カルティエ タンクについて語り、書き、論評することは、どのタンクを取り上げるにしても楽勝とは程遠い仕事だ。なぜなら、カルティエのタンクが誕生してから100年以上が経ち、すでに多くのことが語り尽くされてきて、これ以上語る余地があまり残されていないことに加え、タンクが時計であると同時に文化財でもあるからである。モナリザやエリザベス2世、ジャックダニエル・テネシーウイスキー、あるいはブルックスブラザーズのボタンダウンカラーシャツなどを批評しようとするのと同じようなものだ。もちろんできないことではないが、評価が確立された対象というのは、コバンザメがジンベイザメの進路を変えることができないように、歴史の評価を覆すことは並大抵のことではない。
しかし、そのようなアイコン的存在にも、絶望的なほど化石化した的意義を新たな目で見つめ直す機会となる出来事が稀に起こる。カルティエ タンクの場合、今年の初めにWatches & Wondersでカルティエがカルティエ タンク ソーラービートを発表したときに、まさにそれが起こった。カルティエが毎年何をするのかを予想できないが(数年前までは、ミステリー・トゥールビヨンが発表される確率が高かったのだが)、ソーラー発電のタンクを予想していなかったことだけは確かだ。
しかし、現実は違った。100年以上の時を経た今、タンクは最も象徴的な時計の一つであるだけでなく、最もコピーされた時計の一つでもある。一体どれだけのコピー品が出回っているのか私は疑問に思うことがある。きっと数えきれないコピー品のうち、数えきれないほどのクォーツがあるだろう。しかもその中には、ソーラー充電式のクォーツもあるに違いない。
カルティエは、これまでにもクォーツ式モデルやクォーツ式のタンクを数多く手がけてきたが、いくつかの根拠からソーラー発電を採用したクォーツムーブメントを作るとは思っていなかった。率直に言って、最初の反応は“不安”であった。私は時計の記事を書くとき、個人的な好みを排除するようにしている。批評には、個人的な好みと客観性のバランスが必要だからだ。プロヴァンス料理よりもイタリア料理の方が好きな人もいるかもしれないが、その両方を含めて書くことができなければ、レストラン評論家としてプロを名乗れないと考えている。そして、私はタンクが大好きな分、ニュースや写真を見て最初に感じたのは不安だったのだ。
カルティエ タンクの歴史は、時計愛好家としての必修科目となっている(少なくとも、そうあるべきだと思う)。フランチェスカ・カルティエ=ブリッケル著『The Cartiers』によると、ルイ・カルティエは幸運なことに、前線での戦闘任務に従事するには年老いていたためドライバーとして活躍し、この前線での経験がタンクの着想に繋がったと記している。
“タンク”と呼ばれるのは、見た目が戦車に似ているからだ。具体的には、戦史家がしばしば「最初の近代戦車」と呼ぶルノーFTである。戦車は一回転する砲身を持ち、車体の両側には前後方向に大きく張り出したキャタピラ式の巨大なトレッドが付いていた。このトレッドは、タンクウォッチの両サイドにあるラグの役割を果たし、ストラップの取り付け部となるブランカード(訳注:仏語で“担架”を表す)のインスピレーションとなった。初代タンクの試作機「ノルマーレ」は、欧州戦線でアメリカ軍を指揮していたジョン"ブラック・ジャック"パーシング将軍に寄贈されたと言われている。
パーシング将軍がタンクらしき時計を着けている写真が現存していることから、この話は確かにあり得ることだが、真偽は不明である。しかし、1919年には「タンク ノルマーレ」が市販された。これは特注品で、わずか6本しか作られなかった。さらに1921年には、エレガントな丸みを帯びたブランカードを備えたタンクが初めて発売された。これが後世に「タンク ルイ カルティエ」と呼ばれるようになった時計である。
タンクはその歴史のほとんどにおいて、極めて高級な時計であり続けた。ロンドン、ニューヨーク、パリにある3つのブティックは原則として在庫は持たず、カルティエ一族が事業から撤退するまではオーダーメイドによる少量生産が原則だった。
1970年代に入り、マスト ドゥ カルティエ タンクが登場したことで、状況は一変した。マスト ドゥ カルティエはラグジュアリーの門戸を開放し、デザイン性、低コスト、大衆性を訴求したモデルであり、カルティエにとってはまったく新しい領域であった。また、ブランドの権威や名声を前面に押し出す、ラグジュアリー業界で起きていた大きな革命の一部でもあった。
機械式ムーブメントよりも製造が容易で、精度が高く、所有欲を煽ることのないクォーツは、カルティエだけでなく時計業界全体の常套手段となり、特にドレスウォッチと呼ばれていたカテゴリの時計にとって、高級時計ブランドが市場で生き残るだけでなく、収益性を確保するための素晴らしい方法だったのだ。
マスト ドゥ カルティエは、長年、愛好家の間で無視されてきたが、その間に奇妙なことが起こった。それは、マスト ドゥ カルティエが収集の対象となったことだ。このことにカルティエは目を付け、2021年初頭にタンク マストの新モデルを発表して、マストへの注目度の再燃を祝うことにしたのだ。オリジナルのマスト ドゥ カルティエ タンクの特徴である鮮やかな色のダイヤルを備えた新しいモデルはもちろんのこと、予期せぬモデルもあった。そう、タンク ソーラービートである。
