことに感じられる。ジャック・ホイヤー氏が自動車業界のメンバーに贈った金無垢のホイヤー カレラのように、このスピードマスターは、プロ中のプロたちの並外れた業績を讃えるために作られたのだ。

 金無垢のスピードマスターは、標準的なスティールケースのスピーディとはまったく違った、素晴らしいものだと思う。2019年初めにオメガがこの時計にオマージュを捧げたモデルを発表したことは喜ばしいニュースだった。オリジナルはCal.321を採用していなかったが、この記念すべき年に、ゴールドであれ何であれ、Cal.321を搭載したスピードマスターが登場することを願ってやまない。

編集注記:ジョンの願いは叶い、実際にCal.321を搭載したスピードマスター321が登場。さらに2022年にはオメガ独自の金合金を採用したスピードマスター キャリバー321 カノープスゴールドもリリースされた。


ベン・クライマー:スピードマスターと歩んだ自分史

 これは、私にとって非常に複雑な質問だ。最初に断っておくと、自分勝手な理由で一番好きなスピードマスターは、自動巻きのトリプルカレンダーを搭載したMK40だ。祖父が晩年に身につけ、10代半ばの私にくれた時計であり、私が時計を完全に好きになるきっかけとなった時計だ。Entrepreneur Magazine誌からインタビューを受けた際、話題は終始この時計にまつわるものとなった。作家のマット・フラネック氏が著書『A Man And His Watch』で「私の選ぶ時計」を尋ねられたとき、私が選んだのは、バルジュームーブメントを搭載した、すっかり忘れ去られた当モデルだった。この時計がなければ、現在の私は存在しないし、HODINKEEもなかっただろう。読者の皆さんはそのことを理解してくれるので、私の感傷的な視点はさておき、ストーリー性、デザイン性、コレクション性、そして着用感をシンプルに高く評価しているスピードマスターを紹介したい。

Ben Clymer, wearing his original  Speedmaster MK40, given to him by his grandfather.

祖父から譲り受けた、オリジナルのスピードマスターMK40を着用するベン・クライマー。

 ここでは、Cal.321ベースのスピードマスターについてのみお話ししたい。なぜなら、物事は正攻法でしか理解できないと信じているからだ。私が初めてCal.321ベースのスピーディを買ったのは11年前、パトリッツィ&Co.社を通じてのことだった。カタログではRef.145.022と誤記されていて、実際はRef.145.012だった。私はそれを1850ドルで購入した。その時計は何年も使っていたが、経年変化したオレンジ色のロリポップ針が素敵なCK2998-1の下取りに手放してしまった。BASE1000のブラックベゼルではなかったが、私は気に留めなかった。この時計が私をスピーディの虜にしたのだ。小ぶりなケース、リューズガードなし、独特のヴィンテージ感、そして「アポロ以前」のオーラに、私はとても引かれたのだ。そこで私は、他のものとつながりのあるスピードマスターを探し始めた。

Omega Speedmaster 2915 previously owned by Ben Clymer.

ベン・クライマーが所有していたオメガ スピードマスター Ref.2915。

 その結果、必然的にRef.2915に辿り着いたのだった。これは、レーストラック上のドライバーにタイムを知らせるという、オメガにとって明確な目的を持ったスピードマスター初のモデルだ。スティール製ベゼルと太いブロードアロー針を持った、今日のスピードマスターとは劇的に異なる第一世代のスピードマスターを所有することは、私にとって魅力的なことだった。最初に購入したのは、まずまずのコンディションのRef.2915-3だった。そのときは大金を払って購入したのだが、ある友人に“スピードマスターに3万ドルも払うのは君くらいだよ”と言われたことを鮮明に覚えている。唯一人ではないかもしれないが、非常に少数のなかの一人であることは確かだろう。数年後、私はそのRef.2915-3をオリジナルブレスレット付きの極上のRef.2915-1の下取りに出した。このような最初のリファレンスを手に入れたことで、私はスピードマスターの“至福の境地(ニルヴァーナ)”に到達したと思った。何年も保管し、私のコレクションの柱となっていた。状況が一変するまでは。Ref.2915の価格が天文学的な値にまで上昇していき、私は不安になり始めた。そこで、私は自分のものを売って、超ニッチな個体に焦点を当て直した。初代アラスカプロジェクト、ペルー自動車クラブ(今まで買えていないが、いつか手に入れたいと思っている)、そして最後に、現在所有しているCK2998などだ。

 この個体は正確にはCK2998-6で、フランスの空軍基地で購入されたものだ。基地での領収書や証明書、化粧箱などがすべて揃っていて、時計の状態も素晴らしい。この時計は本家本元から購入された来歴の個体で、それをヴィンテージウォッチを好みの指標とする私にとって、まさに完璧な個体だ。私はよくこの時計を身につけている。実際、この記事を執筆しているこのときもこの時計を身につけている。

The HODINKEE H10 Speedmaster Limited Edition.

H10スピードマスター HODINKEE限定モデル。

 ここで、私のもうひとつのお気に入りであるスピードマスター、H10を紹介しよう。もし、私の感傷的なお気に入りのスピーディ77とMK40を、私の構造的なお気に入りのスピーディであるCK2998と組み合わせるとしたら、何が出てくるか想像してみて欲しい。それはもちろん、私たちがオメガとのパートナーシップ10周年を記念して発表したH10ウォッチだ。1963年に製造された私のCK2998とほぼ同じケースに収められたこのモデルは、クラシックな雰囲気を醸し出しているが、ダイヤルは私の人生で最も重要な時計を彷彿とさせる。私はH10をいつも身につけていて、極端に偏った見方をしていることは承知の上で、私のお気に入りのスピーディのひとつであると断言しよう。

 私はこれまでに多くのスピードマスターを所有してきた。現在、私のコレクションには4本のスピードマスターがあるが、ACP(ペルー自動車クラブ)、アラスカプロジェクト、そして素晴らしいオリジナルのレーシングダイヤルなど、いつか所有したいと思うお気に入りがまだたくさんある。スピードマスターの物語は宇宙開発が中心かもしれないが、スピードマスターの世界には他にもたくさんのストーリーがあり、まだ発見されていないものに至っては、もっと多いだろう。では、私のお気に入りのスピードマスターは? MK40、H10、軍用時計としての実績を持つ私のCK2998はもちろんだ。でも、まだ発見されていない素晴らしいストーリーを持つスピードマスターこそが私のお気に入りだ。


ジャック・フォースター:Ref.3592.50 ムーンウォッチ、そして予想外の次点

 この物語への寄稿文を読んでいて最も興味深いことのひとつは、スピードマスターとの絆、特にお気に入りとして選ばれた特定のモデルとの絆が、非常に個人的で、かつ感情に由来するものであるということだ。早くからスピードマスターに夢中になり、かつ重症化していたのがベン・クライマーであり、彼は10代のころに祖父から初めてスピードマスター(私が知る限り、初めての「よい」スイス時計)をもらったのが発端だった。その原体験があまりに強烈だったため、HODINKEEの10周年記念モデルがその時計の実質的な再現に結実したのだ(オリジナルのデザインに若干の変更を加え、ムーブメントも変更しているものの)。

 私自身の経験を披歴すると、スピードマスターを初めて知った時代背景とスピードマスターの存在を切り離すことができない。あとで登場するジェイソン・ヒートンと同様、スピードマスターにはとても深く、感傷的なつながりがあり、また、私たち2人にとってこの時計はあるものを象徴する存在だ。それはつまり、アポロ時代である。ジョン・グレンのような偉大な男が宇宙から地上にいる人間に語りかけるのを聞いて育った多くの若者たちにとって、宇宙開発は今日では理解しがたいほどエキサイティングなものだった。つまり、宇宙開発は、楽観主義や極端な愛国主義、愛国心、あるいは冷戦下のソ連への対抗心を表わすものではなかった。それはもっと高邁な理想の上に進められた事業だったのだ。種としての人類が自らの命運を賭け、物理的にも精神的にも大きな世界の一部になる心構えができているという感覚があった。これは誇張ではなく、実際に肌でそう感じたものだ。