ソーラービートの心臓部は、光を動力源とするカルティエの新しいクォーツムーブメントで、カルティエによると、二次電池の交換が必要になるまで、少なくとも16年間は作動するとのことである。ダイヤルの下にある受光部に光を通すのは、ローマ数字のインデックス部分だけだ。これは実に巧妙な仕掛けである。時針と分針を刻むだけであるため、エネルギーコストが非常に低いのだ。
シークレットシグネチャーに至るまで、見た目は従来のタンク ルイ カルティエのダイヤルと見分けがつかないほどである。
「アヒルのような姿をし、アヒルのように鳴き、アヒルのように歩けば、それはアヒルである」という格言がある。カルティエ タンク ソーラービートは、見た目や使い勝手、そして装着感もまさにタンクそのものだ。生涯のタンクファンとして心配していたのは、あからさまにカルティエがカルティエをコピーしているように感じられるのではないかということだったが、実際にはそうではなかった。
タンクについて私がいつも驚かされることのひとつは、いかに多くの異なるモデルがあっても、すべてがタンクのように見え、感じられることだ。タンク ソーラービートは、タンク ルイ カルティエのスティール製ソーラーモデルで、箱から出した瞬間から、その誇り高い系譜を受け継いでいるとみとめた。実際、もしソーラービートだと知らなければ、スティール製の機械式タンク ルイ カルティエと見間違うかもしれない(それはそれで素晴らしいことだが)。
手首に装着すると、ゴールド製のタンク ルイ カルティエを装着しているのとほとんど変わらない。非常に着けやすく、腕の上で存在感を消してしまうというタンクLC(ルイ・カルティエ)の特徴が失われていない。もちろん、いくつかの違いはある。ソーラービートのダイヤルの仕上げはタンクLCよりもやや精巧さに劣るが、その差は2本の時計を並べてもほとんど気にならない程度だ。
この時計にはノンレザーのストラップが付属しており、標準的なピンバックル式の尾錠を採用している。せっかくカルティエがフォールディング(デプロイヤント)クラスプを発明したのに冒涜的な言い方となってしまうかもしれないが、私はこのケースにはピンバックルの方がしっくりくると感じている。しっかりと固定されていて目立たず、タンク マスト ソーラービートの快適な装着感に大きく貢献しているのではないだろうか。
毎日身に着けていても、非常に満足感が高い。何も要求せず、ただすべてを与えてくれ、すべてというのは言い過ぎだとしても、非常に多くのことを与えてくれる。ゴールドのタンク ルイ カルティエを身に着けたときに得られる満足感と相似する。ゴールドやプラチナのタンク ルイ カルティエに見られるようなフォーマル感や高級感はなく、どこへでも出かけていける、何でもできる時計に仕上がっているのだ。
競合モデルについて一言。興味深いことに、あまり対象は多くない。一流の高級時計ブランドでソーラークォーツを扱っているところはなく(少なくとも私が知っている限り)、主要な高級ファッションブランドでもクォーツ時計はあっても、ソーラークォーツのモデルは思いつかない(例えばディオール、グッチ、シャネルなど、いわゆるファッションブランドは近年、高級機械式モデルを探求している)。最も競争力があるのは、カルティエ自身ではないだろうか。多彩なカラーダイヤルを採用した新しいマスト タンクのクォーツウォッチも然り、ヴィンテージのマスト ドゥ カルティエ タンクもその一つである。
上述したとおり、タンク ルイ カルティエは史上最もコピーされた時計の一つだ。どんなクラシックなデザインでも、時が経つにつれて、そのデザインの普遍性や人気がセルフパロディに近いものになってしまう危険性が付き物である。つまり、次の最新バージョンが、そのブランド自身によるデザインのコピーであるかのように思えてしまうのだ。私はタンク ルイ カルティエにそのような印象を持ったことはない。私が最も恐れていたのは、カルティエが根本的な部分で自身のコピー商品を作っているように感じられること、つまり本物ではなく、タンク ルイ カルティエの贋作のように受け止められることだった。
しかし、現実はその逆だった。妥協した印象も受けなかった。カルティエの技術的な時計作りは、歴史的に見て、それのみが賞賛されることはなかった。様々なタンクモデルのようなシンプルな腕時計から、独創的なミステリークロックに至るまで、それは常に全体的な美的効果を生み出すための一要素に過ぎない。ソーラービートの場合、太陽光発電技術や10年半余の電池寿命は確かに面白いのだが、時計を着けているときには特に意識することはなく、全体の美しさに惹かれるだろう。
すでにタンク ルイ カルティエを所有しているなら、週末のちょっとしたお出かけに最適なアイテムではあるが、必ずしもプレシャスメタルのタンクを所有していなくても、タンク ソーラービートは十分に楽しむことができる。プレシャスメタルのモデル同様、クラシックなデザインをエレガントに再現しており、身に着けていても物足りない気分になることもない。時計単体としても、一度設定すれば、後は放っておけばよい時計としては最もエレガントな部類に入る。妥協とは程遠い、抗いがたいほどの魅力的な価値を提供してくれるだろう。何しろ16年間もメンテナンスフリーな、クラシックデザインの傑作が手に入るのだから。
仕様、価格、発売日などの詳細は、Watches& Wonders 2021の記事でご紹介している。
カルティエによると、ソーラービートを含むタンクマストの全モデルが2021年9月に発売予定。現在の価格は、スモールモデルが31万200円、ラージモデルが32万5600円だ(いずれも税込)。
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