 当然、宇宙飛行士は私たちのヒーローであり、私も宇宙飛行士になることを夢見ていた(実際のところ、私は今でも宇宙飛行士になることを夢見ているが、それが実現する唯一の方法は、どうにかして大金を手に入れ、イーロン・マスクからチケットを買う余裕がある場合だけだという現実を、ますます思い知るわけだが)。宇宙飛行士が使っていたという触れ込みだけで、非常に魅力的に映ったものだ。例えば、有人宇宙飛行との関連性が極めて低いにもかかわらず、私は1966年から1973年くらいまでのあいだに、戦艦を浮かべることができるくらいの量のタン(Tang、米国のジュース)を飲んだ。また、宇宙飛行士がオメガ スピードマスターを使っていることも知っていた。ようやく初めてのよいスイス時計を買うことができたとき(それまでにも優れたセイコーをいくつか持っていた)、スピードマスターを選んだのは必然だった。私の個体は、収集の観点からはまったく特別なものではないが、ライフル兵のモットーを拝借すれば、同じようなものはたくさんあれど、これは私のものであり、それは、私自身の歴史と夢の両方につながっているのだ。

The Omega Skywalker X-33.

オメガ スカイウォーカーX-33。

 さて、第二の選択肢として、奇妙に思えるかもしれないが、私は以前からオメガのスピードマスター X-33がかなり好きだった。限定モデルであろうとなかろうと、長年にわたって機械式スピードマスターを愛用してきた私にとっては、それ以上の存在なのだ。実用性と機能性を重視する姿勢には非常に魅力を感じるし、もちろん、有人宇宙飛行にも使用されていることも興味深い(ただし、船外活動には使用されていない)。人類が月面探査に回帰し、火星に行き、さらにその先に行くときには(私が生きているあいだに、光速移動が可能になると思いたいが、それはアインシュタインの相対性理論に欠陥があることを意味し、賢い人が賭ける道ではないが)、私の魅力的で古めかしいムーンウォッチではなく、X-33のようなものを身につけている可能性が高い。私だったら何としてでも機内に持ち込むだろう。


ジェイソン・ヒートン: "ムーンウォッチ以前の"スピードマスター Ref. 145-012.68 (アポロ世代の感想)

 私が生まれた1970年4月15日、3人のアメリカ人宇宙飛行士が、爆発で宇宙船が故障したあと、即席の救命ボート“月周回モジュール”に乗って宇宙空間を疾走していた。彼らの運命は不明であり、生存の可能性も疑われ、全世界が空に目を向け、神と名の付くあらゆる存在に祈りを捧げていた。当時生まれたばかりだった私は自分に必要なことだけを考えていたので、もちろんそのようなことには気づかなかった。しかし、私は自分のことをアポロ世代だと思いたい。勇敢な男たちが月の周りを回り、月の上を歩いた月の光の下で生まれたのだから。

Omega Speedmaster ref. 145-012.

オメガ スピードマスター Ref. 145-012

 私にとって、アポロ時代はアメリカの世紀の絶頂期であり、オメガ スピードマスターはその時代の最後の試金石のひとつだ。宇宙開発という巨大な機械のなかの小さな歯車であるこの腕時計は、1969年に一般人が所有することができた数少ないアイテムのひとつであり、現在でもそうすることができる。確かに、スペースペンやタンの瓶、アメリカンオプティカル社の“フライトゴーグル58”という飛行士用ゴーグルなどは今でも買える。しかし、エンジン燃焼や船外活動の時間を計る精密なスイス製クロノグラフほど、月面着陸の威厳を感じさせるものはないだろう。1969年にオルドリンとアームストロング船長が月面の“静寂の海”に向かって梯子を降りたときと同じように、今でも機能している。50年前のもので、機械式腕時計と同じくらい日常的に機能していると言えるものを他に挙げることができるだろうか。スピードマスターがいまだにNASAによる宇宙飛行公式認定を得ているのも不思議ではない。何かがうまくいっているうちは、変える必要がないからだ。

 スピードマスターは、あなたが身につけることのできる腕時計のなかで、最も平等主義的で、階級にとらわれない、申し分のない腕時計だ。その魅力は、月に行ったというストーリーや、機能性を追求したデザインなど、趣味性を超えたところにある。オメガが高級ブランドとしての地位を確立した今でも、その高い業績にもかかわらず、地味で派手さを感じさせない時計だ。トーマス・スタッフォードやチャーリー・デュークのような昔のNASAの英雄たちは、ジョージ・クルーニーやジェームズ・ボンドと並んでオメガを愛用していた。しかし、彼らの時計のように、彼らは本物だ。スピーディは、仕様通りの機能を備えている。クリスタルが傷ついていても、ベゼルが欠けていても、エクスパンションブレスレットでも、クロコダイルレザーストラップでも、2フィート長のマジックテープでも、リューズを巻いておけば忠犬のようによく働いてくれる。

Buzz Aldrin, looking back at the Eagle lunar lander; NASA photo by Neil Armstrong.

月面着陸機イーグルを振り返るバズ・オルドリン。ニール・アームストロング撮影によるNASAの写真。

 私は過去10年間に4本のスピードマスターを所有した。最初の頃は、まったく魅力を感じなかった。私は水の上、水の周り、水中にいることが好きなので、ダイバーズウォッチにこだわるべきだと考え、30m防水のクロノグラフは最終的に売却することになった。その伝説的な堅牢さにもかかわらず、スピーディのアキレス腱は防水性なのだ。しかし、潜れば潜るほど、生命維持装置(酸素ボンベ)を背負って異世界で無重力状態になっている宇宙飛行士とのつながりを強く感じるようになった。私は昔から宇宙オタクで、ロケットの模型を作ったり、『ライトスタッフ』を毎年読んだりしていたが、宇宙に行くことはない。ダイビングは、私にとっては宇宙飛行に近いものだし、たまにのことだから私のスピードマスターは外しておいてもいいと思っている。サーナン、グリソム、オルドリンの3人だって、ヒューストンの中性浮力研究所のプールで無重力のトレーニングをしたのだから。道具は適材適所で使うものだ。例えばセイコーダイバーズはそのために作られたのであって、私の人生の99%は陸だ。

 3年ほど前、私はついに自分のお宝となるスピーディを見つけた。145-012.68の“プレ・ムーンウォッチ”スピードマスターで、ステップダイヤル、アプライドロゴ、そしてCal.321という理想的なムーブメントを搭載している。状態は完璧とはいえなかった。針からは夜光塗料が剥離していたし、タキメーターベゼルは交換されたもので、歩度に遅れも生じていた。しかし、価格は適正で、これを使って何度も速度を計測したであろう実直な時計だった。あとで調べてみると、この時計は1968年4月3日に製造され、同年5月下旬にレバノンに納入されたという。その後、この時計がどこに行き、誰が身につけていたのだろうか。1969年7月、アームストロングがあの有名な言葉を発したとき、元の所有者はベイルートでテレビに向かって身を乗り出し、自分の手首を見下ろしていたのだろうか。そしてそれから50年後、どのようにしてミネアポリスにたどり着いたのか。その歴史については、私の想像力を働かせなければならない。

 私のスピーディは、私が持つ最も古い時計であり、最も価値のある一本でもあるが、私はこの時計を特別扱いしていない。ハイキングやサイクリングにも一緒に行くし、冬には氷点下のなかでクロスカントリースキーもする。私にとって時計は、バックパックやスキー板と同じように、常にギアの一部なのだ。ダイバーズウォッチは、究極のアドベンチャーアクセサリーだと言う人もいるかもしれない。しかし、月に行くこと以上に冒険的な活動があるだろうか? スピードマスターを身につけることは、その “適切なツール”、すなわち威勢のよさと実行力のある心意気を表している。私の目には、ネイビーのピーコートやボロボロのレッドウィングと並んで、男性が身につけることのできる最も完璧なデザインのひとつとして映るのだ。部屋の端や飛行機の通路から見ても、この時計はすぐにわかる。マットブラックダイヤルに映える真っ白な針や、盛り上がったヘサライト風防を縁取るスリムなベゼルを見れば、この時計の持ち主が時計好きであることがわかるのだ。

 私は、自分の記憶がない時代であってもノスタルジックな気分に浸ることができる。1960年代には、気の毒なことに現在と同じような問題がたくさんあったことを知っている。しかし、市民の不安、戦争、圧政などの時代背景にあって、1969年7月の月面着陸を頂点とするアポロ計画は、対照的に際立っていただろう。その野心、大胆さ、そして、計算尺と手巻きの時計を使い、iPhoneよりも低い演算能力で2人の人間を月に送り込んだ意志の強さは、単なる気晴らしではなかった。それは、最近では悲しいことに不足していると感じている無私の真摯さを表していた。機械式クロノグラフを身につければ今日の問題を解決できると考えるほど甘くはないが、かつてのこと、そしてこれから可能なことを思い出させてくれるものだ。それをアポロ世代の楽観主義と笑うことなかれ。


コール・ペニントン:スピードマスター マークII

 本当のことを言おう。ムーンウォッチは、月はおろか宇宙での使用も想定して設計されたものではなかった。たまたまそのタイミングで、他の時計を凌駕する性能を持っていただけなのだ。幸運なこともあるものだ。誤解を恐れずに言えば、この時計は素晴らしい時計だが、それは目的を達成するために設計されたものではなく、達成するために役立ったものなのだ。

 Ref.105.003、105.12、145.012が宇宙で成功を収めたのち、オメガは宇宙での使用に特化したデザイン変更を繰り返し、これらの時計はアラスカプロジェクトシリーズの一部となった。プロトタイプのひとつには、埋め込み式プッシャーと内蔵型のラグを採用した新しいケースデザインが採用されていた。なぜか? それは、何かに引っかかったり、宇宙服に穴を開けたりする可能性のある突起物を排除するためだ。ケースには鋭利な部分や角がなく、カット面も非常に少ない。タキメータースケールはインナーベゼルに配されており、一体感のある視認性を確保している。非常に特殊な用途のために設計された樽型ケースは、この種のものとしては初めてであった。

 一説によると、オメガは多額の研究開発費を投じたあと、これらの試作品をNASAに送ってテストしてもらっていたという。ただ問題は、NASAには既に運用上問題がない時計があったことだ。それも試行錯誤を重ねて残った時計だ。問題がないのなら、変える必要がないではないか。NASAはスタンダードなスピードマスターにあくまでこだわり、オメガは多額の研究開発費の回収に行き詰ってしまった。そこでオメガは、アラスカプロジェクトの技術とデザインを取り入れた、一般向けのスピードマスターの2号機を開発し、MK IIと名付けたと言われている。

 なぜ私がそれを選んだか? それは、純粋に宇宙開発のために設計された製品だったからだ。スタンダードなスピードマスターは、スポーツウォッチの新たな方向性を示すものだったが、MK IIは新たなデザイン言語を確立し、特に70年代に多くの時計メーカーに多大な影響を与えたと私は見ている。


スティーブン・プルビレント:2016年新作スピードマスター CK2998限定モデル

 オーケー、純粋主義者たちに僕はここでボコボコに叩かれるでしょう。月面着陸50周年を記念して、歴代のスピードマスターのなかで一番好きなものを考えろと言われて、選んだのがこれだって? プロフェッショナルモデルでもないし、ましてやブラックダイヤルでもない。でも、正直に言うと、だからこそ気に入っているのです。この時計は、スピードマスターの中核を成すと考えられているいくつかの特徴はありませんが、同時に100%スピードマスターであり、他のものとは間違えられることはないのです。

 バーゼルワールド2016で初めてこの時計を見たとき、僕は夢中になりました。もともと小型のストレートラグを備えたケースを持つ初期のスピードマスターの大ファンだったので、Ref.2998復刻モデルは僕にとって何ら問題のないモデルだったのです。しかし、先ほど述べたように、このモデルが僕のなかの成層圏(この宇宙ネタ通じるかな?)に達したのは、スピードマスターに期待されるものを覆したその手法。クリームカラーダイヤル、ダークブルーのチャプターリングとサブダイヤルは、クラシックなパンダダイアルを見事に再現していて、ブラック一色のスピーディと同じコントラストの強調が見られます。ダークブルーベゼルは時計を美しく縁取り、オメガはベゼルの外観を正確に復刻する素晴らしい仕事をしました(これは一般的な時計ブランドが苦手とすることです)。

 とはいえ最終的には、これはスピードマスターでなければなりませんよね? もちろん、そうです。本モデルに搭載されるCal.1861は、国際宇宙ステーションのスピードマスターにも採用されています。また、全体的なダイヤルレイアウト、ベゼルのプロポーション、手首へのフィット感などは、まさにスピードマスターそのものです。伝統的でない色にもかかわらず、この時計をデイトナやカレラと見間違える人は、まずいないでしょうし、もし僕がスピードマスターを日常的に身につけるとしたら、この時計で決まりです。


ジェームズ・ステイシー:Ref.3570.40 レーシングダイヤル日本限定

 僕はもともとスピードマスターがあまり好きではなかったが、特別なモデルには無限の魅力がある。そのなかでも、身につけて楽しめると思うのは、Ref.3570.40。通称“レーシングダイヤル日本限定モデル”だろう。2004年に日本ブティック限定モデルとして2004本のみ発売されたRef.3570.40は、現代のスピーディをモチーフにしており、愛らしいRef.145.022をよりモダンに表現している。確かに初代はかっこいいのだが、僕はアクティブな生活を送っているので、ヴィンテージのスピーディを毎日腕に巻いて消耗させたくはない。Ref.3570.40は、現代的なケース、ブレスレット、お馴染みCal.1861、そしてグレー/オレンジ/マルーンの配色による視覚的な美しさという、まさにいいところ取りのモデルである。僕はこの限定モデルが大好きで、スピードマスターがムーンウォッチと呼ばれる以前、レーシングドライバーのための時計として存在していたことを物語っていると思うのだが、グレーのNATOストラップに合わせたらきっと魅力的になるだろうと思う。


ジョー・トンプソン:オメガ・スピードマスター "ファースト・オメガ・イン・スペース"

 私のスピードマスター“ファースト・オメガ・イン・スペース”には、愛すべき点がたくさんある。今回は、そのうちのひとつに焦点を当てよう。このスピードマスターは、ウォルター・シラー(ウォーリー)が選んだものであることが気に入っている。ウォーリーは、マーキュリー計画に参加した7人の宇宙飛行士の一人だ。彼は、3度宇宙に行った最初の宇宙飛行士であり、マーキュリー計画の単独飛行、2人乗りのジェミニ計画、3人乗りのアポロ計画という、NASAのみっつの月面探査計画すべてに参加した唯一の宇宙飛行士なのだ。

 また、宇宙でスピーディを着用した最初の宇宙飛行士でもある。マーキュリー計画の準備のため、1962年に同僚の宇宙飛行士であるゴードン・クーパーとディーク・スレイトンとともにヒューストンへ時計を買いに行った。全員がスピードマスターを購入したのだ。

Astronaut Wally Schirra's personal Omega Speedmaster, ref. 2998.

宇宙飛行士ウォーリー・シラーが愛用するオメガ スピードマスター(Ref.2998)。

 それはNASAが公式認定時計としてオメガを採用する2年以上前のことだった。マーキュリー計画のフライトでは船外活動がないため、宇宙での使用を保証する時計は必要なかったからである。1962年10月3日、シラーがシグマ7号の宇宙飛行に出発したとき、彼の腕にはオメガのRef.2998が巻かれていた。

 ウォーリーの選択は歴史に残るものだった。偶然にもこのフライト以降、1972年に月面探査計画が終了するまで、NASAのすべての有人宇宙ミッションにスピードマスターが搭載されることになった。シラーのフライトは、マーキュリー計画最後から2番目であった。有終の美は、1963年5月15日のゴードン・クーパーが飾った。クーパーも自分専用のRef.2998を着用していた(右腕にはブローバの電子時計アキュトロンを着用していた)。

Joe Thompson wearing his Omega Speedmaster "First Omega In Space."

オメガのスピードマスター“ファースト・オメガ・イン・スペース”を着用したジョー・トンプソン。

 1964年、宇宙飛行士が宇宙や月面で活動するジェミニ計画やアポロ計画に備えて、NASAは宇宙飛行士の標準装備として腕時計を用意した。そこでNASAは、5つのブランドのクロノグラフを入手し、テストを開始。2度にわたる厳しいテストの結果、合格したのはスピードマスターだけだった。1965年3月、スピードマスターはNASAのすべての有人ミッションの公式認定時計となった(オメガの広告によると、当時のスピードマスターは235ドルだった)。

 シラーは、1965年にジェミニ、1968年にアポロで再び宇宙へ飛んだ。しかしオメガは、彼が時計史上(そしてもちろん人類史上)最大の冒険の先駆者であることを決して忘れなかった。

 マーキュリー計画の飛行から50周年を迎えた2012年、オメガは彼に敬意を表し、“ファースト・オメガ・イン・スペース(FOIS)”を発表。これは、彼が所有していたRef.2998をアップデートしたものだ。1994年、オメガはこの時計をオークションで入手し、FOISのお手本として参照した。この新作は、1961年11月17日に製造ラインから出荷されたシラーの時計と同じブラックダイヤル、ブラックベゼル、アルファ針とバトン針、左右対称のラグを備えたステンレススティールケース、エンボス加工されたシーホースのケースバックを備えている。ケース内部には手巻き式のCal.1861が搭載されている。Cal.1861は、有人宇宙飛行に使用された独自の歴史を持つムーブメントだが、伝説的ムーブメントCal.321を搭載していたシラーのオリジナルの時計には搭載されていない。

 シラーについて最後にひとつエピソードを紹介したい。彼は1969年7月1日にNASAの宇宙飛行士を退役した。

 その3週間後には、もちろん世界中がテレビに釘付けになった。月面着陸の放送を見た人は、全世界で6億人と推定される。アメリカでは、5700万台のテレビのうち半数近くがCBSの中継を見ており、そのアンカーはあのウォルター・クロンカイトだった。しかしその隣には、もう1人のウォルター、CBSにアナリストとして採用されたウォーリー・シラーの姿があった。

 アームストロングとオルドリンを乗せた月着陸船が月面に向かって降下していくとき、その緊張感はすさまじかった。数秒が数分にも感じられた。ついにアームストロングの穏やかな声が世界中に聞こえてきた。“ヒューストン、こちら静かの海基地。イーグルは着陸した” - クロンカイトは混乱した。彼は感情的になって、眼鏡を外して言った。“ウォーリー、私は言葉も出ませんので、あなたが何かコメントしてください”(月面着陸の瞬間のクロンカイトとシラーのやり取りは、動画の6分12秒あたりから見ることができる)。

 その瞬間、カメラは言葉を失い感極まったシラーの姿を映し出していた。

スピードマスターについては、2015年の「Actual Pictures Of The Speedmaster Being Used In Space (Up to 2014)」や、専門家エリック・ウィンド氏をゲストに迎えた「オメガ スピードマスター 歴代モデルを徹底解説」の記事と動画をご覧いただきたい。